九
清涼殿昼御座にて御前定が開かれる。
皆よく眠れなかったのだろう。
隈の浮いた顔があちこちに見受けられる。
摂政蘇芳深雪が開始を宣言する。
榠樝が声を張った。
「皆、考えてくれただろうか。私の考えは変わらぬ。五雲国と同盟を結びたいと思う」
昨日よりは動揺は少ない。
けれど当然のこととして反発は出る。
榠樝は深雪に視線を送る。
深雪は頷いて発言した。
「摂政として、蘇芳深雪は女東宮のお考えを支持するものである」
響動めきが場を揺らす。
「五雲国との戦を回避する為、最良かつ唯一の判断と存ずる」
榠樝は頷き続けた。
「仮に五雲国と戦になれば、我が虹霓国は滅亡の危機に晒されることとなる。戦を避け、民を守る為の解決策として提案する」
こほんと小さく咳払いし、榠樝は続けた。
「五雲国と同盟など有り得ぬ。許し難い。そう思う者も居よう。だが、表面的なものであってもいいのだ。五雲国との同盟は一時的なものと考え、次の手段を模索する時間稼ぎであってもいい。或いは誼を通じ五雲国の弱みを探る手段とも考えられよう」
しかし、と公卿から声があがる。
「それをも拒絶されたら如何致しましょう」
「また次の手段を考えよう。とにかく戦を避けねばならない。或いは」
榠樝は深雪を見、頷き、それを口にした。
「どうしても他の手段が無いとなれば、私は五雲国へ赴こう」
かつてなく、清涼殿は揺れた。
深雪が場を静める。
「女東宮のお覚悟はわかりました。皆、意見があれば述べよ」
次々に声があがる。
女東宮を五雲国に送ることだけは避けたい。
例え戦となってでも、それはすべきではない。
そういった声に榠樝は問う。
「ではどうする。何か手段はあるか。同盟を申し出ず、我が身を差し出さず、五雲国が手を引くに能う策はあるか」
誰も、何も、言えなかった。
「あるまいよ」
榠樝は吐息を零すように呟く。
深雪が続ける。
「だからこそ、同盟が最善策だと私は思う」
「であれば」
右大臣菖蒲紫苑が声を上げた。
「どうにか我が国が有利となる、或いは最低でも不利にならぬ、同盟の条件を捻り出さねばなりませぬ」
そこからは建設的な会議となった。
皆、積極的に前向きな案を上げ、活発に議論をする。
大納言黒鳶夕菅が発言した。
「同盟を結ぶにあたっての条件として、外交施設を設けるべきではないでしょうか」
「大宰府ではなく、か?」
「然様にございます。交賓殿とか、遣外館とか、そのような名称の使節を大内裏に置き、また五雲国にも同様の施設を置かれると宜しいかと」
中納言縹苧環が問う。
「それは常に各々の国に滞在すると考えて宜しいのですか」
「そう想定しておる」
「一時的な滞在ではなく、長きに渡り住居すると。それはやはりそれ相応の位階の者でなくてはなりませんね」
大納言月白凍星が手を挙げた。
「両国の婚姻を持って結ぶという手段もございましょう。例えば六家の者を五雲国へ嫁がせ、またはあちらよりの輿入れ先を六家とする」
中納言蘇芳躑躅が苦く顔を顰めた。
「良き手段かと存じますが、己の娘を敵国に嫁がせたい者は居りますまい」
「何も妻で無くとも良いのです。此方より婿を送り込むこともありましょう」
また場が騒めいた。
征討大将軍となった藤黄南天が発言する。
「最終手段として、戦になった場合のことも考えておかねばならぬと存じます」
「そうならぬ為の同盟であろう。控えよ」
兄である中納言藤黄橘が弟を嗜める。
「いや、戦となっても負けぬ算段だけは立てておきたい」
榠樝が頷く。
「そうならぬように、その前に私が五雲国へ行くがな。どうしても止められなかった場合、龍神の加護を願おうと思っている」
深雪が額を押さえた。
「畏れながら、何をなさるおつもりですか」
「五雲国の王を巻き込んで宮廷を破壊しようと思っている」
真面目に答える榠樝に全員が顔を引き攣らせた。
「我が身に龍神の加護あり。多少無茶でもこの身を捧げれば、龍神さまとて少しくらい融通してくれよう」
「なんつー無茶を……。流石にお止めください。他の手段を考えますので」
南天が引き攣った顔で止める。
左大将蘇芳銀河が物凄い顔で睨んでくる。
後で酷く怒られるかもしれない、と榠樝は思った。
「半分冗談だが、」
「半分は本気と仰る?」
検非違使別当黒鳶野茨の鋭い突っ込みに榠樝はわざとらしい咳をして誤魔化す。
「ともかく。軍事的抑止力として征討軍と光環国の海防は大きい。同盟を結ばねば五雲国の損失となるという点をとにかく主張せねばな。五雲国の王に対してその辺はだいぶ圧力を掛けて置いた。良い様に取り計らってくれるだろう」
深雪が少し不審な表情で榠樝を見た。
「うん?なんだ、摂政」
「女東宮は彼の国の王がこちらを慮ってくれると信じておられるのですか?」
榠樝は少し小首を傾げた。
「だといいと思ってはいるが、確証はない。だが、悪いようにはしないだろう。いつぞや誰かが言っていたではないか。ほら、なんだったか、惚れた女には男は弱いもの、だったか」
月白凍星が笏を取り落とした。
からん、と間抜けた音が虚ろに響く。
「女東宮、畏れながら、それは五雲国の王が、畏れ多くも女東宮に想いを掛けていると……?」
震える声に、榠樝は少し考えた。
「そういえば、言ってなかったか?私のような者こそ后に相応しい。傍で支えてほしいと言われた」
清涼殿は本日二度目の阿鼻叫喚となった。
「それは求婚ではございませぬか!!」
「うん。求婚された」
「女東宮!!!」
「なんということだ!!!」
「政略結婚ではなく恋愛結婚の申し込みだったのか!!?」
あちこちで素っ頓狂な叫び声が飛び交い、榠樝は少し頬を掻いた。
「……言ってなかったな。はは。すまぬ」
深雪は静かに額を押さえた。頭痛を堪えているようだ。




