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虹霓国の女東宮  作者: 浮田葉子
第五章 外寇の事
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「話を総合すると、海賊の本隊は斑鳩(いかる)島か。郡衙(ぐんが)を砦として使ってるとすると、面倒だな。いや、海賊相手の船戦(ふないくさ)よりは(やす)いのか」


 征討軍を率いる藤黄南天(とうおうのなんてん)は助けたばかりの斑鳩郡司(ぐんじ)を休ませる間もなく軍議の場に引っ張り出している。


 濡れた衣を着替えたとはいえ、まだ髪も乾いていない。

 征討軍副官(すけ)霞止々岐(かすみのととき)がそっと草墪(そうとん)を差し出した。


 よろよろと斑鳩郡司は腰を下ろす。




「どうぞ火は掛けないでくださいませよ」


 嫌そうな郡司に南天は笑って見せる。


「流石にそれはしない。人質もたくさん居ることだしな」


 人質が居なければ容赦なく火を放っただろうことが窺える南天の表情に、斑鳩郡司は更に嫌そうな顔になった。



「大勢を捕えておくとなると、倉庫か宿泊施設を使っていると思われますな」


 地図を指し示し、斑鳩郡司が説明する。


「島でございますし、それほど広い場所ではございませぬが、()でありますので正殿と脇殿とがございます。こちらが牛舎、こちらが港に繋がります」


(うまや)でなく牛舎なのか」


「気にするところですか?」


「いや、続けてくれ」


 斑鳩郡司は肩を竦めた。


「それだけです。取り立てて申し上げるような特徴も無いただの官衙ですので。付け足すならば少々壊れておりましょうし、屏障具、机やら椅子(いし)やらで障壁くらいは作ってあるでしょうな」


「ふむ」



 南天は地図をトントンと指先で叩いて思案する。


 牛を驚かせ、暴走させて郡衙に突き進ませる策も考えたが、そうなると人質をも危険に晒すことになる。

 暴走した牛に見境などないだろう。



 駄目だな。南天は考えを退けた。



「夜襲を掛けたいが、当然島の周りには警戒する船もあるだろうしな。向こうも予想しているだろう」


「で、ございましょうね」



「だから夜襲で行く。今宵決行だ」



 南天の言に斑鳩郡司は目を剥いた。

 副官はだろうな、と思ったのだろう。何も言わずに頷いている。


「敵の予想しているであろう通りに動かれるのですか?」


「うん。裏の裏だな」


 却って意表を突けるかもしれない。


「まず偵察の小舟を出す。敢えて気付かれるようにな」


 図面で南天が指を滑らせた。斑鳩島の南東の辺り。

 そこから更に東へ進む。


「向こうとしては我らがこう、出てくると思うだろう。その通りにここらに伏兵をおく。一旦は押せるだろうが、追い討ちをかけに島から更に援軍の船が出て来るだろう。きっと挟み撃ちだ」


 東西から海賊船が迫り、征討軍の船が進むのは南北しかない。

 斑鳩島へ上陸するか、善知鳥の方面へ撤退するか。


「奇襲は気付かれた時点で効果は半減。当然撤退するとみせてこちら側に引き付ける。善知鳥(うとう)の岸辺に強弓(こわゆみ)部隊を配置、迎え撃つ」


「なるほど。引き付けて絡め取るのですな」



「それが半分」



「半分?」


 南天は器用に片目を瞑って見せた。


「戦力の大半はこちらに割くが、俺が一隊を率いて斑鳩郡衙を攻める」


「はあ?!」


 無茶苦茶だ、と郡司は思ったが南天はどこまでも本気だ。


「大半は征討軍の船に掛かり切りになろうよ。その隙を突く。精鋭を率いて俺が郡衙を取り戻す」


 目立たぬように黒い布を身に纏い、武装は最小限。武器も太刀のみ。


「早さが肝要だ。征討軍船が落ちる前に郡衙を落とす。郡司どの、頭目が女と言っただろう」


「申しました」


「光環国の王族と仮定してだが、捕えて交渉に使いたい。俺の予想通りなら郡衙に残る」


「何故でございますか」


「俺ならそうするからだ」


 南天は力強く断言した。


「大事な方を戦場にはできるだけ置きたくないだろう。何とか説得して陸に残す。夜の海戦となれば余計にだ」


「なるほど……?」


 曖昧に頷く斑鳩郡司に、南天は歯を見せて笑った。



「まあ、俺の(カン)だ。当たればよし。当たらなければ人質を解放して郡衙を落とすだけだな」



 負けた時のことは一切想定していないらしい。

 副官がやれやれといった表情で南天を見る。


「一番面倒な所を私に押し付けて、兵を休ませもせず、右大将さまは最前線に赴かれるわけですね」


「物分かりのいい副官で助かる」


 歯を見せて笑う南天に、副官は肩を竦めて首を振った。


「精々大暴れしてきてください。派手なほどいい。郡衙を落としたら合図に狼煙を。目立つ方がいいですからね。色粉を用意します」


「宜しく頼む。俺の見立てが正しければ、もしかして早々に片が付くぞ」


「だと宜しいですね」


「つれない男だな、止々岐。もう少し感激したらどうだ」


 唇を尖らせて拗ねる南天に、副官は冷たい視線を投げてやる。


「右大将さまに付き従うようになって数日で、一生分は驚き尽くしましたので」


「そうか。それはよかったな」


「よかないですよ」










 さて、今日は大潮。


 大宰帥(だざいのそち)の見立てでは海賊たちの襲来がある筈だった。

 だが昨日の内に征討軍は(にお)を解放。


 残った海賊たちは態勢を整える為、今日の進軍は無いと見た。



 案の定、海賊たちは幾らかの船を伯労(はくろう)島の沿岸に残して、大部分が斑鳩島の方面へ移動している。


 昼間は一見平穏無事に過ぎた、陽が落ちて後、南天は海へと漕ぎ出す。


 満月。


 波間にきらきらと揺れる光が遠くへと続く。幻想的で美しく、神秘的だ。


 けれどそんな風景に目もくれず、船は進む。




 夜半、潮がぐんぐんと満ち、斑鳩島周辺の岩場や砂浜を飲み込むようにして押し寄せる。


 波の音は重たく響いていく。


 風はやや冷たい。




 潮時だ。




 囮部隊と本隊、そして南天率いる奇襲部隊の三手に分かれ、それぞれがそれぞれの役割を果たす。


 ()すれば勝てる。


 南天は確信めいたものを抱いていた。何故だろう、不安は一つも無い。


 不意に榠樝(かりん)の顔が浮かんだ。




「汝、()の姫を守り、ひいては虹霓国(こうげいこく)をも守るであろう」




 榠樝が生まれた日に、南天に下された陰陽師の予言。


 それが今この時なのか、そうでは無いのかわからないけれど。

 少なくともそれまでは死にはしないのだという確信が、南天にはあった。


 それがどんなに分が悪い賭けであったとしても、南天は生き残り、女東宮を守る。



 視線の先、囮の船が海賊たちに気付かれた。


 南天は笑みを深くする。




 思った通りに動いてくれる。餌に喰い付いて、そのまま進め。




 そして本隊との海戦が始まった。


 慌てて斑鳩島から援軍が出て行くのを見届けて、南天は斑鳩島へ上陸した。


 静かな浜に波の音が酷く大きく響く気がする。風が木々を揺らし、囁くような音を立てる。


 それでも声を立てず、極力音を立てず。

 南天は仕草だけで命令を伝える。


 黒い一団が頷いて、砂を蹴って走り出した。




 奇襲の始まりだ。



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