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虹霓国の女東宮  作者: 浮田葉子
第五章 外寇の事
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 清涼殿(せいりょうでん)昼御座(ひのおまし)榠樝(かりん)は摂政蘇芳深雪(すおうのみゆき)と蔵人頭菖蒲霜野(あやめのそうや)を前に頭を悩ませていた。


「どう思う?」



 右近衛大将藤黄南天(とうおうのなんてん)寄越(よこ)した(ふみ)は頭を悩ませるに十分すぎる代物だった。


「どう思うと仰せられましても、右大将の僭越(せんえつ)に過ぎると存じますが」


「うーん……だが悪い手段()では無いと思うのだ。陣定(じんのさだめ)(はか)ってみてはどうだろう」



 征討軍を率いて北上した南天の(いわ)く、五雲国(ごうんこく)に恩を売れるかもしれない。


 北の大宰帥(だざいのそち)の丁寧な文と合わせ、ことのあらましはわかった。





 北方へ襲来した海賊が光環国(こうかんこく)の残党であったこと。


 その頭目が王女ソナムであったこと。


 虹霓国(こうげいこく)だけでなく五雲国の者も多く捕らわれていたこと。


 その多くを救出できたこと。


 虹霓国に残りたいと願う一部の者を除いて、多くが五雲国への帰還を望んでいること。


 女東宮の命により、それらを正式に送り届けてはどうか。



 それが一つ。そして更に一つ。


 南天は光環国の王女を、都へ連行したいという。

 榠樝に会わせたいのだそうだ。


 光環国の王女、ソナムを榠樝の配下に置き、海沿いの警備を任せてはどうかと書かれてあった。


 細かい話は直にしたいと、相変わらずの雑な文に榠樝は苦笑するしかないのだが。




 深雪はソナムを都に連行することには断固として反対だという。


「ましてや女東宮に拝謁(はいえつ)など、有り得ぬ」


 不機嫌極まりない深雪に、榠樝は苦笑を深くするしかない。


「五雲国への人質の送還は悪く無いと思う」


「その点のみ、賛成にございます。ですが亡国の王女を、しかも我が国に攻め込んで来た者を女東宮に拝謁させるなど、断じて、あってはならぬと存じます」


 とても力の入った断じて、である。これを動かすのは難しい。



「王女を人質に取り、光環国の残党に沿岸警備を任せるのは、考えてみても良いかもしれませぬ。裏切れば即刻、王女の首級(くび)を落としましょう」



「物騒だな、摂政。我が国に今や死罪は無いぞ」

「復古すれば宜しゅうございます」


 どこまでも本気な深雪。

 榠樝はそっと檜扇の影に顔を隠した。


「ひとまずは、五雲国への使節の件、諮らせましょう」


 摂政は陣定に出席はしない。王と同じく決裁者の側であるからだ。


「宜しく頼む」








 陣定は大いに荒れた。

 ともかく、前例がない。異例尽くしの出来事である。




 五雲国へ人質を返還することは良し。

 けれどその際、こちらの有利になる条件をつけるべし。

 余計な刺激をせぬように、顛末だけ伝えて送り届けるのみが良し。



 などなどなど。



 一方の光環国の王女の件は更に熱く意見が交わされた。


「亡国の王族が攻め込んできたのです。無論国外退去させるべきと存ずる」


「いや、上手く利用すれば、右大将の言の如く湾岸警備を充実させられるやも」


「敵として襲って来た相手を信用などできませぬ。反対にございます」


「そこは王女を人質にという摂政さまの案に賛成でございます」


「だが、それで五雲国への備えになるだろうか。或いは逆撫ではしないだろうか」


 ああでもない、こうでもない。




 奏文(そうぶん)を手にした榠樝は顔を顰めた。

 意見は真っ二つ。

 どちらを選んでも禍根が残る。だが、


「一応の決定は出たのだな。よかった」


 結論出ず、と提出されたらどうしようかと思っていた榠樝だ。


「五雲国への使節は早々に出立させよう。書状は私が書かねばなるまい。北の大宰帥に命じて、大弐辺りを使者に立てるか」


 腰を浮かせる榠樝に、深雪は冷ややかに述べた。


「書状も北の大宰帥に書かせるが良いかと存じます」


 榠樝は少し考える。


「虹霓国の王からではなく、()(まで)海賊を退治し、人質を助けた大宰府からの使節ということか」


然様(さよう)にございます。女東宮は、極力五雲国との接触を避けるべきと存じます」


 静かな深雪の言に、榠樝はごくりと喉を鳴らした。


 それはつまり。




「私では、付け入られる隙を見せそうか?」


「畏れながらその通りにございます」




 御簾の向こうで蔵人頭、菖蒲霜野が眉を寄せた。


 深雪に刺さるような視線を向けているが、当の深雪はどこ吹く風だ。


「女東宮を妃に、などと(たわ)けたことを申す異国の王に、女東宮のお手跡()を拝させるなど以ての外。太宰帥でも過分にございましょう」


「……そっちか」


 深雪の台詞に榠樝は思わず呟いた。



 女人が恋文への返信を認めるのはある程度親しくなってから。

 それまでは女房などに代筆させるのが常だ。


 国書は恋文では無いのだけれどなあ、と榠樝は思った。

 まるで過保護な堅香子(かたかご)のような言い分だ。深雪らしくも無い。



「ともかく、右大将は()く帰還させよう。直に聞きたいこともある」


「異論ございませぬ。しかしながら光環国の王女の件は承服し兼ねまする。北の大宰府に留め置くが宜しいかと」


 畏れながら、と霜野が口を挟む。


「いつ逃げられるとも知れぬ北の地に置くよりは、首に縄掛けて右大将どのに連れて来させるのが良いかと存じます」


 深雪が眉を寄せる。


「亡国でも王族だ。何処に心棒者が居るとも限らぬ。もしそのような場面に出くわせば、何をされるかわからぬぞ。(いたずら)に反感を煽るものでは無い。引いては女東宮の御身にまで関わる」


 霜野は深く(こうべ)を垂れた。


「至らぬことを申しました」


 榠樝は口元に手をやって、考え込む。


 光環国。亡国の王女。五雲国に滅ぼされた国の姫。


「摂政」


「は」


「光環国の王女と、会ってみるのも良いかもしれぬ」


 考え考え、ゆっくりと榠樝は言葉を紡ぐ。


(じか)に五雲国と相対し、負けた者だ。敵としての五雲国を知るには、私が、虹霓国の王族が、直接に言葉を交わすのも、悪くない手段()ではなかろうか」


 深雪の眉間に皺が寄る。深い。だが不快感のそれではなく。


 沈思黙考し、深雪は顔を上げた。


「承知致しました。取り計らいましょう」


「うむ」


 榠樝はぐっと下腹に力を込めた。

 気迫で負ける訳にはいかない。



 相手が誰であろうとも。

 たとえ海賊を率いていた亡国の王女だとしても。


 対面するからには、圧倒してみせなくてはならない。



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