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虹霓国の女東宮  作者: 浮田葉子
第五章 外寇の事
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 右近衛大将(うこのえのたいしょう)藤黄南天(とうおうのなんてん)征討軍(せいとうぐん)を率いて北上。一路、北の大宰府(だざいふ)を目指した。


 皆鎧を身に付け、緊張感と決意の漂う行軍である。




 その間に、海賊たちは北方三島を陥落。斑鳩(いかる)伯労(はくろう)(にお)が海賊たちの手に落ちた。


 斑鳩郡衙(ぐんが)が落とされた時と同様、老人と子供は見逃された。


 その代わり避難民は途切れることなく善知鳥(うとう)に押し寄せている。


「お優しいのか、足枷を増やす目的か……いずれにせよ多くの命が助かったのはよかったが」


 善知鳥国衙(こくが)は誰もが休む間もなく皆が走り回っている。それこそ身分の上下無く、動けるものは誰でも使う状態だ。猫の手も借りたい。




 南天らが征討軍の陣を張ってすぐ。


 休む暇もなく、武装した大宰帥(だざいのそち)が陣を訪れた。


「再会の挨拶は抜きだ。まさかそなたが来るとは思わなかったぞ、右大将藤黄南天どの」


 帥の言葉に南天が片眉を上げる。


「一番偉いあんたが直々(じきじき)出てきて言いますか。それに俺の他に誰が来るというんです?」


「……それもそうだが」




 本来であれば次官の大宰大弐(だいに)が行うことだ。


 生憎各所を走り回っているが。




「さて、時間が惜しい。状況を教えてください」


 帥は机の上に無造作に地図を広げた。


「三島が落ちた」


 端的な帥の台詞に南天が眉を寄せる。


「早いな」


「早い。しかも船団はすぐそこまで迫っている。見えるだろう」


「船団?」




 帥が指した方角には海原にずらりと並んだ海賊船団。

 その数、十や二十ではない。




「ほう」


 流石の南天も驚いた。


「随分と大所帯だな。移民かよ」


 帥が目を瞬く。


「……成程、その線は思いつかなかったな」


「冗談ですよ?」


「いや、南天どのの言う通りかもしれん」


「というと」


 帥が頷く。


「伯労島から逃げて来た老人によると、光環国(こうかんこく)の者と思しき者が多く居たようだ」


「そりゃまあ、海賊ですから。合流した亡国の民は多いでしょう」


 戦力拡充のため、島々から有望な若者を勧誘したり、攫ったり、様々な手段で仲間に加えているという話だ。




 五年前、五雲国によって滅ぼされた小さな島国である光環国。

 王家は取り潰され、皆殺しにされたと伝えられている。


 多くの民はそのまま五雲国の支配下に置かれ、幾らかはそのまま海を渡って他国へ逃げた。


 斑鳩を含めた三島にも、善知鳥にもぽつぽつと逃れて来た光環国の民は居る。

 その幾らかが海賊に加わっていたとしても驚く話ではない。



「統制が取れていたというから、光環国の武人が居るかもしれん。或いは軍の一部がまるごと」


 南天は海を見、船団を眺め、(うなず)いた。


「まあ、あの数ですから。居ても不思議じゃありませんね」


 訓練を受けた水軍となれば、相手取るのは非常に不利だ。

 なにせこちらは出来立てほやほやの征討軍。訓練さえまだ行き届いてはいない。


 実戦など南天でさえ初めてだ。



「さておき、三日後に大きな襲撃があると思われる」



 南天が眉を跳ね上げた。


「大潮ですか」


都人(みやこびと)の割に話が早いな」


「あんただって都人でしょうが」


 帥の台詞に南天が苦笑する。


「四年も居ればわかることも増えるさ」


 南天は肩を竦め、地図を睨み付けた。

 海賊は多くの島民を攫って行ったという話だ。


 兵糧も多く要るだろう。その為に郡衙を襲ったか。


 すべてが軍船とは限らないが、相当な数が襲ってくると見て間違いないだろう。



「八〇年前ならば、戦の方法を知っている者が多く居たでしょうが……」


「我らの代では小競り合いしか知らぬからな。犠牲者が多く出るだろう」


「さて、となるとどう出る。先手を打つか、陸で引き付けてから船に火でも放つか」


「火だと?なんと乱暴な」


 帥が憤慨するが南天はどこ吹く風だ。


「乱暴でもなんでも、勝たなきゃならんでしょうが。それに相手側も使った手段()だそうじゃないですか。聞きました」


 海賊は火矢を放ち、こちらの船を焼き払ったそうだ。




 一応この時分の海戦では漕ぎ手を狙うのは戦の作法に反するのだが、海賊相手だ。

 作法を守って来るとは限らない。火矢の件も(しか)りだ。



 南天が地図を睨み、とんとんと指で叩く。


「まずは善知鳥の海岸線から海賊どもを打ち払うか」


「打ち払えるか?」


 帥の言葉に南天が笑った。




「できるかどうかではない。するかしないか、ですよ」












 先手必勝。




 南天はその日の内に征討軍を率いて海へ出た。


 船の操縦は慣れた大宰府軍の者に任せ、征討軍の中でも弓の得手(えて)ばかりを揃えた。


 そして鋲を打った楯を装備させた者たちを配置。漕ぎ手と射手とを守らせる。




 全速力で近付いて来る船団に、海賊たちは意表を突かれたようで。


 けれどすぐに弓を放って来た。




「楯構え!」




 南天の号令に楯が船を覆うように動く。


 上から降り注ぐ矢は概ね受け止めることができた。南天は余裕をもって睥睨(へいげい)する。


「楯の強度は丁度いいようだな。次、射手構え!」


 楯の隙間から射手が海賊船を狙う。




「放て!」




 幾らかの損害を与えたが、征討軍の側もそれほどの効果は上げられない。


「まあ、そんなものだな。次、火矢の用意」


 油を浸した布を(やじり)に巻き付け、火をつける。


 ぎりぎりまで弓を引き、南天の号令と共に一斉に放った。




 海賊船が燃え上がる。


 火を消そうと慌てふためく者、海に飛び込む者、海賊船の統制が崩れた。


 征討軍の側から歓声が上がる。




「喜ぶのは早いぞ。この場は一旦退く」




 南天の言葉に動揺が広がる。


「このまま行けば落とせますぞ?」


「今回は様子見だ。それにほら、早く退かねばこちらが火矢の餌食だ」


 その通り、燃え落ちる海賊船の合間からこちらに向かってくる船が多数。


 いずれも火矢を構えている。


「向こうの方が操船は上手だろう。今は楯の強度が確かめられただけで十分だ」


 南天は悪人めいた顔で笑う。


「ああ、逃げるのは十分引き付けてからな。というか、全力で逃げても追い付かれるか」


 征討軍が引き上げるのを見た海賊船団が好機と見たか、一斉に攻め上って来る。


「右大将さま!追い付かれます!」


 海賊船は征討軍船に飛び移らんばかりに接近して。


「うん。まあ、流石に早いな。ははは」


「はははじゃなくて!」




「いや、いい。計算通りだ」




 今だとばかりに南天は天に向かって鏑矢(かぶらや)を射させた。


 ひょぉう、と音が響き渡る。


 と同時に岸辺にずらりと射手が現れる。それも五人がかりで引く強弓(こわゆみ)だ。




 南天が笑って。




 その視線の先、雨のように矢が降り注いだ。


 その矢は船板をも貫いて、追って来た海賊船の(ほとん)どが航行不能。


 後から海へと飛び込んで。


 なんとか岸に上がった者は残らず捕えられる。


 沖へ逃げた者も居るようだ。泳ぎが達者な者は島まで泳ぎ切るつもりなのだろう。




「まあ、初戦はこんなもんだな」


 引き上げていく海賊船団を見送り、南天は頷いた。



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