三
その年。夏の終わりに。
成州へと派遣された禁軍は、叛乱軍に敗れた。
勝利に勢い付いた農民らの叛乱軍は、各地の不満層を取り込み、更に拡大化。
その勢いで、なんと成州政府の役所である衙をも陥落させる。
成州の治所を制圧したのだ。
そして、ついに革命軍と名を改め、より組織的な軍勢へと変貌を遂げた。
革命。つまりは五雲国王朝を倒す。
新しい国を興す。
それが軍の目的となった瞬間であった。
その影響は他の州へも波及している。
特に近年併合された新しい州の公たちは、この波に乗るか否かの決断を迫られた。
五雲国へ変わらぬ忠誠をつくし、このままの地位を維持するか。
それとも、再び一国として立ち上がるのか。
国家転覆の危機に、五雲国が揺れている。
宰相会議。
門下侍中鶯皚雪は国王玄秋霜に決断を迫った。
求められたのは粛清。
叛徒の一掃である。
無論、朝廷には粛清を求める強硬派だけでなく、穏健派も存在する。
話し合いで解決をと主張する穏健派を、強硬派は一蹴した。
「革命軍と名乗っているのです。苔星河は逆賊以外の何ものでもない」
鶯皚雪はそう断じた。
即刻排除すべき対象に他ならない。
しかし、と中書令の桔宰相は反論する。
「民の不満が爆発した。その結果担ぎ上げられたのが苔星河であった、というだけのこととは考えられぬでしょうか」
話し合いの場を持つべきだとの穏健派の主張は退けられる。
そも、誰が和睦の使者に立ちたいものか。
激昂した農民たちの只中に放り込まれて、無事に帰ってこられるとは思えない。
「このままでは国家が崩れ去るでしょう。争いに巻き込まれ苦しんでいる民を救うためにも、逆賊は即刻粛清するのが正しいと存ずる」
一方の革命軍の方でも意見の相違は生じていた。
苔星河はただ、皆が苦しまぬようにと願って居ただけだった。
だが現状はどうだ。
革命軍の大将に押し上げられ、担ぎ上げられ。
苔星河という一個人の想いとは裏腹に、周囲の人々の期待ばかりが膨らんでいく。
英雄として祭り上げられる程に、星河の意思と現実とが乖離していく。
「成州の英雄になるんだ!」
「王を討て!」
「新たな国を興すんだ!」
煽る者たちの熱は加速していく。
「こんなはずじゃなかったのに……」
頭を抱える星河の嘆きを聞く者は居ない。
ただ浮かされるままに、燻っていた不満を燃え上がらせ、走り続ける。
暴走する民の姿がそこにはあった。
鶯皚雪とて、血に飢えた冷酷な圧制者ではない。
彼は彼の立場で、国家の為に叛乱を鎮めることを第一に考えているのだ。
そう。成州に居るのは革命に賛同し立ち上がる民ばかりでは無い。
巻き込まれ、逃げ惑う者も多い。
逃げ場をも失い、途方に暮れるしかない力弱き者も。
彼らこそを救うために、一刻も早い鎮圧が必要なのだ。
国王、玄秋霜は悩んでいた。
誰もが正しく、また誰もが間違っている。
模範解答などそこにはない。
革命軍は速やかに鎮圧すべきだ。
だが、被害を最小限に食い止める術は無いものか。
そこで鶯皚雪は一計を奏上した。
秋になれば農民兵たちは続々と脱落するだろう。
秋は農業の重要な時期である。
米の収穫に麦蒔きに、人手は幾らあっても足りない。
収穫高が減っているからこそ、一粒も取り零せないのだ。
そこで税を減じ、尚且つ此度納めた者は、革命軍に関わっていたとしても罪を減じると触れ回る。
そうすれば寝返る者は多いだろうと鶯皚雪は述べた。
とても説得力のある策だ。
玄秋霜はその提案を受け入れた。
秋まで間が無い。
即座に触れ回ることが肝要だ。
朝廷は五雲国各地に間諜を放ち、噂を吹聴した。
静かに、だが確実に。
噂は広まっていく。
此度、滞っていた税を納めた者は、《《たとえ革命軍に関わっていたとしても》》その罪を減ずる。
この文言は、荒んでいた民衆の心にとても大きな影響を及ぼした。
多くの者の背中を押す、大きな決め手となったのである。
そして、鶯宰相の読み通り、革命軍の戦力は急速に低下し始めた。
戦線を維持できなくなっていったのである。
農民兵にとって、戦うことよりも家族のために田畑を守ることが最優先なのだ。
当然の帰結だろう。
稲の刈り入れを前に武器など持っていられるものか。
必要なのは鎌であり、剣ではない。
小麦を撒くために畑を耕す鍬こそが、今必要だった。
そして戦線は崩壊。
鶯皚雪の読み通りである。
鶯宰相は、禁軍の再派遣を冬まで待つことを進言した。
「飢えと寒さが彼らの戦意を更に削ぐでしょう」
今度こそは都護府軍との連携を取り、革命軍を囲い込む。
農村が最も忙しいこの時期こそ、策を進めるに丁度良い。
そうして、その冬。
禁軍は再び成洲への進軍を開始した。
今度こそ革命軍を壊滅させるために。