第六話 とけてしまえよ期末試験 3
目が覚めた。知らない天井、知らない布団。上から覗き込む友達。
僕は、友達…穂高の家に泊まった。今日は、僕の家に穂高と一緒に帰る日。あの二人の顔を見なければいけないのはなんだか憂鬱で、ほだかに何か起きてしまわないかと不安にもなる。体を起こし、挨拶をする。
「おはよう…早起きだね」
「おはようじゃねーよ、もう昼の一時だぞw」
なんてことだ。昼まで寝ていたのか僕は。確かにいつもに比べて体が軽い。毎日三時間ほどしか眠れていないのが、いかに不健康かわかる。
ご飯を食べて、支度をする。昼まで寝ていたことに対して穂高の両親は「よく眠れた?疲れてたんだね」と優しく笑うだけだった。なんてあったかいんだろう。ますます穂高が羨ましい。
家の前まで着いた途端、僕の足はパタリと止まった。夏の暑さとは裏腹に、あんなに暖かかった胸の奥が、みるみるうちに冷めていく。いろんな考えが頭をよぎる。ぐるぐるぐるぐる。肩に何かが乗った。穂高の手。あたたかい。
「大丈夫、オレがついてる。何かあったら、オレが守るから。」
イケメンだ、こいつ。こんなに心強い味方が今までにいただろうか。
大きく息を吸って、門をくぐる。
「ただいま」
「今までどこに行っていた」
「友達の家に泊めてもらってた」
「後ろにいるのがその友達か」
「はじめまして、阿部穂高といいます」
「今日は大事な話があるんだ」
「…言ってみろ」
「僕は今日限りでこの家を出て行こうと思います」
「…ほう?」
「今までお世話になりました」
「父親の兄弟である俺に反抗すると言うことは、父親に反抗しているのと同義なんだぞ?お前には叶えたい夢があるんじゃないのか?父親と約束した叶えたい夢が」
「はぁ…チッ」
「なんだその態度は!今まで育ててやった恩を…」
「黙れ!」
聞いたこともないような声。怒鳴り声にも、悲鳴にも近いような声。
「そうやって意味わかんない理論ばっかり広げて…俺のやりたいことも、俺の夢も、俺自身も、何もかも全部全部全部取り上げて!何が”幸せのため”だ!人生幸せかどうかなんて俺が決める!お前らなんかに指図されても幸せなんか少しも存在してないんだよ!!」
「わ、私たちはあなたのためを思って…」
「一日中机に張り付かせて休んだら罵倒の嵐を浴びせることのなにが俺のためだ!亡くなった父さんと約束したのは”幸せになること”なのに!それなのに!」
「もういい、好きにしろ!こんなに暴力的なやつだとは思わなかった!どこへでも行くがいい!住む場所も援助せんし金も鐚一文出さんからな!」
「…ッ...わかってる。」
「住む場所なら大丈夫です。うちの実家で住み込みで働いてもらうことになってますから。」
「!」
カッコつけた手前、あわあわしながら聴くことしかできなかったオレも後に続く。
怒鳴り声の連続から逃げるように、太陽は落ちていった。
照斗が友達を連れてきて、半日が経つ。俺は、居間の椅子に座っている。
「あなたも、まだ起きてるのね」
後ろから女性の声。振り返ると妻がいた。
「ああ…少し、考え事をな」
「…あの子のこと?」
「…兄さんが亡くなってから、文句の一つも言わなかったのに、いつの間にかあんなことを言うようになるなんてなぁ…」
「あの子…穂高くん、と言ったかしら。あの子と出会って、きっと何か変わるきっかけができたのね」
「...成長とは早いものだなぁ…」
「あんなこと言ったけど、ほんとは寂しいんじゃないの?」
「少し、な」
「あら素直。大丈夫よ、あれだけ自分の心を叫べるようになったんだから。それに…」
「それに?」
「あの子には、支えてくれる友達がついてるから。一人じゃ乗り越えられないことも、二人ならきっと乗り越えられるはず」
「…そうだな…少々子供扱いしすぎていたようだ」
夜は長い。