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虹霓国の女東宮  作者: 浮田葉子
第五章 外寇の事
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 善知鳥(うとう)の海岸沿いからは海賊船団は一旦引いた。おそらくは(にお)島まで引き上げたとみえる。


 南天は楯の量産を大宰帥(だざいのそち)に願い出た。


「できるだけ多く欲しいですね。頑丈である程いいが、重過ぎては困る」


「注文が多いな。できるか?」


 帥の問い掛けに、控えていた匠が頷く。


「致しましょう」




「しかし強弓(こわゆみ)なんてよくありましたね。しかもそれなりに使える奴」


 太宰帥は肩を竦める。


「大宰府は配下が優秀でな。いつ何時(なんどき)、何があってもいいように備えて置くというのが鉄則なのだそうだ」


「良い心掛けだ」


「私が来た頃は強弓など無駄だと思い、経費削減のために手入れを止めさせようとしたのだが、止めなくてよかったと今になって思う。まさか使う日が来るとはな」


 南天が頷く。


「あるだけ使わせて頂きます。あと船なんですが、衝角(しょうかく)といったか、船首に(ツノ)付けたヤツがあるでしょう。あれが欲しい」


 帥が眉を顰める。


「あるにはあるが、南天どの、海賊船に体当たりでも仕掛ける気なのか」


「その通り。当てて相手の船を沈めます」


 帥が目を覆った。


「そなたは貴族とは思えんことばかりするのだな」


「俺も貴族に生まれたのは間違いだったのだと思いますよ」


 南天はからりと笑った。




 作戦はこうだ。


 海賊側からの矢を楯で防ぎつつ接近、体当たりで海賊船を破壊。

 或いは乗り移って太刀で斬り伏せ、乗っ取る。



「勿論俺が最前線です。人を行かせて高みの見物とはいきませんからね」


「大将が何をする気だ」


「俺が一番に突っ込みます」


 帥は深々と溜息を()いた。


「まずは(にお)から取り戻しましょう。強行部隊と補給部隊とに分けます。補給部隊の船を後方に配置、強弓をそこに乗せます。上陸後は強弓部隊を以て鳰の郡衙を強襲。即日の内に落とします」


「まったく無茶苦茶な」


「無茶でもしないと勝てませんよ」


 帥が反論しようとしたところに舎人(とねり)が走って来る。




「申し上げます。斑鳩(いかる)よりの避難民が右大将さまに申し上げたき儀があるとのこと。如何(いかが)致しましょう」




 帥は南天に視線を遣る。南天が頷くのを見て、通せと命じた。

 現れたのは老人と小さな子供。


「お願いがあります!捕まえられた人たちを、助けてください!」


 子供が言うには、歯向かった者以外は捕えられどこかへ連れて行かれたそうだ。


「まだ生きていると思うか?」


 南天の言葉に子供は泣きそうになりながらも必死で訴える。


「殺すなら、襲って来た時に殺してると思います。おれたちは殺されなかったし、にいちゃんたちも、きっと生きてると思う」


 老人がそっと子供の肩を抱いた。


「望みは薄いのかもしれませぬが、どうぞ、お願い申し上げます。海賊どもは働き手を捕えていたように思えます。男たちは漕ぎ手や力仕事を、女たちは食事や怪我人の世話をさせられているのだと……」


「希望的観測だな」


 南天は冷たく突き放した。


「確約はできない。俺は海賊ならば漕ぎ手でも殺す男だ」


 子供が涙をいっぱいに溜めた目で見上げてくる。


「俺ができる約束は、必ず勝つということだけだ。海賊を倒し、島を取り戻すことに全力を尽くす。それだけだ」


 泣きながら帰っていった子供とそれを支えて歩く老人の背中を見詰め、帥が溜め息を吐く。


「気休めくらい言ってやれば良いのに」


「必ず助けるって言って、助けられなかったって方がずっと酷いと思いますがね」


 無責任な約束はしない主義だ。

 南天はがりがりと頭を掻いて、唸った。



「なるべく漕ぎ手は殺さないように気を付けますよ」


「そうしてくれ」








 結果として、南天は勝った。


 並み居る海賊船を破壊し、(にお)島に上陸。郡衙(ぐんが)をも取り返した。


 無論犠牲は無い訳ではなかった。幾らかの死者も出したが、予想されていたよりはだいぶ少なく済んだのも事実だ。

 そして何よりの戦果は、鳰郡衙に捕えられていた者たちを救い出せたことだろう。


 そして救われた者たちの中に斑鳩郡司(いかるのぐんじ)が居た。


 正確に言うなら海賊船に捕らわれていた斑鳩郡司が、戦のどさくさに紛れて敵船から飛び降りたのだ。


 気付いた征討軍の者が熊手で引っ張り上げた。


 その少し後でその海賊船は沈んでしまったので、実に危ないところだった。




 郡司を助けられたことでことのあらましが少し見えたように思う。


 郡司が言うには、どうやら海賊の(ほとん)どは光環国(こうかんこく)の残党だそうだ。

 そして頭目は女性。恐らくは王族の生き残りだろう。

 また、五雲国(ごうんこく)の者をも数多く捕えているのだという。


 盛大な船団の四分の一くらいは捕えられた者たちらしい。




「結構多いな」


 南天が眉を顰める。


「海賊退治というより、救出作戦になるのだろうか」


 帥の言葉に南天が頷く。


「面倒ですね」


「言い方」


「失礼。でも面倒ですよ。人質を盾にされたら攻め難い。それに、どれが人質を乗せた移送船かを判断するのも難しい」


「確かにな」


 南天ががりがりと頭を掻いた。


「新たな光環国を興す気なのか?三島はその足掛かり。狙いは大宰府と北方の地。……もしや都にまで攻め上る気か?」


 帥がぞっとしたように身を震わせた。顔色が更に青褪める。

 考えもしなかった怖ろしい未来図。



 都への襲来。



 冷たい汗が背中を伝った。


「もしも奴らがそこまで考えているとしたら、我らは一刻も早く手を打たねば。だが、どうやる?」


 自問自答する帥の言葉を聞きながら、南天は部屋の中を落ち着かなげに動き回る。


「一石二鳥を狙うなら、いや、三鳥か。ちょっと難しいが頑張ってみるだけの価値はあるかな」


 ぶつぶつと呟く南天に帥が訊き返す。


「三鳥?」


 南天が手を突き出した。


「ひとつ、虹霓国の民を助ける。ふたつ、光環国の残党を捕える。みっつ、五雲国の者を国に返し、五雲国に恩を売る」


 帥が呆れたように目を見開く。


「大層なことを考えるのだな、そなたは」


「できるだけ多くのモノを拾いたいんです、俺は」


 それに、と南天は悪戯っぽく付け足した。


「多くの成果があった方が褒めて貰えますからね」








「へっぷし」


「あら(くさめ)。お風邪を召しましたか?やはり禊がいけなかったのでは?」


 都、飛香舎(ひぎょうしゃ)にて。榠樝(かりん)が盛大なくしゃみをして、堅香子(かたかご)に心配されていた。


「いや、大事ない」


 榠樝はくしくしと鼻をこする。


「北方は大丈夫かしら……」


「南天どのは大丈夫でしょうが、振り回される征討軍の兵の方が心配ですわね」


 相変わらずの舌鋒(ぜっぽう)。榠樝は苦笑を返すにとどめた。

 今、榠樝にできることは、可能な限り犠牲が少なく済むように祈ることくらいで。


「火鉢をご用意致しましょうか?」


「まだ火鉢には早い時期だと思うな」


「榠樝さまがお寒いと思われたなら、それが火鉢の出番の時なのですわ」


 榠樝はまた、苦笑した。


「それより兵站の供給は滞りなく行っているのだろうか」


「ご心配なく。その辺りは左大将蘇芳銀河どのに抜かりがあろうはずもございません」


「うん。銀河の采配は心配ないんだけど、道中の話」


「山賊の噂などは無かったと思われますが」


「街道と駅の整備も定期的に行っていないと、いざという時に困るわね。議会に掛けるよう摂政に……もう手配してそうな気はするけど」


「抜かりありませんものね。摂政どのは」


「完璧で究極の摂政」


「なんですかそれ」


「なんとなく思っただけ」



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