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虹霓国の女東宮  作者: 浮田葉子
第十一章 五雲国動乱
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 そんな折、成州では歴史的珍事が起こった。


 大寒波が大雪を(もたら)したのである。




 春だ。


 他の州に比べ、成州の春は早い。




 だというのに。


 季節は逆戻りし、(かつ)てない寒さを運んで来た。




 雪など見たことも無い人々が、呆然と立ち尽くす。


 寒さに耐えられるだけの衣服も無く、凍死するものが相次いだ。


 戦死した者たちを弔う(いとま)もなく、次々と人が死んでいく。




 絶望した成州を、更に地震が襲った。


 崩れ落ちる家屋。逃げ惑う人々。




 このままでは皆、死んでしまう。


 此処にあるのは絶望だけだ。








 そして成州以外の地でも異常気象が起こり始める。




 北方では夏日が続き、井戸が干上がった。


 水を求め、各地で(いさか)いが起こっている。




 かと思えば西ではかつて無い豪雨が降り注ぐ。


 洪水が起こり、人も家も流されて。




 途方に暮れる以外に何ができようか。






「これは神々の嘆きです。大地を血に染めたことを、神々が嘆き悲しんでいる」


「即刻祭祀を行うべきです。怨念を浄化し、荒ぶる魂を鎮めねばなりません」






 虹霓国の卜部たちが声を上げ、奏上。


 国王、玄秋霜(げんしゅうそう)にその言葉は届いた。




 だが、宰相会議は動かない。






 虹霓国使節団の神職たちは、今にも爆発しそうな怒りを抱えていた。


 こんなにも神の憤りを身近に感じたことは無い。


 いますぐにでも祭祀を行うべきである。


 できないのなら虹霓国へと帰国すべきだ。




「このままでは更なる天変地異が五雲国を襲いましょう。王都康安(ここ)とて壊滅するやもしれません」




 卜部の一人、木賊雛菊(とくさのひなぎく)は真っ青な顔で月白凍星(つきしろのいてぼし)に進言した。




「月白太傅(たいふ)さま、真赭長官(まそほのかみ)さま、浅葱次官(あさぎのすけ)さま。手遅れになる前に帰国なさるべきです。ここは危ない。これ以上の穢れは人の身には耐えられません」




 神部の淡香久利(うすこうのくり)は、もはや立っているのさえやっとの有様。


 皆、ぐったりと顔を曇らせている。


 凍星は真赭万由三(まゆみ)と浅葱佐々介(ささげ)を見た。


 二人共厳しい顔で凍星の決定を待っている。




 ここで帰国すれば、虹霓国は五雲国を見捨てたと後ろ指をさされるかもしれない。


 だが、いずれ滅びる国に義理立てしても益は無い。




 口を開こうとしたその時、巫覡の裏葉小菊(うらはのこぎく)が飛び上がるように立ち上がった。


 傀儡子(にんぎょう)めいた動きで、小菊は凍星らの前に踊り出て。






「処刑はならぬ。これ以上の血はいらぬ」






 少女の口から零れた声は、低い男のものだった。




 神託。




「ならぬ。いらぬ」




 神職たちが慌てて(ひざまず)き、(こうべ)を垂れる。


 小菊はくるくると舞い踊り、糸が切れたようにぱたりと床に倒れた。




 小菊を抱き上げ、濡羽柏(ぬればのかえ)が凍星を見上げる。


 他の者も皆、凍星を見た。




 凍星は瞼を閉じ、ひとつ息を吐く。


 腹は決まった。




「五雲国王に、申し上げて来る」


「お供致します」




 長官の真赭万由三、神部の狩安宿花(かりやすのよみはな)を供に、凍星は足早に麟徳殿(りんとくでん)を飛び出した。








 まさに宰相会議は白熱し、今にも苔星河の処刑が決されようとしていた。


 止める禁衛を振り切って、凍星らは会議に乱入する。




「無礼であろう。会議中であるぞ」




(まこと)に以て仰せの通り。ですが火急の用件にございまして、どうぞ一時のお目溢(めこぼ)しを頂きたく存じます」




 その場に膝をつく凍星に、鶯皚雪(おうがいせつ)は眉を寄せた。


 普段の凍星なら、このような振る舞いをするはずが無いことは、この場の誰もが知っている。




 よく()()()()()虹霓国の大輔。


 それが、皆が抱く月白凍星の印象だ。




 国王、玄秋霜は一つ咳払いをする。




「許す。申せ。何があった」




 凍星は顔を上げ、言上する。




「処刑はなりません」




 ただ一言。


 だが宰相たちの眉間に深い皺が刻まれた。




「内政干渉であるぞ」


「控えられませ」


「同盟国と()えど、許されぬことかと」




 しかし。


 玄秋霜は怪訝そうに眉を寄せる。




「処刑はならぬと言ったな。何故、今処刑の話をしていたとわかった?」




 宰相たちが(ざわ)めいた。




 確かに。


 議題はこの場に居る七人と、書類を纏めた数名に、護衛の禁衛しか知らぬこと。


 それをどのようにして漏れ聞いたのか。




 そう問う前に凍星は告げる。




「神託がございました」




 ぞっとしたように宰相の一人が顔を引き攣らせる。


 人ならざるものを見るような、(おぞ)ましい目付きだった。




 神部、狩安宿花が顔を上げ、挑むように宣言する。




「処刑はならぬ。これ以上の血はいらぬ。男神(おとこがみ)の託宣にございます」




 神の名乗りは無かった。


 だが、明らかな意志のある声であった。




 玄秋霜は眉を寄せ、鶯皚雪は口元を歪める。


 鶯宰相は王をまっすぐに見据え、言った。




「反乱の首謀者を生かせば、再びの戦乱の火種となりましょう」


「だが、託宣があったのだぞ」




「苔星河はただの罪人ではございませぬ。国家の大罪人ですぞ!」




 宿花は敢えて声を張り上げた。




「しかし、民の無念の象徴でもございます」




 この場での(わきま)えぬ発言は、罰されるどころか、即刻の処刑もあり得る。


 凍星がひやりと背筋を冷やした。




 宿花の双眸は光り、此の世ならぬ所を見ているようだ。


 神威。


 虹霓国では稀に見る出来事だが、五雲国では奇妙な振る舞いの、頭のおかしい人物としか映るまい。




「ここで()の者を処すれば、更なる神々の嘆きを招きます。これ以上の血を流せば、神々の嘆きは怒りへと変わる」




 静かではあるが、強い言葉。




 宰相のひとりが、気圧されたようにごくりと喉を鳴らした。


 鶯宰相は忌々し気に袖を振るった。




「神々が怒ったとして、何が起こるというのだ!」




 宿花は顔を上げ、宣言した。




「厄災が地を覆い、天は涙を流します。詳細をお望みであれば、卜占を致しましょう」




 玄秋霜は考え込み、鶯宰相ら一派はせせら笑う。


 宿花の言葉は、世迷言としか捉えられなかった。




「天変地異と反乱の鎮圧に何の関係があると云うのです」


「信じられませぬな」




 宰相たちは次々と宿花に言葉をぶつける。




「神々が本当に怒っているというのなら、その証を見せてみよ」




 鶯宰相が言い放つ。


 そして、その直後。




 大地震が康安を襲った。







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