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虹霓国の女東宮  作者: 浮田葉子
第九章 女王即位
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 清涼殿(せいりょうでん)昼御座(ひのおまし)


 王としてここに居るのも少しは慣れただろうか。




 そんなことを思いながら、榠樝(かりん)堅香子(かたかご)に水を所望した。




「そろそろ削り()が恋しい季節となって参りましたね」




 碗を差し出し、堅香子が微笑む。




「季節が巡るのは、早いな。次から次へと年中行事が目白押しだ」




 そして、その行事に五雲国(ごうんこく)の大使玄石斛(げんせっこく)らを招くという重大事も今年から増えた。




 虹霓国(こうげいこく)朝廷からの文も定期的にあちらに送らねばならないし、五雲国に置いた遣外使節団よりの文も山と届く。




 そして時候の挨拶と共に届く、五雲国王玄秋霜(げんしゅうそう)より求婚の文。


 ぺらり、と恋文を持ち上げて榠樝は溜め息を吐く。




 わかってやっているのだろうし、飽きて貰っては困るのだが。




「そろそろ面倒臭くなって来たな」




 堅香子が苦笑する。無理もない。




「だが、止めるわけにもいかぬ」




 秋霜も秋霜で后妃(こうひ)の座は榠樝の為に開けてあるものの、側妾(そくしょう)を持てと急き立てられているという。




「王を辞して、そなたと二人で過ごしたいな。誰も知らない地へ、二人で行かないか?」




 先日夢でそんなことを囁かれた。


 無論速攻断った榠樝である。




 何度口説いても(なび)かない榠樝に、秋霜は若干心が折れかけてきているようだ。


 少しばかり甘やかさねばならないだろうか。




「堅香子、悪女というのは難しいな……」




 ぼそりと呟く榠樝に、堅香子はますます苦笑を深くする。




「これから十年、悪女を続けていかれるのでしょう」


「そうだ。自分で決めたことだ。遣り遂げなければ」




 ひとりではない。


 共に立ってくれる者がいる。


 待っていてくれている者もいる。




 ならば、榠樝だけがひとり先に舞台を降りる訳にはいかない。








「それでもなあ、万寿麿(まんじゅまろ)。やはり王というのは、中々大変だな」




 御帳台の中、万寿麿はごろんと寝転び腹を出した。




 わしわしと撫でてやりながら、榠樝は頭の中で予定をひとつひとつ組み立てていく。


 積み木のように組んでいくそれは、ひとつズレが生じれば一気に崩れかねない。




 天秤をゆらしつつ、片方に傾かないように。


 慎重に、ゆっくりと。




 揺れる天秤の上に積み重ねる木片は、形も大きさもひとつひとつ違う。


 見極めて、重ねて、時々抜いて。




 十年以内に組み上げなければならない。




 揺ぎ無き虹霓国。


 大国である五雲国と対等に、或いはそれ以上に権勢を誇る国でなければならない。




「父上もこのようなことをずっとやっておられたのだな」




 不意に肌にざらりとした感触が走り、榠樝は眉を(ひそ)めた。




「そのまま返すぞ」


 ふっと細く息を吐き、呪詛の気配を追い遣る。


 五雲国から(もたら)されるものが求婚の文だけではないことは、もう気付いている。




 秋霜が最初から言っていた。


 五雲国は王の、秋霜の思い通りに動く国では無いのだと。




 ぱたぱたと足音が響く。




「主上」


「起きている」




 御帳台の(とばり)から外を窺えば、微かに息の上がった朱鷺賢木(ときのさかき)が控えていて。




呪詛(じゅそ)の気配を感じました」


「うん。返した、と思う」




 この遣り取りも何度目だろう。


 王とはこんなにも方々から敵意を向けられるものなのか。




 女東宮の時とは比較にならない。




「結界を張り直します。そして護符を新しいものに交換します」


「頼む」




 目印がより目立つようになったのだから当然か。


 女東宮よりも女王の方が、ずっと光が強い。




 呪詛の標的にするに、目立ってより遣り(やす)くなったのだろう。


 そしてその分守り易くもなった、と賢木は言う。




 頻度は高くなったけれど、防御の結界を張り易くもなった。


 王となった榠樝は常に輝いていて、どこに居ても目立つのだそうだ。




 だからこそ、引き付けておかねばと強く思う。




 守る対象がひとつならば(やす)い。多くなるほどに(かた)い。




「守り切らなくては、な」




 榠樝の呟きはそっと闇に溶けて消えた。








 霧のような乳白色。空は鈍い灰青色。


 星は無く、少し風がある。


 いつもと同じ夢の中。




榠樝(かりん)




 抱き寄せようと伸ばされた秋霜の腕を邪険に押し退け、榠樝は溜め息を吐く。




「そなたはいつもいつもひっつきたがるのはどうにかならんのか。甘ったれめ」


「恋しい女に触れたくない男が居るか」




 拗ねたように膝を抱えて(うずくま)る秋霜の隣に腰を下ろし、榠樝は溜め息を吐きつつも頭を撫でてやる。




「私が惚れるような素晴らしい王になるのではなかったか?」




 秋霜は(うつむ)いたまま、何やらごにょごにょと唸っている。




「そなたも大変なのは知っている。だが頑張ってくれ」


「褒美が欲しい」




「王が褒美を強請(ねだ)るのか」




 榠樝が笑って秋霜の頭を小突く。




「王だって頑張ったら褒美が欲しい。そなただってそうだろう?」




 小さな子供のような発言に、榠樝は思わず笑ってしまった。




「まあ、そうだな。あったら嬉しいな」


「王であるからには、人より優れていなくてはならない。良い結果を出すのが当然のこととされる」




「その為の努力もまた当然。我らは責を担っているのだ」




 榠樝の肩に、秋霜がこつんと頭を乗せた。




「だが、愚痴くらい(こぼ)してもいいだろう。夢の中だ」


「うん。夢の中でくらい、本音を言っても(バチ)は当たるまいよ」




「そなたは言わないけどな。愚痴も本音も」




 榠樝は曖昧に笑う。




 秋霜は半分味方で半分敵だ。


 話せないことも多々ある。




 だが、同じ王という立場の者であるからこそ、理解できることも多い。




「何度だって言うが」




 秋霜が(もた)れた肩が温かい。


 夢の中であっても、体温も感触もある。




「私はそなたと添い遂げたい。五雲国の后妃(こうひ)に相応しいのはそなたのような女人なのだ。器量もあって度胸もある。並の男では到底敵わない女傑(じょけつ)で」




「それはありがとう」




「その上容色も際立(きわだ)って美しいし、可愛いし」


「照れるな」




「全然照れてないだろう。言い過ぎたか。聞き慣れたか」


「慣れたのは慣れたな。確かに。それと何度も言うが、私は虹霓国女王として既に立った。そなたの后にはなれん」




 秋霜は深々と溜息を吐く。




「私が王を辞して虹霓国に婿入りするのも駄目なのだろう?」


「駄目だな」




 榠樝はスッパリと切り捨てる。




「言っただろう。そなたが王であることが肝要なのだと」




 秋霜は切なげに顔を歪めた。泣きそうだった。


 榠樝には見えないが、声が微かに震えているのが伝わって。


 それでも気付かない振りをする。




 非道い女だ。


 自嘲の笑みが唇を歪める。




「榠樝」


「なんだ」




「私が……五雲国が虹霓国を侵すと言ったら、そなたどうする?」


「最初に戻るだけだな。龍神の加護を以て打ち払う」




 秋霜は深く吐息した。




「そうだな。その身を()してもそなたはそうする。わかっている。だからやらない。絶対に、させはしない」




「そなたの厚意に甘えているのはわかっているが、譲れぬ一線だからな。私も必死だ」




 それから長い沈黙が満ちて。


 夢が白み始めるころ、秋霜がぽつりと呟いた。




「そなたに逢いたい」




 榠樝は応えなかった。



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