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終わってる世界

剥き出しの紅い大地。

自生する植物も、堆積する岩石もない、何もないこの土地には唯一、“脊柱”と呼ばれる線路がある。半ば埋まってしまい、消えてかけているこの枕木と鉄製の軌条は、何もない場所にたった一つあるが故に、しばしば旅する“生命”たちの目印として広く使われてきた。

とりわけ、ゴミ溜めのような平野——通称、“ガレキ”——に至るために。



ある晴れた日。

太陽が北の空を通過した、午後のはじめ。

脊柱に沿って(あか)い大地を南下するは、キテレツな容姿をした2体の生命。

1体は、無数の眼鏡を寄せ集めてひとまとめにし、細長い体躯に成形したような、ムカデのような見た目の生命。外側に飛び出た眼鏡のツルが足や触覚などの役割を持ち、不毛の土壌をぞわぞわと進む。

もう1体は、4本の蔦が絡まり合って、塔のようなものを形作っている、植物系の生命。塔の展望デッキに当たる大小2箇所は、それぞれドーナツ状に丸まったビッグサイズ靴下である。

蔦4本のうち、自らの種子を先端に巻きつけている1本が、塔状の本体から延びて先のムカデ状の生命と並走する。


出発点はもはや遥か彼方に消えて、さらに気が遠くなるほど歩いて、彼らはまだまだ歩き続ける。

その旅の最中、幾つもの眼鏡の内側にある、臓物の役割を果たす玉蒟蒻(たまこんにゃく)製の腹部が鳴った。ぐぅ〜

腹の虫の主は、一番前方にある逆さまの眼鏡の鼻当てを動かして、()()()()()()音を立てる。


カチャカチャ(お腹、空いた……昨日から何も食べてない)


進行方向を正面として、正面から上下前後さかさまに生える一際大きな眼鏡が、げんなりと、地面スレスレまで垂れ下がる。

俯いた彼と並走する蔦が、先端を関節のように折り曲げて、()()()()()()甲高い音を鳴らす。


パキィーン(もうそろそろ着くはずだから、それまでの辛抱だ)


そう言われた眼鏡の集合体は、不服そうに、うなだれたまま返す。


カチャカチャ(うーん……さっきから()()()そればっかり。もうすぐ着くもうすぐ着くって言って、ずーっと景色は変わらない。赤い土、赤い土、赤い土、……これ食べれるかな?)


顔面の一回り大きな眼鏡のツルで地面を引っ掻き、進むままにツルを引きずる。その音を聞いて、塔植物は苦言を呈す。


パキィーン(やめときな、おなか壊すぞ。ってか、私に文句たれても仕方ないだろう。“ガレキ”に着くまでは何も食べれないんだから。着いたら()()()()()の大好物がたらふく食えるんだから、あと少し我慢しな)


事実を淡々と並べる塔植物に嫌気が刺し、蔦がいない左方を向いたムカデ眼鏡は、鎌首持ち上げるようにして長細い身体の三割を起こす。やはり何もない。あるのは、能天気なほどに青い空と、見飽きた赤い大地。


その境界線を眼鏡のツルでなぞって、進行方向に持っていくと、地平線の上に何やら暗い影が見えた。視覚()として機能する一回り大きなレンズですがめ見ると、大まかには平らな影が不自然に凸凹しているのが分かる。


カチャカチャ!(わっ、見えた。えっ、見えた。ねぇねぇ、()()()、見えたよ!)


大はしゃぎで鼻当てを鳴らし騒ぐ相棒に、塔植物と呼びかけられた蔦は、先端を折って冷静に返す。


パキィーン(やっとだな、ムカデ眼鏡。ただ、念のため確認なんだけど、見た感じ、散らかってるか?)


眼鏡のリムを細めて、凝らして見るムカデ眼鏡。


カチャ……カチャ(んー……全体的に、黒と茶色っぽくて……ところどころがカラフル?な感じ……見るからにゴミと土砂が散乱してる。脊柱が伸びた先にあるし、あれじゃないの? ガレキ)


パキィーン(それなら確定だ。あとは今日中に着ければ御の字だけど)


喜びを制するような蔦の音色に、鼻あてが笑うように鳴らされる。


カチャカチャ(この距離なら日が暮れる前に着くよ、塔植物。遮るものもない平坦な道のりだ)


パキィーン(そっか……あ、そうだ。もうそろそろ生え変わっておこうかな)


後方にいる塔本体との距離を思い出して、蔦はその場で止まる。結んであった種子を紅い地面に落とし、立ちどころに枯れてゆき、靴下を含めた塔本体まで綺麗に塵化。紅い砂とともに風に吹かれて消えたことを合図に、地表面に乗っていた白くて平べったい種子が、地下へと根および芽を出す。根を生やした地下茎が、地面と平行な正方形を作った後、4つの頂点で萌芽して、まるでタイムラプスの早送り映像かのように蔦が急ピッチで生育。塔が編まれて、生った靴下が裏返しに丸まる。最後に、塔の足元に黄色と赤の肉厚な花弁が開いて、生え変わりは終了した。


ムカデ眼鏡の横に()った塔植物は、大きな花を揺らして抗議の薫りを放出する。


ムワァ(さき行ってていいのに、私すぐ追いつくから。いちいち止まるの面倒でしょ)


カチャカチャ(いや、これくらい待てるよ。すぐ生えてくるじゃん)


線路沿いで交わすこのやりとりも、これが最後だろうと2体は心のうちに思い、開放感を予感する。


巨大で派手な花が扇がれて、バラ科の甘ったるい匂い——励ましの言葉が香る。


ムワァ(もうひと踏ん張りだ、行こう)



***



日暮れ前。

眼鏡のツルはついに瓦礫の()を踏んだ。


ガチャガチャ!!(ぃよっしゃーーー!!!! 着いたァァーーーー!!)


のけぞり空に向かって吠える彼のはるか後方で、突如として走り出したメガネに追いつこうと、緑色の蔦は一生懸命に伸長していた。


レンズが捉える眼下の光景——通称を、ガレキ。

多種多様な人工物が平地と砂浜、紅い砂漠土を覆い、地表を占有する光景は、さながら津波が引いた後のように何もない。あるのは使い物にならない瓦礫・瓦落多と、それらに纏わりついた泥や砂のみ。

一見、生命が定着していないように見えるが、その実、植物を必ずしも一次生産者とはしない常軌を逸した生態系によって、面積に対して個体数は少ないながらも生命が循環している。

永らくこの世紀末な状態が保存されているガレキは、森が森であるように、独自の複雑な自浄作用を以ってして文明崩壊後の状態を維持し続けていた。


大きな眼鏡で見渡せば、凹んだ洗濯機と鉄筋が刺さったコンクリートの隙間に挟まったお菓子の包み紙が、風にハタメいている。


遅れて到着した蔦が尋ねた。


パキィーン(急に駆け出したり叫ぶなよ。周りに生命はいないのか?)


得意げに鼻当てが動く。


カチャカチャ(もう確認済み。大丈夫、この辺にはいない、)


ムカデ眼鏡の背面から無数に生える眼鏡のツルは、それぞれが各感覚器官の役割を果たす。目や鼻、耳、皮膚はもちろん、ロレンチーニ器官やピット器官と同じ働きをするものもある。

とりわけ、正面に備わったデカ眼鏡のツルは、動物の髭や昆虫の触覚のように様々な環境要素を敏感に感知する。


カチャカチャ(この辺にはいない、“虫” 以外の生命は。)


虫とは、極小の体で活動を行う生命のこと。主に森林や地中など至る所に棲息していて、個体の相性にもよるが、大抵は無害である。

そして、ことガレキにおいては、生態系を支える地盤とも言える存在だった。


虫なぞ気にも留めない塔植物は、旧個体を枯らして新個体をその場に移設する。


目的地にたどり着いた喜びのまま、足元に転がる鉄釘を目にし、ムカデ眼鏡は固まった。

視線を少し上げて、離れた位置にある堆積物を右から左に、じっくり眺望する。汚れた包み紙、腐食した電化製品、カビた石膏像、歪んだ塩ビパイプ、etc..

もう一度、鉄釘のサビに視線を戻して、


カチャカチャ……(……なんか、あんま、食べれるものない……)


ぼそぼそと嘆く。

顔のツルで釘を転がす横で、根元に咲く大輪が揺れる。


ムワァ?(そんなにか?)


カチャカチャ……(うん……ここまで劣化して泥にまみれてると流石に食べれるものも食べれない。探せば綺麗なのもありそうだけど…………ここまで来ればもっと簡単に美味しいものにありつけるって……)


期待を裏切られて落胆する眼鏡の声に、負い目を感じた塔植物は提案する。


ムワァ(私が土汚れくらい払うよ。食べ物探しに行こう)


想定外の言葉を告げられ、下がっていた巨眼鏡を勢いよく振り上げる。


カチャカチャ!(ほんと? でも元々ここに着いたらゆっくり栄養補給する予定だったし、探すのは俺だけでいいよ。持ってくるから、ここでのんびり待ってて)


釘を蹴り、返事も待たずに意気揚々と走り始めたメガネへと、制すような柑橘類の匂いが送られる。


ムワァ!(ちょっとムカデ眼鏡! 忘れてないよね? ここに来た目的! 食料は本命じゃないから)


カチャカチャ!(忘れてないよ! “ナレッジベース”でしょ? それもついでに探すから!)


——(いや、ついでって言っちゃってるじゃん……情報収集が本来の目的なんだけど……)


足早に行ってしまった相方への、言いさした注意は心中にとどめて、塔は根をしっかりと張り直す。

この辺り、瓦礫・瓦落多が覆い被さって表面上は平坦に見えるのだが、下に隠れた紅い大地は緩やかな下り坂である。そのため、突貫の土台では塔が安定しなかったのだ。

根を曲げて本来の地面と水平に保ち、4本の蔦の至る所から葉っぱを旺盛に生やして、しばし日光浴をして待つ。




メガネの集合生命は多足を波打たせ行く。

彼の主食は、鉱物と樹脂。とりわけ、ダイヤモンドとプラスチック全般が好物である。

他にも、メガネに囲われた消化器官(たまこんにゃく)内に飼っている多様な微生命のおかげで、多くの物質を消化・吸収することができ、仮に腐敗が進んでいてもお腹を壊すことはない。ただし致命的なまでに食わず嫌いが多く、酸化物もその一つである。


——(あ、こっち行くと鋭い()を持った生命がいる。左いこ)


自慢の感知能力で口が爪切りの鰐(危険そうな生命)を回避しつつ、曲がった先のカバーが破損した室外機を踏み越えていく。そこを巣にしていたコルク質の嘴を生やす蛙がびっくりして飛び出してきたが、気にせず塔植物の発言を思い返して、体躯を蛇のようにうねらせる。


カチャカチャカチャカチャ(いやぁ、何にしようかな〜。まさかガレキがこんなに土まみれだとは思わなかったけど、塔植物が洗ってくれるらしいし……せっかくだからおっきいの持っていきたいな…………——)


鼻歌でも歌うように独りごちていると、ふと周囲が気になった。耳を澄ますように、背中のツルに意識を集中する。


——(…………ん、かなり遠いな…………駆けるような音……前方……左から右に流れていく……ピラミッド型の四足歩行…………ヌー?……が複数個体…………追いかける生命は無し……群れの移動かな)


亀が甲羅を背負うように、ピラミッドを背負ったヌーの群れを遠距離から知覚したムカデ眼鏡は、彼らを狙った狩りに巻き込まれないよう、念のため迂回する。


——(存外、生命が活発だな。もしかしたら、俺が食べれるのもいるかな)


この世に存在する大概の物質を消化できる彼の胃腸だが、無論、受け付けないものもある。

その代表格が、魚と土である。過去に口にした際には消化不良を起こし、発熱と吐き気で三日三晩寝込んだ。


塔植物が(どく)を取り除いてくれるとはいえ、全てを完璧に除去するのは難しい。彼はなるべく泥がついていない、あるいは除去しやすそうな瓦落多を吟味していく。


カチャカチャ(おっきいのは俺だけだと運べないし……小さいのを複数回に分けて運ぶのは移動が増えるし……やっぱり、細長いものを身体にまきつけるのが……あっ、良い感じの)


泥を被ったさまざまな材質の破片をどこか腑に落ちない気持ちで流し見ていると、黒い()が目に止まった。

初めて目にするそれについて知るために、巨眼鏡のツルを折り畳んで先端どうし打ちつけ、発した音の反響から線の内部構造を暴き出す。

全体が黒いゴム製の絶縁体に被覆され、芯には銅線が密に詰まっている。線の端には鉄製の短い触覚が2本生えた——いわゆる電源コードが、コンクリートブロックの穴から生えていた。


地上部分は、軽微な泥が付着しているものの乾いていて、塔植物でも難なくほろうことができる良好な状態。

埋没部分は、雑然と積み重なった瓦礫の類いがノイズとなって、エコーロケーション含めた探知では観察できなかった。


——(仮に埋まってるところがひどく汚れてても、染み込むことはないだろうし、外側の()を剥けば中身だけは食べれるはず)


早速、コードを引き抜こうと試みる。箸で大豆をつまむ要領で、巨眼鏡のツルの先端でコードをひとつまみ。しかし1回目は先端が滑って失敗。

2回目はつまんで持ち上げることはできたが、やはり先端の力加減を間違えて、滑って失敗。3回目にして取り落とすことなくコードをぴんと張った状態まで持ってこれたものの、力が足りず、またも失敗。


それから四苦八苦、チャレンジを重ねるも、なかなか思うようにいかない。


いよいよ塔植物に来てもらおうかと思い始めたとき、不意に、気配を感じた。虫よりも大きな生命の気配。

ムカデ眼鏡は(よじ)っていた身をその場でピタリと停止させて、背中に意識を集中——しようと思った矢先、話しかけられた。


ジリジリ(やぁ、何か困ってるなら手伝おうかい?)


その言語は、磁気であった。


驚愕し、片リムを上げて訝しむ。なぜなら周辺に、磁気以外の生命らしき反応が見当たらなかったから。

S極とN極の並びによって意味を成す磁気言語、それを感知することはできたが、しかし、それ以外の体温や、見た目や、匂いや、息遣いetc..というものが、全くもって一切、感じられなかったのだ。

すなわち、相手が黙れば、夜闇に溶け込む梟の如く、捉えることができない。


ムカデ眼鏡の全身——感覚器(ツル)の一本一本の先端に至るまで——を、思考が停止するほどの不安と恐ろしさが巡った。


ジリジリ(おーい、もしかして、これ、分からないのか?)


2度目の磁極の変化により、敵対意思のない相手の存在をしっかりと認知することができ、ムカデ眼鏡はやっと息を吐いた。

落ち着きを取り戻すと同時に、取り急ぎ言葉を並べる。


カチャカチャ(あ、あー、聞こえてるよ。逆にこっちの言葉は聞こえてる?)


しかし、またも訪れる静寂。


——(……磁気言語が伝わるぐらいの距離、ってことは目と鼻の先、のはず……鼻当てを打ち鳴らす音が届いてないわけがない。多分、音声言語を理解できない生命だ。あるいは音を認識できない生命か……)


ムカデ眼鏡が主に扱う言語は、音声言語のなかでも打撃音によって言葉を紡ぐ、ノック式と呼ばれるものである。ノック式は敬遠されがちな言語ではあるものの、語の作りが単純であるため理解できる生命は割と多い。


——(うーん、ノック式が通じないとなると、弱ったな。俺は磁気を操れないし……塔植物って磁気いけたっけ……。てか、そもそもなんで話しかけてきたんだ?……あーそうだ、困ってるなら助けてやるよ的なことを最初に言ってたな……俺が困ってるのは(なに)で知ったんだろう。耳ではなくて……目、かな。……じゃあ、見て分かるような身振り手振りでなんとか伝えらんないかな)


試しに、少ない可動部位で右に左に動き回ってみると、磁極の配列が変更された。


ジリジリ(僕が呼びかけた後から変なダンスを始めたけど、これってもしかして、こっちの磁気は読み取ってるのか?)

ジリジリ(ワンチャンそうかも。返事の手段が無いのかもね。“不全”の可能性もあるから、一旦、イエスノーのジェスチャーで答えさせる質問してみたら?)


——(よしっ。複数体いるのは意外だったけど、良い方向に話が進んでる!)


嬉しさの余り、巨ツルをカチカチ打ち鳴らすムカデ眼鏡。


ジリジリ(じゃあ、改めて、これが読み取れてるなら、その顎を今みたいに打ち合わせて)


カチカチ


——(()()顎じゃないけどな)


口には出さないが、心の中で思う。


ジリジリ(肯定、かな。一応、もう一回。磁気を読み取れるけど磁気を自由に扱えないのなら、合わせた顎をそのままにして)


カチ


ジリジリ(ほぼ確定だけど、念のため確認は3回させて。最後に、君は、“間たる生命”かい? 肯定なら顎を開いて、閉じて、今度は開いた状態でキープして)


指示通りに従う————。


……ジリジリ(……それじゃあ、こちらも姿を見せようか)


どこからかムカデ眼鏡を窺っていた生命たちは、ムカデ眼鏡が話すことのできる生命だと安心を得て、誠実な判断を下す。


湾曲した分厚いレンズが写す殺風景。一部がおもむろに変容していく、さながら紙片が色水を吸い上げるように。


——!(背景と同化してたのか!)


それまで瓦礫だと思ってぼんやりとしか見ていなかった場所に、明らかな異物が、幕が上がるようにして現れる。


5体。おおよそVの字状に並んでいる。

色は全くのバラバラ。個体ごとに模様があり、虎柄、チェック柄、ペイズリー柄、水玉模様、唐草模様といったバリエーション。

共通しているのは、ボーリング玉のような形状と大きさ。そして体毛が長いこと。

まるで長毛種の猫が丸まったような、

タワシのトゲが伸びて柔らかくなったような、

ボーリング玉にロングヘアーのカツラを被せたような、

毛むくじゃらという単語を彷彿とさせる生命の群団が、ムカデ眼鏡の真正面に全身を晒した。


改めて相対する派手派手な生命に、奇しくも好奇心を刺激されるムカデ眼鏡。

しかしながら、ムカデ眼鏡からの意思伝達手段は無く、口惜しい気持ちを抱えながら磁気を感受する。


真ん中一番前のチェック柄個体が微動だにせず、


ジリジリ(改めて。初めまして)


それに対して、ムカデ眼鏡はカチッと巨ツルをくっつける。


ジリジリ(どうも。ふむ、なるほど。さっきの肯定の意味の動作をここで応用させてくるか。それだったら、否定の意味合いは上下に揺れる動作にしてくれるか?)


ツルを合掌させて、肯定する。


ジリジリ(よし、じゃあ早速だがQ&Aにいこう)


チェック柄がそう切り出すと、右後ろのペイズリー柄が一つ目の質問を投げかけた。


ジリジリ(僕らはさ、君が困ってそうだったから助けに来たんだ。けど、君が “間たる生命”なのか、“不全なる生命”なのかが分からなかった。から、擬態して様子見するしかなかった。ここまでオーケー?)


カチッ


——(要は、話が通じるやつかどうか見極めに来たんだろ。そんな確認するまでもないことを、何を今さら)


ジリジリ(結論として、君は間たる生命だった。予定通り困ってることを聞き出して助けてあげたいんだけど……その前にあと少しだけ君について教えてほしい。君、本当に伝わる言語ないの? 磁気言語以外に、色覚とか、粘液とかも僕たちは使えるんだけど)


——(どれも受信はできるんだけど、発信は無理なんだよな。てかこれ、ど、どっちだ?)


簡単なはずのYES/NO問題で、どう言ってもどちらともとれる場面に遭遇してしまったムカデ眼鏡。


……カチッ


困惑の末に肯定して2択の博打に打って出ると、それを水玉模様が察す。


ジリジリ(あぁ、ごめん。これは質問の仕方が悪かった。磁気言語を扱えるなら肯定、使えないなら否定してくれる?)


顔を上げて、下げて。ムカデ眼鏡は否定を示す。


スゥー(色覚言語は?)


すると、ペイズリー柄の体毛が、円状のカラーパレットを色相に関係無く並べ替えたかのように、記号的な意味合いを持った超ド派手な原色カラーに置き変わる。


ムカデ眼鏡はびっくりして少々あとずさりしてしまう。


——(おわ、体色を使った色覚言語か。びびった。なるほどね、受信だけできるかどうかもそうやって確かめるんだ)


意図を理解した上で、顔を上げ下げする。


今度は、虎柄の個体がツルの脚の一本に近づいて、


ベタベタ(粘液言語は?)


粘ついた感触を押し当てる。


ムカデ眼鏡はもちろん、顔を上下。


ジリジリ(僕らが使えるのもあと一つ。他にも、理解できても伝えることができない言語はあるけど、正直、時間かかるだけで得は無いかも)


チェック柄が磁気により説明したあと、唐草模様が最後の伝達手段を使用する。


ウネウネ(触手言語は?)


——!(触手なら塔植物が使える! けど、それを伝える手段がない)


一か八か気づいてもらえるよう変化をつけて、顔を——上、げ、下、げ、


ジリジリ?(ん? やけに遅くないか?)

ジリジリ(どうしたんだろう。使えるのかな、触手に該当する部位は見当たらないけど)

ジリジリ(使えるなら顎合わせるでしょ。使えないけど似てるのが使えるみたいな、心当たりがあるんじゃない?)

ジリジリ(うーん、触手言語に似てるってなると、動作系? そうなると今度は僕らが分からないけど)

ジリジリ(心当たり……あー、仲間が使えるとか?)


カチッ、カチカチッ


ジリジリ(反応した、しかも肯定)

ジリジリ(仲間いたんだ……いやでもそうか。1匹で生きていける感じしないもんな)

ジリジリ(そしたらさ、仲間のとこまで案内してもらおうよ。もっと自由で気楽なコミュニケーションのために)

ジリジリ(てことで、案内してくれる?)


カチ


——(もの凄く舐めてることを言われた気がしたけど、抗議もできないしスルーしよう)


ムカデ眼鏡がU字ターンして踵を返したその後ろを、チェック柄の個体だけが追従する。他の個体は充分な距離を空けてからスタートして追っていく。



メガネを寄せ集めて子供が怪獣を工作したみたいな生命を先頭にして、饅頭に獅子のたてがみが生えたような生命たちが跳ねとんで進む奇怪な行進が、うっそうと生い茂って呑気にひなたぼっこをしているタワーの下に、着々と近づいていく。



***



地面まで伸ばした根から馴染み深い振動が伝わってくる。


——(ムカデ眼鏡、戻ってきたのか。……なんか後ろについてきてるな)


馴染みのない振動がムカデ眼鏡のすぐ後ろと、少し離れた場所に複数。

光合成を中断して、大量の葉っぱを枯れ落とす。


——(後ろ尾けられてる、なんてことはあいつのことだから無いと思うが一応……)


蔦を擦り付けて自家受粉し、種子をドーナツ状の靴下の内部に生産する。


種ができると同時、ムカデ眼鏡の御一行が到着した。


カチャカチャ(こいつら触手言語つかえるんだって。とりあえず喋って欲しい。あ、てか、磁気言語って操れたっけ?)


ムワァ(磁気は無理だよ。藪から棒になんだ、説明してくれ)


カチャカチャ(だよねぇ……。えっと、会った時は最初、磁気言語で話しかけられたんだ、困ってるなら手を貸すぜって。でも俺は返せないだろ? だから簡単なやり取りだけで取り敢えずここまで連れてきた。ここにいるのは1体だけど、もっと遠くにあと4体いてこっちを窺ってる)


パキィーン(困ってるなら手を貸すって……信頼して良いのか?)


カチャカチャ(良いと思うよ)


——(んま、こういう時のムカデ眼鏡の勘って信用に値するもんね)


ムワァ(分かった。触手言語ね。触覚? 視覚?)


カチャカチャ(視覚式。だから受け取るのは俺がやる)


光の強さを感受する以上の目を持たない塔植物では、視力を活用した言語に対応することができない。喋ることはできても、聞くことができないのだ。


緑色の蔦を2本使って、塔の前で複雑に絡ませ合う。その絡み方が意味を成す。


ウネウネ(どうも、初めまして。触手言語の視覚式で合ってる?)


ウネウネ!(合ってるネ。良かったネ、話せる生命がいてネ)


カチャカチャ(あ〜〜なるほど、方言か。ちょっと……そうか。さっきは単語だけだったから分かんなかったな。いやでも、西のほうの訛りは特徴的だから、触覚式の知識も合わせれば理解はできる)


ムワァ(分かったところだけでも良いから共有はして欲しいのと、いつも通り伝えて欲しいことも言ってね)


カチャカチャ(うん。相手は話せる生命がいて良かったって言ってるよ。伝えることは、取り敢えず呼び方について聞いて欲しいかな)


聞き役のムカデ眼鏡から、話し役の塔植物へと、伝言が行われて、

蔦は交差し、ねじれて、空間に情報を浮かべる。


ウネウネ(私のことは塔植物、横のことはムカデ眼鏡と呼んでほしい。君たちのことはなんて呼べば良い?)


ウネウネ(()()()()()と呼んでくれネ。塔植物、ムカデ眼鏡、君たちは2体で旅をしているのかネ?)


髪の毛のごとく細くて頑丈な体毛を2つの束状にまとめて操るカツラ砂鉄。

その織りなされた言葉を、ムカデ眼鏡が塔植物に伝える。


ウネウネ(そう、2体で旅してる。カツラ砂鉄は5体で何してるの?)


ウネウネ(同じだよネ、旅ネ。行きたい場所があってネ、ただ目的地が移動するもんだからこうして誰かを見つけては話しかけてネ、情報収集しつつ進んでるんだネ。今回はネ、ムカデ眼鏡が何事か困ってそうだったからネ、それで話しかけたネ)


ムカデ眼鏡の翻訳の後、蔦が動く。


ウネウネ(なるほど、人助けをして正しい情報を引き出しやすくしてるのか。頭良いね。でも、ムカデ眼鏡の困り事は私が行けば解決するんだ、多分)


ウネウネ(そうかネ。それは良かったネ。ところでネ、因みになんだけどネ、“流離(さすら)湖時計(みずうみどけい)” という生命の名は聞いたことあるかネ?)


カツラ砂鉄の出した単語に、2体は覚えがあった。


カチャカチャ(どうやらカツラ砂鉄たちの旅のゴールは流離う湖時計っぽいんだけど、覚えてる?)


ムワァ(あれか、覚えてるよ。湖底ごと抉り出した見た目の生命でしょ。とは言っても、遠くからムカデ眼鏡が見ただけで、私はその興奮の様子を覚えてるだけだけど。)


カチャカチャ(そう、それそれ。ぐわんぐわん揺れて山にぶつかりながらどっか行くのを、俺たちは隣の山から見てたやつ。湖の水があふれて地面に落ちるたびに、濡れた場所から密林が生えてくるんだよ。きっとあの中は植物にとってかなりの餌場なんだろうね)


パキィーン(それを伝えれば良いのか?)


カチャカチャ(うん、頼む)


ムカデ眼鏡が言ったことを訳す塔植物。


ウネウネ……(流離う湖時計のことなら知ってるし、なんなら見たことあるよ。確か…………)


…………蔦の動きが止まるのを待って、カツラ砂鉄は髪を動かす。


ウネウネ(そうネ、それだネ。僕たちが追い求めてるものと一致するネ。君たちはそいつをどこで、いつごろ見たネ?)


しばし、考えあぐねるムカデ眼鏡。


カチャカチャ(うーん……どこで……どこで……)


ムワァ(流離う湖時計なら、“ドンモヤイダ山脈”を迂回する途中じゃない? 脊髄の反対側)


カチャカチャ(あぁ、そうだったそうだった。“蛸足電池の森”から、“火の海”に抜けていくルートね。2年くらい前だっけ)


ムワァ(2年前かな、うん。じゃあ、伝えるね)

ウネウネ(流離う湖時計を見たのは、今から2年前。蛸足電池の森をドンモヤイダ山脈にぶつかりながら北上してるところだった)


ウネウネ(2年前……蛸足電池の森……ありがとうネ。意外と目撃情報が少なくて迷ってたんだネ。取り敢えず脊髄を渡ってドンモヤイダ山脈を目指すよネ。塔植物とムカデ眼鏡が欲しい情報は何ネ?)


カチャカチャ(ありがとうだって。地名から場所の見当はつくみたい。今度はこっちの旅の目的を教えてってさ)


ムワァ(まぁドンモヤイダ周辺は有名だしね。脊髄で真っ直ぐ行くだけだし行き方も簡単。それで、こっちのターンだけど、ガレキ……には今いるし、次はナレッジベースか)

ウネウネ(私たちはガレキの中にあると言われてるナレッジベースを目指してる。場所を知ってたら教えて欲しい)


ウネウネ(ナレッジベースかネ、行ったことあるよネ。でもネ、ちょっと待ってネ、仲間なら覚えてるかもネ)


ぴょんぴょんその場で飛び跳ねて、グラデーションを無視した極彩色により遠くのカツラ砂鉄を呼びつけるチェック柄。


5体が寄り集まり、色によるコミュニケーションの会議を開く。


その様子を上から見下ろすムカデ眼鏡。


——(あ、第一言語色覚(そっち)だったんだ)


会議を終えたカツラ砂鉄たちが、髪の毛の束を動かして喋りかける。


ウネウネ(それでネ、ナレッジベースは、ここガレキの西端にあってネ、地下にあるんだネ)

ウネウネ(でも入り口には目印になるデッカい鉄骨が立っててるから辿り着けば一目で分かるはずネ)

ウネウネ(行き方はネ、方角が分かると簡単なんだけどネ、どうネ?)


カチャカチャ(ガレキの西側、デカい鉄骨が突き刺さってるところの地下にある、と。星読みが出来るって伝えて)


蔦が言われた通りに動く。


ウネウネ(それなら話が早いネ、ここから西南西を目指すネ。)

ウネウネ(平地だからずっと真っ直ぐ行けばネ、鉄骨が見えてくるネ)


カチャカチャ(西南西に真っ直ぐ……ありがとう。すぐにでも出発するよ)


蔦による翻訳が為され、ロングヘアーが応える。


ウネウネ(いやいやネ、こちらこそ情報交換に応じてくれてありがとうネ)

ウネウネ(ムカデ眼鏡ネ、流離う湖時計について教えてくれてありがとうネ)

ウネウネ(あの時、間違えて君を食べちゃわなくて良かったネ)

ウネウネ(僕らの好物は海藻なんだネ。流離う湖時計は極上ワカメの名産地なんだよネ)


カチャカチャ(カツラ砂鉄たちは美味しい海藻を食べに行くんだってさ)


ムワァ(へぇ、そう)


すげない返事の塔植物。


ウネウネ(ムカデ眼鏡と塔植物は何をしにナレッジベースへネ?)


カツラ砂鉄の質問を、塔植物に回すムカデ眼鏡。


カチャカチャ(ナレッジベースで何すんの?だって)


ウネウネ(ナレッジベースには情報を得るために行くんだ。知識の前線基地とも呼ばれるあそこに行けば、大体の疑問が解決されると聞いた)


ウネウネ(知りたいことがあるのかネ?)


カチャカチャ(何を知りたいか聞かれたんだけど、この際だし聞いてみない? カツラ砂鉄たち知ってるかもしれないし、“夜凪の夢路” について)


ムワァ(んー、まぁ、いいか)

ウネウネ(私たち、最終的には夜凪の夢路に行きたいんだ。でも誰に聞いても行き方が分からなくて。それでナレッジベースを尋ねてみようと)


……ウネウネ(……そうかネ、夜凪の夢路かネ……、……見つかるといいネ)


カチ(うん)


カツラ砂鉄の何体かが、バランスボールのように飛び跳ねる。


ウネウネ(早い別れだけどネ、もう行くよネ)

ウネウネ(そっちも長話してるほど暇じゃないだろうしネ)

ウネウネ(じゃあネ、ムカデ眼鏡ネ、塔植物ネ)

ウネウネ(お互いネ、悔いのない旅をネ)

ウネウネ(さようならネ)


カチャカチャ(バイバイ、また会えることを願うよ)


ウネウネ(バイバイ、また会えることを願っててるよ)


双方が、触手を海で揺れる海藻のようにウネらせて、その場を後にした。



***



赤い砂漠に黒い線路。

脊髄と称される、ここら一帯を砂漠化させた巨大な生物の亡骸の一部が地表面に露出したそれを、北上していく集団がいた。

カツラ砂鉄と名乗る長毛のゲル状生命だ。


彼らは、2体の幼い生命と相対してきたばかり。

周囲に生命の気配もなく、景色に溶け込むことなどせずに、会話を交わす。


スゥー(ねぇ、あいつら、夜凪の夢路を目指すって言ってたよ)

スゥー(夜凪の夢路って、たしか “不夜(ねむらず)の楽園” のことだよね?)

スゥー(そうそう、大陸の北のほうの言い方だよ)

スゥー(あと、あれね、東のほうの御伽話だと “沈まない天ノ国” )

スゥー(うわ、懐かしい。母さんに教えてもらったな。出身地の判別に使いなさいって)

スゥー(てことは、あいつら北方の出なのか。……え、でも、ここ大陸の南端だぞ?)

スゥー(だから下ってきたんでしょ、僕たちが今こうしてるように、脊髄を)

スゥー(正気か? まだ御伽話を信じる年齢の子らが大陸縦断なんてできるわけないだろう)

スゥー(御伽話を信じてる大人だっているよ。しかもあの口ぶり、2年以上は旅してる)

スゥー(まぁ、そうか、その線もあるな。てか、そうだよな、あの図体で幼体だったら、大人になった時に俺ら踏み潰されちまう)

スゥー(そうだよ。ていうか、もう過ぎた話だし、この先どうするか考えようよ)


お話に夢中なカツラ砂鉄たちは、ぴょんぴょん飛び跳ねて移動する。




西に夕日が暮れていく。




茜空の下、人型の生命が、彼らの影を見つける。

ここまでお読みいただき、ありがとう存じます。

過去一の難産でした。頭が壊れるかと思いました。

完結設定にはしませんが、恐らく続きが出ることはないです。

こんな終わり方のにネ。

何かとち狂って気が向いたら続きが出るかもしれません。

一応、物語の骨子は最後まで考えてあるので。

とは言え期待はしないでください、今のところ後悔が大半を占める作品なので。


何かしらありましたら、何かしらお願いいたします。


以下は登場生命のプロフィールです。

〈ムカデ眼鏡〉

全長:3.2m

体高:160.5m

体重:25.0kg

好きなもの:目新しいもの、知識を蓄えること、高分子化合物

嫌いなもの:爽快感のある風味、夜


〈塔植物〉

全長:1km

体高:172.9m

体重:20.5kg〜(成長度により加算)

好きなもの:無心である状態、整い

嫌いなもの:這うタイプの虫、クローン、夜

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