久しぶりのお話
「そういえば、牢に怪しい奴はいなかった?」
拷問官であり見張りのあいつは、何処へ行ったのだろう。
「牢屋だから捕まってるやつと兵士はいたけど、他は知らん」
その兵士に紛れているのだろうな。通常業務をキチンとこなしてさえいれば、怪しまれることもないだろう。
「因みに捕まってる奴はどんなやつ?」
「えぇ、興味なかったしなぁ……。あ、私たちが捕まえた指名手配犯がいたかも」
点数稼ぎに犯罪者を突き出していたからな。そのうちの一人がまだいたのか。実は身内で生かして置いたという感じかもしれないな。
「なるほどな。一部クリア時は何をしたんだ?」
「なんも。兵士が雪崩れ込んで行くのを姫様と眺めてただけ。二部もだいたい同じよ」
「壮観でしたね。一般兵士って弱いイメージがありましたけど、全然そんなことありませんでした」
エベナの兵士は冒険者にボコされ続けたそうだが、それだって一部の中級・上級冒険者がはしゃいでいただけだろう。戦うことに身を捧げているのだから、ちょっとやそっとで敵う相手じゃない。
「あとは、改めて『南第二クエスト』関係で知っていることがあれば聞きたい。何でも良いから思い付いたものは全部教えてくれ。不足分は買うことになる」
俺はもう、『南第二クエスト』を攻略する気でいる。攻略しなければならない。
上に行くには、強くなるには。何かしらの転換点が必要だ。
日々の鍛錬は重要だが、闇雲にこのまま十年二十年と鍛錬に励んだところで、上級冒険者など一切手が届く気がしない。今の支配者層だって、ほんの数年でその地点まで上り詰めたはず。
周りより一歩抜け出せていそうなこの優位は、二度あるものじゃない。俺にとって『南第二クエスト』は、全てを掛けて挑むべき最大目標となった。
「お姫様自体も有名ですが、私としては『人権破壊』の登場人物としての方が印象深いですね」
関係ありそうなものは何でもいいから教えて欲しいという要求に対し、エリィが話し始めたのは、関係のなさそうなもの。
「人権破壊?」
物騒に聞こえる単語だな。エベナで人権なんてものまともにあるように思えないが。
「ノーツのお話の一つです。『法律家』って言った方が通りが良いかもしれませんね。彼の活躍で、エベナの法整備を進めようとする人が一気に増えたんですよ」
どちらにせよ聞いたことがない。彼が力技で悪人を取り締まったため、一定のルールができた。その次段階の話という事か。いちいち固有名詞っぽくなるのは、それっぽいことが大好きな転生者たちのせいだろう。
「その際に転生者が人権という言葉を持ち出したんです。でも、人権というのはエベナには合っていなかったんですよ」
俺が感想を言うまでもなく、やはりそうなったか。平気で人間を豚の餌にしているのだから当然だ。
「堅苦しい難しい話ではなくて、本来の人権とも違う話だと思います。
そもそもエベナにおける人間の定義があやふやなんです。例えば獣と人間の間だと言われる獣人は、どれだけ人間側に寄れば人間なのかという問題です。そこらへんから話は膨らんでいきます。
知恵の有無や会話が可能かみたいな話になるならば、不気味な不定形モンスターでも話せる者はいくらでもいるので、種族なんて関係ありません」
「話を切るようで悪いんだけど、コーメンツの転生者の人権は?」
「あー、それもあるんですけど……。この話って説がいくつもあって、私はコーメンツの事情ってあんまり分からないのでそっちを話すには相応しくないんですよね。いやまあ種族についても詳しいわけじゃないんですけど」
「諸説あるってやつね。ごめん、続けて」
『南第二クエスト』のお姫様までどう繋がるのか。そういえば、エリィはもともと説明が上手くなかったな。結論までは遠いだろうから、聞き流しながらでも良かったか。
エリィに話を盛る気がなかったとしても、転生者の歴史を考えれば古くても十年前くらいのはず。大して昔の話でもないのに諸説あるって時点でもうどうかしている。話半分で良いし、最後だけ聞けば良いかもしれない。
こちらから話を求めた以上、一応今回は付き合うが。
「人権を主張する人たちの意見は滅茶苦茶で、最終的に人間とほぼ同じ姿をする者だけに人権があると結論付けたそうです。その頃には法整備を進めようとする人たちは大分減っていたみたいですけどね。一番重要なノーツ自身が紛うことなき人殺しですし、会議に興味も示しません。当たり前の結果です」
正義の殺人鬼ありきの法律。酷いものだが、死刑制度を考えればありなのか?……すぐに答えは出なさそうだ。ああ、こうしてみんな考えるのをやめたのか。結局モンスターの対処で忙しいだろうし。
そのモンスターの区別すら諦めていたんだったな。最初から人間の定義も同じ轍を踏むとしか思えない。
「それでも残ったルール作りを推し進める人たちは周りから馬鹿にされて『法律家』と揶揄されていましたが、一応みんなのために考えてくれているわけですし耳を傾けている人は多かったそうです。実際に元の世界でも法律に関わる人たちでもあったみたいですし、何かしら意味はあるのだとも思ってたみたいです」
この世界で無用な存在の法律家という言葉が、蔑称に変わったと。
「当初は人間に近い形態の亜人も人間と同じく人権があるとされてました。というか亜人も人間だったんですね。
しかし彼らは村や個人単位で人間、というか私たちエベナの民や転生者たちと友好を築く事はありますが、同じ人間だなんて発想はありません。多くの亜人が人間を殺します。
逆もまた然りだったので、別に彼らが悪いとかいう話ではないんですけどね。ともかく境界が曖昧だったこともあり色んな事件が起きて、見た目がほぼ同じ亜人も人間ではないとしました」
「この時点で本来話はもう終わっています。だって、町で見かける亜人の多くは転生者が自ら見た目を変えただけのものですからね。ご存知の通り、見かけるエルフは本物のエルフなんかじゃありません。
法律家たちは慌てて『トガリ耳』とか『四つ耳』とか、わけのわからない呼称を決めて元人間を擁護したそうです」
むしろ俺はあの人たちの多くが元人間という事実を始めて知ったんだが。亜人の集落を見かけないわりに亜人がいたのはそういうことだったか。
「もはや誰もが興味を失ったのですが、逆に意味の分からない話が好きな人っているんですよね。それで法律家たちが妙に勢い付いて、厄介者になり始めたんだとか。有力な支配者がいない町ではその法律を採用しているところもあって、代わりに支配者みたいなことになっていたそうですね」
「議論は続き舞台はここポルデゴに移ります。異界の人間に人権はあるのかという話です。初期化型なんてものもあるのだし、殺しても問題ないと主張する者やそうした発想が犯罪を生むとする意見、まあ答えなんてないのでしょうけど色々と話し合われていたそうです。
結果的には、突然攻めてくる危険性も鑑みて異界の住人には適応されないと決まったそうです。異界での殺人をいちいち咎めていたらキリがないし、冒険者業の障害にもなりますからね」
長かったが、要するにエベナの人間以外は全て人権なし。そう『法律家』が決めたという話か。
「そこで再び現れたがノーツです」
「彼は好戦的で危険な亜人の筆頭、禁忌の森に住むエルフと唯一の友好関係を築きました。これだけは明確な事実です。亜人擁護派は見目麗しいエルフのような種族と関係を築きたいからという者もいるので、これだけで大きな波紋が起きました」
羨む者が多そうな立場だな。エベナですら好戦的で危険と呼ばれている以上、碌な奴等じゃないんだろうが。ノーツとのみ友好関係を築いていることからしてお察しだ。
「さらに彼は、初期化型異界から人間を誘拐し始めました。その対象こそが『南第二クエスト』のお姫様です。でも、エベナにおいて誘拐や奴隷というのはあまり成立しません。
そうした過酷な環境は魔法の素質に影響し、抜け出せるようになってしまうからです。これを防ごうとすると痛めつけ続ける事になり、すぐ死んでしまう事になります」
突然色んな意味で身近な話になった。あの拷問官も苦労してるんだろうな。
「ノーツの誘拐したお姫様も、当然同じ運命を辿ります」
「綺麗なお姫様があっという間に憔悴しボロボロになり死んでいく。その過程の一部が公開されたりしたそうです。当然、ノーツは非難されます。
しかしノーツはモンスターと同じように縛り付けているだけと主張するのみです。わざわざ犯罪ではないラインを決めたはお前たちだろうと。しかも姫様を欲したのはエルフだとか。人外同士の話に人間が首を突っ込むのかと」
やることが極端な奴だ。人権がないから何をやっても良いじゃないかと。
「ではやはり異界の人間にも人権を、と言われ始めたところで『南第二クエスト』から姫様奪還の部隊が押し寄せ、怒り心頭の兵士たちは所かまわず色んな人に襲い掛かり大規模な戦闘が勃発。もう滅茶苦茶だったみたいです」
初期化型異界からもモンスターや人間が出るという話はこれか。
あの国の兵士が丸ごと襲ってくるなら、警戒するにしても相当な実力や人数がいる。考えるだけ無駄だから、最初からあのゲートは放ったらかしにしているといったところだろうか。
「ここからは収集がつかなくなったせいでそれこそ色々言われてますが、法律家とそれを持ち上げる者たちが皆殺しになり、以降エベナでルールに対する細かい言及は避けられるようになったという二点は合っているんだと思います」
「で、ここから本題ですが」
ここからが本題!?
確かに姫様の情報ほとんどなかったけども!
「最終的に誘拐された姫様の数が、最大で十一人だとされているんですよ」
姫様が十一人。なるほど、初期化型だから入る度に姫様は復活する。何度でも誘拐できるというわけだ。
決して協力的ではないから噂されるクリア報酬とは大きく違うだろうが、短期間ながら下衆な使い道なら不可能ではないだろう。
「姫様の人数はバラツキがありますが、問題はその容姿です。特徴は類似しているものの、確実に全て異なっていたという情報はなぜか一致しています」
……なるほどなるほど。つまりこういうことだ。
本題だけ話してくれれば良かった。
『南第二クエスト』では周回毎に、同じように見える人物も全て別人に入れ替わっている。ただそれだけの話だ。