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虹霓国の女東宮  作者: 浮田葉子
第八章 五雲国へ
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 紫宸殿(ししんでん)南庭に五雲国(ごうんこく)の使者が控えている。



 先日来菱雪渓(りょうせっけい)は使者の役目を解かれたらしい。

 今現在、使者に立っているのは湊若月(そうじゃくげつ)という温和な男だ。



 同盟を結ぶにあたっての話し合いでは、菱雪渓では高圧的に過ぎると判断されたらしい。



 湊若月は五雲国式の礼を取り、榠樝(かりん)らの前に跪く。

 御簾の奥からとはいえ、会うのはこれで二度目。


 そろそろ声くらい聞かせても良いだろうと思うのだが、摂政蘇芳深雪(すおうのみゆき)は首を縦に振らなかった。



 五雲国からの要求、女東宮(にょとうぐう)榠樝(かりん)の輿入れに否を返し、それ以降はお互いの妥協点を探っている状態である。



 さて、と湊若月は切り出した。



「先日は見事な宴にお招きくださいまして、まことにありがとうございました。虹霓国の文化はとても優し気で雅やかで。五雲国のそれとはまた、一味も二味も違いますな」



 深雪が勿体ぶって応える。



「お気に召したなら何より。湊どの、先日は軍事協力についてお話しさせて頂きましたので、本日は知識と技術の共有についてお話しできればありがたいですな」


「確かに。確かに」



 湊若月はにこやかに頷く。



「五雲国の優れた医学や天文学は、虹霓国(こうげいこく)に更なる発展をお約束できるでしょう」

「五雲国もまた、我らの抱く神秘の力を欲しておられる」



 深雪の言葉に湊若月の目がきらりと光った。



「ええ、その通りでございます。虹霓国に顕現する龍神の加護、また神祇官(じんぎかん)陰陽寮(おんみょうりょう)の抱く神秘の力を是非、五雲国にも取り入れたく存じます」



 深雪が榠樝に視線を向け、そして湊若月に向かってゆっくりと頷いた。



「同盟が成った暁には」

「是非とも」



 頷き合う二人に、榠樝は目を細めた。

 何とも芝居掛かって勿体ぶった遣り取りだ。



 確かに五雲国王、玄秋霜(げんしゅうそう)は虹霓国の神威を取り込みたいと口にしていた。

 五雲国にとって、神威は失われて久しい力という。



「摂政」



 榠樝は檜扇(ひおうぎ)に隠れてそっと、声を押さえて深雪を呼ぶ。




「は」


「その者に聞きたい。五雲国では神の加護を持った者は全く居らぬということはなかろう。扱いはどうしておるのだろうか」



 深雪はこほんと咳払いをし、湊若月に問う。



「女東宮がお尋ねである。五雲国において神の加護を持った者は、どのように扱われておるか、お聞きになりたいそうだ」



 湊若月は少し迷い、言葉を選んだ。



「五雲国において、神の加護を得た者は滅多に居りませぬ。自称するものや神秘の家系の者は居らぬわけではありませぬが、その力を使いこなせるのは、ほぼ王族のみにございます」



 深雪が目を丸くした。



「なんと」



 榠樝も何度か目を瞬く。


 玄秋霜があまりにも容易く不可思議な術を使っていたので、五雲国にもそういう組織があるものと思い込んでいた。


 王族のみの力だったのか。



「虹霓国女東宮におかれましては、夢の中にて我が王にお会いになられたと聞き及びます。そういったことができるのは、王族の血が流れる者のみにございます。従って、神秘の力を顕現した者はほぼ例外なく王宮へ召し上げられ、相応の扱いを受けることとなります」



「厚遇しておると?」



 深雪の問いには曖昧に微笑み、湊若月は答えなかった。

 つまりは後ろ暗いことがあるのだろう。



 榠樝は目を細め、胸の上に手を乗せる。

 鼓動と共に感じられる力。龍神の加護。この身に宿る神秘の力。




 神威。




 こちらに有って、あちらに無いもの。

 上手く運べば思った以上の効果が見込めそうだ。







 清涼殿(せいりょうでん)に戻るなり、榠樝は深雪に問い掛ける。



「五雲国に神の加護は無いと、失われて久しいと秋霜(しゅうそう)も言っていた。思った以上に貴重な切り札となりそうだな?」


「仰せの通り。ですが女東宮」



 深雪がじろりと榠樝を見た。びくりと肩を震わせる榠樝。



「軽率なお振舞は自重ください」

「う、む。だがしかし思い付いたことがあるのだ」


「お聞き致しましょう」



 榠樝はコホンと一つ咳払いをし、考えを語り始める。



「五雲国からすると、私がこの身に龍神の加護を持つことは想像以上に重いと思う。戦となれば嵐を以て打ち払うとの言も、世迷言とは思うまい」



 深雪が頷いて先を促す。



「であれば、もっと強気に出ても良いだろうと思うのだ」

「どのように」



「虹霓国の方が五雲国よりも強いと思わせる」

「は」



「あ、いや、言葉が足りぬな。ええと、優位に立っているのは五雲国ではなく、虹霓国の方だと印象付けたい」


「なるほど」



「ついては何か良い手はないだろうか」



 深雪は脱力するのを何とか耐えた。




「……お考えがあられるのでは無かったのですか」

「いや、思い付いたのだが、これと言った具体例が思い浮かばなくてな。ははは」



 深雪はふむ、と顎を摘まんだ。

 考え込む様子に、榠樝は頭中将(とうのちゅうじょう)菖蒲霜野(あやめのそうや)にも話を振る。




「頭中将、そなたは何か思い付かぬか」

「は……。はあ、そう、でございますね……。我が国が誇る卜占(ぼくせん)などは派手に見せ付ける要素とはなり得ませんし」



 虹霓国朝廷において。卜占は、結果を見誤ることがなければ八割当たる。

 神祇官も陰陽寮も、読み違えてはならぬと命懸けで臨んでいる。



 市井に降りればそこまででは無いが、ことによると百発百中、外れることのない占者(せんじゃ)の噂もある。流言かもしれないが、卜占に優れた者が多いのは確かだ。



「見せ付けるとなると、地味か。そうだな」



 例えば五雲国に優れた占者を派遣、朝廷にて外れぬ結果を延々見せ付けるのもいいかと思ったが。炎や雷が飛び交う訳で無し。派手さには欠けると思った。


 百人程を占って、違わぬ結果を出せばそれは充分見せ物になる気もするが。



「昨年の行幸の折に、女東宮の琴によって虹が現れましたのは、確かに神威でございましたね」


「ああ、あれはな。そうだな。だがもう一度やって見せろと言われても、確実にとは言えぬ。というか確率は半々を下回ると思う」




 頷く榠樝に深雪が首を振る。



「神威は派手に見せ付ける為のものではございませぬ(ゆえ)、私はこれと言って良い手立て思い付きませぬ」




 榠樝は小首を傾げる。



「派手で、見せ付ける、神威。誰もが目にすることのできる力……」

「陰陽術の類いで、何かこう、派手なものを……」




 (かつ)て。言霊(ことだま)によって。


 箱の中のものを、箱の蓋を開ける度に別のものに置き換えることができた術者がいたとかいないとか、そんな話を聞いたことがある。



 だが遠い昔の話だ。今はそのような術者に心当たりはない。



「……陰陽頭(おんみょうのかみ)に怒られそうだな」



 式神を使った術などは、そもそも式神を見ることができる者が限られている。

 資質無くば、見る事さえ叶わない存在だ。



「で、ございますね」

「無いか。こう、何か凄い手段」



 ふと深雪が顔を上げた。



「雨乞い、は如何でしょうか」

「毎年行う雨乞いの祭祀のことか?」


「御意。女東宮が祭祀を行われ、雨が降れば……いや、地味ですな」



 深雪は途中で首を振った。榠樝も頷く。



「うーん。王族が祈れば大体降るからな、雨」



 翡翠の血脈、虹霓国の王族が祈れば雨が降る。

 それが稀有な事象だということを、虹霓国の者たちだけが知らない。



「加護はそもそも見せ付けるものでは無く、密やかに祀るものだから、神器を見せる訳にもいかぬし。そもそも私とて未だ見たことは無いし」



 即位の際に一度だけ。虹霓国の王族に伝わる宝玉を見ることが叶う。

 口伝(くでん)では輝く翡翠の玉だというが、見たことがあるのは代々の王であった者のみで。



「王以外に見ることは許されぬ。となると……手段が無いな」



 霜野がぽろりと口を滑らせた。



「捏造するわけにも参りませぬし」



 榠樝がぱちぱちと目を瞬く。



「捏造」



 霜野は慌てて言い繕う。



「いえ、龍神さまの加護のある品である、とかなんとか勿体を付けて女東宮から何某(ナニガシ)かを下賜する……とか、思い付きましたもので」



 榠樝は流石に顔を顰める。深雪は渋い顔をして考え込んでいた。



「摂政さま、もしや悪い手段でも無いと、お考えであらせられますか?」



 霜野の言葉に対し、深雪は渋い顔を崩さぬまま沈黙を保った。

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