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虹霓国の女東宮  作者: 浮田葉子
第八章 五雲国へ
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 紫宸殿(ししんでん)南庭。

 今日も湊若月(そうじゃくげつ)が参じている。



 摂政(せっしょう)蘇芳深雪(すおうのみゆき)はやはり勿体ぶった態度で相手をしていた。



「では、五日後に都を発たれると」


「はい。此度の話し合いで纏めた事案を持ち帰り検討致します。その際に虹霓国(こうげいこく)よりのご使者も我らと同道しては如何(いかが)かと」



女東宮(にょとうぐう)



 深雪が振り返り問うのに、ひとつ頷く。



「宜しゅうございましょう。取り急ぎ使節の長官(かみ)を指名致します」











 清涼殿(せいりょうでん)に移動するなり、深雪は前置き無く切り出す。




「という訳で女東宮。如何致しますか。名乗りを上げる者は多いのですが」



 榠樝(かりん)は渋い顔で昼御座(ひのおまし)についた。



「丁度良い者は居らぬのか」

「足して三で割れば良い気も致しますが」



「適当申しておるだろう、摂政」


「いえ、本心に御座います。月白凍星(つきしろのいてぼし)藤黄南天(とうおうのなんてん)菖蒲紫雲英(あやめのげんげ)を足して割れば丁度良いかと」



 何それ完璧。と榠樝は思った。

 できる訳が無いが。



「重臣を三人遣るわけにもいかぬし、三人遣ったら遣ったで足並みは乱れること間違いないな。歩調が違い過ぎる」


「御意」



 年齢と経験と立場とを考えると実に難しい。



「六家に限らず中納言辺りから選んで、補佐に紫雲英を付けるか」

「では副官(すけ)は菖蒲紫雲英で宜しゅうございますか?」



 頷き掛けて、榠樝は首を振る。



「……いや、待て。今一抹の不安が()ぎった」




 頭中将(とうのちゅうじょう)菖蒲霜野(あやめのそうや)ははらはらと成り行きを見守っている。

 甥が晴れの役目に預かるかもしれぬ折である。


 菖蒲家としては、次期当主の紫雲英が副官ともなれば晴れがましいことこの上なく。

 また、六家の中にても一際力を示せること間違いない。



「何も、この一度だけの使者、という訳でも無いな」



 榠樝は考え考え言葉を紡ぐ。



「長官を据え置き、副官を婿がねから順次選ぶか」

「なるほど。誰か一人を特別扱いはせぬ方針でございますな」



 うん、と榠樝は肯いた。



「単に均衡を考えてのことでもある。だが、同じ面々で当たった方が遣り易い面も多かろう。悩むな……」


「あと五日でございますので、長官と副官以外は臨時定(りんじさだめ)(はか)った者どもで宜しいでしょうか」



「頼む。それと頭中将」

「は」



神祇伯(じんぎはく)陰陽頭(おんみょうのかみ)を呼べ」







「神祇伯天藍木蓮子(てんらんのいたび)、参りました」

「陰陽頭朱鷺尾花(ときのおばな)、参りました」



 平伏する二人に榠樝は問う。



「こたびの使者に海難避けの護符を授けたい。できるか」



 二人の老人はさして気負うことなく答えた。



「可能でございまする」

「長官にのみ、で宜しゅうございまするか」



 榠樝は少し考える。



「長官と副官、それに湊若月にも渡したいのだが、良いだろうか」



 尾花が片眉を上げた。



「畏れながら申し上げます。それは虹霓国の威光を示すという意味で宜しゅうございますか」



 榠樝の口角が綺麗に上がった。



「その通りだ。頼めるか」



 木蓮子がゆっくりと頭を垂れた。



「我ら神祇官の威信を掛けて臨みましょう」



 尾花も続いて頭を垂れる。



「我ら陰陽寮も同じく。これ以上ない護符を献じて御覧に入れまする」












 そして三日が過ぎ、朱鷺賢木(さかき)が飛香舎の庭先に現れた。


「女東宮、今暇?」


 途端に檜扇が飛んで来た。



「なんて呼び方しますの無礼者!程がありましてよ!」



 堅香子(かたかご)が投げた檜扇を避ける姿も様になってきたな、と榠樝は妙な感心の仕方をした。




「暇ではないが話したい。これへ」

「お邪魔しますよっと」



 賢木が(きざはし)に腰掛け、榠樝は端近(はしぢか)に寄った。



「今度の使者の件だけど、国宝級の護符が届くよ。楽しみにしていてね」



 虹霓国の国宝は多々あるが、いずれも神代から伝わる霊験あらたかな代物で。


 持ち出すと荒れ狂う雷雨に見舞われる太刀だとか、顔を映されると魂が抜き取られてしまう鏡だとか、物騒なものが多い。


 勿論そうでない普通の宝物も多々あるのだが、曰く付きのものが多いのは事実だ。




「……気合入り過ぎじゃないか?」



 引き攣った榠樝の表情を見、賢木はにんまりと狐のように笑った。



「使節団は船酔いひとつなく、穏やかな航海になるだろうね。龍神さまは海神さまでもあられる」

「ああ。龍宮か。そうか、そうだな」



 榠樝は頷く。当たり前のこととして隣にあると、つい失念してしまうけれど。

 海に囲まれた虹霓国を、龍神は包み込むように守っているのだという。



「菖蒲紫雲英が副官に決まったって聞いた。暫定ではあるそうだけど。心配なんでしょう?初の外交のお役目だし」


「まあな。いろんな意味でな」



 遠い眼になった榠樝を見、賢木はひょいと木片を差し出した。



「今夜これ抱いて寝て。護符に女東宮の加護も付けよう。それを菖蒲紫雲英に渡そう」



 榠樝は胡乱(うろん)な視線を賢木に投げる。



「そんな粗雑でいいのか?精進潔斎(しょうじんけっさい)とかそういうのは?」



 賢木はにこりと笑う。



()()()()()()()ことが重要なんだよ。女東宮手ずからとなれば、抑止力も効くでしょう。暴走しないように」



 榠樝は一も二も無く護符を受け取り、真剣な表情で頷く。



「それはとても大事だな」



 斯くして。

 護符は虹霓国の威信を掛けての最高の出来となった。



「わたくしにも光っているのがわかるくらいですもの、相当ですわこれ」



 堅香子が(おのの)いた。

 呼び出された紫雲英も顔を引き攣らせている。



「渡すものがあると言うから参じたが、これは……遣り過ぎではないか?」



 榠樝はふふんと胸を反らせた。



「うんと念を込めた。道中無事であるように。また向こうでも何事も無いように。とにかく気を付けてな。喧嘩を売るでないぞ」



 紫雲英は胡乱な眼差しを向ける。



蘇芳紅雨(すおうのこうう)でもあるまいし。私がそのような愚を犯す訳がないだろう」

「自己肯定感が高過ぎなのですわ。鼻っ柱を折られぬよう、お気を付けあそばせ」



 山桜桃(ゆすら)がざっくりと断じ、紫雲英が眉を跳ね上げる。



「山桜桃に言われるようでは私もおしまいだな」

「何ですって?」



「言葉通りだ。幾ら私でもそこまで不遜ではないぞ」

「ま、どの口で仰るのかしら」



 山桜桃と紫雲英は相変わらずの喧嘩腰の遣り取りで。

 榠樝は少し眉を下げた。



「心配なのは本当だ。無事で居てくれ」



 紫雲英は笑う。




「貴方の加護とこの護符があれば、何も恐れることは無いだろう。行って参ります」



 颯爽と去って行った背中を見送って、榠樝は小さく吐息する。



「息子を送る母親というのは、こういう気持ちなのだろうか……」



 切なげなその様子に、堅香子と山桜桃が堪え切れずに吹き出した。







 斯くして、五雲国へ。

 虹霓国から初めての使節団が送られる。


 長官は月白凍星。副官は菖蒲紫雲英。


 虹霓国では王族に次ぐ六家の当主と、次期当主とを差し向けるという破格のものとなった。

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