辛機一転
多少意識というか、思考をするための栄養が巡ってきた。
まだ脳みそがグズグズになっているような気持ち悪い感覚はあるが、そこに清涼な水が流れ込んで来て汚れを洗い流しているかのよう。
そのおかげで気付いたのだが、俺は今汚い格好をしている。
元居た場所に戻れば代えの服があるだろうかと思い、森から帰ることにした。しかし、そもそも自分がどこにいたのか判然としない。
それどころか気付けば背嚢を背負っておらず、方位磁石もない。森から出ること自体、完全に勘頼り。
どうなることかと思いきや、歩きなれていた森だったこともあり変なところへ迷い込むこともなく無事森から出られた。そのまま見当を付けてヴォーヨンの貧民街の方向へ向かう。
辺りはまだ暗く、星明りも隠れている。しかし幸いなことに、野太い悲鳴が聞こえたので目的地に着いたようだと分かる。ついでに悲鳴の方向へ向かうことにした。
現場では複数人の住人が争ったようで、二つの追い剥ぎされた死体とそれを作り出したであろう四人組がいた。
この四人の中でも最も身綺麗な先頭にいた者の首へ、横から剣を一突き。
「は?」
突然襲われたことに戸惑う四人、いや三人。より弱い者を襲うことが定石であるこの場所で、金目のものも持たない四人組が襲われることは滅多にない。意味がない。
「ぃぇれ……いょ?」
残りの三人へ敵意がないことを示したかったが、まだ喋れなかった。そうこうしている内に、三人が襲い掛かってきたので相手をする。
角兎より弱い相手ではあるが、手間だった。腕一本で得物は錆びた剣。兎すら無理だったのに、それより大きな人間を両断することは無理。
一撃で殺すなら刺突が最も都合が良いのだが、刺したら抜かなければならない。剣を抜こうと引っ張っても、抑える手がないので体ごと引っ張ることになってしまう。錆びた刃が引っ掛かるのでこれが顕著で大変だ。
そのせいでわざわざ殺した相手を盾にしたり、剣を抜く際は足を使ったりと時間がかかってしまった。返り血も浴びた。
仕方ないので、一人の衣服を剥いでゴシゴシと体を拭く。最初に殺した相手の服は、予定通りそのまま着る。着替えたかったから殺しただけなのに、面倒なことをしてくれたものだ。
川でもあれば体を洗えて良いのだが、生憎エベナに来てからまだ一度も見たことがない。水が欲しくとも買うか雨を待つかしかない。
ああそうか、金が必要か。やはりというか財布にあたる魔石も見つからないので、この四人が持っていたものを貰う。魔石による通貨は非常に便利ではあるが、これ単体では残高が分からないのが困り者だ。まあ、水くらいは買えるだろう。
他にも使えそうなものは全て貰っておき、コーメンツ上がり程度の装備にはなった。
そうこうしている内に、日が昇り始めたのでその場から離れる。
殺しにとやかく言う者は少なくとも、死体放置はみんな嫌がり文句を食らう。かと言って今の俺には死体を森へ捨ててくることは大変だ。逃げるのが一番。
「みぅ…ん˝、みど、みどぅ、ぁー」
明るくなり店が開いたので、水と食料を買う。声は出始めたが、まだまともには動かない。結局指さしで注文した。
久しぶりに口にした緑豚の雑炊は体に染みた。こんなものでも調理してあるだけ良い。生肉なんて食うものじゃない。
暖かいものを胃に入れたからか体が落ち着き、眠くなってきた。適当な場所に身を潜め、ひと眠りすることにした。
◇
目が覚めると、体の調子は大分マシになっていた。頭も働く。
「あ、あーあー、あぃうえぉ。あぃう、あい、あいうえお」
口も動く。
しばし考えて、残った僅かな金で水を買った。これは体を拭くための分だ。
今の俺には金が要る。一食と水で消えるような額ではなく、ある程度まとまった金。しかしその金を稼ぐことは極めて難しい。
俺には今獲物を持ち帰るという行為ができない。角兎や臼胡桃くらいならいけるかもしれないが、道中の木人が邪魔なため避けながら、逃げながらになる。効率はお察し。目標額に届くまでどれほど掛かるか分からない。
だから一発逆転を狙いにいくため、体を綺麗にすることが最優先だった。
布で体を拭くと、あっという間に布と水は汚く染まる。昨日も体を拭いた気がしたが、勘違いだっただろうか。
既に体と布のどっちを綺麗にするためにそうしているのか分からないような状態だが、追加で濡らす水もないので汚い布で汚い体を拭く。口を動かし喋る練習もする。
奇妙な光景だろうが、わざわざこの物陰まで見に来るような者もいない。
最後に比較的綺麗な布で体を拭きとり完了だ。ある程度マシになったせいでむしろ自身の臭いが分かるようになってしまったが、他人からすればよっぽど良くなったはずだ。
サッパリした体で目的地へ向かう。
まず、第一段階は問題なかった。そんな気がしていたのだ。
そして問題の第二段階。
「金、を、貸して欲しい」
かつての部屋で、ヒノに頭を下げる。まだ完璧ではない喋りで伝え損ねないように、口を大きく広げゆっくり話したので、やや不自然。
これが一番可能性が高いと思った。
第一段階である居場所の特定は、もしこの部屋にいなければ大変だ。現にサンゴやミリリが今どこにいるかなど全く分からない。だが、ヒノはなんとなくここにいる気がしたのだ。部屋の状況を見るにミリリはもうここに住んでおらず、ヒノに頼むしかない。
「良いですよっ」
色よい返事は簡単に得られた。きっと、そうなると思っていた。想定通りだ。
「またこの部屋使いますよね?」
「あ、ぁあ、うん」
良くも悪くもそういうものだろう。
――頭のおかしい者とは、得てして執着心が強いものだ。
パーティの解散を宣言したときから、何かおかしかった。
サンゴとミリリは残念そうにしながら、納得した様子だった。対してヒノは、何一つ気にしていなかった。その後金を払えない俺に部屋も使って良いと言ってくれたし、戻って来て良いとも言っていた気がする。
逆にヒノとしては、戻ってこないはずがないと思っていたのではないだろうか。
どのような思考回路でそうなるかは分からないが、だからこそ部屋を維持した。結果その通りになっているのだから、図られているのは俺の方かもしれない。
何か危ないもの、クモの巣に引っかかってしまったような感覚もある。単純な好意によるものとは思えない。
しかし俺としても金が無いと始まらないため、しょうがない。今はありがたく甘えるしかないのだ。
「こういう場合って、利子とかとった方が良いんでしたっけ。トイチ?とかいうの。よく分かりませんけど」
「……とぉ、十日で、一パーセント、で良い?」
よく分かってないのに暴利をむさぼられても困る。説明はせず返済可能な案を提示する。まあ、例えトイチだとしても借りるしかない状況なのだが。
「じゃあそれで」
幸い言ってみただけだったようで、無事金を借りることができた。
手に入れた金を持って、やって来たのは中心街。装備や魔法アイテムを中心に見て回り、目的のものを探す。
それは簡単に見つかったし、思ったよりも安かった。需要がないのだ。ともかくこれで、狩りができる。




