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虹霓国の女東宮  作者: 浮田葉子
第十一章 五雲国動乱
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 五雲国(ごうんこく)に天変地異あり。


 虹霓国(こうげいこく)への第一報は、当然の如く夢渡りの法だった。




「正式な使者はもう()たせたが、いつ着くかわからん。だが虹霓国の力が要る」




 玄秋霜(げんしゅうそう)は榠樝の手を取り頭を下げる。




「どうか助けて欲しい」


「すぐ(はか)らせる」




 榠樝の返答は間髪入れぬ速さで、却って秋霜は狼狽した。




 これまで無理難題ばかりを押し付けている五雲国であるのに。


 虹霓国は、榠樝は。


 それでも躊躇いも無く、助けてくれるという。




「とにかく祈れ。毎日毎晩ひたすら祈れ。それが一番大切だからな。荒ぶる魂よ、どうか鎮まり給えと心から祈れ」




 あれこれと考えを巡らせているのだろう。


 榠樝は一人百面相である。




 秋霜は思わず榠樝を抱き寄せていた。




「ん、どうした。大丈夫だ。できる限りの手は打つ」




 榠樝は秋霜の想いなど知らぬげに、励ますように背を叩いてくれる。


 体格はまるで逆だが、子供を抱く母親のようだった。


 肩に額を埋めて、秋霜は深く深く榠樝の薫りを吸い込む。




「前にも言っただろう。神は人の祈りや思い、願いに()って立つ。だが五雲国に()いて、それが著しく少ない。とにかく祈れ。それが第一歩だ」




 榠樝は秋霜の背をとんとんと叩きながら、あやすように呟く。




「取り敢えずは待て。すぐにも万端整えて、神職をそちらに派遣しよう。それまでは持ち堪えるのだぞ」


「持ち堪えられるだろうか」




 気弱な秋霜の呟きに、榠樝は力一杯秋霜の背中を叩いた。


 衣の下には手形がついているかもしれない程の力だった。




「痛い」


「当たり前だ。持ち堪えなくてどうする。そなたは王だ。五雲国を背負って立て。それが役目だ」




 榠樝は自分で叩いた背中をそっと擦りながら、深く溜息を吐いた。




「この場に関白が居てくれたら、諸々すぐにも手配ができるのだがな」


「他の男など呼びたくない」




 多少拗ねた響きに苦笑する。


 そういうことを言っている場合ではなかろう。




「呼びたくないってことは呼べるのか?」


「いや、できないが……」




「できないのなら仕方ない。できることをするまでだ。取り敢えず、今夜もまた術を使ってくれ。会議の結果を教えるから」


「わかった」












「……というわけでな」




 状況を手短にまとめ、関白蘇芳深雪(すおうのみゆき)に説明したところ、物凄い渋面になった。


 ()もありなん。




「人道に反することを申し上げますが」


「うん」




「のらりくらりと引き延ばせば、五雲国は滅びましょう」


「だろうな」




 榠樝と深雪は顔を見合わせて、二人揃って溜め息を吐いた。




「ですが見捨ててはおけませぬな。罪なき民草が数多(あまた)死ぬ」


「そういうことだ。月白凍星らを見捨てるわけにもいかぬ」




 深雪は少し目を(すが)めた。




「斬り捨てるならとうに遣って居られた」




 榠樝は微かに唇の端を引き攣らせる。


 五雲国のことか。それとも月白凍星のことか。




「なんのことだかわからんな」








 神祇伯、天藍木蓮子(てんらんのいたび)に陰陽頭、朱鷺尾花(ときのおばな)は、既に声を掛けられることを予期していたのだろう。


 呼ぶ前に控えていた。




 相変わらずの異能ぶりである。




「神祇伯より申し上げます。此度(こたび)のことは(かつ)てなき災厄。従って神職の数がまるで足りぬと存じます」


「陰陽頭より申し上げます。五雲国より人を招き、()の国の神職を増やすことをお勧め致します」




 関白が眉を寄せた。




「それは神職の留学、育成を行うという意味で良いのか?」


「御意」




「長丁場となりましょう。一年、二年、あるいはもっと掛かるやもしれませぬ。ですが全国(くま)なく祭祀を行わねば、五雲国の鎮魂慰撫は成りますまい」












「というような話になっている。そちらの都合はどうだ?」




 ざっくばらんな榠樝の話しぶりに、秋霜は唖然とするしかない。


 同盟国とは言え、こちらのツケを虹霓国が一時的にせよ払うということだ。




「ひとつ貸しだ。後々返してもらう。だが、とにかく早急にそちらの足場を整えよ。こちらの人員はすぐに着くとは言えぬ。距離があり過ぎるのだ。海も越えねばならぬし。ええい、面倒くさい。(ばく)の糸があれば……。いや、無いものねだりしても仕方ないのだが、歯がゆいな」




 そうだ、と榠樝は袖を探った。


 もしかしたらと持って来たのだ。




(あか)御統(みすまる)という神器がある」




 榠樝は、赤々と燃えるように輝く玉の首飾りを袖から取り出した。




(いわ)れは色々あるが、世を照らす力を秘めている。陽の力と火の力とがある。そなたに貸そう。期限は決めぬが貸すだけだ。後で返せよ。何年経っても構わんから」




 秋霜の目が、零れ落ちんばかりに見開かれた。


 榠樝は御統を差し出したまま、待っている。




「そんなに簡単に渡して良いものでは無いだろう。神器だぞ。他国の王においそれと貸すか?というか、そもそも(うつつ)のものを持って来れたのだな。どうやったのだ?」


「物は試しだ。袖に入れて寝た。あとものすごく祈った」




 秋霜は流石に唖然とした。




「ぞんざい過ぎるぞ」


「傷付けぬよう絹で巻いた」




 榠樝は得意げに胸を反らせたが、そういう問題では無いと思う。




 秋霜は手を伸ばすのを躊躇う。


 それはそうだ。


 溢れる神威に身が震えている。




「王たる者の覚悟を見せよ」




 榠樝は無情にも言い放った。




「虹霓国からの神職が到着するまで、そなたが場を鎮めねばならんのだぞ。これを使え。使いこなして見せよ」




 秋霜は震える手を伸ばし、御統に指先を触れる。


 ぱちりと火花が散った気がした。




 痛みに一瞬目の下を引き攣らせはしたが、秋霜は確かに明の御統をその手に取った。




 榠樝から秋霜へ。


 神器は確かに手渡された。




「何年かかるかわからんが、とにかく全国行脚して回れ。祭祀をせよ。鎮魂慰撫を心掛けよ。五雲国は神の声が届きにくいと仰せだったぞ」




 秋霜は少し、首を傾げた。


 仰せ。


 榠樝が敬語を使う相手が、虹霓国に居ただろうか。




「誰が」


「神が」




 しばらくの沈黙が落ちた。




「……………神が?」


「うん。夢に出て来てな。五雲国は祈りが足らぬと嘆いておられた」




「……………………」




 神とはそう簡単に夢に出て来るものだろうか。


 胡乱な眼差しになってしまったが、榠樝が嘘を吐く理由が無い。益も無い。




「……………………」




 口を開け、閉じ、また開けて。


 結局何も言えずに唇を引き結んだ。


 秋霜は手にした明の御統に視線を落とす。




 煌々と輝くその神器は、脈打つように煌めいていて。




「やれるだけ、やってみる」




 うんうんと頷き、榠樝はぽんと手を叩く。


 忘れていた。




五雲国(そちら)から才のある者たちを虹霓国へ留学させぬか?神職の養成をしてはどうかという意見があってな」


「なるほど、借りるだけではなく増やせということか」




「使える手は多い方がいい。異能もコツを掴めば使いこなせる者も居よう」


「ありがたい」




 榠樝は秋霜を真っ直ぐに見つめた。


 視線が、まるで射抜くように秋霜を貫く。




「余計なことと思うが、敢えて言うぞ。神の声と同じくらい、人の声も聞け。此度の厄災は、神と人との嘆きが呼んだ。誰もが苦しみ悲しんでいる。声を聞き届けよ。王の役目を果たせ」




 秋霜は泣きそうに顔を歪めた。




「やはり、そなたしか居ない」




 声が震えた。


 心が震えた。




 后に迎えるなら、榠樝を()いて居ない。


 こんなにも有能な相棒は居ない。


 他の誰がこれほどに秋霜を支えてくれるだろう。




 だが榠樝は気付かぬふりで視線を流す。




「今は鎮魂慰撫のことだけ考えていろ。あと、月白凍星を頼れ。あれは有能だ」


「……わかった。榠樝」




 秋霜は榠樝の頬に優しく触れる。


 指先でなぞるように、そっと。




「うん?」


「口付けていいか?」




 榠樝は半眼になった。




「駄目だ」



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