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虹霓国の女東宮  作者: 浮田葉子
第二章 無知の知
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「で、五雲国(ごうんこく)が北西諸島の小国を幾つか平らげて」


 唐突に話し始めた榠樝に、堅香子が少し笑った。


「今日も続くのでございますか」


虹霓国(こうげいこく)に今征討軍(せいとうぐん)はない。(さき)大戦(おおいくさ)が八〇年くらい前だっけ」


土蜘蛛(つちぐも)征伐ですわね」

「あら、鬼ではなかった?」



 何度か目を瞬いて見つめ合って、紙の束を探る。


「えーと、なるほど。南の方が土蜘蛛で、北の方が鬼か。まつろわぬ民の最後」


「動乱の終焉ですわねえ」



 或いは神秘の時代の終わりとも言われている。



 昔は神の意を聞き、神の威を借る者たちが多く居たのだそうだ。

 巫覡(ふげき)呪術師(じゅじゅつし)らの不思議な力を扱う者たち。古き神の末裔(すえ)と称する者たち。そして異能(いのう)を示す獣たち。


 今ではとても少なくなった。



「それ以来大戦はなく、小さな討伐なども徐々に減って。地方の蜂起(ほうき)などは国司の従える武士(もののふ)たちに任せてる、のね。一応その名称も軍ではある、と」


「はい。今虹霓国に征討軍はありませぬ」


 堅香子は少し目を細めた。


「それで最近緊迫しつつある女東宮周りの守護を固めるべく、左右近衛大将さうのこのえのたいしょうどのらに検非違使別当(けびいしべっとう)どのが征討大将軍せいとうたいしょうぐん職の復活をと請願(せいがん)なされたのでしょう」


 榠樝は眉を寄せた。


「そこ、考えなきゃいけないのよね……。私の警衛だけでなく、五雲国が何かしら虹霓国に仕掛けてきた時に対応できないといけないし。かといって軽率に征討軍を復活させたら、戦意ありと取られかねないし」



 頭をがりがりと掻く榠樝。


光環国(こうかんこく)とその周辺国を軒並み滅ぼして五年。次は虹霓国かもしれない。でも下手に突いてこっちに関心持たれても困るし。全然取り越し苦労かもだし」


 その様子を見た堅香子は、少し迷って、けれどそれを口にした。


「右大将の南天(なんてん)どのと、お話ししてみますか?」


「南天と」


「女東宮としての正式なお召しではなく、わたくしが呼んだ(てい)で。私的に」


 目をぱちくりさせる榠樝に、言い難そうに堅香子は言葉を選んでいく。



「何と言いますか、アレな従兄弟ではありますが、軍才はありますし、そういった方面の感覚は確かだと思うのです。今回何を思っての請願だったのか、詳細を聞いてみるのもよいかもしれぬと思いまして」



 ふむ、と榠樝は口元に手をやった。

 考える時の癖である。


「そうね。飛香舎(ここ)に呼んで頂戴(ちょうだい)。あ、待って。聞きたいこと(まと)めて置かなくちゃ」


 堅香子が苦笑した。


「授業みたいなことなさると、逃げますわよ南天どの」








藤黄南天(とうおうのなんてん)、お召しにより(まか)()しました」


 胡坐(あぐら)をかき、両手をついて一礼。武人らしいきびきびとした動作だ。

 優雅さに欠けると評されるのは少し勿体ないと榠樝は思う。


「よく来てくれた。早速だが聞きたいことが幾つかある」


 ちょいちょいと袖を振る榠樝に、堅香子が南天を呼ぶ。


「もう少しお近くまで。ざっくばらんにお話なさりたいそうですわ」


 南天は片眉を上げると雑な仕草であっという間に距離を詰めてきた。


「急に近過ぎやしませんか、従兄弟どの」


「そうか?」


 また一気に遠ざかる南天。



 あ、わかった。と榠樝は思った。


 脚が長いのだ。南天は一歩が大きい。



「よいよい。もそっと参れ。大きな声では聞きにくい(ゆえ)な」


 膝突き合わせて、というには少し遠いくらいの距離。

 それでも小声で充分会話ができるくらいには近く。

 御簾(みす)越しどころか几帳(きちょう)も隔てずいいのか、と内心南天は思っている。



「それで、聞きたいことというのは」


「征討軍のこと、というか警衛一般のことまで含めて色々」


「俺より検非違使別当(けびいしべっとう)の方が適任じゃあないですか?」


 いきなり砕けた口調の南天に堅香子は目を()いたが榠樝は気にしない。


「そうかもしれんが、そなたが一番話してくれそうだからな」


「なるほど?」


 にやりと南天は笑って見せた。確かに黒鳶野茨(くろとびののいばら)蘇芳銀河(すおうのぎんが)が相手ではざっくばらんにとはいかないかもしれない。


「まず、征討大将軍職を復活させた方が良いと思った理由を聞きたい」


「前に申し上げた通り、女東宮周辺の警備力不足ですね」


「そこを突かれると痛いが、何故近衛舎人(このえのとねり)帯刀(たちはき)の増員などではなく、征討軍なのかを問いたい」


 帯刀は舎人の中で特に武勇に優れた者を選び、東宮の護衛に当たる者たちである。



「そこ突きますか。流石は女東宮」



 楽しそうに南天が笑う。


「女東宮お一人守ればいいなら帯刀を増やせばいい。だが、女東宮をお守りすることは国全体を守ることに通じます」


「うむ」


「昨今、五雲国の動きが不穏なことは?」


「不穏とまでは報告が来ていないが、光環国周辺を平らげ、国力を増していることは知っている」


「充分不穏ですそれ」


「うーん……虹霓国に興味を持ってない可能性も無くはない、という一縷(いちる)の望みを掛けている」


 南天は苦笑した。


「一縷の望みって辺りで、もう女東宮はおわかりなのでしょう。五雲国はいずれ、こちらに手を伸ばして来る」


 或いは、と南天は眼光を鋭くさせた。



「もう、手を伸ばしてきているかもしれない」



 ぞく、と榠樝も堅香子も肩を震わせた。


「従兄弟どの、脅かし過ぎでは」


「そうでもない。毒蛇の件、アレが国外からの一手ではないと証明できない」


 榠樝もすっと顔から表情を消した。

 人形めいて美しく、けれどどこか怖ろしい。


「なるほど。六家ではなく外国(とつくに)から、私を、ではなく《《この国》》を狙った一手だったと」


「可能性の問題ですが」




 南天は口笛を吹きたかった。


 一気に子供らしさを削ぎ落し、上に立つ者の顔になった榠樝。



 これは、面白い。



 堅香子が気付いて睨んできた。

 南天は一応表情を取り繕う。一応。


「なるほど、そう考えると何事かが起こってからでは遅いな。相手が動く前に、備えて置かねば意味が無い」


「泥棒を見て縄を()うことになってしまいますのでね」


()(まで)可能性。だが、皆無でない以上備えて置かねば被害が甚大になりかねんか……」


「御意」




 榠樝はむむむと眉間に皺を寄せて考え込む。


「だが摂政(せっしょう)の言う通り、慎重を期さねばならんのもわかる。とんだ藪蛇(やぶへび)になってもかなわんし、民らに不穏な空気を振り撒くのも宜しくない」


「その辺は考えてください。そっちは俺の役目じゃないんで」


「従兄弟どの!」


 さらっと言われて榠樝は苦笑した。


「確かにな」


「榠樝さまも確かにな、ではないのですよ!不敬です、不敬!無い頭でも考えませ!」


「どさくさ紛れに俺を(けな)すな、堅香子」


 ははは、と榠樝も南天も同時に笑って、それがおかしくてまた笑った。


「ともかく、そなたは国の備えを盤石にすべきとの意見なのだな」


「何も無ければいいんです。でも、何か起こってからじゃ遅い」


「うむ。参考になった。よく考えておく。ありがとう」


「はっ」




 榠樝はまた子供の顔に戻って南天を見る。


「折角だから菓子など食べていくか?」


 南天は破顔した。



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