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虹霓国の女東宮  作者: 浮田葉子
第八章 五雲国へ
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 十二月。

 虹霓国(こうげいこく)では大晦日まで祭祀や行事は目白押し。



 そんな中だが、婿がねの競べは宙に浮いたまま。



 蘇芳紅雨(すおうのこうう)は相変わらず恋文を雨あられと送って来るし。

 菖蒲紫雲英(あやめのげんげ)は相変わらず唐変木だし。

 藤黄茅花(とうおうのつばな)は相変わらずの軽佻浮薄(けいちょうふはく)



 変わったのは縹笹百合(はなだのささゆり)だ。

 あからさまに恋文を送って来るようになった。

 婿がね同士で牽制もしているらしい。



 黒鳶花時(くろとびのはなどき)は退き時を見誤ったらしい。

 相変わらず消極的で山桜桃を始め女房達からの風当たりは強い。



 さて、婿がねはそのままだが、その間も何度か、榠樝は五雲国(ごうんこく)玄秋霜(げんしゅうそう)と夢を通して会っている。


 お互いの国の議会の進捗を報告できるのは効率が良い。

 だが欲を言えば優れた立会人が欲しい。蘇芳深雪(すおうのみゆき)であるとか。


 榠樝はそう提案したのだが断られた。

 夢渡の対象となるのは一人が限度だという。



「私は王ではあるが、それほど異能が強い訳ではなくてな」



 少し悔しそうに秋霜は言った。



「私に神の加護があれば、もっと色々強く出られるのだが」



 ふと思い立った。




「私から貸すことはできないのだろうか」

「……龍神の加護を?」




 榠樝の台詞に秋霜は胡乱(うろん)な顔をして見せる。


 それはそうだろう。

 加護の貸し借りなど聞いたことも無い。



「夢を通じて護符を渡すとか……。いや、確実な手段を取ろう。次回の渡航で護符を送る。虹霓国女東宮(にょとうぐう)から五雲国王に。同盟に当たり信頼の証しとして」



「そ、れは願っても無いことだが、大丈夫なのか?そなたの生命力を消耗したりするものではないのか?」



 榠樝は苦笑して肩を竦める。



「それでは呪物だろう。人を呪わば穴二つ。命には命で(あがな)う。護符は祈りだ。幸多かれと、災い無かれと願うものだ。想いを込める故、命までも注ぎ込む者が無いとは言わぬが、大抵は善き物だよ。五雲国で縁起が良いと言われているものは無いか?それに寄せよう」



 秋霜は少し考え、頷いた。



「翡翠は虹霓国で王の石だろう?緑の翡翠が良い。佩玉(はいぎょく)として身に付けたい。だが、こちらからも何か贈らなければならないな。朝貢と取られても良くない」



「それは確かに。五雲国では王の石は何だ?そしてハイギョクとは何だ?」



「佩玉は身に付ける玉飾りだ。帯などに吊るす。王家の石は、強いて言うならば瑠璃かな。夜空の青に金の星が散る石。何を贈ろう。こちらでは女人に送るものは(かんざし)などの髪飾りが一般的なのだが、虹霓国は髪を結わぬのだろう?」



「儀式の時くらいか?普段身に付けておく、という習慣はあまり無いな。袖に潜ませたり、胸の袷に挟んだり、そんな感じで持ち歩くか。ああ、玉ならば扇に付けても良いのか」



 檜扇を取り出し、榠樝は秋霜に見せた。



「ここの端に飾り紐を結んだり、造花を付けたりするのだ」


「なるほど。となると二つ一組が良いのか。瑠璃の花、となるとあまり見栄えはしないかもしれぬ。花飾りならば珊瑚や何かの方が良いか」



 真剣に悩みだす秋霜に榠樝は苦笑した。



「互いに差し出す護符の話だろう。そこまで凝ってどうする」

「贈るならば似合うものが良いに決まっている」



「……それはまあ。そなたには翡翠の勾玉(まがたま)にしようか。古式ゆかしい玉飾りだし、翡翠の勾玉となれば儀式にも丁度良いい」



 秋霜が小首を傾げる。



「マガタマ?」

「五雲国には無いか?勾玉。その名の通り曲がった玉だ。魂の形だとも、腹の中の子の姿だとも言われている。……出ないか?」



 集中して見せれば、コロンとちいさな勾玉が榠樝の掌に落ちた。



「ほら、これ」

「ほう」




 ()めつ(すが)めつ。秋霜は勾玉を注視する。



「これの大きいものを贈ろう。掌に乗るくらいの大きさのがあったかな。いや、新たに作らせるか」



 うんうんと頷き、榠樝は続ける。



「これらに紐を通して、丸玉や管玉と合わせて御統(みすまる)……ええと、首飾りにするのだ。今では即位式にくらいしか使わぬがな。(かんなぎ)たちは今も使っているのだろうか、その辺は詳しくない故わからんが……。ああ、そうだ。今回使節でそちらへ行った巫覡が持っているかもしれないな」



「なるほど、護符にはぴったりという訳か」

「うん」



「即位と言えば」



 秋霜が思い出したように口にした。



「そなたはまだ、女東宮なのだな」



 榠樝は思い切り苦笑する。



「誰の所為で即位が伸びていると思っているのだ」

「すまぬ」



「五雲国との同盟にあたって、遣ることが多過ぎなのだ。使節やら施設やら儀式に式典。歓迎の宴。更に通常業務だからな。皆てんてこ舞いだ。そう、そちらに送った大使らはよくやっているだろうか。中々心配でな。不都合など無いか?」



「そなたは(まつりごと)の話ばかりだな」



 榠樝は少し目を細めた。



「他に何を話せと言うのだ。時間は足りない。詰めたいことは山と有る」



 秋霜は熱っぽい視線を榠樝に向けた。



「……掻き口説きたい気持ちをわかってほしい」



 盛大な溜め息。榠樝は首を振る。



「生憎色恋は苦手だ。そう言っただろう。そして私を口説きたいのなら、王に相応しい男になれと」



 秋霜は苦笑すると榠樝の髪を一房掬い、口付ける。



「言われた。だから、頑張っているんだ私も。良き王であろうと尽力している。そなたに見せられないのが残念だが」



 榠樝は髪を引っ張り戻した。



「そう。そなたの尽力もあって、戦は避けられた。同盟も成る。これで一息つける」



 すべて滞りなく進んでいるように見える。

 まだ不確定なことは多く、火種がないとは言えないが。



 虹霓国の取るべき道は決まっている。



 後は榠樝が道を間違えないよう、糸を手繰るよう、慎重に選び進むだけ。

 榠樝はほう、と息を吐く。



(ばく)の糸があったらなあ」

「バクノイト?なんだそれは」



「神代の神器だ。可能性を紡ぐもの。運命、未来、時の流れをも繋ぐという」



 運命を紡ぎ、空間を繋ぎ、未来を示し、形作る。



「進むべき道を教えてくれる糸なのだそうだ。また、己の思う未来を形作る手伝いをしてくれるらしい。あとは糸を結び合わせると異なる場所や時代とを繋げるらしい」




「夢渡の法と似たようなこともできるのか」

「もっとすごいぞ。実際に行き来できるのだから」



「便利だな」

「うん。だが、とても恐ろしい神器でもある。糸を編み過ぎると、過去や未来、夢と(うつつ)とが絡み合い、世界が歪むそうだ」



 この世の始まりを紡いだ糸の一部であるとも言われる、漠の糸。



「糸の可能性に溺れ、絡め取られると、自身が糸の一部となり、この世からは消えるらしい」



「神のモノは人には過ぎたる存在ということだな」

「うん。そんな所だ」



 榠樝は睫毛を伏せる。


 そう。


 人には過ぎたるモノ。




 だけど、今も欲している。




 正しい選択肢がどれなのかわからない今だからこそ。

 ()し示してほしい。

 導いてほしい。




 けれどそんな夢物語が叶う訳もなく。

 榠樝は現実を直視しなければならない訳で。



「次の春が来たら」



 すべての見通しが立ったなら。

 榠樝は既に馴染みとなった灰青色の天を仰いだ。




「私は虹霓国の女王となる」




 何が正解かわからない。

 それでも進まなくてはならないのが人なのだ。





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