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虹霓国の女東宮  作者: 浮田葉子
第二章 無知の知
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 陣定(じんのさだめ)の始まる前の世間話は情報を仕入れるに最も適した時間である。


「婿がねが出揃いましたな」


 右大臣菖蒲紫苑(あやめのしおん)が口火を切った。


「当然、我ら六家はそれぞれ名乗りを上げるとは思っておりましたが、見事に六家全員が立たれるとは」


「誰が女東宮(にょとうぐう)のお目に留まるか楽しみですな」


 世間話の風を装って、全員が火花を散らしている。

 さもありなん。この場に居るのは(ほとん)ど六家の出の者だ。


 無論六家以外の者も居るが、六家ほどの影響力を持つものは僅か。というか殆どいない。大概がどこかの家の派閥に属している。


 中納言藤黄橘(とうおうのたちばな)は遠い目になった。


「藤黄家からは三男の茅花(つばな)どのですな。意外でありましたぞ」


「はあ」


「てっきり右大将どのかと」


「いやいや、アレは無いでしょう」


 橘は思いっ切り苦笑した。

 三すくみ拳の結果次第ではそうなっていた可能性もあるのだが。


 南天(なんてん)が振り返ったのがわかったが無視を貫いた。

 下手に構わないに限る。


「結果として各家の若人(わこうど)たちが揃った感がありますが」


「菖蒲家は特にご執心でしょう。先々代の頃からの悲願でありますからな」


 中納言蘇芳躑躅(つつじ)の嫌味に、紫苑が眉を跳ね上げる。


「そもそも中宮は菖蒲が代々お務め申し上げたものだ」


「はっは、いつの時代の事を言っておられるのか」


 躑躅は目を細めてにこりと笑って見せる。


 蘇芳深雪(すおうのみゆき)が左大臣であった頃は毎回左右大臣の舌戦が凄かったのだが、摂政になった以上陣定に深雪は出ない。

 必然的に躑躅が舌戦の後を継いだらしい。


 蘇芳家次男の銀河(ぎんが)はどちらかと言えば我関せず、だろうか。

 兄が嫌味を大爆発させていようが、弟が健気にも兄の真似をして宿敵菖蒲を(あお)っていようが関係ないらしい。


 それを見、中納言縹苧環(はなだのおだまき)が柔らかく微笑んだ。


「始まったね。菖蒲と蘇芳はいつも、仲の良いことだ」


 橘が思い切り顔を歪めた。


「流石にあれは仲良しという訳では無いのでは」


「そうかい?仲が良くなければ、相手のことなど目にも入らぬだろう」


「目障りなほど視界に入ることもあるのでは?」


 意外そうに苧環が橘を見た。


「君はそうなのかな?藤黄中納言」


「……どうですかね」


 相変わらず美しい人だとうっかり見惚れかけて、橘は首を振る。


 相手は四十路の男だ。


「黒鳶大納言、今日はお静かですがご体調が?」


 大納言月白凍星(つきしろのいてぼし)が隣の黒鳶夕菅(くろとびのゆうすげ)に話し掛けて、けんもほろろにあしらわれた。


「何でもござらぬ」


「何が不機嫌なのでしょうね?」


 扇に隠れて不思議そうに橘に()く凍星だが、橘は顔を引き攣らせるに留めた。


 黒鳶家こそ女東宮の従兄弟として王配として、ますます立場を強くしたいのではないかと思うのだが。

 そのようなことを囁かれ、橘は返す言葉に困った。


 堅香子からの情報で、黒鳶家の男子全員、榠樝(かりん)にぐうの音も出ないほど圧倒されているのだということを知ってはいるが、他家の者が口に出すべきでは無いし。


「月白家はご嫡男の虎杖(いたどり)どのがお立ちとか」


「はい。ただ他家の若君に比べるとどうにもパッとしない息子でして」


 凍星の台詞に苧環が微笑んだ。


「その言い方だと、中々返す言葉に困るよ。月白大納言どの」


「貴殿の所の笹百合どのに及びもつかぬものでな」


 此方の遣り取りにもまた橘は胃を痛めている。


 にこやかに対立する月白凍星と縹苧環。

 大抵は苧環がふんわりと流してお終いになるが、いつも冷や冷やさせられる。


 上座では菖蒲紫苑が蘇芳躑躅をいびっていて。いつも遣り込められていた恨みを晴らそうとか、紫苑は機嫌よく躑躅を振り回している。


 橘は胃を抑えた。


(はやく会議始めてくれ)


 心の声が届いたか、左大将蘇芳銀河が(しわぶ)いた。


「早く始めねば、日が暮れてしまいますぞ」


 流石武官の長。迫力は随一である。

 座が静まった。


 覇気のある時の南天の一瞥(いちべつ)も同じくらいの威力があるのだが、それは頭の隅に追いやる兄、橘であった。






「では蹴鞠会(けまりえ)仁寿殿(じじゅうでん)の庭ということで宜しいな」


 よろしゅうございます、と声が揃う。


「通常蹴鞠は八人で行うものだが、此度は特別。女東宮へのお目見えを意味する。特例として六名で行うか、もう二人、誰ぞ鞠足(まりあし)を足すべきか」


 別にどっちでもいいだろう、と橘などは思うのだが、細かく規定があるのが貴族社会。

 誰もが藤黄家の者の様にいい加減に生きている訳ではないのだ。


「私で良ければ加わりますが」


 いい加減な男の筆頭ともいえる南天の挙手に橘は頭を抱えた。


 お前は黙って座っていてくれ。


「右大将が出るとなれば、今一人は左大将の私か?」


 銀河が手を挙げ、その場は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。


「冗談だったのだがな」


 ぽつりと呟いた銀河に躑躅がとても渋い顔で首を振った。


「兄上が冗談を言う日が来ようとは、虹霓国の誰も思いませぬ」


 蘇芳兄弟の呟きは誰にも拾われずに消える。


 結局今回は特例として六名で、ということに落ち着いた。






 さて置き、まずは(かかり)を整えなければいけない。


 懸とは蹴鞠の試合場(コート)のことである。砂を敷き、四隅、(東北)に桜、(東南)に柳、(西南)に楓、(西北)に松を植える。これは試合場の範囲を示すと同時に、四季を表す木でもある。


 女東宮へのお目見えの為の蹴鞠であるから、当然木も素晴らしいものでなくてはならないというのが六家の総意だ。


 蹴鞠はその懸の中で、幾度(いくたび)鞠を蹴り上げ続けることができるかというものである。


 鞠を落とした者が負けという規定(ルール)もあるが、基本はそのような争うものではなく、蹴り続けることをよしとした。


 最早この時点から競争は始まっている。


 菖蒲が桜を、黒鳶が柳を、蘇芳が楓を、そして縹が松を用意することとなった。


 月白は鞠を、藤黄は野伏(のぶし)(懸の外に飛んで行った鞠を蹴り戻す役)と見証(けんしょう)(いわゆる審判役)の用意を任された。


 どの家よりも素晴らしいものを用意しなければ、と各々が気炎を上げている。


 そしてどの家よりも素晴らしい衣装を整えて、各家の若君が蹴鞠に挑むのだ。


 正念場である。



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