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虹霓国の女東宮  作者: 浮田葉子
第十一章 五雲国動乱
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 五雲国(ごうんこく)王都、康安(こうあん)を襲った大地震は大明宮(たいめいきゅう)をも大いに揺らし、幾つもの柱が崩れ落ちた。


 康安の一部も瓦解。凄まじい被害を(もたら)した。




 穏やかな春の空の下、黒煙が立ち上る。


 火事は瞬く間に広がり、家屋を飲み込んでいく。




 悲鳴と怒号とが飛び交い、轟音とともに邸宅が崩れ落ちた。






 偶然に過ぎないと主張する鶯皚雪(おうがいせつ)嘲笑(あざわら)うように、次の日には異常な吹雪が各地を襲った。




 風に舞う花弁が凍り付き、地に落ちる。


 鳥の(さえず)りは吹雪に掻き消された。


 芽吹いたばかりの若葉が凍り付き、降り積もる雪に圧し潰される。




 ひとつだけ幸いなことに、火事は雪によって消し止められた。




 民衆は神々の怒りだと恐れおののき、動揺が広がる。


 流石の鶯皚雪も次第に冷静さを失い始めていた。




 虹霓国(こうげいこく)使節団は却って常の如くに動けている。




 神の威を感じる。


 それが怒りと嘆きとであっても、何も感じぬよりは余程良い。




「思っていた通りになりましたね。これでは船も出せぬのでは?」




 淡香久利(うすこうのくり)などは清々しくさえ見える有り様だ。


 月白凍星(つきしろのいてぼし)を始めとした使節団の官は霊威などわからぬので、肝を冷やしているのだが、神職たちは水を得た魚のように生き生きとしている。




「冷静に分析している場合では無いぞ。我らがすべきことをせねば」


「ですが大傅(たいふ)、王命無くば私たちは動けませぬ(ゆえ)、こうして眺める以外に何ができましょう」




「それはそうだが」




 昨日の宰相会議はうやむやに終わり、国王始め王族は安全な場所に避難。


 貴族たちも慌てふためいて右往左往している。




 麟徳殿(りんとくでん)に控える虹霓国の者たちの周囲に、次第に人が集まり始めていた。




 陰陽師たちが穢れを祓い、巫覡(ふげき)が舞い、神部(かんべ)が場を整える。


 神の声を聞こうと、卜部(うらべ)が占う。




 寒さとは違う清浄な空気が、麟徳殿周辺に満ちていた。




「当然のことですが、神々、お怒りです。早々に鎮めなければ大地が割れますね、これ」




 卜部のひとり、鶸忍(ひわのしのぶ)があっけらかんと言い放ち、その場は驚動(どよ)めきに包まれた。




 虹霓国の者たちは静かに頷いている。


 光環州の者たちが泣きそうに喚いた。




「何故その様に平然としていられるのだ!?此の世の終わりだぞ、これは!!」




 何故と言われても、と虹霓国の神職らは肩を竦める。


 散々に言葉を尽くし言い募った。


 だが、聞く耳を持たなかったのは五雲国の宰相たちだ。




「こうなることは目に見えていたので、まあ、何とも」


「早々に虹霓国(くに)に帰りたかったですよね。無理でしたけど」




 呑気にさえ聞こえる会話に、光環州の者たちは泣きそうになった。




「こうなっては、我らに出来ることはひとつだけでございます」




 青丹柊(あおにのひいらぎ)が嘆息し、光環州公が悲鳴を上げた。




「何をすればいい!」




 溜め息交じりに檜皮八千草(ひわだのやちぐさ)が宣言した。




「五雲国王のお許しを願い、全国各地、津々浦々(つつうらうら)行脚(あんぎゃ)して参りましょう。まずは近辺よりと申しますか、足元からでございますねえ」








 宰相会議は、取り敢えず無事であった広間を使い執り行われた。


 非常時であるので月白凍星もその席に加わっている。




「という訳でございますので、我らは我らの出来ることを成したいと存じます。どうぞ全国行脚のお許しを下さいますよう、お願い申し上げます」




 玄秋霜は重々しく頷いた。




「許す。というより、頼む。我らに出来ることは少ない」


「王! この期に及んで神頼みなどと! 祭祀に頼るより、まず国家としての統治を安定させるべきでございます!」




 秋霜は拳を机に叩き付けた。


 しん、と場が静まる。




「この惨状を見て、この猛吹雪を見て、それでも神々の怒りは世迷言というのかお前は」


「世迷言とは申しませぬが、何分(なにぶん)前例がございませぬ」




 静かに口を開いたのが(すい)門下侍郎(もんかじろう)だ。


 門下省次官。つまりは鶯皚雪の直接の部下に当たる。




「無いなら作れば良いだけのことかと存じます」




 鶯皚雪を見詰め、静かに穏やかに。


 言葉を荒げることなく淡々と。




「今だかつて一度も無かった事態にございます。虹霓国の方々が対処できるというのなら、それに頼るが正しいかと」




 鶯皚雪は険しい表情で声を張った。




「虹霓国に屈しろと言うのか!」


「いいえ」




 翠宰相は首を振る。




「同盟国に、対等な立場として援助を乞うだけにございますよ、鶯宰相」




 普段物静かな翠宰相の一言に、場は水を打ったようになった。


 月白凍星がひとつ、咳をする。




「発言の許可を」


「許す」




「畏れ入ります。虹霓国の慣例では、災害時には神祇官、陰陽師が占いを行います。そして対応した祭祀を執り行います。我ら使節団ひとつでは人手が足りませぬ。どうぞ、虹霓国へ神職の派遣を願う書をお送りください」




 凍星は玄秋霜を真っ直ぐに見据える。


 玄秋霜も真っ向から見詰め返した。




「五雲国と虹霓国との共同祭祀を執り行うべきと存じます」




 凍星は言葉を続ける。




「僭越ながら申し上げます。虹霓国(われら)の抱える神職は、神の嘆きを聞きました。五雲国王陛下と宰相の御方々は、民の声をお聞き届けください。今や五雲国は誰もが怒り悲しみ、嘆きに満ちております。沈静化が最も重要なことと存じます」




 出来ることを出来る者が、それぞれに。


 祭祀は虹霓国が。政治は五雲国が。






 使節団の神職たちの言うことには、実際に出来ることというのは非常に少ないそうだ。


 まず行うべきことは、天霄殿(てんしょうでん)、五雲国の神殿に集められている異能の者たちを動員、民の代表として、国王が神々に願う。




 怒りを鎮め、嘆きを収め、ひとまずの猶予を願う。




「飽く迄()()()()、でございます」




 淡香久利は据わった目で宣言する。




「全国各地を回り、ひとつひとつ魂を鎮めなくては収まりますまい」




 使節団の神職一同も頷く。


 皆、顔付きが厳めしく強張ってはいるが、静かだ。




「天霄殿の方々の意見も聞きとうございますが、我らは火禊が良いと存じまする」


「此度は血が流れ過ぎました。まずは穢れを焼き尽くし、浄化せねばなりません」


「可能ならば国王御自ら各地を回り祭祀を行って頂きたく存じますが、それはまたいずれ。ともかく、康安の神殿にて大々的に国家祭祀を行い、神々に我らの願いを届けねば」








 あちこち崩れた大明宮(たいめいきゅう)で、王族もまた避難を余儀なくされている。


 王の妹である鳳梨(ほうり)は大好きな兄王の姿を見つけ、子うさぎのように駆け寄って来た。




「兄上、いいえ、陛下」


「兄上でいい。鳳梨、怪我は無いな?」




「ございません。兄上、此度(こたび)の天変地異は、やはり神々のお怒りなのでしょうか」


「そうだ、と虹霓国の神職の者が神託を受けた」




 鳳梨はきつく唇を噛む。




「わたくしでは、やはり足りないのですね」




 王族で一番力があると見込まれる鳳梨でさえ、神託を受けることは叶わなかった。


 (いわん)や秋霜においては尚更のこと。




「鳳梨」


「はい」




「そなたに頼みたいことがある」


「何なりと」




「五雲国の祭祀の長となってくれ」




 鳳梨は何度か瞬いて、首を傾げた。




礼部(れいぶ)祠部司(しぶし)の長官、祠部郎中(ろうちゅう)になれということですか?」


「いや、祠部司に新しい部署を設ける。名称などは追々決めるが、ともかく、王が行うべき祭祀は私が行う。その補佐を頼みたい」




 鳳梨がきゅっと唇を噛んだ。


 双眸がきらきらと輝いている。




「わたくしが兄上のお役に立てるのですね」


「そうだ。そなたでなくてはならん。王族で一番異能の強いのがそなただ。神々への声もきっと届き易い」








 そして。


 天霄殿において大々的な祭祀が執り行われた。


 祭主は玄秋霜。副祭主に玄鳳梨。




 禊は虹霓国の神職たちが行った。




 吹雪が止んだ頃合いを見計らい、水禊を行い、塩を用い、火禊を行う。


 神火を焚き、神霊を招き、穢れを焼き尽くす儀式である。




 戦場となった成州の各地で行うのが最も良いのだが、とにかくまずは足場を固めなくてはならなかった。




 こんな時だというのに、秋霜は榠樝(かりん)のことを思う。


 いや、こんな時だからだろうか。




 榠樝が側に居てくれたら、どれほど心強かっただろうか。


 きっと的確な助言が貰えただろう。




 そして同時に思い知った。




 秋霜では榠樝に及ばない。


 王たる覚悟も決意も、きっと。



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