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匣ノ中ノ獸  作者: yura.
匣ノ中ノ獸
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case.2「BOX the T-rz」(01)

――中心地店[S-pot C(サポートセンター)]


それは偉大な電脳箱[K-hack]を考案・製造した最大規模の企業。

それは箱の積み重なる街を統括するなくてはならない場所。

それは天に届くまでに積み上げられた箱の中心にして頂点。


どうにも気後れしてしまう箱――というよりは塔を前に、アニは思わずごくりと唾を飲み込んだ。

(直ってりゃ良いけど……)

アニがここに来たのは、今月に入ってからすでに二回目。

ショートを起こしたのか。

エラーを吐いたのか。

つい先日――あの忌々しい仕事によってうんともすんとも言わなくなった電脳箱[K-hack]を修理に預けたのが一度目で――今日はその受け取りのために、嫌でも目立つ中心地店[S-pot C(サポートセンター)]へと足を運んだのだった。

もっとも、いつまでも圧倒されているばかりにはいかない。

電脳箱[K-hack]のいないこの数日は実に悲惨なもので――

(よく生きてけるもんだ)

何を買えば良いかどころか、どこに行けば良いかも分からず家の中を彷徨うに始まりだ。

腹の虫が鳴っても何を口にすれば良いか分からず、しかたなしに冷蔵庫を漁った結果、消費期限を過ぎた肉や野菜を食べたらしく腹を下し、かといって対処法なんて微塵にも思い浮かばず――誰が見てもげんなりとした様子のアニは、意を決して正方形の箱が綺麗に重なった塔に足を踏み入れた。

『ゴ来場――アリガトウゴザイマス』

扉というよりはシャッターか。

来訪者の姿を備え付けのカメラに映して半瞬――さも重たげな入口が自動的に口を開く。

ゆっくりと上に昇っていく黒い扉を仰ぎながら、アニは何度訪れても落ち着かない中心地店[S-pot C(サポートセンター)]の中に目を向けた。

その視線の先、ふよふよと浮かぶ金に光る箱が飛んでくる。

『ゴ用件ハ――?』

「電脳箱[K-hack]を受け取りに来た」

『……――虹彩認証――データベース確認――修理依頼ノ方デスネ――窓口ハ二階――東エリヤ――ワタクシ電脳箱[|K-hack T-G1《コハク ガイド型1号》]ガゴ案内致シマス――ドウゾコチラヘ』

「……おう」

男とも女ともつかない電子音を響かせるのは、企業向けに製作されたガイド型の電脳箱[K-hack]だ。

一般に配布される電脳箱[K-hack]が青色に光るなら、ガイド型や教鞭型は金に光るのが特徴だろう。

他にも警備型が赤く光ったりと、電脳箱[K-hack]にも用途に合わせた種類というものが見受けられるのだった。

無論、アニたち凡人にそんな些事は関係のない事だ。

ぷかぷかと浮かぶ黒い箱を追って、アニは自分の電脳箱[K-hack]が待つ窓口へと進んでいく。

中心地店[S-pot C(サポートセンター)]の中にいるのは、アニと同じ電脳箱[K-hack]を修理に出す者や、結婚や葬儀などの契機に直面した人間ばかりで――それを案内するのは、どこを見回しても金の光を溢す電脳箱[K-hack]たちだけだ。

どこか静かに――もしくは無気力に電脳箱[K-hack]に頷くだけの彼らは果たして生きていると言えるのか。

鏡のようにも思える彼らを横目に、アニはブンブンと頭を振り乱す。

(…………毒されすぎだろ)

一瞬――ほんの一瞬、電脳箱[K-hack]なしに生きる男の顔が思い浮かんだのは、あの男があまりに奇天烈だったからに他ならない――だろう。

そもそもあの日の出来事自体、本当にあった事なのか。

「……はぁ」

『ゴ心配ナサラズトモ我々ノ技術ハ完璧――アナタ様ノ電脳箱モ問題ナク直ッテオリマスヨ』

「っ……いや何でもねぇ」

思いがけず吐息を溢したアニは、どうにも能天気な声で我に返った。

その声を煩わしいと、まして呑気で腹立たしいと思うのは何故なのか。

指示に従うだけの人間が溢れ返るこの箱の中を息苦しいと感じるのは何故なのか。

(意味……分かんねぇ)

だが考えるだけ無駄なこと。

こんな事を考えてしまう――否、余計な思考を巡らせること自体が意味のない事なのだと、半ば言い聞かせるようにアニはぎゅっと口を噤む。

そうして黙って案内に従えば、目的の窓口にはすぐに辿り着いた。

『虹彩認証――アニ様――デスネ。コチラ修理ヲ承ッテオリマシタ個体トナリマス――起動確認ドウゾ』

やはり無人のカウンター。

忙しなく金の光を奔らせる箱の前でじっと立ち止まること数秒――休む事なく働き続けるベルトコンベアの上を、静まり返った電脳箱[K-hack]の一つが流れてきた。

ピカピカに磨かれた箱は新品同様で、アニはどうしてか訝しさを抱きながら流れ着いた電脳箱[K-hack]に手を触れる。

『――指紋確認』

まずは指紋認証をクリアし、いやに冷徹な声が響き渡る。

続け様に青い光がアニを照らし――

『虹彩確認――発声ドウゾ』

「あー……俺だ、俺」

『モウ一度ドウゾ』

「あ、あー……アニだ」

『……――声帯確認――起動シマス』

眩い光が網膜を焼き、名乗らないのは許さないとばかりの声帯認証を越えてようやく、電脳箱[K-hack]はふわりと宙に舞い上がった。

『長時間の遮断を確認――ただいま時刻を調整中――本日はOctober,11――最終記録より7日が経過――電子回路を基に記録ならびにデータを補完……――おはようございます――Sir.アニ』

息継ぎの間のない-電脳箱[K-hack]に息継ぎという概念はないが-言葉を重ねること間もなく、電脳箱[K-hack]はアニの名を音にする。

耳に馴染むその音に安堵が半分。

アニは夢であって欲しいと願う七日前の事を問い質した。

「あれ……覚えてるか?」

『アレ――とは?』

「オリアって奴から依頼あっただろ?箱を持ってこいって!」

『データ照合中――依頼達成ならびに振り込みを確認――ワタクシの記録にはありませんが満足頂ける仕事をした事が分かります』

しかし、電脳箱[K-hack]が核心に触れる事はない。

求める答えとは逸脱した返答に、アニは大きく眉を吊り上げるのだった。

「違ーよ!俺が聞きたいのはそこじゃねえ!アレ……!お前も見ただろ!?箱の中身!!」

『記録にありません』

「はあ!?嘘吐くなよ!?中見たかどうかは依頼人次第――とか抜かしてたじゃねーか!?」

『記憶にありません』

「じゃあ〝カイイ〟って何だ!?〝カミサマ〟とか!〝センジュ……ナントカ〟とか!何でも知ってるんだろ!?」

だが声を荒げたところで――

『該当ワードを検索――データにありません』

戻ってくる答えはみな同じ。

案内を務めた箱も、窓口に浮かぶ箱も声を揃え、アニの頭にこびり付くあの日の事を否定するのだった。

否――否定しているかも怪しいところだろうか。

まさに暖簾に腕押し、立て板に水。

埒の明かない問答に、アニはひくひくと強張る表情を震わせた。

「っ……壊れてんじゃねーのか!?分かんないって、んなわけねーだろ!?アイツが知っててお前らが知らないなんて……そんな事あるか!?おい!!」

『修理ニ問題ハアリマセン――差シ当ル不具合モ見受ケラレズ――総合メンテナンスヲ行ッタ上デノオ渡シトナッテオリマス』

「っても、データがないなんて――」

電脳箱ワタクシタチハ完璧――完全無欠――存在シナイデータハ存在シマセン』

「でも知ってる奴が――」

『Sir.アニ――電脳箱ワタクシがいなかったため混乱しているようです――それも無理のないこと――お疲れのようですし帰宅を推奨』

無情に光る箱に噛みつき――しかしてアニはぐっと言葉を呑む。

電脳箱[K-hack]たちの言い分もけして間違っているものではなく、そもそも夢であれと願っていた事だ。

「っ……分かったよ」

アニはどこか煮え切らない思いを抱きながらも、電脳箱[K-hack]の差し出すレールに乗り上げるのだった。


そんな燻ぶる感情を忘れ切る間もなく――三日後。


「やあ、アニ!また会ったね!」

「っんで!!手前がいんだよ!!」

依頼を受けたアニは、名実ともに箱の中心地とも言える中心地店[S-pot C(サポートセンター)]のすぐ近く、これまた箱状の石椅子が並ぶ広場で怒声をあげる。

電脳箱[K-hack]不在につき、仕事を休んでいた――正確には仕事どころではなかったのがこの七日間。

業務再開――と運びの募集を始めたアニの元に舞い込んだのは、生きた人間の配達だった。

正確には送迎と言うべきか。

死体と分かって運ぶ事はまずないが、文字通り何でも運ぶのが運び屋としてのアニの仕事である以上、時に人や動物を運ぶ事もあるのである。


そうは言っても――だ。


依頼者の名前をしっかり確認したアニは、約束の場所、約束の時間に現れたその男に、激しい頭痛を感じるのだった。

「どういう事だよ、コハク!!何でコイツがここにいんだよ!?」

「どうもこうも……依頼人から話はいっているはずだよ?〝自分の敷地に来たいと言っている人物を、代わりに迎えに行って欲しい〟――ってね」

『Sir.オリアの発言通りです――送迎対象の詳細は聞いていませんでしたが――内容に間違いはありません』

にこにこと笑う男――オリアの名が見えたら絶対に依頼を受けなかった。

それはオリアの方も分かっていたのかもしれない。

回りくどい策にはまったアニは、悪びれなく事実を告げる電脳箱[K-hack]の言葉に余計に頭を痛ませる。

「てめーはどっちの味方だ!?」

『ワタクシは電脳箱[K-hack]。どちらの味方でもあり――どちらの味方でもありません――等しく皆様を導くのが電脳箱[K-hack]たちの役割です』

もっとも、やはり暖簾に腕押しか。

のらりくらりと躱すかのような電脳箱[K-hack]に返す言葉もないまま、数日ぶりとなるオリアの顔を盗み見た。

盗み見たつもりで――バチリ。

絡み合った視線に、アニはバッと顔を逸らし、ついでに背を向ける。

嫌でも頬が熱く感じるのは、あの一夜が夢ではなかったと今まさに突き付けられたからだろう。

手首、足首、さらには首までを覆ったオリアのその服の下――綿密で妖しい線を描く奇々怪々な文様と、赤い花を散らした青白い肌を思い出し、アニは逃げるように車を目指す。

きっともう、あの赤は消えかかっているのだろう。

得も言えぬ寂寥を感じながら、アニはぶっきら棒に乗車を促した。

「……乗れよ」

「じゃあ遠慮なく」

その機微に気付く事もなく――あるいは知っていて流しているのか。

オリアは何て事のない空気と共に、助手席へと腰を下ろした。

「飲み物買って来たんだけど、コーヒーとお茶――どっちが好きかな?」

「どっちって……コハク」

『ブラックであればコーヒーが――そうでなければお茶を推奨』

お世辞にも趣味が良いとは言えない十字架やら数珠やら――もはや邪魔としか思えない首飾りをものともせずに掴むのは、白いビニール袋から取り出した二本の飲料だ。

シートベルトを締める手際の良さ然り、自然に飲み物を取り出す姿然り。

どこか手慣れた様子に苛立ちを覚える意味も知れないまま、アニはフロントデッキに収まった電脳箱[K-hack]に意見を仰ぐ。

糖分は眠くなるだろう――やら。

カテキンよりはカフェインの方が長距離運転には良いだろう――やら。

アニには分からない電脳箱[K-hack]の演算結果が弾き出され――

「ならコーヒーだね。コーヒーというかカフェラテだけど、たまには電脳箱[K-hack]に反抗してみるのも良いんじゃないかな?」

それを真正面から叩き切る形で、ミルクたっぷりカフェラテのペットボトルを手渡されるのだった。

「……話聞いてたか?」

「聞いた上で――だよ。それとも電脳箱[K-hack]の言う事は聞けても、僕の言う事は聞けないって事かな?」

「いや……そういう問題じゃ」

「まあまあ深い事は考えずに。僕が緑茶を飲みたい気分だったのさ。それで良いだろう?」

「……意味分かんねーよ」

『ワタクシも理解しかねます』

ベージュの液体が揺れるボトルを受け取り――しかして感謝の言葉は出ず。

アニも電脳箱[K-hack]もわけが分からないと顔を見合わせる。

電脳箱[K-hack]に顔という顔はないが、強いて言えば二つの点が光る面が顔に見えるだろうか。

小鳥を思わせるつぶらな光と視線を交わし、アニはどうにも腑に落ちない心持ちのまま車を発進させた。

公園というには小さく、空き地というにはいささか狭い――そんな広場の脇に停まっていた車が走り出し、電脳箱[K-hack]の案内の元、程なくして視界の開けた海沿いへと躍り出る。

箱が積み重なった塀の向こう、高波を上げる海を見つめながら、オリアはのんびりと口を開いた。

「依頼内容は僕の送迎として――その先の事を共有しておこうか」

荒波を打ち消す消波ブロックもまた四角く、四つの箱が山のように積み重なっている。

その多くは波に削られ丸みを帯びているのだが――その姿こそがオリアの思うテトラポットであると知る人物はいるのやら。

忘れ去られたのか、隠されたのか。

存在しないはずの記憶を蒐集するオリアは、奇妙な違和をおくびにも出さずに目を細めた。

「知ってるだろうけど、これから向かうのはさる地主の私有地だよ。このまま海沿いを進んだ先にある海岸――そこがみんなその人の持つ土地でね。漂流物の掃除をする事になってるんだ」

「掃除……ねぇ。変な事ばっかしてんのかと思ったけど、そういう事もすんだな」

「もちろんただのボランティアじゃあないよ?寄る年波には勝てないらしくてね。掃除をする代わりにゴミでも何でも漂流物を好きにして良い――というわけなんだ」

「そうかよ……」

少しでも感心した自分が馬鹿らしい。

嬉々として語るオリアに冷めた視線を注ぎつつ、車通りの少ない道を一直線に駆け抜ける。

オンボロの車には潮風が手痛いが、何かあればオリアが責任を取ってくれるだろう。

器用にカフェラテを口に含みながら、いつもとは違う意味で騒々しい車内に意識を傾ける。

何となしにオリアと目を合わせる事だけは避け――

「噂に過ぎないけどね。そこの海域には金銀財宝の乗った船が沈んでる――なんて話もあるんだ。そのせいで勝手に海岸に入る人も多いらしいんだけど――……不思議だね」

「何がだ?」

「不法侵入をした人たち――誰一人として見つかってないそうなんだ。地主としては与り知らない事だしね。侵入した方が悪いって事で表沙汰にはしてないみたいだけど……キナ臭いと思わないかい?」

それも虚しく、アニは紫苑の瞳に魅入られた。

もはやそれは嫌な予感というべきか。

悪い意味で目を見開いたアニは、半ば反射的にブレーキを踏んでいた。


キイイッ――と耳障りな音が鼓膜を撫でるのは一瞬の事で。


狭い路肩に滑り込んだ車の中、アニは恐る恐る紫色しいろの目を凝視した。

「まさか……?」

「まさかも何も僕の目的は当然その沈没船――いや、宝船だよ!そして君の仕事は僕の送迎――文字通り送り迎えだ。つまり君には僕を再び送り届ける義務がある。この意味が分かるかい?」

「…………」

正直、思考する事は得意ではない。

それでもアニは、オリアの言わんとする事を察し――

『無言のSir.アニに代わり回答――Sir.オリアの帰りを待つ――あるいはSir.オリアの身に何かあった際には生死を確認する義務が発生―― 一人で帰った場合には報酬の支払いが行われずタダ働きとなります』

とどめと言わんばかりに、電脳箱[K-hack]が嫌な現実を突きつける。


少なくとも――だ。

死体があれば中心地店[S-pot C(サポートセンター)]を介して報酬を得る事が出来る。

だが生死不明となった場合には、その保障すら受理する事が適わない。


「……車出すだけだぞ」

「投げ出さないあたり流石は運び屋――君の働きには期待しているよ」

「…………」

何をどう期待しているというのか――それ以上は問い質さず、アニはまたアクセルに足を乗せる。

嵐のようなオリアが一緒では電脳箱[K-hack]も喋る隙はないらしい。

「ああ、そうだ。この前の箱の事だけど――……」

車という狭い箱の中は、絶えずオリアの声で満たされ続けるのだった。

02に続く。

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