第五話 とけてしまえよ期末試験 2
——羨ましかった。
「お前は将来いっぱいお金を稼いで、たらふく美味いもの食って幸せになるんだぞ」
父さんが僕に託した、最期の願い。僕が人生をかけてでも叶えると決めた、大好きな両親との約束。
——あの二人さえいなければ、幸せだったのに。あの二人さえ、いなければ。
いつしか、そう思うことが多くなっていった。
僕を引き取った伯父と伯母。初めは裕福な家庭と知って舞い上がったけど、環境の変わる前に比べて自由なんてなかった。いつも勉強、勉強、勉強。少しでも休んでるのを見られたら、「父親の願いを無駄にするのか」と。
「たくさんお金を稼ぐ」という面では学歴が重要なのかも知れない。でも、「幸せ」って面ではそうは思わない。正直勉強なんて全く好きじゃないし、それを「幸せのため」と称して強制させてくる二人にもうんざりしていた。
部屋の中でも、家のどこにいても、食卓を一緒に囲んでいたとしても…僕は独りぼっちだった。幸せってなんだろう。普通ってなんだろう。僕がしたいことってなんだっけ。あの家に移ってから、ずっと考えてきた。
だからこそ、あんなことも思わず言ったんだと思う。この家族が、穂高が、幸せな家族そのものに見えたから、この温もりにまだ触れていたくて。
俯きながら、テルが話したのはそんな内容だった。部屋の時計は午後9時を示している。あの時は本当にびっくりしたなぁ。
晩ごはんを食べ終わった後、母さんが「そろそろ帰る準備をしなきゃね」的なことを呟くと、テルは
「あの…今日、泊まっていってもいいですか」
と予想外のことを口にした。最初は驚いたけど、母さんたちもオレも嬉しくなった。でも、どうして突然?と、部屋に戻る途中に聞いてみて、今に至る。
他の人の家の事情なんて、オレが気軽に首を突っ込んでいい問題じゃないし、オレが何か言ったところで、状況が動くわけでもないだろうし。それでも、諦められない。何年も抱えてきた悩み、思いを、こんな出会って数ヶ月のオレに話してくれた。それはきっと、不器用な彼なりのSOSだと思ったから。
ここで何もせずにいたら、きっと後悔する。本能が近所迷惑なほどの声でそう叫んでいる。
「明日さ、テルの家行ってもいい?」
「え…」
「今思ってること、正面からぶつけちゃおうよ。大丈夫、オレがついてるから。」
「でも…それで穂高まで傷付いたら…」
「大丈夫、オレはちょっとやそっとじゃ折れないから。それに、今のを聞いてると色々言いたいことが出てきたからさ」
「…わかった。今日は疲れたからもう寝るね」
「おやすみ」
コオロギの声がうるさく響いた。