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虹霓国の女東宮  作者: 浮田葉子
第七章 対決の時
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「あー。なんとかせねばならんが、どうすればいいのか」




 清涼殿(せいりょうでん)昼御座(ひのおまし)ではありえないような状態で。


 つまり榠樝(かりん)御帳台(みちょうだい)にも入らず、畳の上で大の字に寝転がった。




 とにかく戦は回避したい。


 せねばならない。




 国家の存続を守る為に自分を犠牲にする。


 それも確かにひとつの手段だ。




 しかし、五雲国(ごうんこく)虹霓国(こうげいこく)を属国としたい旨を一番先に提示して来た。今もその気持ちは変わっていまい。




 つまるところ、榠樝が五雲国王に嫁いだところで虹霓国の存続は担保されない。


 寧ろ良い足掛かりとして併合の口実にされ兼ねない。




 悪手である。




 となれば軍事的抑止力を見せるのが肝要だ。

 五雲国が戦を仕掛けた場合に大きな損失を被る可能性を示す。


 その為に、虹霓国が十分な軍事力を持っていることを提示しなくては。




 つまりは光環国の助力を得た海防の力を誇示し、龍神の加護で増強、鉄壁の守りに見せ掛ける。

 実際はどうあれ()()()()()のが肝要だ。




 また、虹霓国の民や貴族層の感情が、女東宮を差し出すことに強く反対している場合、その国民感情を利用して、五雲国との交渉を強化することも可能かもしれない。




 五雲国に対して「国全体の反発があるため、無理に従えば不安定になる」と示す。


 つまり、「女東宮を差し出すことを選べば国内で蜂起が起こるだろう」とかなんとかかんとか。






 考えが上手く纏まらない。


 榠樝はぐしゃぐしゃと髪を掻き乱す。

 少し冷静さを欠いている自覚はあった。



 そも、五雲国の王は何故、虹霓国が欲しいのだろう。



 榠樝は天井を仰ぎ、目を細めた。


 実際に問い質さなければならないだろう。


 ()()()


 その為にも何としても、夢のあの場所で夏彦に会わねばならないというのに。



「肝心な時に出て来ないとは、どういうつもりだあの男」



 忌々し気に(うな)って榠樝は目を閉じた。

 とにかく落ち着いて、考えを纏めなければ。












 霧のような乳白色。空は鈍い灰青色。

 星は無く、少し風がある。

 そして東屋(あずまや)




 待っていた。


 待ち兼ねていた。




 東屋で仁王立ちしている榠樝に夏彦は笑って見せた。




「待っていたぞ、夏彦。いや、五雲国王(ごうんこくおう)

「待たせて済まなかったな、私の榠樝姫」



 榠樝は傲然と顎を上げて宣言する。



「誰がそなたの、だ。私は誰のものでもなく、私自身のものだ」



 夏彦が、いや五雲国王が綺麗に礼をとった。

 五雲国の挨拶なのだろう。



「五雲国王、玄秋霜(げんしゅうそう)である」



 一礼し顔を上げた夏彦は、いや玄秋霜はいつもの(くつろ)いだ恰好ではなく、何やら畏まった衣装を着け、じゃらじゃらと玉簾(たますだれ)の付いた冠を被った姿に変わっていた。



 秋霜を上から下までゆっくりと眺め、真面目な顔で榠樝は問う。



「私も畏まった格好の方が良いだろうか」

「……気にする所はそこでは無かろうよ」



 榠樝の姿はいつもの袿姿。



「ここでの服装の変え方がわからないのでな。そなたのそれは正装だろう?それともそれが普段着か?」


「こんなもの普段から着ていられるか。正装だ正装。どうやら私の正体が発覚(バレ)たようだからな。格好つけてみただけだ。気にするな」



「なるほど?」




 榠樝は髪を揺らすと瞼を閉じて集中する。



 と、見る間に翡翠のかさねの姿となった。

 流石に冠などのすべての装飾品を身に付けた物具姿(もののぐすがた)ではなかったが。


 儀式用ではないが正装である。




「ほう。凄いな。そなた異能(ちから)の使い方を心得ているのか」



 心底感心した風に秋霜は嘆息する。

 榠樝は首を傾げた。



「さて?気合を入れたらどうにかなりそうな気がしたので、そうしてみたまでだ」



 雑な回答に秋霜は今度こそ笑った。



「そなたはやはり面白い。我が后に相応しいのはそなただ、榠樝姫」



 榠樝はいつの間にか手に持っていた檜扇(ひおうぎ)をぱらりと翻す。



「そこなのだが五雲国王どの」

「秋霜と呼べ。それと話し方がいつもと違う」



 不機嫌そうに訂正され、榠樝は咳払いして言い直した。



「では秋霜どの」

「口調」


「ええい、こうして虹霓国の女東宮として会っているのだから口調くらい変わるわ!」



 榠樝はぎゅっと鼻の頭に皺を寄せて威嚇し、再度咳払いした。



「改めて問いたい。私を后に望むのは何故だ。虹霓国(こうげいこく)を平らげて、五雲国に何の益がある。」



「益はある。五雲国は霄漢国(しょうかんこく)の栄華を再び取り戻すべく動いている。というか、国そのものが夢に浮かされている」



 自嘲的な口振りに、榠樝は少し眉を寄せる。



「王の意を無視する者が多いのか?」


「少し違う。五年ほど前のことだが、我が国が光環国(こうかんこく)を始めとして小国を幾つか平らげたのは知っているな」



 頷く榠樝に秋霜は続ける。



「あれは我が兄の代の話だ。兄は生まれた時から領土拡大を義務付けられた王だった。曾祖父の代からだろうか、五雲国は霄漢国の再来を夢見ている」



「領土を拡大し、世界を支配した霄漢国。その再来ということは、世界征服?」



「そう。馬鹿らしいと思うだろう。だが我らは生まれ落ちた時から聞かされる。生まれる前から、母の肚に居た時からずっと、聞かされ続けた物語だ。祖父はそう育ったし、父もそう育てられ、私をそのように育てた。今やその夢物語を聞いたことのない国民など居ないだろう我が国だ」



 途方の無い夢。

 かつて在った巨大な王国の復活。

 その頂点に立つ。


 榠樝は少し睫毛を伏せた。



「だがその国も滅びた」



「そう。その通りだ。だが誰もが信じ切っている。五雲国は《《そうではない》》のだ、と」


「見果てぬ夢か」



 秋霜は少しだけ冷めた視線で榠樝を見詰める。



「だが生きた夢だ。少しずつ、五雲国はその領域を拡大している。虹霓国はその途中にある。手に入れねばならない国だ」




「そんな理由で国を渡す訳にはいかんな」

「虹霓国を優遇する。そなたも王后(おうこう)として迎え入れる。そう言ってもか?」




 榠樝は秋霜を見上げ、その目を睨み付けるように強く見詰めた。


「光環国は滅ぼしたのに?」


 秋霜はしっかりと榠樝の眼を見て答えた。




「虹霓国は滅ぼしたくない」

「何故」


「そなたに惹かれたからだ。そなたの国だからだ」




 榠樝が目を(みは)る。




「毒殺しようとしたくせに」

「それはそなたに会う前だろう」




 少し気まずげに秋霜は視線を揺らした。




「そなたに会って、話をして、惹かれた」

「惹かれる程の何かを話した覚えはないんだが」




 心底不思議な榠樝だが、秋霜にとってはそうではないようで。




「琴の音が素晴らしかった。最初はそれだけ。見てみたら存外可愛らしかった。話したらもっと可愛らしかった。恋に落ちるのは簡単なものだ」




 榠樝の頬が朱に染まる。




「ほら、可愛い」




 手を伸ばされ、榠樝はぞんざいに檜扇で払い除けた。



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