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虹霓国の女東宮  作者: 浮田葉子
第四章 卜占の行方
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 清涼殿(せいりょうでん)東庭に控えていた賢木を連れて、榠樝は飛香舎(ひぎょうしゃ)へ戻る。


 やはり膝を詰めて話すには飛香舎でないと遣り難い。清涼殿では向けられる目が多過ぎる。


 榠樝(かりん)渡殿(わたどの)を歩きながら、一段低く地面を行く賢木(さかき)に話し掛けた。



「で、どうだ」



 端的な榠樝の台詞に、賢木の返答も短いものだった。


「お見立て通りかと」


 榠樝はふむ、と口元に手を遣る。


「やはり藤黄(とうおう)は軍事か。南天がカギだな。その辺りだろう」


「順調だね、女東宮」

「うむ、そうだといいのだがな」


 六家の内三家の潔白が証されたと見ていいだろう。


 無論、卜占(ぼくせん)の結果と榠樝の見立てが正しければの場合にだが。



「残るは三家。蘇芳(すおう)(はなだ)月白(つきしろ)か」


 賢木がそっと忠告する。


「焦っては駄目。見誤(みあやま)る」


「だが、遅きに失した、では困るのだ」


()いては事を仕損じる」


「わかってはいるが、気は()く」


 賢木は榠樝を見上げ、にやりと笑った。


「龍神の加護は女東宮にあり。間違いないから、そこは大きく構えていいと思う。心当たりもあるでしょ」



 榠樝はぎょっとして歩みを止め、賢木を見つめる。

 内侍所(ないしどころ)での出来事を思い出したのだ。

 儀式の際に、桐箱から現れた光が榠樝の胸に吸い込まれたこと。



 忙しさに取り紛れ、すっかり忘れていた。



「さ、賢木、そなたに聞きたいことがある。内密で」


 賢木は面倒臭そうな顔になった。


「僕にできるのは卜占だけだよ」


「その見立てこそが必要なのだ!」










 人払いをし、不満そうな堅香子(かたかご)を引っ張って山桜桃(ゆすら)が退出。

 残ったのは榠樝と賢木。そして万寿麿(まんじゅまろ)


 万寿麿の頭を撫でながら、賢木は何でもないことのように告げる。



「女東宮には龍神の加護がある。一目でわかるくらいには強い」



 榠樝はぎくしゃくと自分の胸を押さえた。


「最初は王族だからかと思ったんだよね。でも違う。何かあったでしょ」


「実はな」


 榠樝は掻い摘んで儀式の際の光について説明した。

 賢木はなるほど、と頷く。


「それ。宝玉の加護が分け与えられたと見ていい」


「私は宝玉を見てもいないし、触れてもいない。桐箱に榊葉(さかきば)を献じただけなのだが、何が龍神さまのお気に召したのだろう」


「知らないよ。神のみぞ知るっていうでしょ。神々は気紛れだからね。その時の気分で加護を与えるし、祟りもする」



「祟られぬために彼是(あれこれ)と祭祀をし、神々を鎮魂慰撫(ちんこんいぶ)し、感謝し祈るのも王の役目だ」



「その通り。わかってるじゃない」


 賢木は榠樝を真っ直ぐに見た。

 堅香子がこの場に居たら無礼だと激昂しただろう。


「あなたは良き王たるべく努力している。龍神はそこを気に入ったのだと思うよ」


 何とも言えない表情の榠樝に、万寿麿が擦り寄り、甘える。



「足りない、と人が高みを目指し足掻く姿こそが、神には好ましく見えるのかもしれないね」



 万寿麿の毛並みを撫でて整えて。榠樝は小さく小さく呟いた。


「見限られぬように、足掻きっぱなしだからな」


 賢木は少し小首を傾げた。


「龍神の加護のことを(おおやけ)にしては?」


「え?」


 神妙な顔つきで賢木は言う。


「神の加護が()える者は少ないけれど、陰陽頭(おんみょうのかみ)神祇官(じんぎかん)の視える者が証立(あかしだ)てすれば、それは朝廷に大いに影響すると思うよ」



 それこそ皆が(こぞ)って榠樝に従うかもしれない。

 朝廷百官を(ひざまず)かせるに(あた)う力だ。


 摂政の側に立つものも、雪崩を打って榠樝の側に付くだろう。


 だが、視えぬ者にはやはり視えはしない力で。



「万人に視えたなら、胸を張って言えるのだがなあ。私自身そのような加護を得たという感覚もないし、何しろ視えないのだ。実感もない」


 摂政の蘇芳深雪(すおうのみゆき)にも視えはしないだろう。そのような能力があるとは聞いていない。


 そして、他の者の目に見える能力において、榠樝は深雪に及ばない。


「最終手段だな。いよいよ証立てとなった時には助力を頼む」


 賢木は少し考えて、けれどしっかりと頷いた。


「御意」










 そして。


 紫雲英(げんげ)らを呼び戻し、再びの作戦会議。


「残るは三家でございますわね」


 堅香子が拳を握り、紫雲英が続ける。


「まだ半分か、もう半分か。とにかく半数は片付いたわけだ」


「ですが、残る三家の疑惑が深まりましたわよ」


 山桜桃の言葉に榠樝は眉根を寄せた。


「三家の内のいずれかが、父上を殺めたのか、それに関わるのか、それとも噂の出所なだけのか」


「どれであっても大事(おおごと)でございますわ」


「どう関わっているか、はともかく、噂の出所と関りがあるというのは確かなのだろう?」


 紫雲英の問いに、賢木は微妙な顔をする。



「少し違う。僕が占ったのは女東宮の欲するものの在処(ありか)。欲するものが《《何であるか》》までは特定できていない」



 山桜桃が顔を顰める。


「つまりは結局の所、噂の出所が六家の誰でもないということも有り得ますのね?」


「そういうこと」


 賢木の言葉に、榠樝は檜扇の端でぺしぺしと自分の頭を叩き始めた。


「お止めくださいな」


「ちょっと考えを纏める刺激が欲しい」


「刺激って」


 堅香子があたふたと袖を上下させ、山桜桃が引っ張って座らせる。

 紫雲英も黙って考え始めた。



「まずは探し物を、つまりは私が欲しいものを賢木に尋ねた。その結果、六家全てにそれがあると出た」



 ぺしんぺしんと間の抜けた音と榠樝の呟きだけが響いていく。


「欲しいもの、は噂の出所を想定したが、そうでないことの方が多い。今まで当たった三家がそうだ。菖蒲(あやめ)は紫雲英。黒鳶(くろとび)は山桜桃。二人が私の欲しいものとして(ぼく)された」


 そして、と言葉を続ける榠樝。


 独り言だが考えを纏める為には声に出した方が良い。

 己の耳で己の声を拾うことで、また確認ができる。


藤黄(とうおう)は、恐らくは南天(なんてん)。というより守るための力だろうか。私に、というよりは国に必要だな。五雲国(ごうんこく)に対抗する力だ」




 榠樝はべしん、と一際強く頭を叩いた。


 痛かった。




「残るは三家。蘇芳は特に攻めるに(かた)い。何しろ王にとも望まれる摂政の深雪の家だ」


 ぎょっとしたように全員が榠樝を見た。


「ん?知らないとでも思っていたか?」


 堅香子らが必死で覆い隠していた噂。


 大内裏の外。都の民草の声。

 女の東宮を立てるよりは、摂政の蘇芳深雪の方が王座に相応しいのではないか。


 声高に囁かれている訳ではない。



 ごくごくひっそりと、口に出すのも憚られるように。



 けれど静かに、染み入るように、広がっている。


 五雲国の正使が来た辺りからだろう。じわりじわりと囁かれ始めている。


 過去に例のない女東宮。

 それ(ゆえ)龍神の加護が薄らいだのではないかと。

 やはり男の王であるべきなのではないか、と。


 神泉苑での宴の際、榠樝の琴によって虹が差した。

 それは明らかに龍神の加護と見る者が多い。公に陰陽寮の宣も出た。



 だが。



「神泉苑での出来事を、見ていない民の方が多いからね」


 賢木がひょいと肩を竦めた。


「やっぱり、公にしてしまえば?女東宮に龍神の加護あり。能力のある者なら、女東宮が光って視えるよ」


「いや、だからそれは最終手段と、」


「どういうことですの?」


 榠樝の声に堅香子の声が被った。


 面倒臭いことになるだろう、と榠樝がうんざりしたように賢木に視線を遣ったがもう遅い。


「言葉通り。女東宮に龍神の加護あり。陰陽寮が(せん)した通り。そしてその宣の後に、もっと強い加護が宿ったってこと」


 榠樝が袖で顔を隠した。


 驚きと混乱の中、渋々ながら榠樝は内侍所での出来事を説明せざるを得ない状況に追い込まれたのだった。




 結果、堅香子の悲鳴が飛香舎に響き渡った。


 にゃぁん、と万寿麿が鳴く。


「だから言いたくなかったのに」


 榠樝はげっそりと呟いた。



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