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匣ノ中ノ獸  作者: yura.
匣ノ中ノ獸
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case.0「BOX the K-hack」

それは災禍(さいか)の箱のようでもあった。

毒なのか、箱なのか。

黒いもやを広げる闇が、ノイズを奔らせる世界に、その手足を広げていく。

「何だコイツ……ッ!?」

迫るは電脳箱[K-hack(コハク)]の群れ。

しかしてそうとは認めたくない怪物は、巨大なわにのように思えた。

倒れる未来の見えない強靭な足。

鋭い爪を持つ頑強な手。

一度ひとたび揺れるだけで、世界を荒野へと変える長い尾っぽ。

地獄へと繋がるかのような巨大なあぎと

箱を、街を、自然を呑み込んだ黒は――やがて煌々《こうこう》と光るきんをその身に宿す。

爛々《らんらん》と燃える光はまなこそのもの。

ギロリと開かれた双眸そうぼうが、明確な意思をもって、空を落ちるアニをねめつけるのだった。

一つは憎悪を。

一つは憤怒ふんぬを。

背筋が凍りかねない怨恨えんこんを注がれたアニは、全身で風を受けながらも、燃えたぎ金色こんじきにらみ返した。

金に縁があると思うのは気のせいか。

二柱ふたはしら龍神りゅうじんを思い起こす色に、やかましいからすを想起するその色に、アニはげんなりとする暇なく大粒の汗を浮かばせる。

(怖い……のか?)

体を襲うのは、これまでとは異なる感覚。

どの怪異にも感じた事のない恐怖が胸に巣食い、アニは短く息を吐いた。

(何で……こんなデカいだけの奴に)

見た目だけなら、表現しようのない災禍さいかの箱の方が、腐敗したに行遼にわたずみの箱の方が、よほど気味が悪かっただろう。

蟲毒こどくの王を守る甲虫こうちゅうの方が、よほどよほど嫌悪をうながすものだっただろう。

だが今感じているのは、それらとは別の感情。


トラウマ――そう呼ぶべき忌避感きひかんだ。


勝手に湧き上がる恐れに、オリアに裏切られた時とは別の居心地の悪さが胸を刺す。

その鬱屈うっくつが呼吸を細め、アニはなんとかというふうつばを呑み込んだ。

もはや息を吸ったのか、喉を鳴らしただけなのかも分からなかったが、体はちゃんと動くらしい。

怪物を睨む目に力を込め、アニは空中で身をひるがえした。

(こんなとこで終われねーんだよ!!)

この際、怪異の正体は何でも良い。

アニは漆黒しっこくの怪物を尻目に、自分が降り立つべき場所に目を向ける。

認めたくはないが、心の底からしゃくだが、オリアのげんが正しいのなら、怪我の心配はいらないだろう。

たとえ足が折れようと、内臓が潰れようと、傷はそのうちふさがるはずだ。


あるいは――異装[I-sow(イソウ)]を使うか。


これもオリアに言わせれば、異装[I-sow(イソウ)]の力ではないようだが、アニにはもうどちらでも良い事だ。

首を覆うチョーカーに手を伸ばし、しかして獣のように喉をうならせる。

(逃げる――ってもどこに?この状態で無事な場所なんてあんのか?)

選択肢は二つに一つ。

戦うか、逃げるか――だ。

戦うならば獣になるべきで、逃げるならば温存すべきなのだが、もはや『箱』はこの有様。

崩壊する街のどこに、逃げ隠れる場所があるというのだろう。

二つに一つに見えた選択肢は自然と狭まり――けれど、そもそもの話だ。

アニの目的は怪異と戦う事ではない。

どこへ行方ゆくえくらましたかはともかく、オリアを見つけ出す事こそが、アニの本願だった。

(アイツが行きそうなとこなんて……あそこか?けどんな単純な事あるか?)

どのみち、獣への変身はリスクの伴うものだ。

甲虫の与えてくれた活力があるとはいえ、肉体への負担が大きい事に違いはなく、逃げ場が消えていく以上、何度も異形の力に頼る道は避けるべきだろう。

降り立つ場所を目で探しながら、アニは行くべき場所を一つに絞る。

(匂いもしねーし……この状況で全部に行くのは無理だよな。|中心地店[Spot-C]ココはもう駄目で……カラスんとこも、ウキヨのとこも遠すぎる。これ以上カケイのとこに何かあるとも思えねーし、俺の家ってわけもねーだろ。ならやっぱり最初の場所。お前と会ったあの場所に……行くしかねーよな)

思い浮かぶ限りの場所。

それらを頭に浮かべ、アニは最初の場所へと思いを馳せる。

それも束の間、鈍いうめき声を溢した。

「グウッ……!?」

『繝舌ぎ繝舌ム繝?……』

肉の焼ける匂い。

腹の底に響く悍ましい声。

液体なのか、霧なのか。

黒いもやが奔ったと気付いた時には遅く、指の数本がどこぞへとくなった。

「こ……のっ!!」

焼き切れる痛みと、白く上がる煙から察するに、体が溶けたのだろう。

骨も残さず消え去った左指に一瞥いちべつくれる事なく、アニは影を広げていく怪物へと視線を戻す。

逃げる算段でいるアニとは逆に、黒霧の怪物はアニを喰らうつもりでいるらしい。

わにの如き怪物は、黄金の目を不気味に光らせると、巨大なあぎとをこじ開けた。

『繝懊Φ繝峨ン繧セ繝ゥ繝?ョ繝?繧シ』

その声はあまりにいびつで、聞き取る事の出来ないノイズのようだ。

だが身を突き刺す憎しみは、怒りは、歓びは――嫌なほど伝わってくる。

『繝エ繧ゥ繝悶ぐ繧ョ繝ウ繧ク繝」繝?げ繧ク繝・繧カ繝ウ繧ー繧ケ繧ョ繝・繝ウ繝舌Φ繧セ――繝懊Φ繝悶ざ繧ョ繝悶げ!!』

いつ恨みを買ったのか。

何故ここまでの憎悪をぶつけてくるのか。

狂喜を広げる咆哮ほうこうが、アニの心に恐怖心を植え付ける。

(また……っ!!)

自分でも何を恐れているのか分からない。

分からないが――怖い。

この怪物に何かを奪われる事が酷く恐ろしく思え、この怪物に相対する事が途方もなく惨烈さんれつに思え、体が動かなくなりそうだった。

その一瞬を狙い、虚像のわにがアニへと飛び付いた。

『繧ク繝ァ繝懊ご!!』

「ッ!?」

『繧エ繝ウ繝舌し繧カ繧セ繧ク繝ァ繝懊ご!!繝エ繧ゥ繝悶ぐ繧ョ……繝エ繧ゥ繝悶ぐ繧ョ!!繧エ繝ゥ繧イ繝ュ繧ャ繧ョ繝?Ο繧エ繧サ繧ー繝?繝?ョ繧ク繝」繧ケ!!』

自由落下するアニにかわす手立てはなし。

獣へと姿を変える間もなく、アニの左腕――肘から先がわにの口内へと消えていく。

「イ゛ッ……!!」

身を裂くのは、引き千切られる痛みよりも、瞬く間に広がる神経痛だ。

やはり毒素を含んでいるのだろう。

噛まれた腕は紫色に染まり――

「クソッ!!」

アニは残された右腕で、左肩から下をむしり取った。

肉に指が食い込むのも、力んだ右指も、裂ける肉の感触も全てが激烈だったが、得体の知れない毒におかされるよりはずっと良い。

ブヂリッ――その音とどちらが大きかったか。

「ガアアアッ!!っの!!ふざけやがって!!」

痛みに打ち勝つためにも絶叫し、アニはぜーぜーと息を吐く。

その間にもアニの体は落下を続け、いつの間に大地が迫っていたのか。

「まず――っ……!!」

地面に叩きつけられる――というところで、何かがアニを掴み取った。

「ッ……!!」

また体が吹き飛んだかと思ったが、腰を支えるのは優しい温もりだ。

父がいたら、こんな風に抱き留めてくれたのだろうか。

力強くも繊細な熱に、アニは真紅の目を見開く。

「……ゾウ?」

そこにいたのは白く光る象。

あまりに場違いな存在が長い鼻で器用にアニを掴み、ゆっくりと地面に下ろすのだった。

「え、あ……サンキュ」

『構わない。ワタシに出来るのはコレくらいなのでね』

「しゃべ――お前もカイイか!?」

ノイズの駆け抜ける大地。

役目を失った箱が乱雑に転がる上に下ろされたアニは再度目を見開く。

奇天烈きてれつな事態に慣れたつもりでも、怪異の存在には驚かされるばかりだ。

世にも珍しい、好意的でしゃべる巨大な象の存在に、アニは驚きをあらわにした。

その驚愕すら受け止め、白く光る象は穏やかに目を細める。

残留思念ざんりゅうしねん――ソレを怪異と呼ぶならソウだろう。だがキミに害を為す気はナイ。ワタシは……我々はキミの味方だ。ドウカ……我々に出来なかった事を成し遂げてくれ』

思わず身構えようとするアニをなだめ、言葉を解する象は、自慢の鼻でアニの背中を押す。

もちろん、それは優しいもの。

踏ん切りのつかない子供を諭すかのように、白い象は傷が癒えないままでいるアニの体を押しやった。

『サア――お行き。ココはワタシに任せなさい。キミは……光を目指すんだ』

「何で――ッ」

何故助けてくれるのか。

ぐっと押しやられたアニは、問いかけと共に後ろを振り返り――歯を食いしばった。

「だから何で……っ……!」

背後に迫る黒い影。

雪崩なだれ込むヘドロに立ち向かうのは、他でもない白く巨大な象だ。

自らダムとなって濁流を押し止める姿に、アニは足を止めそうになる。

だが白い象はそれを許さない。

痛みに震える鼻を伸ばし――

『……ッ……ソウやって立ち止まっている場合なのか?キミは本当に……ソレで良いのか?』

アニが進むべき道を指し示した。

消え入りそうな光が見つめるのは別の光。

灯台のように闇を照らす光を指し、白い象はその鼻でもう一度アニの背を押しやった。

『早く!!会うんだろう!?もう一度――カレに!!』

「あ……――ッああ!!」

毒のせいか傷は治らないが、痛みに項垂れている場合でも、わけが分からないと地団駄を踏んでいる場合でもないのだろう。

強く押し出されたアニは前を向く。

後ろ髪が引かれるが、それこそ助けてくれた巨大な象への冒涜ぼうとくだ。

アニは走り出し――穏やかな目が、きびすを返した背中を見届ける。

瞬間ドプリと溢れた黒が白い象に掴みかかった。

あと一瞬、あと僅かでも遅ければ、漆黒のもやがアニを捕えていた事だろう。

間一髪走り出したアニを見送り、白い象はただ静かに微笑んだ。

『アニ――良い名前だ。まったくもってキミらしい』

だがその目もすぐに光を失っていく。

いかに象が巨大であれ、襲い来るは世界を呑み込む憎悪だ。

ヘドロを押し込めようとする体は次第に溶け始め、小さくなっていった。

きっと、時間稼ぎにもなりはしない。

それでも、やっと終わりの時がきたのだ。

つらい役目を負わせてスマナカッタ。だがキミなら遂げてくれると……ソウ信じていたんだ。ドウカ……キミたちだけでも…………』

白く巨大な象は、穏やかな笑みを刻む。

その笑みが消え去るのを見届ける事なく、アニは光を目指して突き進んだ。

象が鼻差した場所――そこで首を長くして待っていたのはキリン。

吉兆の象徴とは異なる、長い首を持つキリンが、待ち侘びていたかのようにこうべを垂れるのだった。

『しっかり掴まれよ?』

しゃべんのは分かったけど……何で俺を」

『……悪いが時間がない。俺としても、ゆっくり語りたいんだがね。もう時間がないんだよ。俺たちにもお前にも……アイツにも』

「アイツって……」

『飛ばすから口閉じろよ?じゃないと、舌噛むぜ?』

当たり前のように語り出すキリン。

象と同じく真っ白に光るキリンが、皮肉を溢すように乾いた笑みを浮かべた。

欲しい答えはそれではなかったが、時間がないというのは本当だろう。

自分が走って来た道――その向こうに在ったはずの光は消え、早くも黒い影が這い寄っているらしい。

執拗しつようなまでに近付く黒はより深く、より濃い闇となって、アニを呑み込もうとするのだった。

「…………っ」

『なに……お前が苦しむ事はない。これは俺たちがもたらした結果。当然の報いってやつだ。それでも足掻いて……今日が来たんだ。少しでも俺たちを哀れんでくれるなら……成し遂げてくれよ』

音もなく忍び寄る闇に感じる途方もない恐怖。

その中にある不甲斐なさを感じ取ったのか、キリンは笑みを作ったようだった。

励起の笑みの上、キリンの首に乗ったアニは頷く事も出来やしない。

歯噛みをし――それでも、アニの悼みは光るキリンに伝わったのだろう。

『頼んだぜ――アニ』

キリンはアニの名を呼ぶと、ブンブンと長い首を振り回す。

灯台の如きキリンが立つ向こう側は底なしの絶壁。

崩壊した大地を別つ渓谷けいこくは、三途さんずの川のようでもあった。

下に広がるは蟲毒こどくの穴か、ただの奈落か。

それとも悍ましいわにの胃の中か。

その境界を、アニは一人跳び越える。

残されたキリンは飛んでいくアニを見送り――すぐに振り返った。

『……とんでもない執念だよ。ここまでくると尊敬ものだが、まあ尊敬は出来ないな』

キリンを取り囲む黒い影。

差し迫った闇を相手に、白いキリンは長い首を激しく振り回す。

それが些細な抵抗でしかなくとも、蚊が刺す程度の時間稼ぎに過ぎなくとも、彼には彼の意地があるというものだ。

『尊敬はしないが、感謝はしてるぜ!おかげで楽しい日々が送れた。お前が手放した有意義な時間をな!俺でも……役に立てた!事を成せた!』

挑発するように叫び、キリンは広がり続ける闇へと立ち向かう。

しかし、怒り狂った闇は止まらない。

白い光は呑み込まれ、その声もどこかへと溶けていく。

『一本吸えれば……最高の終わりなんだけど……な……』

無論、その声が誰かに届く事はない。

アニの姿はもう遠く――一際大きく首を回したキリンの勢いと高さを踏み台にしたアニは、対岸――此岸しがんへと転がり込んだ。

「おっ――わああああっ!!」

もっとも、叫ぶなと言うのは無理がある。

底なしの渓谷けいこくを打ち上げられたアニは、きりもみ回転しながら、すでに崩壊を始めている大地の上を滑っていくのだった。

「あだっ……!!」

転がるアニを止めるのは巨木か巨岩か。

顔を上げた先に見えたのは、しかしてそのどちらでもない。

白く光る牛と、その頭に乗る白兎がアニの顔を覗き込んでいた。

「お前!あの時の!」

『覚えててくれたの?今更~って感じだけど……まあ今更でも良っか。少しは成長したって事だしね』

「いや何の話だよ……?」

『こっちの話よ。知りたきゃ……そうね。まずはここから出ないと。じゃなきゃゆっくり話も出来ないわ。でしょ?』

『そうだね。アニ――行くべき場所はもう気付いてるだろう?』

「行くべき場所って……その声」

踏ん反り返る兎。

それは龍神・回香ウキヨの手で水府すいふに堕ちた時に助けてくれた白兎だろう。

罠に嵌めた――などと疑った瞬間もあったが、あの時もアニを助けようとしてくれていたようだ。

そして落ち着き払った牛。

その声は金烏キンウの支配する雪山で聞いたもの――レツェと名乗った青年と同じ声音だった。

「お前……あの時の」

何故あの時と姿が違うのか。

疑問は尽きないが、巨大な象を始め、彼らはアニの味方らしい。

だがアニの疑問が晴れる事はない。

ぼそりと零れたアニの声を遮って、淡い光を発する牛が森の向こうに首を向ける。

森――と言っても、森だったと言うべきか、森に見えると言うべきか。

道にさといアニでさえ、どこがどこかも分からなくなった世界で、白く光る牛は迷いなく先を示した。

『ボクはここで時間を稼ぐよ。道は彼女に教えたから……アニ。キミは行くんだ』

「行くったってどこに!?つーかそうやってお前まで……っ!!」

『答えはもうキミの中にある。それに……ボクたちは覚悟を決めている。キミに……託すと決めたんだ』

『そういうこと。だから君は突き進めば良いの。私たちはもうとっくに……ううん。良いから!ちゃんと着いて来なさいよ?』

話している間にも迫る闇。

より大きく、より恐ろしく顕現する闇は、アニはおろか誰の事も待ってくれないのだろう。

すぐ傍に迫った闇を切り離すように、白兎は先陣を切って走り出した。

「待っ――」

『ボクの事は良いよ。キミは……彼の所に帰るんだ』

「ッ――……!死ぬなよ……!」

一瞬踏み止まるアニ。

その背を押し、白い牛は静かに微笑う。

彼とはきっと――いや、確実にオリアの事を言っているのだろう。

左腕を失い、右指も失ったままのアニは、かぶりを振って走り出した。

『……無理な頼みだよ。それはね。無理な頼みなんだよ、アニ』

小さくなる背中を見送り、牛は物憂げに独り言ちる。

それを聞いていたのか、いないのか。

黒い霧が立ち泥む牛に襲い掛かった。

『繧エ繧サ繝ウ繧ク繝」繝ゥ繧ー繧ケ繝!!』

『色々習得したし、自分で考えたりもしたけど……本当に怪物になったんだね。何言ってるのか、さっぱり分からないや』

ノイズにまみれた声。

血走った瞳。

毒を散布する霧状きりじょうの体。

尽きる事のない憎悪に、執念しゅうねんに飲み込まれた牛は、わざとらしく肩をすくめてみせる。

恐怖はあった。

拭いきれない恐れがたしかにあった。

だがもう失うものはない。

光る牛は真っ直ぐに、金色の双眸そうぼうへと目を向ける。

『ボクの勝ちだ。ボクたちの勝ちだよ。お前はどうやったって二人の元へは辿り着けない。ボクがそうさせない』

『繝舌Λ繧ョ繝薙ぐ繧ョ繧ク繝」繧ャ繝?ョ!繝代ヱ繝ウ繧セ繧シ繝ュ繧エ繧サ繝薙ヰ繝?ム繝懊ラ繧ャ繧ケ繝?繝舌ぐ繧カ繧ス?』

言葉は分からずとも、馬鹿にしているだろう事は理解出来る。

むしろ分からないからこそ良かったのか。

不協和音を聞き流した牛は、おぞましいはずの闇を一笑いっしょうした。

『知ってる?この世界を創ったのはボクだ。他でもないボクなんだよ。隠し通路も、フラグも、アイテムも――全部ボクの手の内だ』

『繧エ繧サ繧ー繝舌Φ繧カ!繧シ繝ウ繝?ラ繧キ繝懊Φ繧シ繧ク繝」繧ケ……繧エ繧サ繧ー繝悶ョ繝?ず繝」繧ケ!!』

勝ち誇るのはいずれか。

毅然きぜんと立ち向かう牛を嘲笑あざわらうように、ブワリと広がった闇が光の粒子を丸呑みにする。

その果てで、最後の光が声を溢した。

『|codo:SoUL-N/A《コード:ソウル-ノア》――実行(ロード)

それは誰も知らないプロトコル。

誰も知らないデータ。

未完成がゆえ永劫えいごうの檻と成る空白くうはくが、肥大ひだいする闇を閉じ込めようとする。

『繝ュ繧ー……!!繧コ繧カ繝吶ず繝」繧ャ繝?ョ……繝!!』

空白とは――ある種の箱だ。

尾の先が箱に飲み込まれ始めたのを見届け、牛は――青年は寂しげに微笑んだ。

『もう終わりにしよう。もう……二人を許してやってくれよ。これ以上苦しめないでよ――……ダイン』

否、泣いていた。

涙ながらの祈りに――しかして黒霧は最期の願いを拒絶する。

暴れ、のた打ち回り、吸い込まれながらも、無数の箱を呑み込んだ手で這いずるのだった。


そのが止まる事はなく、狙うは一人。

漆黒のわには――ダインはアニの背後へと追い付いた。


『縺翫l縺ョ縺?!!繧シ繝ウ繝?ざ繧サ繝ウ繝ュ繝懊じ!!』

「もう来やがった……!!」

『後ろ見てる暇あるなら前!!前見なさい!!簡単には追い付かれないから!!』

牛の足止めは功を奏さなかったのか。

焦るアニを尻目に、白兎は崩れかけた大地を自慢の健脚で蹴り続ける。

もはや足場は穴ぼこで。

ノイズの奔った木や、薄っぺらい森の映象や、四角い柱が立ち並ぶ、森とも山とも言えない道だけが、一人と一匹を誘っていた。

それでも道はあるのだろう。

迷いなく進む白兎を追って、不思議な世界に迷い込んだアニは、血を流しながらも走り続けた。

やはり毒を含んでいるのか。

黒い影に食われた腕は、一向に治る気配を見せようとしない。

じくじくと痛む左肩を、これまた焼けつきそうな右手で押さえ、兎の後を追いかけるしかなかった。

異装[I-sow(コイツ)]使うか……?)

獣の姿になれば傷は治るだろうか。

だがもし治らなかったら。

最悪を考えてしまうのも、葛藤したくなるのも、頭に血が回っていないからかもしれない。

(クソッ……どうすりゃ良いんだ)

見えない壁に阻まれているらしい。

一層奇妙な動きをする怪物を背に感じながら、アニは酷く長く感じる道を進んでいく。

それも長くは続かず――

『繝薙ぎ繧ャ繝吶?繧セ……繝エ繧ゥ繝悶ぐ繧ョ!!!!』

訪れるは腹の底を冷やす嫌な空気。

見えない壁をもぶち破り、怒りと恨みだけで這いずる怪物が、そのあぎとをアニへと振りかざした。

「ッ……!!」

『こんの!!バカ!!』

割って入るのは、先導していた白兎だ。

実体化したあごを蹴り飛ばし、アニの前へと舞い降りる。

そのまま怪物と睨み合い、声を張り上げた。

『行って!!』

「んなこと言われても……っ」

『行けって言ってんの!!真っ直ぐ!!なりふり構わず!!今更……っ、今更怖がってんじゃないわよ!!どんな姿でも愛されてるから!!皮被ってないで、遠慮してないで……あんたはあんたのまま!あいつのとこに行けば良いの!!』

「俺の……まま?」

『そうよ!!早く……早く行ってやって!!間に合わなくなる前に……!!あんたしかいないの!!あいつを救えるのは……あんただけなの!!分かったら行け!!行けえええっ!!』

白兎が叫び、怪物が顎を振り回し――アニは弾かれるように走り出した。

その姿は狼そのもの。

赤い閃光を奔らせる獣が、先程までとは比べ物にならない速度で、ノイズまみれの世界を駆け抜ける。

瞬く間に遠くなる尾を見送り、白兎は顔をくしゃくしゃにして微笑んだ。

『……――ヴォクシーのこと頼んだわよ』

そして、それを最後に小さな白兎の体は闇に飲み込まれた。

虫けら同然の極々小さな光を叩き潰し、霧を纏った怪物はアニを追う。

『繝エ繧ゥ繝悶ぐ繧ョ……!!』

地に落ちて、這いずって、泥を呑んでここまで来たのだ。

邪魔をされようと、閉じ込められそうになろうと、全てを奪わなければ気が済まない。

ヴォクシーを――喉から手が出るほど蠱惑的なを手中に収めなければ終われない。

妄執だけで突き進む怪物が迫る中、獣となったアニは弾丸にも劣らぬ速度と勢いで、目指す場所へと飛び込むのだった。

「オリア……ッ!!」

そこはオリアの研究所。

アニとオリアが初めて出会ったその場所だ。

無論、名前を呼んだところで反応はない。

もれなく崩壊の餌食となったその場所で、アニは虚ろな面影を探し求める。

「どこだっ!どこだよ……っ!」

映象だけで質量のないドア。

鳴らないチャイム。

半分以上が消え去った部屋。

箱が積み重なったベッドのような何か。

もはや意味も形もなさない残象を押しのけた先に見つけたのは黒い塊。

酷く蠱惑的こわくてき――否、気分の悪い匂いがアニの足を惹き付ける。

「…………」

研究所の丁度中央だろうか。

壁や家具がなくなった事で、姿を現したのだろう。

黒い模様――恐らくは血で描いただろう紋様の上には、黒い箱が佇んでいた。

不自然に置かれた箱は異様な程に不気味で、けれど懐かしい。

「……コレか?ココに……いるのか?」

獣の姿のまま、アニはその箱に手を伸ばす。

その背後に黒い霧が広がるのと、アニが箱に触れるのと、どちらが早かっただろうか。




箱は開かれ――否、閉じられた。




目覚めたのは黒い獣。

白い――かつては白かった、薄汚れたその場所で、獣は我に返るように目を覚ます。

「…………ッ」

目の前には一人の男。

やつれた――という表現が生温いくらい、青白い頬はこけ、窪みつつある目の下には大きく深い隈を浮かべている。

唇は切れ、乾き、まるで木乃伊ミイラのようだ。

乾いているのは髪の毛も同じ。

白く色の抜けた髪につやなんてものはなく、ちぢれ、寄れた毛が、力なく垂れ下がっていた。

食事もろくに摂っていないのだろう。

血と泥で汚れた白衣の隙間から覗く手足は細く、骨が浮き出る始末。

首も細く、声は掠れ――紫色に変色した足は見るに堪えない程だ。

何度も血を拭ったのか。

顎には血痕がこびり付き、もはや表情にも覇気の一つ見られない。

今にも光の消えそうな目は何を想うのだろう。

「…………」

車椅子に座った男が、何かを言いたげに薄い唇を震わせる。

少し小突いただけでも死んでしまうのではないだろうか。

そんな、あまりに弱々しく脆弱な男に絶句するのは、ある種当然の事だろう。

「……オリア…………?」

見知った――けれど、全く知らない男に獣は――アニは小さく声を溢す。

その声に安堵あんどしたのか。

それとも、声が出なかっただけか。

名を呼ばれた男は、車椅子の上で静かに微笑んだ。




「ようこそ――アニ。一つ下の世界へ」

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