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匣ノ中ノ獸  作者: yura.
匣ノ中ノ獸
61/65

O-L[Tale of Cockatrice]

ほぼ本編(Recall the BOX 6.5)です

――コカトリス。


それは伝説上の生き物。

雄鶏おんどりへびを繋ぎ合わせた姿の怪物として広く知られている。

バジリスクと混同される事もしばしば。

雄鶏の産んだ卵をヒキガエルが温めて生まれるだとか。

見ただけで相手を殺す――あるいは石化させてしまうだとか。

毒や石化を振り撒く化物モンスターとしてえがかれる事も多いだろう。

だがそれは伝承の話。

いま語るは、知る人ぞ知るアマチュア芸人コンビの軌跡。

時代の波に消え去った、ある二人組の話である。




『コカトリス』




癸酉キユウ――真名まな鶏頭正己けいとうまさみ

己巳キシ――真名を羽生時臣はぶときおみ


かつて二人は夢を共にする仲だった。


今から三十年ほど前。

大学生の己巳キシ――羽生時臣はぶときおみことハブは、新潟にいがたという未開の土地で癸酉キユウ――鶏頭正己けいとうまさみことケイと出会った。

二人の歳の差は三つばかし。

ケイは勉学が苦手だったようで、三浪さんろうの末にようやく進学出来たらしい。

どこかギクシャクとしたケイに思わず噴き出してしまった事で、二人は距離を詰めていったのだった。

『……何がおかしい』

『ごめん!ごめんて!あんまりにもガッチガチやから面白おもろくなってもうて。はあー……ふふ!ロボットかと思たわ!』

『そうやって馬鹿にしてるんだろ』

『馬鹿になんかしとらんよ!あんた……鶏頭けいとうやしケイちゃんやね。ケイちゃんはほんま努力家なんやね!』

『俺が……努力家?』

『せやせや。ウチやったらすぐ諦めとるもん。関西人だからかなんか気ぃ短いねん、困ってまう。ケイちゃんみたいな忍耐強さ、身に付けなあかんなぁ』

きっとハブにとっては何でもない言葉。

けれどケイにとってハブの言葉は、しかと琴線きんせんに触れるものだった。

(初めて……馬鹿にされなかった)

出来が悪いとののしられるのも、ため息を吐かれるのも、いつものこと。

三男で良かったな――そううそぶく兄たちに追いつこうと躍起やっきになったところで二人の背中は遠く、褒められた記憶は随分古い過去のそれだろう。

周りを見ても、そこから遠からず。

悪気はないのだろうが、嘲笑ちょうしょうさげすみの潜む言葉は、ケイの胸に鋭く突き刺さった。

だからこそ、にこにこ笑うハブの言葉が眩しく――ハブに気を許すのに十分以上のものがあったのである。

本来なら慣れ合わないどころか、関わろうとも思わない人種だが、その手を離す事は口惜くちおしく。

あっけらかんとしたハブの性格もあって、二人はすぐに友情を深めていった。

転機もまた早く――大阪出身、中学生までは関西を点々としたハブがお笑い好きだったのは言うまでもなく。

『ケイちゃん!ウチとお笑いやろ!』

『誰がケイちゃんだ!』

『ケイちゃんはケイちゃんやん。で?お笑いやってくれんの?くれへんの?』

『や――』

『――る!さっすがケイちゃん!そう言うてくれる思ったねん!』

『だから!!勝手に決めるな!!』

どついてもどついてもへこたれない――もっと言えば、自分を嫌わずにいてくれるケイを気に入ったハブが、なかば無理やりお笑いコンビを結成したのは想像にやすいだろう。

そうして二人の名前。

へびとりからとっての『コカトリス』。

蛇であり鶏でもある伝説上の怪物の名を借りて、二人は地元の小さな舞台に立ったのである。

『ども~!コカトリスです!』

『俺はコカトリスのトリ』

『ウチはコカ……って誰がコーラやねん!どこぞの炭酸かっての!』

『俺は好きだぞコカイン』

『ほんまに?って捕まるわ!ちゅーかお前もトリって何なん!?そこはリスやろ!?何勝手に鳥類名乗っとんのや!!』

『特技は冬支度。ほっぺにピーナッツが5個入ります』

『少なっ!!ちゅーかリスやん!!やっぱリスやんか!!』

『リスじゃないペリカンだ』

『ペリカンはピーナッツしまわへん!!』

『じゃあそういうお前はコカじゃないなら何なんだ?言ってみろ』

『なんや急にムカつくなぁ……。ウチはハブや!ハブ!相方の名前くらい覚えたってーな!』

『つまり俺はヤンバルクイナ!!』

『そこはマングースやこの鳥頭とりあたま!!どうもコカトリスでした~!』

受けたかどうかは二人しか知らぬこと。

それでも二人は漫才にのめり込み、素人ながらに何本もネタを作っては、商店街のイベントや小さなステージで汗を流したのである。

笑う人が増える度に熱も増し。

ステージに足を運ぶ人が増える度に昂りは激しくなり。


全力でネタに没入できた時の全能感。

溢れんばかりの興奮のままキスを交わしたのは、いつだっただろうか。


熱の籠った息を吐き出し、ハブはうっとりと目を細めた。

『ケイちゃん顔まっか』

『な、なな、お前っ――なんで』

『かわい。今日はほんまケイちゃんと一つになった~って感じするわ。このままシてええ?』

『はあ!?お前何言ってるか――んんっ!?』

『ん……はぁ。イヤ言わないケイちゃんが悪いんやで?ここ……突っ込ませてな?』

結局キスでは止まらず、最後まで致したわけだが――以来、二人はステージに立つ度に互いを求め合った。

誰も小柄なハブが、大和男児やまとだんじという風なケイを組み伏せているとは思わなかったことだろう。

だがそれも長くは続かず。

地元のドラッグストアに就職して僅か一年、ハブは関西に戻る事になったのである。

『引き抜き……ですか?』

『化粧品会社の人が来てたらしくて。美容品の知識凄いし、ただの販売員にしとくの勿体ないから、ぜひ開発部にって。店舗うちとしては出てって欲しくないけど……決めるのは羽生はぶさんだしね。それに羽生はぶさん関西出身でしょ?向こうのがやりやすいんじゃない?』

『それはまあ……そですけど。え?夢ちゃいます?』

ただの販売員が一転、大手化粧品会社の開発部に抜擢ばってきだ。

またとない好機チャンスと名誉にハブはすぐさま首を縦に振った。

だがケイにとっては裏切りにも見えたのだろう。

『コカトリスはどうなる!?』

『別に漫才やめるとまでは言うてないやん!ちょーっとウチの出世街道応援してくれてもえんとちゃう!?落ち着いたらまた一緒に……っ』

『何でもかんでも一人で決めて……俺の事なんかどうでも良いんだろう!?本当は……っ!仲良くなるのも、漫才組むのも誰だって良かったんだ!!』

『んなわけっ』

『っ……もういい!お前の事なんか知るか!勝手にしろ!』

『ケイちゃん!!話くらい――…………話くらい聞いてや、馬鹿』

閉じた扉は二度開く事はなく。

乱暴に追い出されたのを皮切りに、二人の関係は遠いものになっていった。

顔も合わさず、連絡も取らず。

『――あら?正己まさみくん?』

『あ……その、時臣ときおみは…………』

時臣ときおみならもう……って、もしかしてあの子、何も伝えてへんの?』

せめて最後くらい見送ってやろうと思ったケイを待っていたのは、既に旅立った後のもぬけのからだけだった。

『ごめんなぁ?早ぅ新居に慣れたい言うて、すぐ出発しちゃって。正己まさみくんにはちゃんと挨拶あいさつした思てたわ』

何度も世話になったハブの母親。

あまり似ていない彼女伝手(づて)別離べつりを知らされ、ケイは全てが終わってしまったんだと――そう悟る。

(ほら。やっぱり誰だって良かったんだ。俺の事もそうやって……簡単に捨てられるんだ)

たった一度の喧嘩で。

ただ一度の別離べつりで。

繋がりは切れてしまったのだ。

見送る相手を失ったケイは、家からも世俗せぞくからも逃げるように、遠い親類の家業を手伝い始め――その跡を継ぐ事となる。


一方――京都。


生まれ故郷――されど大阪とは違う京都の言葉にも景観にも慣れずにいるハブは、週末の度に山や渓谷けいこくに足を運んでいた。

思い出すのは、涙がちょちょ切れんばかりの温かな歓迎の数々。

(大阪訛りも愉快で悪ぅないですな)

(ほんとにスカウトされはったんです?売る知識と作る知識はまったくの別物べつもんでしょう?)

(ほらぁ……部長、東京のお人やから。京都と大阪の区別も付きまへんのや)

(新人なわけやし……指示通りでええよ。新しい事しよとか、先輩うちらの商品にケチつけよとか、余計な事はせんでええから。はあ~……右も左も分からへん新人君は、それでお金貰えるとか楽やねぇ。羨ましいわ~)

もはや悪意を隠しもしない侮蔑ぶべつ嘲笑ちょうしょうに、流石のハブもほほが引きりそうだった。

だからこそのリフレッシュだ。

苛立ちをこらえ、雑務の押し付けをさばき、孤独ひとりで食べる食事の寂しさを乗り切った後は、こうして自然豊かな場所を訪れるのである。

(なんやねん!大阪生まれのなーにが悪いんや!ちゅーかウチ!大阪訛りでもあらへん!勝手に大阪を悪く言うなや!)

生まれこそ大阪。

されど幼い頃は関西のあちこちを点々とする日々。

その後は新潟に長く住んだわけで――ハブのなまりは随分とハイブリッドな、なんちゃって関西弁と化している。

その自覚があるが故か、変ないきどおりを爆発させながら、ハブは空気の澄んだ山道を突き進んでいった。

青々と茂る草木の瑞々《みずみず》しさ。

そして湧き出る水の清涼さを肌で感じ取れば、もやもやとした感情は、あっという間にどこかへと抜けていく。

『はあーっ!生き返る!やっぱ羽伸ばさんとな、羽生はぶだけに……――しょうもな。ケイちゃんおらんとキレ悪いわ』

だが寂寥せきりょうは深く。

大岩に腰かけたハブは、遥か遠くに思いを馳せる。

望遠の地――新潟にいた頃はハイキングに出掛けようなどとは思わなかった。

いつだって空気は美味しく、星は綺麗で――それ以上にケイがいた。

どんな苦境も吹き飛ばしてくれる。

そう思わせてくれる相方が傍にいてくれた。

無論――

『……っても振られてもうたし。京都ここで骨埋める覚悟せんとなぁ。ケイちゃんみたいな子おったら楽勝やけど』

ケイとはもう同じ道を歩めない。

『すぐ帰った――なんて馬鹿にさせへん。えらいビッグになってケイちゃん後悔させたるわ!』

から元気か、言い聞かせか。

ハブは拳を振り上げ――それからはもう、隙を作らぬ人間となった。

(ここでは大股で歩かれへん。口開けてゲラゲラ笑われへんし、言葉もお上品に。眉も下げて……いつでも物憂ものうげに微笑わろうて…………そうしてやっとスタートラインや)

好きだった派手な服もなし。

大声も出さず、答えははぐらかすだけ。

郷に入っては郷に従え――言葉通りに自分らしさを捨てれば、その先は早いもの。

山を熟知する知識と経験が生きたのか。

ただ清流に愛されていただけか。

ハブが生み出す化粧水はたちまち人気商品となり、十年もする頃には開発部の部長に上り詰めるに至ったのだった。


その後、ハブは渓流けいりゅうで溺れかけたのをきっかけに神通力じんつうりきに目覚めてしまうわけだが――何の因果か幸運か。


みずちに助けられたとは露知つゆしらず。

お祓い目的で訪れた神社で陰陽師としての才覚を認められ、弟子入りするようになって数年が過ぎてのこと。

神主であり師匠である男――先代〝己巳キシ〟に連れられた陰陽師たちの会合の場に、その人物は立っていた。

『――……ケイちゃん?』

時臣ときおみ……?何でお前が……?』

それはもう会う事もないと思っていた姿。

随分老け込んだように見えるケイに、ハブは一直線に駆け寄った。

『ケイちゃん!まさかこんなとこで会えるなんて思ってもなかったわ!もしかして蛟様がケイちゃんと引き合わせて――……』

元々神職の血筋に生まれたケイには、生まれつき霊感があったのだが、まさかハブにまで陰陽師の才が花開くとは思ってもいなかったらしい。

再会した時の酷く驚いた表情は、ハブの脳裏に深く焼き付いた。

もっとも、その再会も感動的なものになったわけではない。

『お前にこの仕事が務まるか!!』

『え……いや?なになになに?何でそんな当たりきついん?これでも師匠のお墨付き貰っとんのやけど?』

『お前みたいなナヨナヨした奴に務まる仕事じゃないと言ったんだ。化粧品会社だったか?お前にはそれがお似合いだ。さっさと俺の前から消えろ!』

『はあぁぁ!?新潟出た時もやけど、何なん!?謝りもせえへんし……たしかにウチも勝手やったけど、何で話すら聞いてくれへんの!ほんま……ほんまに、あったまきた!!絶~対っ!辞めへんからな!!』

顔も見たくなかったとでも言うのか。

頭ごなしに怒鳴り散らすケイに、ハブもまた感情任せに反発する。

こうして公然の宿敵ライバルとしてぶつかり合い、どつき合い、嫌味を言い合い――気付けば二人揃って東西のまとめ役に。

それぞれ癸酉と己巳の名を継いで十年が過ぎてなお、いがみ合っていたわけだが――……


「好きに動いてええよ!サポートは任しとき!」

「助かる!!」


……――結局、一番に考えていたのは、いつだって相手のことだ。

怒ったのも、ずっと傍に居たかったからに他ならず。

拒絶したのも、危険な場所に来て欲しくないというだけの事だった。

相手を想うが故のすれ違い。

そのわだかまりを流し、二人はピタリと背を預け合う。

「水々《すいすい》――背盗ハイド

「またその手ですか。学ばないのは――」

「――らない!」

「は?」

「はい、木になる気!」

構える癸酉キユウに、男――今はカズラと言うべきか。

能面の笑みはそのまま。

しかし確かな呆れを宿した眼差しが、闇の中で癸酉キユウを見る。

刹那、カズラを襲ったのは後方からの高圧水流ではなく、真っ直ぐに飛んでくる鐘木しゅもくだった。

煩悩ぼんのうはらったるわ!」

背後に気を取られた隙に、巨大な丸太が滑り込む。

されどカズラは咄嗟に巨木を抑え込んだ。

ゴゥーンと釣鐘つりがねのごとく叩きつけられた

体は地を滑るが――その速度は緩やかさを増し。

「奇襲など芸がないと――」

「言うたで。煩悩、祓ったるって」

「――なるほど?」

あわや己巳キシの一撃をせき止めたというところで、後ろから次の鐘木しゅもくが振りかぶった。

「ッ!!」

逃げる間もなく鐘木しゅもくが背中を叩けば、後はもうニュートンのゆりかごよろしく。

反動で大きくいだ一つ目の木が再びカズラを叩きつけ、衝撃に耐える間にまた次の一手が無防備な背中を叩きつける。

除夜の鐘――ならぬ除夜の怪異と化したカズラは、成す術なく巨木の連打を受けるのだった。

その隙にも癸酉キユウ己巳キシは退路を急ぐ。

「あんなんマジメに相手してられへんわ!にしても、全然ブランクないやん!やっぱケイちゃんとが一番やりやすいわ~!」

「無駄口叩いてないで走れ……!」

「これでも全力や!デスクワークのおっさん馬鹿にしたらあかへん!」

「おんぶなんて期待するなよ!」

「重々承知や!腰やったら笑い話にならへんもん!この後の予定考えても、ケイちゃんには腰大事にして貰わへんと……!」

サポートをするというのはブラフ。

攻撃が苦手というのもブラフ。

とことんきょを突く形で、二人はカズラの目を盗む。

その撤退が出来るからこそ、陰陽省おんみょうしょうにおいても重鎮じゅうちんになえるわけだが、さりとて二人揃って良い年齢(アラフィフ)だ。

行きとは違うやかましさと呼吸のあらさで、いやに遠く思える出口を目指す。

「あと何発だ!?」

「今40くらい!上の人ら逃がすこと考えたら、ギリギリのギリギリやね!蛇眼邪眼ジャガジャガ効いとったら苦労せえへんのに……っ!」

対象の動きを止める術――蛇眼邪眼ジャガジャガ

伝家の宝刀ほうとうさえ効いていれば、泣き言混じりに逃げる必要はなかっただろう。

ズキズキ痛む左目を鬱陶うっとうしく思えば、またズキリ。

激しい痛みが目に奔る。

その痛みが知らせるのは嫌な臭い。

ぶわりと溢れ出した瘴気の気配が、走る二人の足に絡みついた。

「どこへ行かれるのです?」

触れるだけでもおぞましい気配。

おびただしいつるが、闇の底でうごめきあっては形を作る。

「ッ……グロォ」

思わず溢した己巳キシの視線の先。

そこに立つのは崩れた顔面――パラパラと粉を落とす能面から、イソギンチャクのような無数の触腕しょくわんを覗かせる人影が立っていた。

「ああ……折角の顔が台無しに。気に入っていたのですが、致し方ありません。どうか怖がらず。どうか恐れず。力の限り足掻あがいてください」

能面のよう――そう思われた顔はまこと能面だったらしい。

つると根で出来た体をき出しに、その異形は気味悪いほどに穏やかな声を放つ。

矛盾むじゅんはらおとは走る気力すら奪い、二人は今一度身構えた。

「……やはり人ではなかったか。だが怪異や妖怪とも違う……一体なんだ?」

「自立しとるわりには話通じるし、怨念っちゅー怨念もない。認めたくあらへんけど……たぶん精霊やね」

「なるほど。式神だとすれば、たしかに厄介極まりないな。庚戌コウジュツクラスの術者がいるなんて……俺だって考えたくない」

「せやろ?けど、おるっちゅー事やろな。しかもアレ、()の精霊やん。相性悪すぎて笑われへん。ほんま……やってられへんわ」

陰陽五行おんようごぎょう

木・火・土・金・水の五つの元素からなる万物ばんぶつの循環である。

その思想に当てはめれば、カズラは名のまま木の元素から生まれた存在だ。

一方、癸酉キユウは水。

己巳キシは木を大元に水の素養-ほぼほぼ癸酉キユウの影響だが-を持っている。

しかし木と水では木が強く。

木と木でも良くて相殺そうさい

力の差をかんがみればカズラが勝るだろう。

最初に放った〝背盗怜斬ハイドロレーザー〟が効かなかったのも、水生木すいしょうもく相生そうしょうによるもの。

同じ木である〝除夜の鐘〟も、怪物を人たらしめていたうつわを壊すに留まり、たいした傷は与えられなかったらしい。

相性からしての悪い戦況に、ただでさえ汗だくの二人は、さらに嫌な汗をにじませた。

出口まではまだ半分。

足を止めた己巳キシは、精霊というには気味悪い異形に目を向けた。

「目的も主人も言う気あらへんのやろ?」

「当然のことを。ですが……そうですね。私個人の目的は星と相見あいまみえること。あなた方は生かしてさしあげても構いません」

戦闘狂バトルジャンキーかい」

「そもそも生かす気があるなら襲ってこないと思うが?」

「心外ですね。先に襲ってきたのはそちらでしょう?」

能面以上に感情の読めない顔。

シュルシュルとつるを動かして、カズラはどこからともなく音を出す。

その動きがピタリと止み――一言。

「まあ――嘘ですが」

カラカラと笑うと同時、無数のつる癸酉キユウたちに襲い掛かった。

張り巡らされた草木は全て、この異形の一部なのだろう。

意思をもって迫る切っ先に、己巳キシは素早くいんを組んだ。

捩蛇螺旋ネジネジ!!」

伸ばした指をクイと折る。

しかし、つるじ切ろうとする己巳キシの意思よりもカズラの支配の方が遥かに強く。

「ッ……駄目やな!!」

時臣ときおみっ!!」

かろうじて軌道を逸らすも、押し負けた己巳キシは鼻血を垂らして膝を着いた。

「はー……あかん。目回る。ケイちゃんにキスして貰わんと立たれへん……」

「っはあ!?馬鹿かお前は!!」

「最後かもしれへんし……ええやんか」

この時カズラは、何を見せられているのか悩んだが、あえて口を挟むのも野暮やぼと言うものだろう。

手向たむけの花を添える如。

死に往く二人のやり取りを観察する。

(やはり分からぬものですね)

何故人間というものは、命の危機にひんしてなお、他者をいつくしみ救おうとするのか。

それが恋人や家族ならいざ知らず。

時に何の因果もない赤の他人さえ助けようとするのだから気味悪いもの。

言葉にはしないが、この二人もまた地上にいる者たちをも逃がそうと画策し続けているのだから、理解に苦しむと言うものだ。

だがしんに理解出来ないのは――

「ん~!!」

「こんな時に――ッ!!」

やはり目の前の人間たちかもしれない。

この場面でこんなにもロマンもへったくれもない口付けを交わす人間はいただろうか。

否――いない。

言動の数々自体が珍妙だった事は認めるが、ここまで先の読めない相手はそうそういないものである。

もっとも、だからこその観測だ。

観察を終えたカズラは、もはや感慨かんがい欠片かけらもなしにつるを動かした。


――はずだった。


(体が――動かない)

声も出ず、つるの一本振るえない。

突然の金縛りに、カズラは動かぬまなこで二人を捉えた。

へなへなとくずおれるは、顔を真っ赤にした癸酉キユウ

そして水の元素を腹いっぱい吸い上げた己巳キシがにいっと笑う。

水生木すいしょうもく――やで?」

謂わばブースト。

限界まで木の力を引き上げ、一瞬――下手をすれば一瞬にも満たない極僅かカズラを上回った己巳キシが、蛇眼邪眼ジャガジャガを叩き込んだのだった。

「これが愛の力っちゅーもんや!」

「だからって……こんなっ!こんなところで……っ!」

「いやーケイちゃん!久々にしたって腰砕けるほど良かったん?」

「このっ!後で……!覚えておけ……っ!」

「それは楽しみやわ!」

名誉の負傷は男の勲章くんしょうか。

高らかに笑う姿とは裏腹に、右目からも血が溢れ出す。

暫くはろくに見えぬ日々が続くだろう。

しかし命に換えれば安いものだ。

ドロリとにじむ赤をぬぐい、己巳キシは背筋を伸ばした。

「ちゅーわけで、お帰りは推定1時間後。どうぞ崩れた施設をお楽しみください。そうそう!ファンになるんは勝手やけど、迷惑なストーカー行為は厳禁やで?大人しく山に帰ってくれたら泣くほど嬉しいわ!そんじゃ最後に……ハブとケイ、二人合わせてコカトリスでした!!」

晴れやかな笑顔で己巳キシ会釈えしゃくする。

観客は一人、拍手喝采はくしゅかっさいもないが、本人たちはやり切ったのだろう。

そのまま癸酉キユウを引きって、己巳キシは闇の向こうへと消えていった。

去っていく二人を見送るしか出来ないカズラは考える。

暖簾のれんに腕押し――でしたか)

導かれるは一つの答え。

ずっとコントを見せられていたのだ。

(彼らは終始戦っていなかった。私が一人戦いの舞台で踊っていただけとすれば……逃がすのも道理。いまだ理解はしえぬものの、主がきものを好むのも、これが理由なのでしょう)

戦った時点で負けていた。

その得も言えぬ理屈に、カズラは小さく笑みを作る。

(コカトリス――100年程は覚えておくとします)

それはきっと心からの機微きび

コカトリスは顔なき怪物をも笑わせた――のかもしれない。

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