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虹霓国の女東宮  作者: 浮田葉子
第四章 卜占の行方
39/82

 足りない。足りない。


 何もかもが足りない。




 榠樝(かりん)は焦る気持ちを抑えてぎゅっと拳を握り締めた。




 もっと賢ければ。

 もっと力があれば。


 もっと大人であれば。


 もっと。もっと。もっと。




「すべてを覚えなくとも、必ずお役に立つ官がお傍におります。それらを見極め任せるのも女東宮の大切なお役目ですよ」




 いつぞや、東宮学士(とうぐうがくし)がくれた言葉を思い出す。




 榠樝は強く握り過ぎて爪の痕がついた掌を見た。

 皮膚が破れて血が滲みそうだった。



 足りない力を補ってくれる味方。


 堅香子(かたかご)が居る。杜鵑花(さつき)が、紫雲英(げんげ)が、山桜桃(ゆすら)が居る。


 典薬頭(てんやくのかみ)や東宮学士、陰陽師の賢木(さかき)も居る。


 また菖蒲家と黒鳶家は少なくとも敵では無いと証してくれた。


 おそらくは藤黄家も。


 そして勿論のこと、榠樝を支持してくれている六家以外の官も居る。




 一人ではない。




 手を軽く握り直し、胸を押さえる。


 一人ではない。味方が居る。


 だがまだ少ないのも事実だ。


 派閥争いをしている訳ではないが、きっと女東宮(にょとうぐう)榠樝を支持する者は、摂政(せっしょう)蘇芳深雪(すおうのみゆき)を支持する者よりずっと少ない。



 もしも表立って榠樝と深雪が対立したならば。


 おそらく榠樝は勝てはしない。




 もっと味方を増やさねば。

 もっと勢力を拡大させねば。


 摂政、蘇芳深雪に対抗できるだけの力が必要だ。


 もっというなら、深雪が味方になってくれるだけの説得力を持つことが必要だ。



 神輿は一人で歩けない。

 担いでくれる者を増やさねば。








「という訳で、だ」


 飛香舎(ひぎょうしゃ)。いつもの場所でいつもの面々。


 堅香子、山桜桃、紫雲英と、おまけに万寿麿(まんじゅまろ)。額を突き合わせて作戦会議だ。


「味方を増やすにどうしたらいいと思う?」


 紫雲英が手を挙げた。


「賢木の言ったように、貴方に龍神の加護があるならば公にすべきと私は思うが」


 堅香子が続いた。


「それを(あか)しするには陰陽寮(おんみょうりょう)神祇官(じんぎかん)の宣が要りますわ。つまりは芋づる式に役所二つがつきますわね。もう既に陰陽寮は女東宮(にょとうぐう)に龍神の加護ありと宣を出しておりますし、となれば神祇官を何とかするだけで済みますわ」


 榠樝は少し眉を寄せる。


「もう少し、見える力で足元を固めてからの方がいいと思うんだ。なにしろ加護は目に見えないから」


 山桜桃が思案する。



「だとしたら、やはり六家すべての誰かは押さえておきたいですわね」



「確実に味方なのは、菖蒲(あやめ)家の私、黒鳶(くろとび)家の山桜桃、藤黄(とうおう)家の堅香子か」


「わたくしは藤黄と言っても端くれですわ。押さえるならばやはり本家を押さえねば」


「あら、茅花(つばな)どのは明らかに榠樝さまに首っ丈ですわよ?」


 山桜桃の台詞に堅香子が額を押さえた。


「確かにめろめろですが、茅花どのでは力不足に過ぎます。軽佻浮薄(けいちょうふはく)で、本当に優しいだけが取り柄の方ですのよ。まあ、武芸はそれなりにできなくも無いですけれど、規格外の南天(なんてん)どのがいらっしゃるので全然目立ちませんしね」


「……言い方」


 榠樝がそっと(たしな)める。


「まあ、南天どのも榠樝さまを好ましく思っておいでですし、二人合わせれば、まあなんとか補えなくもないのではないかしらーとは思えなくも無くは」


 紫雲英が苦笑する。


「相変わらず点が(から)いな」


藤黄(うち)よりも(はなだ)の方が近しいのでは無いのですか?ご昵懇(じっこん)の笹百合どのは?」


 榠樝は微妙な顔をする。


「着かず離れず、が縹だから。笹百合も親しくはしてくれるけれど」


 少し寂しそうに俯いて、榠樝は言う。


「いつ手を放されても仕方ないと思っている」


「まあ!」


 堅香子が目を吊り上げ、山桜桃が柳眉を逆立てた。


「榠樝さまにそんなお顔をさせるだなんて、許せませんわ」


「笹百合どのはきっと味方だと信じておりましたのに」



 笹百合が一気に株を落とした気がする、と紫雲英はこっそり思った。


 榠樝も感じたのだろう、慌てて弁解する。



「いや、応援してるって言ってくれてるし、笹百合は悪くないし、私が勝手に思っているだけだから、そうでないかもしれないし!」


 堅香子と山桜桃は揃って首を振る。


「いいえ、榠樝さまにそんなお顔をさせてしまうというだけで駄目ですわ」


「ええ、榠樝さまに不安を抱かせる時点で駄目ですわ」


 どこかで笹百合がくしゃみをしている気がする。



 困ってしまった榠樝に、堅香子が少し表情を戻した。まだ険はある。


「ですがやはり落とすのでしたら笹百合どのですわね」


「ですわね」


 山桜桃と堅香子は頷き合って、榠樝と紫雲英は顔を見合わせて。


 肩を竦める。


「何だかんだ言って、笹百合どのは最終的には榠樝さまをお守りすると思いますわ」


「今まで育んできた絆がありますもの。という訳で、残るは蘇芳(すおう)月白(つきしろ)だけになりましたわ」


「何だか無理矢理な気がするが」


「気の所為(せい)ですわね」


「そ、そうか」


 コホンと一つ咳払いをして紫雲英が発言する。


「月白はこう言っては何だが、今回の婿がねの(くら)べにも消極的だ。蹴鞠会(けまりえ)でも小弓合(こゆみあ)わせでも、寧ろ目立たぬようにしているようにさえ見えた」


 山桜桃が半眼になる。


「それをいえば我が黒鳶の花時どのも控えめに過ぎましたわ」


 肯き、紫雲英が重ねて言う。



「両家は王家に楯突く気も取り入る気も無いのかもしれない。いや、黒鳶は山桜桃を送り込んで来たか」


「ご挨拶ですわね。私は自分で決めて参りましたのよ」



 口論の気配を感じ、榠樝が慌てて口を挟んだ。


「ということは残るは蘇芳だけだな」


「つまり、ですわ榠樝さま」


 山桜桃がぐいと顔を寄せる。榠樝は気圧され仰け反った。


「蘇芳紅雨(こうう)どのを味方に引き入れなさいませ」


「だが、深雪の甥だぞ?」


 山桜桃と堅香子と、顔を見合わせて二人、似たような笑みを浮かべて見せた。


 端的に言って、怖い。



「甥だからこそ、宜しゅうございます」

「そうですわ。落としてしまいましょう」



 嫣然(えんぜん)と微笑む二人の美女。

 榠樝と紫雲英は気圧されて震える。


 なぁん、と万寿麿が気の抜けた声で鳴くのが、なんとも不似合いに思える空気だった。


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