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匣ノ中ノ獸  作者: yura.
匣ノ中ノ獸
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Q-T[outside the BOX]

閑話休題

「……――コウジュツ」

和装の男が二本の指で空を切る。

ピッと振り切られた腕は煙を断ち、名を呼ばれた青年は消えゆく(もや)を目で追った。

青々と輝くその目には白金はっきんの五芒星。

星を宿した目は、不吉なもやがたしかに消えるのを見届けてから、時代錯誤のころもをまとう男へと視線を向けた。

「何だよ、テイビのおっさん」

「おっさんではない。私はまだ35――ではなくだ。くだんの話は聞いたか?」

「年齢じゃなくて顔だけど……まあ良いか。何かあったっけ?」

それだけ苦労している――と言えば聞こえは良いだろうか。

年齢の割には老けて見える男――テイビを一瞥いちべつし、青年は小さくちる。


時間は丑三つ時。

場所は閉ざされた深い山の奥。


デートスポットどころか、散歩にだって不釣り合いな山林には獣の気配すらなく。

しかして響かずに消えた声に気付く事なく、老け顔のテイビは、いかにも若者なシャツと細身のボトムに身を包んだコウジュツに一枚の紙を投げつけた。

紙――と言っても、投げられたのはコピー用紙や付箋ふせんといったものではない。

人型にくり抜かれた小さな和紙が真っ直ぐに飛び、青年の手元に辿りついて初めて、蛇腹折(じゃばらお)りの手紙へと姿を変える。

「一字一句確認しておけ」

「っても、やる事は一緒じゃん。内容さえ把握しとけば、問題ないと思うけど?」

「……良いから読め。私はお前の〝ちゃっと〟相手でも〝えーあい〟とやらでもないんだ。人を当てにする前に、まず自分の頭で理解しろ」

「はいはい。テイビのおっさんは頭固いな。そういうとこが〝おっさん〟だって言ってんだけどな」

融通が利かないのも、まして分かってもないのにチャットやAIを例に出すのも、全てが全て年寄り臭い。

無理に若見えしようとするテイビを小声で一蹴いっしゅうし、コウジュツは果たし状めいた紙に目を通した。

「えーっと……?」

今時、この蛇腹便箋じゃばらびんせんを使うのは厳格な場での挨拶くらいではないだろうか。

古臭いその見た目もそうだが、書かれる文字も達筆と言えば聞こえは良い読みにくいもの。

明朝体みんちょうたいやゴシックたいに慣れ親しんだコウジュツは、いやに解読しにくい筆文字を目を細めて読み取っていく。


霊脈れいみゃくに乱れあり――大規模あるいは連続的な怪異・霊現象の発生に注意せよ。原因は調査中――しかして問題の霊脈付近が某財団の私有地のため難航。近隣にいる者は調査ならびに発生に備えるように』


書かれていたのは、要約すればこんなところだ。

未曽有みぞうの危機に備えろ――何とも抽象的な内容に、コウジュツは渡された紙を破り捨てたくなるのだった。

「……いつもと一緒じゃんか」

「どこが一緒だ」

「待機してめっする――規模が大きかろうが小さかろうが、やる事は変わらないと思うけど?」

「……これだから青二才あおにさいは」

しかし、この中身のない通達に、テイビは俄然がぜんやる気を燃やしているらしい。

年長者ぶって諭そうとする姿――否、手柄を立てようと気をはやらす様子に、コウジュツは鼻を鳴らして手紙を放る。

「言っとくけど、オレが主体であんたがサポート。先輩ぶりたいなら、それ相応の態度ってもんがあんじゃない?」

「……何だと?」

「まあ?オレが認める先輩は、後にも先にも一人だけ。おっさんがいくら頑張っても、才能には勝てないし、血筋を変えられるわけでもないんだから……先走るのは止めてよね?」

落下する和紙を挟んで燃える二つの火花。

バチバチと視線が絡み合えば、生意気盛りにも程があるコウジュツに、大人であろうとしたテイビもわなわなと肩を震わせる。

「コウジュツ……!お前の思い上がりは度が過ぎるぞ……!」

勢い余ってうなれば、五芒星が怪しく揺らめいた――ように見えた。

ボッと音を立てて燃えるのは、空を漂う和紙で。

「そういうのはさ、せめてオレより研鑽(けんさん)を積んでから言ってくれる?」

篝火かがりびの作る湯気ごしに、ゆらゆらと揺蕩たゆたう星がテイビの全身をねめつける。

途端、テイビの穴という穴から汗が溢れ――じゃにらまれたかわずの如く。

「っ……!!」

「あのさ……おっさんの介護してる暇があれば、オレ一人で何倍って数の仕事(さば)けるか分かってるわけ?」

「ぐっ……」

「そもそもおっさんがルール破ったのが悪いんだろ。オレだってあんたみたいな問題児――ああ、(ガキ)じゃなくて老害ろうがいか。仕事じゃなきゃ面倒看ないっての」

「ぐぐ……っ!言わせておけば……!」

「言わせておけば――何だよ?単独行動厳禁なんて、まどろっこしい規則に救われてるのは、おっさんの方だろ?オレの相棒気取って、良い気にひたってるだけなんだからさ。甘い蜜吸わせてやってる内は黙っとけよ」

ろくに言い返す事が出来ないまま、テイビはただ冷や汗で衣服を湿らせた。

かつて稀代きだい陰陽師おんみょうじを前にした貴族たちもこんな気持ちだったのだろうか。

拳を握りしめたテイビは、若き天才を相手に嫉妬しっとの炎を激しく燃やす他にない。

(……覚えておけ、コウジュツ)

冷静ぶっても、大人ぶっても、届かぬ才には子供じみた苛立ちが湧くものだ。

劣等感を剥き出しにされたテイビは、半ば逃げるようにきびすを返し――そそくさと山のふもとへと下りていった。

幸いなのは、現地集合な点だろうか。

派手なオープンカーの横、使い込まれたカブにまたがって、テイビは闇の中へと消えていく。

「よくあれで乗れるよな」

一足先に山を下るその姿は、一言で言えば住職じゅうしょくそのもの。

法衣ほうえ袈裟けさという、動き難そうな恰好でバイクをるテイビの背中を、わざわざ遠目に見届けてから、コウジュツも山を下り始めた。

一歩、二歩と足を繰り出し、その傍ら、ポケットから取り出した和紙を空に投げる。

テイビのものとはいくらか様相の違う紙が真っ直ぐに上昇し――

「問題なく完了――っと」

コウジュツが指を曲げるのに呼応して、ハヤブサ顔負けの速度で空を駆けていった。

前触れなく燃えた便箋(びんせん)も、まるで初めから存在しなかったかのよう。

草木に火が燃え移る様子もなく、多様なキノコと山菜が綺麗な顔を出している。

のびのびと育った自然の恵みはどれも大きく、春であれば立派なタケノコも見られた事だろう。


だが――豊富な資源が裏目に出たらしい。

どこぞから招かれざる者が居つき、山の所有者の身に災いが降りかかるようになったのだった。


事の起こりは数週間ほど前。

猪や猿では説明のつかない、尋常じゃない山の荒れよう。

さらには度重なる大怪我に見舞われれば、所有者もただ事ではないと思ったのだろう。

近くの神社に駆け込み、山全体のお祓い(・・・)を願ったのである。

そうして派遣されたのがコウジュツとテイビの二人。


陰陽師おんみょうじ――そう呼ばれる者だった。


陰陽師と聞けば物語の存在。

あるいは過去の遺物と笑う事だろう。

しかし、世の中には怪異や悪霊、呪術といった科学では解決できない事象がたしかに存在し、いつの時代も彼らの力なくしては凶事(きょうじ)に立ち向かう事もままならなかったのが現実なのだ。

今でこそ国が秘密裏に抱えるものとなってしまったが、彼らは長きに渡り血を繋ぎ、陰の功労者として国の栄華に関わってきたのだった。

その実態を知るのは極一部の政治家と、高名な神職者のみ。

山に巣食う物ノ怪(もののけ)を見た神主かんぬしは、自らの手には負えないと判断し、陰陽省おんみょうしょう――いつしかそう名付けられた彼らに助力を願ったのである。

もしこれが、獣の仕業だと断定して自分で突き進んだり、猟師なんてものを呼んだりしていたなら、それはもうむごたらしい事件になっていた事だろう。

山の所有者と神主――二人の賢明な選択によって、事件は最小の被害だけで幕を閉じるに至ったのだった。

一仕事を終えたコウジュツは軽い足取りで山を抜け、(ふもと)に停めていた車の前で()を止める。


「〝財団B-O-X(ビー・オー・エックス)〟――通称BOX(ボックス)財団か」


ふと思い出したのは、燃やした紙面に書かれていた名前。

ただの略称なのか、本当にボックスに関係する財団なのか。

何かが引っ掛かったコウジュツは、ボトムの後ろポケットに突っ込んでいた電子パネルを取り出し、財団についての情報を漁り出した。

読む気も失せる四角四面の会社概要に始まり、綺麗事だけを並べた創設者メッセージに、中身の伴ってない活動報告。

やはり綺麗な言葉だけを選んだ理念には〝人々のよりよい生活・人生設計のため、科学の力を用いて、不可解とされる現象や事物の解明する事を第一に掲げています〟――などと書かれ、コウジュツは思わず眉間に(しわ)を寄せるのだった。

胡散臭(うさんくせ)ぇ)

財団のHPホームページがあるだけ、まだマトモな組織と言えるのかもしれないが、そのどれもが薄っぺらいハリボテばかり。

違う用途に金を使っているのか、不正に金や人を集めているのか。

霊的でないにせよ、裏がありそうなのはたしかだろう。

(……っても、ただの人間がどうこう出来る問題じゃない。コイツらが原因なら、少なからず同業者がいるはず。もしくは……か)

電源を落としたパネルをオープンカーのダッシュボードに滑らせ、コウジュツは考える。

同業者――陰陽省(おんみょうしょう)と同じく正式に組織だった陰陽師や霊媒師(れいばいし)が関係しているならまだ良い。

多少胡散臭くても、よほどの事ではない限り、馬鹿をする者はいないはずだ。

だが同業者でも、たもとわかった連中なら話は違う。

所謂いわゆる、異教徒や邪教(じゃきょう)と同じ。

自分たちこそ正義とのたまう彼らは極端な選民思考の持ち主であり、力持つ者が主体の世界を創ろうと画策かくさくしているという。

それならそれで叩き潰すだけなのだが――1番厄介なのはもう一つ。


無自覚な才覚者さいかくしゃの存在だ。


それは突発的に生まれ落ちる異端児。

御霊みたまを呼び寄せる者。

それと知らず呪いを振り撒く者。

神にさえ愛される魂を持つ者。

怪奇現象や霊現象に(ゆかり)なく育った者の中には、稀に自らの能力に気付かないまま生きる者もいるのである。

無自覚にもたらされる影響は小さく――けれど、絶対に無視の出来ないもの。

水の溢れる最後の一滴であり、真理を開く鍵であり、バタフライ効果にもなり得るその存在を軽視して良かった試しは一つもない。

悶々(もんもん)と思考を巡らせ――しかし情報がないまま、うだうだ言っても仕方のない事だ。

コウジュツは頭を切り替え、電子パネルに遅れて自らも車に乗り込んだ。

外車のため、空いているのは右側。

荷物の乗ったそこに誰かが座る事はなく、随分と寂れてしまったかのような座席にそっと視線を向ける。

余計な事を考えたついでに思い出したのは、もう会う事のない相手の顔だった。

「……今、何してるんですか?」

当然、問いかけたところで答えはない。

電子パネルにメッセージが届く事も、無駄に煩い着信音が鳴る事もなく――コウジュツは遣る瀬無く目を伏せた。

「まあ……普通に暮らしてるなら良いんですけどね。あなたの願った普通ってものを手に入れたなら、オレはそれで良いですよ。あんまり幸せそうなら……ちょっとムカつきますけど」

溢した言葉は呪いの如く。

自らに言い聞かせるためだけの言葉を紡いでから、コウジュツは二人乗りの車を発進させる。

きっと、後にも先にもこの座席に座るのは、その人だけなのだろう。

だが何も知らない一般人と、影に生きる陰陽師とでは相容れない。

まして陰陽省なんてものに利用されて欲しくもない。

(二度と会わずに済みますように)

会ってしまえば覚悟が揺らぐ。

笑って見送った相手に思いを馳せ、コウジュツもまた静かな闇の中に溶けていくのだった。




それから幾許。

彼らの注視も警戒も虚しく、世には混沌が溢れ出す。


人はそれを―――――……と呼んだ

オープンカーさん再登場。

次回6/21にcase.4開始予定。評価等々頂けましたら嬉しいです!



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