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虹霓国の女東宮  作者: 浮田葉子
第八章 五雲国へ
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 秋、呆れるほどに高い空。

 雲一つなく澄み渡っている。



 遣外館(けんがいかん)が完成し、冬を待たずに五雲国(ごうんこく)より大使が来た。

 名を玄石斛(げんせっこく)。王族の所縁(ゆかり)という中年の男だ。



 王の直接の兄弟姉妹には当たらないが、それでも玄の姓氏を冠りしている。

 末端とはいえ王族を送り込んできたのは中々重い。



 他にもどっさり送られて来た諸官をどう扱うかを、現在陣定(じんのさだめ)にて吟味している。



 受け入れ態勢はまだ万全ではない。

 それぞれが対応する役所ごとに案内役を立てることだけは決まっている。



 あとは臨機応変に、と言うは(やす)く行うは(かた)し。



 一方、虹霓国よりの使節団は予定通り、長官(かみ)に正三位真赭万由三(まそほのまゆみ)副官(すけ)に従三位浅葱佐々介(あさぎのささげ)。相談役に、月白家当主を辞した従二位月白凍星(つきしろのいてぼし)を置いた。




 こちらは王族ではないが、それに比肩(ひけん)する六家の元当主。

 釣り合いは取れると踏んだ。


 そも、虹霓国は王族が少な過ぎるのが難だ。



 榠樝(かりん)の身体が成熟し、子を産めるようになったら、次々と増やしてほしいと言外に、いや女官たちはあからさまに言ってくる。



 低年齢での出産は身体への負担が酷いため、摂政を始め官たちはまだ焦りはしていないが、王配をどうするのかという問題は常に鼻先にぶら下がっている。



 王家に比肩する六家当主。

 その次期当主らを次々副官として派遣する案は廃された。



 結局婿がねの中で紫雲英(げんげ)一人を贔屓した形になってしまったので、その埋め合わせをどうするか、摂政らと詰めてはいる。


 だが、まだ結論は出ていない。




 さて、閑話休題。




 神祇官の淡香久利(うすこうのくり)は二度と行きたくないと言っていたにも拘らず、再度任命された。

 神祇伯天藍木蓮子(てんらんのいたび)直々に何やら説得したらしい。



 神祇官からは十人が派遣される。神部(かんべ)卜部(うらべ)が三人ずつ。四人が巫覡(ふげき)だ。


 そして陰陽寮からは朱鷺都波岐(ときのつばき)を筆頭にやはり十人。役職はそれぞれだがほぼ全員が朱鷺家の者である。



 陰陽師朱鷺賢木(さかき)は相変わらず榠樝の側をうろうろしている。というよりは陰陽頭である朱鷺尾花(おばな)直々の命で榠樝の警護に当たっている。



 五雲国からの使節の中に刺客が隠れていないとも限らない。



 直接的に刃を向けては来ないだろうが、呪詛の類いは近ければ近い程に効き目が強くなるのは周知の事実だ。







 飛香舎(ひぎょうしゃ)にて。

 榠樝は万寿麿(まんじゅまろ)を猫じゃらしで遊ばせている。



「しかし、五雲国の呪詛となるとどういうものになるのか。虹霓国とは似て非なるものなのだろう?夢渡の法は仕組みがわからんと陰陽頭も言っていたが」



 賢木は肩を竦める。



「仕組みがわからなくても、向けられる悪意や害意はわかるから。それを止めるなり返すなりはできるよ」

「そういうものか」



「そういうもの。例えば……、やめた。説明が面倒くさい」



 途中で止める賢木に榠樝が苦笑して突っ込む。



「面倒臭いって何だ」



 堅香子が聞いていたら扇が飛んで来るところだ。



「言い方を間違えた。女東宮にわかるように説明するのはとても難しい。でも、僕がちゃんと守るから。そこは信じて」

「信じているよ」



 頷く榠樝に胡乱(うろん)な目を向ける賢木だが、続けられた言葉に態度を改めた。



「信じられない者を傍には置かない」



 万寿麿がにゃあと鳴く。



「おう、よしよし。お前のことも信じているよ、万寿」



 腹を撫でて、榠樝は目を細める。



「そなたたちには随分助けられているからな」

「まあ、でも」



 賢木は意地悪く口を歪めた。



「五雲国の連中、こちらの神威に心底から怯えてるみたいだし、目立つようなことはしなさそうだと、僕は読むね」



 榠樝は首を捻った。



「そんなに神威らしき事象はあったか?」

「内裏でもしょっちゅうあるでしょ、怪異。どこそこで鐘が鳴ったの、(ぬえ)が鳴いたのって。あと物の怪とか人魂とかそういうの」



 何度か目を瞬くと、榠樝はまた首を傾げる。



「子供が泣くくらいではないのか、それ」



 雷が落ちれば確かに怖いが、そこまで怯えるものだろうか。

 榠樝は少し考えた。怯えるか。鳴神だものな。そうか。



「お化けが怖いの水準で、赤子と同じ程度だと見た。僕らの普通はあいつらの異常だよ。聞いたところによると、五雲国の都はまるで神威の欠片も見られないらしい。雨乞いで雨が降るのすら、奴らにとっては泣くほどのことらしいよ」



「はー」



 所変われば品変わる。土地が違えば風俗、習慣なども違って当然。

 国が違うのだ。感覚の差は当たり前だろう。



「見せてもいい祭祀はどんどん見せ付けてみるか。案外恐れ入ってくれるやもしれん」


陰陽頭(せんせい)もそんなこと言ってた。(はらえ)の舞とか時々天から散華があるでしょう。ああいうのをどんどん見せ付けて、畏怖の心を植えつけるのも一興」



「よし。摂政に(はか)ろう」

「良いと思う」



「流石に新嘗祭(にいなめのまつり)は見せられぬが、豊明節会(とよのあかりのせちえ)で……」



 榠樝は少し黙った。



「ただの宴会になるかな」

「そうかもね。でも五節の舞が素晴らしければ、天恵があるかも」



「今年は舞姫選びを特に念入りに、丁寧に行うようにしようか」

「他の行事も大晦日まで目白押しだしね」


「そうだな」



 榠樝は遠い眼をしてどこかあらぬ方を見詰めた。



 今年も大嘗祭(おおなめのまつり)とはならなかった。

 大嘗祭は王が即位して最初の新嘗祭のことをいう。



 一世一度(いっせいちど)の祭祀だ。



 新嘗祭は虹霓国の王の行う祭祀の中で、最も大切なものとされる。



 簡単に述べるなら、その年の新穀を輝日大神(てるひのおおかみ)八百万(やおよろず)の神々に感謝の奉告(ほうこく)をし、供え物として捧げ、それを自分も食すという神事だ。


 同日に各地の神社でも同じ祭祀が行われる。




 祭祀の姿は神代(かみよ)の昔から変わらぬ姿を保っていると言われている。

 他の祭祀は少しずつ形を変え、今に伝えられたものも多いが、新嘗祭は違う。



 何から何まで先祖伝来の形にこだわり、後の世にまで伝えなければならないものだ。



 天の羽衣と呼ばれる衣を身に付け(みそぎ)をし、次いで純白の装束に着替え、神事を行う。

 戦勝祈願の祭祀の時も同じように真白の装束であったが、新嘗祭は更に規定が細かい。



 さて置き、榠樝が王に即位するのはいつになるのだろう。


 女東宮のまま、王が行うべき祭祀を執り行うのは尋常(じんじょう)のことでは無いのだが、そろそろ周囲も慣れて来たと見える。



 慣れてどうする。



 己で混ぜ返して。榠樝は深く溜め息を吐いた。



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