二
叛乱は瞬く間に拡大した。
鳴珂県どころか成州全土に広がる勢いである。
苔星河は穏やかに生きたいだけだった。
その筈だった。
だが、彼の意思とは無関係に担ぎ上げられ、今や叛乱軍の総大将。
何でこんなことに。
そう思う星河の心とは裏腹に、叛乱軍は快進撃を続けていた。
当然のことだが、朝廷が黙って見過ごしてくれる筈も無い。
鎮圧のため、都護府は軍を派遣。
速やかに鎮圧されると思われた叛乱だが、府軍はまさかの敗北。
軍を率いた都護は府へと一時退却した。
成州公は飛び火を恐れ、慌てて王都康安まで逃げ帰ったという。
五雲国朝廷は対応に苦慮していた。
不届きな叛乱は早急に鎮圧すべし。
満場一致の結論である。
だが、各々の意見は千差万別。
都護府にこのまま任せておくべきではないのか。
いや、ここは禁軍を派遣すべきではないのか。
宰相会議は一向に纏まる気配は無い。
「禁軍を派遣し、早急に鎮圧すべきと存ずる。朝廷の威信に関わります」
尚書省、門下省、中書省それぞれの長官、次官の六人が宰相として宰相会議は行われる。
宰相は、建前上は同列である。
だが、実際には明らかな差が存在した。
門下省長官である門下侍中、鶯皚雪。
宰相会議で彼に異を唱えられる者はごく僅か。
行政最高責任者と言える尚書左僕射の潤春水でさえ、鶯皚雪には一目も二目も置く。
「ですが鶯宰相、禁軍派遣ともなりますと、国を揺るがす大事だと認めたことになりませぬか」
「認めるも認めないも、潤宰相。現に国の一大事であると考えておりますが、如何か」
「確かに。ですが鶯宰相」
「一刻も早く平定するため禁軍を、と申し上げているのだ。成州が陥落せば、余波は五雲国全土に及びましょう」
「現に、成州公は王都に逃げ戻って参りましたな」
尚書右僕射、檸宰相が静かに言い、鶯皚雪を支持した。
翠門下侍郎、桔中書令、丹中書侍郎は黙して議会の行く末を見ている。
「余は禁軍の派遣を見送り、再度都護府に追討命令を下すべきと思っている」
五雲国王、玄秋霜の言葉に頷く者は二人だけ。
翠宰相、桔宰相は国王派だが、他の三名は鶯宰相派だ。
ざっくり分けるなら国王派が穏健派、鶯宰相派が強硬派である。
「都護府は国境の防備が一の任務。内側の揉め事にかまけていれば、蛮族に国境を侵されましょう。すぐにも成州への禁軍の派遣を進言致します」
確かにその通りではあるのだが。
秋霜は苦く吐息した。
翠宰相が静かに口を開く。
「此度の叛乱、民の不満に拠るものでありましょう。減税やら手当の方が必要かと存じます。ですが、まずは火消しを致さねばなりません。ただいまは禁軍の派遣が最適かと存じます」
国王派の翠宰相の一票で、一気に形勢が決まった。
穏当なやり取りなど、逆上せあがった民衆には無理だ。
一度沈静化させなければ、話し合いにも持ち込めない。
「よかろう。禁軍の成州への派遣を命ず」
消極的ではあったが、五雲国朝廷は武力を以て内乱鎮圧へと乗り出した。
麟徳殿にて。
月白凍星は王弟、玄曙草を迎えていた。
「私としましては、早々に全国的な雨乞いを進めて欲しかったのですが、中々思うようにはいきませんね」
「我々は武力を持ちませぬ故、一旦ことが沈静化するまでは動けぬでしょうな」
「ええ。少しお待ちいただくかと。ですが、できるだけ早くに鎮圧しないと、それこそ農村部が手遅れになりかねません」
曙草は眉間に皺を寄せ、溜め息を吐いた。
いつもは柔らかく明るい表情が、硬く張り詰めてしまっている。
「虹霓国の霊威が、五雲国に恵みの雨を齎してくれたら、すぐにも平穏になるでしょうに」
そう簡単にいくものか。
凍星は内心そう思いながらも曖昧に微笑んだ。
神々に見限られれば、五雲国は遠からず滅びましょう。
卜部、鶸忍はそう卜した。
他の卜部の者たちも同じ意見だ。
一刻も早く全国各地で祭祀を行い、神々の魂を静め、慰めなくては。
でなければ民の不満は更に募り、手の施しようがなくなるだろう。
そうしてまた、神々の嘆きは増し、旱魃は悪化。民は飢える。
悪循環だ。
だがここで、手を差し伸べるのが良いのか。
あるいは滅びへ向かう背を押すのが良いのか。
凍星には判断がつかなかった。
ただ、手を拱いて見届けるだけ。
五雲国は生き延びるのか。
はたまた滅びの一途を辿るのか。
どちらが虹霓国にとって吉と出るのかは、まだわからない。
当面、凍星にできることは無い。
ただ静かに茶を飲み、行く先を見守るだけだ。