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匣ノ中ノ獸  作者: yura.
匣ノ中ノ獸
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case.4「BOX the S-undo-M」(02)

面食らうアニをよそに、イグルから出てきた男たちは、二人と一体を取り囲む。

歓待を受ける理由がないだけに戸惑いが勝るが、彼らに敵意はないらしい。

真四角のかまくら――中は木造の屋敷の、至って普遍的な囲炉裏の傍に案内された二人と一体の前には、もてなしのための酒が注がれるのだった。

「吹雪の中、大変だったでしょう?」

陶器の御猪口を傾けるのはシャツにセーターの普遍的な男。

若長といった風な黒い髪の青年が、同じ酒瓶から注いだ酒を一息に飲み干した。

「…………」

「…………」

アニはそれは無礼な態度と受け取り、オリアは毒が入ってない証左と受け取り――オリアだけが出された酒に手を伸ばした。

「……良い味だね」

「自慢の芋焼酎なんです。ここいらは芋の産地でして……吹雪の前に収穫が間に合ってほっとしているところですよ」

寒い地域では体温を上げるためにアルコール度数の飲酒をするのが常だ。

雪の吹き荒れる外を見るように天井を仰ぐ青年を見つめながら、オリアは普段は口にしない酒を舐めた。

甘さとまろみのある酒には、第九十六地区で広く栽培されている芋が使われているとの事。

にこやかに世間話を呈する青年とオリアに、一人取り残されたアニは、事の発端にもなった陶器を睨みつけた。

『飲めば宜しいのでは……?』

「……うっせぇ」

膝に乗った電脳箱[K-hack]が体を傾げるが、どうしたって口を付ける気にはなれそうにない。

というのも、アニはそもそも他人に出される飲食物が苦手だからである。

気を許す相手――言ってしまえばオリアからの施しを受ける事にさほど抵抗はないが、基本的に自分-厳密には電脳箱[K-hack]がだが-が選んだもの以外を口にしたいとは思えなかった。

この一杯に関しては、生産者の顔が見えているのも良くなかっただろう。

悪い意味で喉を唸らせるアニは、酒を一口舐めるに終えたオリアをチラと見る。

その視線に気付き、オリアは持っていた御猪口をアニに差し出した。

「ほら、毒は入ってないよ」

「毒って……お前なぁ。目の前で言う事かよ。向こうも困ってんだろ」

「それは失敬……仕事柄、どうにもそういうのを気にしてしまう性質でね。深い意味はないんだ。気にしないで貰えると助かるな」

「いえ、お構いなく。むしろ、その程度で信頼を頂けるなら楽なものですよ」

明け透けないオリアの発言にアニも青年も眉を下げ――だが、それ以上の事もない。

緩慢に過ぎる、解れたとも言い難い空気の中、アニはオリアに薦められたからという理由だけで御猪口を傾けた。

当然、口を付けるのはオリアに手渡された陶器の方で。

自分の前に置かれたものには手を出さず、オリアの残した二口程の焼酎をペロリと舐める。

「んまい」

健康だなんだと口煩い電脳箱[K-hack]との生活で酒を煽る事はなかったが――酒というものは美味しいものらしい。

冷えた体に熱をもたらす液体の味をしめたアニは、手つかずになっていたもう一つの御猪口にも手を伸ばした。

手の中に収まる器では酒の量も可愛いものとはいえ、寒さを凌ぐのが目的だからだろう。

薄手のジャケットに身を包むアニの頬は、見る見る間に朱を帯びていくのだった。

気を緩ませるアニ――ではなく、その膝に収まる電脳箱[K-hack]を気にするように、オリアは白い飴玉を口に放り込んだ。

「まあ……飲むのは程々にね。じゃないと彼が煩いだろうから」

『Sir.オリア――電脳箱ワタクシを悪者にしないで頂きたいのですが――……?』

「愛故なのは分かっているよ。ただ少し……お手柔らかにと思うだけでね」

煙草を吸わなかったのは、思うところがあり過ぎる(・・・)――からかもしれない。

ヘビースモーカーに片足どころか両足を突っ込んでいるオリアは、焼酎の味にご満悦気味のアニを横に遠くを見る。

しかし、電脳箱[K-hack]の囀りが耳に痛いのはオリアたちだけらしい。

眉を八の字にすれど、にこにこ顔を崩す事のない青年は、やはり笑顔のまま二人と一体の様子を眺めている。

満足気にも見える表情はゆるやかに声を紡ぎ、二人の事をまたあの名(・・・)で呼ぶのだった。

「ゴクウ様方のお口に合ったようで何よりです。酒を造った者たちも喜ぶ事でしょう。食事も……あまり良いものは出せませんが、どうぞ遠慮なく食べて行って下さい」

何を勘違いしているのか。

ゴクウと呼ばれたアニは、空になった器を乱暴に囲炉裏の前に叩きつけた。

割れる程の力ではなかったが、機嫌の悪さだけは伝わった事だろう。

しかして彼はにこやかなまま。

酒の催促をされたとばかりに、小さな陶器に透明な液体を注いでいく。

なみなみと――けれど二口程の焼酎を手に、アニは顔を渋くした。

「……違ーよ!」

「違うとは……ああ、御冷をお望みでしたか?それとも温かい茶を?」

「だから違ぇーっての!さっきからゴクウゴクウって誰と勘違いしてんだよ!?」

声を荒げながらも酒を溢さないのは、美味しいものを無駄にしたくないというアニの良心か。

勢いのまま三杯目の焼酎を煽ったアニは、オリアと電脳箱[K-hack]も抱えてるだろう疑問を青年へと投げつけた。

もっとも、それすら意に介さず、青年は穏やかに口を開く。

「ご説明がまだでしたね」

「あ?」

「私どもは外からいらした御仁ごじんをゴクウ様と呼び、もてなしているのです。古くは御幸ごこう様と呼んでいたそうですが……いつしかゴクウとなまったようです。旅のお方を尊ぶ呼び名故、受け入れて頂けますと幸いです」

穏やかな声が紡ぐのはかつて御幸の音を持っていた名前。

来訪者を指し示すその言葉に、アニは渋い顔のまま首を傾ける。

「だとして……歓迎する意味ねーだろ。こっちが勝手に来てんのによ」

「そのような事はございません。鳥が種を撒くのと同じく。虫が花粉を運ぶのと同じく。外から来たるモノ――それらは我々に富をもたらしてくれるのです。目的が何であれ、ゴクウ様方に気兼ねなく過ごして頂く事が我らの願い。どうか……気を張らずに、ここでの時を楽しんで頂ければと思います」

「ってもなぁ……?」

雪に閉ざされた寒村だけに、娯楽を求めているといった様子か。

控えめな笑みと、下がった眉に押されたアニはチラと視線を落とす。

困った時は電脳箱[K-hack]様々。

助言を仰げば、電脳箱[K-hack]はオリアの顔色を窺いながらも、青白い光を点滅させた。

『Sir.オリアの目的地です――歓待の意を断る必要もないでしょう――それに……いえ――判断はSir.オリアに一任します――それで構いませんね?』

「郷に入っては郷に従え――そう言うしね。それに……アニ。そういうのは口を付ける前に言わないと。勧められたさかずきを取った時点で、選択肢はなくなったも同然なんだからさ」

「はあっ!?今言うかそれ!?」

そして、この地を指定したオリアも、彼らからの歓待を拒む気はないようだ。

まんまと嵌められた事に気付いたアニは、バッとオリアに睨みを利かせるが――頬を上気させるアニに対し、その顔は涼しいもの。

「一つ勉強になったんじゃないかな?」

「……何が勉強だよ、クソッタレ」

「まあ、それくらい疑い深い方が良いだろうけどね。君は少し……物を知らな過ぎるようだから」

「何言ってんだよ?コハクがいんだから問題ねーだろ?」

「…………そうだね。たしかに、それはそうだ」

ささやかな口論の末、オリアは空になった御猪口に酒を注ぐ。

水に流そう――そう告げるかのような眼差しは、水の張った器とアニとを静かに見比べるのだった。

「……」

「……」

流れるのは一瞬の空白。

差し出された一杯を無言で受け取り、アニは四杯目となる焼酎を胃に落とす。

「…………んまい」

これで余計な人間がいなければ、もっと味わい深かったのに――その文句を酒で押し流し、昇りかけた溜飲をぐっと腹の底に抑え込む。

(やっぱ……イイなぁ)

一目惚れというには不思議な感覚。

されど目が離せない紫苑に、アニはぽかぽかと熱を上げる目を細めた。

怪異が絡まなければ、何と楽しい旅行の事か。

酒が回ったのか。

ぼうっとする目でオリアを見つめては、暇を持て余すように焼酎の入った徳利を傾ける。

一度の量は底が知れど、五杯、六杯と積み重なれば――当然、塵も積もらば。

「この悪天候――その原因を調べに来たんだ。聞き込みや施設なんかへの立ち入りを許可して貰えるだろうか?」

「ええ、ええ、構いませんよ。どうぞゴクウ様のお好きになさってください。とはいえ……今日はもう夜中ですからね。旅のお疲れもあるでしょう。まずはゆっくりお休みください」

「それは……夜の調査は駄目という事かな?」

「いえ……明日以降であればご自由に。皆への通達もありますからね。逸る気持ちは分かりますが……ご理解頂きたく」

「こちらこそ無理を言ってすまない。お言葉に甘えさせて貰うよ」

当初の目的のために交渉を始めたオリアをぼんやりと見つめるばかりで、アニの頭からはすっかり怪異の事は抜け落ちていた。

無造作に電脳箱[K-hack]を撫でる手は、それと同じだけ無造作に徳利を振り、暇を持て余すようにその中身を減らしていく。

(邪魔しても、だしなぁ)

呂律が回らなくなっている事に気付かないのは、声を心の中に留めているからだろう。

(いつまで、話してん、だよ)

不服そうに恋敵になりかねない青年をじっと見つめ――アニはふと重たくなってきた瞼をこじ開ける。

「ん?」

いまだ笑顔を崩さない青年。

その背後にも頭上にも、空飛ぶ箱の姿は見えず――正味九杯目の杯を楽しみ、十杯目。

「んん?」

その一飲みを味わおうという直前に、アニは熱を持った頭を傾げた。

「んんん……?」

オリアのせいで鈍っていたが、電脳箱[K-hack]がいるのが普通・・だ。

三人の人間に対し、電脳箱[K-hack]が一体しかいない異常な光景に、アニは上気する頬を手の甲で擦り上げる。

犬か猫が鼻先を拭くかのような仕草で口周りを拭って――瞬きを一つ。

「あれ……?」

ふと見やった青年の体が二つに割れた。

正確には二人に増えたと言うべきか。

「うー……っ!」

「どうされましたか?」

「オリア……コイツ何かおかしいぞ?」

ぼんやりと歪み始めた視界を恐れるように後退りし、助けを求めてオリアを掴む。

だが――その姿もまたぐにゃりと歪み。

「っ……何っで!?」

アニは勢い余って、ぐねぐねと揺れるオリアの手を振り払った。

その反動はアニの体をこそ横に払い――

「んぎゃっ!!??」

薄い座布団を天上に飛ばし上げながら、アニは床に転げ落ちた。

空を舞うのは電脳箱[K-hack]も同じく。

『Sir.アニ――……』

「だから言ったのに。飲み過ぎは良くないって」

遠くに聞こえる呆れの声を耳に、アニはそのまま床に溶けていく。

狭まっていく視界にはオリアの頭に乗っかった電脳箱[K-hack]が映るも――束の間、その姿は暗い闇に飲み込まれた。

(な、に……)

目を開けてられなくなったのかと思ったが、そういうわけではないらしい。

凝らした視界の先に見えたのは、棒を持つ男の姿。

そろりと近付いた男が、布を巻きつけた薪を振りかぶり――アニの焦燥を嘲笑うように、電脳箱[K-hack]の体を叩きつけた。

(やめ……っ!!)

鈍い音が鳴るが、酒に呑まれたアニの体は動かない。

それどころか、黒い箱を叩きとばした棒はオリアの頭にも当たり――目の前でオリアの体が頽れるのだった。

(ッ……オリア!!)

ドサリ……とゆるやかに倒れる様を見つめ、アニは歯を食いしばる。

だが手足は重いまま――声を上げる事すら叶わなかった。

(クソ……ッ)

昨日の今日とも言うべき無力感に苛まれるアニが睨むのは、この状況に悲鳴一つ上げない青年だ。

青年は襲ってきた男と目配せし合い――その果てに静かに立ち上がる。

「久方ぶりのゴクウ様だ。あのお方にも喜んで頂ける事でしょう」

その目は冷たく、それでいて愉快に笑い、倒れた二人を下に見る。


「――急ぎ儀式の準備を」


最後――ぐったりと転がるアニの耳に聞こえたのは、その一言だけだった。

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