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虹霓国の女東宮  作者: 浮田葉子
第七章 対決の時
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「聞かせてくれ」




 秋霜(しゅうそう)は頷いて、榠樝(かりん)の視線を絡め取る。

 榠樝も負けずと睨み付けるように目に力を込めた。




「まず、虹霓国(こうげいこく)は龍神の加護があることは知っているでしょう」


「それが、五雲国(ごうんこく)が虹霓国を手に入れたい理由の一つだ。我が国から神の加護は消えて久しいからな」




 榠樝は頷き少し身動(みじろ)ぎした。


 秋霜が少し身体を離す。


 榠樝は自身の胸に手を置き、言った。




「ここに、龍神の加護がある。見える者には(しか)と見える力がある」


(うっす)らとなら、私にもわかる」


「なら話は早いわね。それなら龍神の加護が虹霓国を守るだろうことも伝わるでしょう。例えば戦船(いくさぶね)が虹霓国に押し寄せたら、嵐がそれを薙ぎ払うわ」


「神風か」



 榠樝は頷き続ける。



「そして現実的な武力もある。虹霓国は海防に光環国(こうかんこく)の力を得た。亡国の王女が直々に力を貸してくれると約束したわ」




 秋霜が目を(みは)る。



「生き残りが居たのか!」


「ええ。そして陸には征討軍。組織され、訓練された軍隊よ。最早虹霓国は、武力の無いか弱い島国では無いの。五雲国と戦えるだけの力を手に入れた」




 秋霜は榠樝を凝と見詰める。


「嘘でも誇張でも無いわ。力はある。それでも私はそれを使うことを望まない」


 榠樝の眸は揺らがない。


「何故」




「人が死ぬのは嫌だからよ。兵の命が消費されるのも、無辜の民が害されるのも御免だわ。虹霓国の民も、五雲国の民も、死なせたくないのよ」




 心のすべてを込めて。言葉を尽くして。

 伝わるだろうか。伝えられるだろうか。




「五雲国の属国にはならない。けれど手を取り合って、共に進む相手にはなれるかもしれない」




 秋霜は泣きそうに顔を歪めた。




「夢物語だ」

「そうよ。夢物語よ。五雲国の民が浮かされているのと、同じものよ」




 榠樝は手を伸ばした。

 秋霜の束縛は弱くなっていて、今なら振り解ける。


 けれど榠樝は秋霜の頬に手を触れる。




「同じ夢物語なら。まだ、現実ではないのなら。同じだけの力を持つわ」




 榠樝は必死で言葉を紡ぐ。


 秋霜の心に届く言葉を、心を動かす言葉を探す。




「私と同じ夢を見て欲しい。お互いに害することなく、手を取って。未来を掴みましょう。平和は恩恵を齎すわ。平和であることが利益を生むわ。戦で破壊し損害を出すより、ずっと得だと思わない?」




 秋霜が唇を震わせる。




「それを私に信じろと?」




 榠樝の手を取り、指を絡め、引き下ろす。




「そうよ」




 柔らかく力を込めて、握る。




「そうやって私に、五雲国の朝廷を説得しろと?」




 目を逸らさない。




「そう言ってるのよ」




 秋霜は泣き笑いの表情で言う。






「やはりそなたしか、居ない。私の后になるなら、榠樝でなくては駄目だ」






 榠樝は優しく微笑んだ。




「なら、頑張って」




 潤んだ双眸が星のように煌めく。




「私が好きにならずにいられないくらい、立派な王になって。対等な立場で求婚してきてよ」




 美しいな、と秋霜は見蕩れる。

 可愛らしい少女どころか、無敵の女神だ。


 榠樝は秋霜を抱き締めるようにして囁く。




「虹霓国を敵に回しても益は無い。そう説得できるだけの文書を送るわ。戦が五雲国に不利益をもたらすことを証明するわ」




「使節を以て?」


「使節を以て。虹霓国の女東宮が証しする」




 榠樝は力強く微笑んだ。


 その輪郭が淡く発光する。

 澄んだ翡翠の色だ。




「龍神の加護の力か……」


 秋霜が目を細める。


「美しいな」


 榠樝は手を差し出した。




「この手を取らねば、虹霓国の龍神は五雲国に加護を与えはしない。虹霓国を蹂躙するなら、龍神は神威を以て五雲国を排除する」




 榠樝は手を差し出したまま、秋霜の目を覗き込んだ。


 翡翠色の淡い光。

 爪先まで、髪の先まで輝かしい。




「この手を取って。共に、いきましょう」




 行きましょう。

 生きましょう。




 二つの意味を込めて。それ以上の心を込めて。


 榠樝は言った。




「私は選んだ。貴方も選んで」










 そして、目を開ければそこは清涼殿(せいりょうでん)昼御座(ひのおまし)




 榠樝は(しとね)に座して前を見据える。


 心は決めた。


 後は実行するだけだ。




 目の前には不安に揺れる顔、焦りに満ちた顔、苦渋の顔、顔、顔。




 無理もない。


 榠樝はすっと息を吸う。




「さて、再開するとしよう」




 声は思いの外強く、大きく響く。

 公卿たちを前に、榠樝は泰然として宣言した。


 相変わらず紛糾する会議に摂政、蘇芳深雪(すおうのみゆき)は苛立ちを抑え意見を調整していた。


 だが静かな表情の榠樝を見、不審そうに目を細める。



「女東宮、何か策を思い付かれましたか」



 榠樝は少し眉を寄せた。



「うむ。容易くはないが、悪い手段ではないと思う」



 だが、この場で口にしても反発は必至。


 どうするか。


 深雪はそんな葛藤すら見透かしたように発言を促した。



「まずはお聞きせぬことには、良いも悪いも判断できませぬ。どうぞ、女東宮のお考えをお聞かせください」



 頷き、榠樝は居並ぶ公卿の顔を見渡す。

 一人ひとり、余さずしっかりと。


 そして口を開いた。




「五雲国に同盟を申し入れようと思う」



 場は本日で一番響動(どよ)めいた。



 無理もない。



 遂に錯乱したかと思われたかもしれない。

 榠樝は狼狽する皆の顔を見渡し、言う。



「錯乱しても居ないし、熟慮の上だ。と申した所で伝わりはしないと思う。しかし再度言おう。私は五雲国に同盟を申し入れるのが良いと判断した」



 深雪が真意を量り兼ね、眉を寄せる。



「何故にそのお考えに辿り着いたかお伺いしても宜しいでしょうか」



 榠樝は頷き、緊張で乾燥した唇を舐めた。



「我が身に龍神の加護があることは先程述べた通りだ。そして、五雲国の王には夢を渡る術がある」



 突然何を言い出したのかと(ざわ)めく一同に、無理もないと榠樝は思った。



「信じられぬだろうが、先程私は彼の王と会い言葉を交わした」



 蜂の巣を突いたような騒ぎとなった。

 収拾が付かなくなりそうで、というか既に大混乱だが、榠樝は霜野に命じる。




「陰陽頭と神祇伯をこれへ。我が言を証してもらう」



 跪き(こうべ)を垂れ、霜野は身を翻して走り出した。







 呼び出された陰陽頭朱鷺尾花(ときのおばな)と神祇伯天藍木蓮子(てんらんのいたび)は静かにその場に畏まり額付(ぬかづ)いた。



「二人に問う。私に龍神の加護があることは真実(まこと)だな」



 二人は睫毛を伏せ、(うなず)く。



「真実にございます」

「間違いございませぬ」



 榠樝は頷いて続ける。



五雲国(ごうんこく)の王が夢を渡る(すべ)を持っているということを証しできるか。私は先程彼の王と言葉を交わした。事実であると証明したい」



 神祇伯、陰陽頭はそれぞれちらりと榠樝を見た。



「我らに証しする術はございませぬ」



 陰陽頭の言葉に場が騒めく。されど、と神祇伯が続ける。



「されど、女東宮の身に異国の力の残滓が見えまする」

「我が国にあるどの術式とも違うと見えまする」


「しかしながらそれを見えぬ人々の目に映るようにする術を持ちませぬ」



 神祇伯、陰陽頭はそれぞれ頷く。



「我らが証できるのは、我らには見えるということのみ」

「我らは女東宮のお言葉に偽りなきことを、我らの名において宣言致しまする」



 虹霓国の神秘を司る二機関の長官(かみ)が宣言した。


 それだけで充分。




 榠樝は未だ響動めく公卿らを見、言う。



「ひとまずは持ち帰り、それぞれ考えてみてほしい。私は五雲国との戦を避け、且つ属国とならぬ為に正式な使節を以て、同盟を提案したい。我らに残された時間は少ない。明日、それぞれに答を求める」


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