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虹霓国の女東宮  作者: 浮田葉子
第六章 月白の闇
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 棕晨星(しゅしんせい)は手を尽くしたが、天恵人参(てんけいにんじん)が無いことには福徳延寿丸(ふくとくえんじゅがん)は作成できない。


 月白六花(つきしろのりっか)の容体は悪くなる一方で。

 月白凍星(いてぼし)は出仕を止めて六花の側についていた。






 榠樝は清涼殿(せいりょうでん)昼御座(ひのおまし)で難しい顔をして考え込んでいた。


「天恵人参の不作までは虹霓国(こうげいこく)ではどうにもできぬからな」


 しかも輸入先は五雲国。現在一触即発の危うい関係でもある。

 摂政蘇芳深雪(すおうのみゆき)はやはり難しい顔をして頷く。


「ですが天恵人参は我が国にとっても重要な薬草でございます。やはり栽培の方法を模索するべきかと存じます」


 右大臣菖蒲紫苑(あやめのしおん)が首を振る。


「それは前王(さきのおう)陛下の時に失敗に終わったではありませんか。虹霓国に天恵人参は根付かぬのです。土地の相ばかりは如何ともし難く」



 天恵人参は五雲国の特産品であるとても貴重な薬種だ。

 それこそ喉から手が出るほど欲している者は数多い。


 そして、虹霓国では何度試しても根付かなかったものでもある。




「あの時は失敗したが、此度は成功するかもしれぬ」

「費用も時間も掛かり過ぎるのです」

「では右大臣はどうしたらよいと思われるのだ」

「それは……」


 榠樝はぱしんと檜扇(ひおうぎ)で手を打った。


「争っても埒が明かぬ。誰ぞ良い手段()は思い付かぬか」


 (ざわ)めく場、すっと手を挙げた者が居る。


(はなだ)中納言苧環(おだまき)。何か良い手段が?」


 苧環は穏やかに微笑む。




「天恵人参が駄目なら、他の物を使えば宜しゅうございます。幾らかの薬では天恵人参の代替品が使われると耳に致しました。変えられるもので、我が国でも栽培可能なものを典薬寮に命じ、育てさせては如何でしょう」



 場はまた騒めいた。


「そのように簡単に行くのか?」

「無茶を申される」


「いや、良いかもしれぬ」


 榠樝は頷く。


「前に天恵人参の代わりに黄精を使うという薬の話を聞いた。霊芝延命湯(れいしえんめいとう)というそうだが、そういう風に代わりになるものを育てさせよう」


 深雪が不審な表情をして紫苑と顔を見合わせる。


「女東宮は何故そのようなことをご存じなのですか?黄精というものは寡聞(かぶん)にして存じあげませぬが」


「うん。前に少々気になることがあって医官に聞いたのだ。黄精は地黄(じおう)ともいい、我が国でも栽培されているという。補血、強壮の薬として、貧血や虚弱体質の改善に使ったり、血が薄くて体力がない者、血が濃厚でいて打撲時に内出血しやすい者にも処方するそうだ」


 深雪が感心半分、呆れ半分の微妙な表情で榠樝を見る。

 まるで薬師見習いかのようだ。


「よくもまあそこまでご存じでいらっしゃる」

「少々興味があってな」


 榠樝は少しだけ得意げに顎を反らせた。

 が、すぐに真面目な表情に戻って続けた。


「渡来の物は貴重で珍重せねばならんが、我が国で代用できるものを作っておらぬと、入って来ない時に酷く困るな。自給自足が肝要だ。特に生命に直結する食べ物や薬や、そういったものをだ」


「御意」


「同時に天恵人参の栽培も進めてくれ。摂政の言った通り、此度は前回から学んだことが生かされ、上手く行く可能性が皆無であるとは言えぬだろう。土地の改造は酷く手間だが、試してみる価値はあると思う」


 多大な財を投資したとしても、成し遂げられればそれ以上の益が出よう。









 凍星は苦し気な六花の額の汗を拭いてやる。

 熱に浮かされ意識は無い。

 凍星は祈るように呟く。


「……知左(ちさ)。四郎を守ってやってくれ」



 そっと棕晨星が入出する。手にした盆には薬湯と吸い飲み。


「福徳延寿丸では無いのだろう。効くのか」


 黒く隈が浮き、酷くやつれた表情の凍星に棕晨星は薬湯を差し出した。


「こちらは殿にでございます。お飲みくださいませ。お倒れになられます」

「六花は」

「こちらを」


 吸い飲みを見れば琥珀色の液体が揺れていた。


「気休めにしかなりませぬが、咳が抑えられまする。さすれば体力の消耗を少し遅らせることができます故」


 凍星が頷くと、棕晨星は六花をそっと抱き起し、吸い飲みを咥えさせた。


「さ、若君。少しずつ、お飲みなされ。少ぅし息が楽になりまする」


 六花は薄く目を開いて困ったように微笑む。


「苦いの、いやだあ」

「大丈夫。甘みを加えてございます」


 恐る恐る一口含んで、六花は眉を下げた。


「あんまり、苦くない」

「はい。さ、慌てず」


 凍星は凝と二人を見詰めていた。

 睨み付けるような強い眼差しだった。


「ちちうえ」


 六花がなんとか微笑む。


「ぼく、だいじょうぶよ。だからおしごと、いってください」


 女東宮をお助けして。と言い残して、六花はすとんと眠りに落ちた。

 棕晨星は上掛けをそっと直し、凍星に向き直る。


「お話がございます。ここでは若君に障りましょう」


 凍星は頷くとそっと御簾を上げ、廊下に出た。

 静々と棕晨星が従う。






 二人は寂寥(せきりょう)とした庭に降りた。

 赤や黄色に染まった葉は散り始めていた。


 冷たい風が頬を刺すように通り過ぎる。

 かさかさと音を立てて枯れ葉が転がっていく。



 重い口を開き、棕晨星が述べた。


「五雲国よりの使者を追い返した件にございまするが」


 凍星は頷きもせず視線だけで先を促す。


「やはり彼の王は女東宮をお望みです。何とかせよとの仰せでございました」

「何とかせよも何も、どうにもできぬ」

「説得に成功すれば天恵人参に困ることも無くなると」


 凍星が深く溜息を吐いた。


「どうしろというのだ」

「女東宮が五雲国へ嫁ぐ方向へ議論を導くようにとのことです」

「無理難題だな」


 棕晨星は深く深く溜息を吐く。



「説得できなければ天恵人参を今後一切輸出せぬとまで仰せでした」



 ぎり、と凍星が唇を噛んだ。


「六花と女東宮を天秤に掛けよということか」


 棕晨星は頷いた。


「こちらの立場はわかっているのだろう。六家の一当主に過ぎない私が、女東宮をどうにか出来るはずなど無いのも、わかった上での言だろう。私の息子の命が惜しければ何としてでも女東宮を動かせと……!」


 榠樝をどうにかしたとして、その後に摂政の蘇芳深雪が立ちはだかる。

 どうあっても女東宮が五雲国へ輿入れすることはあるまい。

 だが、天恵人参が手に入らない今、六花の命は風前の灯火。


「上手く運べば、虹霓国内に確保してあるものをすぐにでもお渡しできるそうです」


 棕晨星の台詞に、凍星は崩れ落ちるように膝をついた。


「知左……」


 苦し気に、血を吐くように凍星が呼ぶ。


 今、傍に居てくれたら、と。



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