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匣ノ中ノ獸  作者: yura.
匣ノ中ノ獸
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case.3「BOX the B-om」(01)

オリアとの連絡を絶って数日。

自ら絶縁を申し出たにも関わらず、アニはどうしてか気が休まらずにいた。

ここは狭いなりにも居心地の良い自室で、今日は仕事も休みだというのに気持ちは落ち着かず、つい正方形の室内をぐるぐる、ぐるぐると回ってしまう。

最初こそ電脳箱[K-hack]も〝どうしたのですか?〟やら〝埃が立ちます〟やら小言を漏らしていたが、アニの耳に自分の声が届いていない事を悟ったのだろう。

言われるまでもなく休止状態(スリープモード)に入り、そそっかしい主人が落ち着くのを待つ事にしたのだった。

止める者を失ったアニは部屋の四隅を回り続け――その果てにあちこちが禿げてきたソファへと転がり込む。

電脳箱[K-hack]は静かなまま。

届かぬメッセージを待つように、釈然としない面持ちで天井を仰ぐ。

思えばなのか、ここにきてなのか。

アニが知ったのは、電脳箱[K-hack]を持たないオリアに連絡する方法がないという事だ。

以前訪れた研究室に置かれた機材の数々。

あれを見るに向こうは何らかのアクセス手段を持っているようだが、電脳箱[K-hack]にも逆探知する事は出来ないらしい。

啖呵を切った手前、のこのこ顔を出してにいく気にもなれず、アニはどうにも矛盾する感情を抱えたままごろりと身を捩じった。

「…………」

今頃オリアは何をしているのか。

気付けばアニの頭にはオリアがひょこりと顔を出し、長い長いため息を誘発するのだった。

「…………はあー……」

とはいえ、オリアが何をしているかなんて事は考えずとも分かる事だ。

大方、怪異とやらを探して変な物を配達して貰ったり、変な場所に運んで貰ったりしているわけで――けれど、そこに居るのは自分じゃない。

その至極当たり前の事実に、アニは悶々と頭を悩ませる。

「………………」

今頃――今頃、見ず知らずの相手を出迎えているのか。

どこの馬の骨ともしれない相手の助手席に座っているのか。

誰彼構わず意味の分からない出来事に巻き込んで――その首に自らの命を預けているのか。

「…………んぐぐぐ……」

考えれば考えるほどドツボに嵌っていく感覚の名をいざ知らず。

底の見えない沼に片足どころか半身をドップリと浸けたアニは、居ても経っても居られず喉を唸らせる。

舞い込んで来る仕事をこなしても、頭に浮かぶのはオリアの事ばかり。

倉庫に荷物を運んでくれと、数箱分のダンボールを抱えたり。

実家に帰るのに車を出して欲しいという人を送迎したり。

手が離せないからと、生意気盛りの子供を親の代わりに託児所まで迎えに行ったり。

数週間前にどこぞに落とした物を拾ってこいなどと無理難題を吹っ掛けられたり。

事前に打診のあったものから急務まで――いつもと同じ、あるいはそれ以上の仕事を忙しくこなしても、あの男の事が頭を離れてくれなかった。

(……俺が良いとか言ったくせに)

アニじゃなきゃ駄目――などとは一言も言ってないのはさておき、念願叶って怪異に遭遇出来たのは、自分がいたからではなかったのか。

怪異になど巻き込まれたくもないくせに、アニは苛立ちを腹の中に渦巻かせてしまう。

(あ……?けど違うのか……?)

だがしかし、果たして本当にそうだったのか。

だらしなく四肢を投げ出したアニは、白い電灯が乱れなく光るのを見つめながら頭を傾ぐ。

気持ち悪いくらい鮮明に蘇るのは、ワギリ――オリアが〝宝食の箱〟と呼んだ怪異の〝宝食の箱〟が放ったあの言葉。


『お前の心臓を飾らば――そうだ。そこの犬畜生のやうに、餌が群がりよる』


それはまるで、オリアこそが怪異を呼び寄せているかのような物言いである。

(俺はカイイじゃねーけどよ)

異装[I-sow]のせいで同類か何かと勘違いされたのか。

ただ単にオリアに引き寄せられた事を揶揄されたのか。

そこまでの事は分からないが、もしも前提が違うなら――足りないなりに頭をこねくり回したアニは、ムクリと上体を持ち上げソファの上で胡坐をかく。


もし――もしもだ。

オリアが怪異を呼び寄せているのなら、それこそ自分が守ってあげなくてはいけないのではないか。


それはもはや、ただの口実だろう。

だがどこか足りないアニの頭は、懸命に導き出したその答えに傾倒したい気持ちを膨らませる。

もっとも、弾き出した(かい)は望まれるものなのか。

「…………」

電池やら懐中電灯やらビニール紐やら。

日用品が所狭しに詰まった背の低い戸棚の上で沈黙する電脳箱[K-hack]をあえて視界には入れず、アニはまたソファへと寝転がる。

(……――なんで、んな面倒な事しないといけねーんだよ)

そもそも電脳箱[K-hack]も介さず悩むこと自体がおかしいのだ。

オリアに毒されているのだと嘆息し、アニは浮かんだ答えを自ら否定する。

電脳箱[K-hack]に従っていればそれで幸福なのに、むざむざその平穏を手放す意味はどこにもない。

(寝るか)

白い天上をぼんやりと見つめ、自ずと巡ろうとする思考を手放すべく、真紅の目をゆっくりと閉じる。

その時、真っ黒に沈黙していた電脳箱[K-hack]が、目を見開くように光を灯した。

『メッセージを確認――再生します』

「!!」

突如鳴り響いた電脳箱[K-hack]の声に、アニは閉じかけた目をパチリと開ける。

(オリア……ッ)

仕事の依頼ならば最初からそう告げるはずだ。

ろくな交流関係を続けていないアニに個人的な連絡を取る相手もそうそうなく、今このタイミングでメッセージを送ってくるのはオリアくらいしか考え付かない。

今まで通り電脳箱[K-hack]に従って生きる――その意思を呆気なく放り投げ、アニはガバリと身を起こした。

ピカピカと明滅する手の平サイズの箱に一心に見つめ――

『――覚えてますか、カケイです』

いくらかノイズの混じった女の声に、アニはピンと伸びた背筋をぐらりと傾ける。

「カケイって……」

『先日はワギリ様を見つけて下さりありがとうございました。あの後、恙なく相続などの処理が済みましたので、延期をお願いしていた振り込みを完了させました。お礼とお詫びとして当初の倍の額を振り込んでいます。ご確認ください』

カケイ――それはつい先日、オリアと共に訪れた第三十九地区。

海岸一帯を保有する地主ワギリと、その皮を被っていた怪異〝宝食の箱〟の怪事件で出会った娘だ。

録音されただろう音声はアニのぼやきを掻き消し、電脳箱[K-hack]の体を借りて半ば事務的に事の次第を告げていく。

『コハクにお願いしても良かったのですが、ぜひ直接お礼をお伝えできればと思い、自らメッセージを送らせて頂いております。つきまして……Sir.アニ。新たな仕事を依頼しても宜しいでしょうか?』

予想外というよりは期待外れか。

目に見えて項垂れるアニだったが、カケイの声に潰れていった体を元に戻す。

仕事の依頼となれば話は別だ。

一息吐く音が聞こえる間に、アニはのそりと立ち上がった。

あの土地とコンテナ屋敷――更には花卉栽培まで引き継いだとなれば、それこそ色々と要り様だろう。

やっかみが完全に消えたわけではないが、仕事にそれなりの生き甲斐を感じるアニは続く言葉に耳を澄ます。

『第六十九地区に私の生家があります。そこに荷物を運んで欲しいのです。お受けいただけるのであればご連絡ください。お返事お待ちしております――……――との事――ワタクシは依頼受託を推奨――問題なければ了承の旨をお伝え――日程を調整します』

荷物の配達――その依頼を告げ終えると、電子音の混じったカケイの声はプツンと途切れた。

入れ替わりに電脳箱[K-hack]の音声へと切り替わり、アニは何の疑いも持たずに電脳箱[K-hack]の問いに首肯する。

電脳箱[K-hack]が肯と言うのだから、その判断に間違いはない。

当たり前の事を当たり前にやり過ごし――アニはまたオリアの事を思い起こした。

(アイツは来ねーんだろうな)

自分でさえ連絡先を知らないオリアだ。

カケイがその手段を持っているとも思えず、アニは手持無沙汰に電脳箱[K-hack]を撫でる。


一瞬――一瞬期待してしまったが、やはり今まで通りに生きるのが正しい道なのだろう。


来るわけもない一報を受け入れ、アニはつい忘れそうになっていた元通りの生活に戻っていくのだった。

『Sir.アニ――新しい依頼です』

「おう」

何も考えず、余計な事は言わず、電脳箱[K-hack]には逆らわず。

『Sir.アニ――月々の支払は完了――前月との差額は――……』

「んー……余裕あるし服でも買うか?」

『ジャケットの新調ならびに冬物の追加を推奨――セール中の店舗を検索します』

一日、二日、三日――と、無為な日々を過ごし、また数日。

お眼鏡に適うジャケットは見つけられないまま――アニは電脳箱[K-hack]の案内に従って、潮汚れを綺麗に拭き取ったオンボロの車を走らせた。


目指すはカケイの生まれ故郷――第六十九地区。


海沿いに北上した第三十九地区。

怪異〝宝食の箱〟と邂逅したその海岸を越え、更に数時間を北に上った先にその場所はひっそりと佇んでいる。

アニの暮らす第九地区は、中心地店[S-pot C(サポートセンター)]に程近い栄えた場所だが、第六十九地区までくると田舎の風情が強くなってくるらしい。

海然り、山然り、自然ばかりが広がり、積み重なる箱よりも景観の方が目に飛び込んで来るようになるのだった。

その大自然を横目に――

『Sir.アニ――間もなく目的地です』

「案内ご苦労さん」

アニはあと少しだと気合を入れてアクセルを踏む。

中ほどの地区で車中泊をし、疲れもほどほど。

配達が終わったら、ゆっくり休んでから帰ろうと、車内を埋める荷物を見やる。

恐らくワギリの所有物なのだろう。

服やら雑貨やら、変哲のないあれこれの詰まったダンボールが後部座席に、そしてワギリが大切にしていたという奇妙な置物の入った木製の箱が助手席に座っていた。

「これ……大丈夫だよな?」

『大丈夫――とは?』

「あー……いや、何でもねぇ」

奇妙な置物――これはワギリのコンテナ屋敷に眠っていた収集品の一つらしい。

干物ひものなのか、そういう木彫りなのか。

茶色のそれは人の上半身に魚の尾ビレが付いているような様相で――アニはどうしてもオリアの事を思い出してしまう。

(ニン……キーだったか?何かそんなこと言ってたよな)

海から女の歌声が聞こえたら海に引きずり込まれる――アニの頭には珍妙なお伽話とぎばなしを語るオリアの声が蘇る。

人魚とセルキーが混ざっているのはさておき、ついでのように思い出されるのは最初に出会った怪異〝災いの箱〟のこと。

あの時も助手席に乗せていた箱が得体の知れないものを噴き出し――ゾワリと悪寒の奔ったアニは、思わずといった風にアクセルを踏む力を強めた。

(……流石に二度はねーだろ)

いくら何でも同じ展開があるわけがない。

嫌な予感に囚われつつ、アニは(かぶり)を振って残る道を進んでいく。

そうして辿り着いたカケイの生家。

荷物を運びこんだ、例に漏れずコンテナ状の家屋かおくでアニは――

「娘から話は聞いてます。遠いところありがとうございました」

「それでなんですが、その置物……ワギリさんが勝手に持ち出したものでして。依頼という形にしますので、元の場所に戻してきて頂けないでしょうか……?」

荷物を受け取ったカケイの両親に、新たな仕事を頼まれる事になる。

二人は二人で電脳箱[K-hack]にそういう指示を受けているのだろう。

『Sir.アニ――受託しましょう』

「まー……そうなるよな」

アニの持つ電脳箱[K-hack]も宙に浮いたまま体を揺らし、アニは気味の悪い置物の入った木箱を渋々ながら受け取り直した。

『湖ノ小屋ニアッタモノデス――場所ハソチラノ電脳箱(ワタクシ)ニ同期シテオキマス――足場ガ悪イノデオ気ヲツケテ』

父親と母親どちらのものかはいざ知らず。

向こうの電脳箱[K-hack]の口ぶりからするに、このまま持って行けという事なのだろう。

示し合わせるように、カケイに似た黒髪黒目の両親も口添えする。

「地図があるので大丈夫だとは思いますが……ここから北の林を行った場所に湖があります。そこに小屋がありまして。もうずっと誰も暮らしてないものですから、所有の程も怪しく……」

「ワギリ様もそれを良い事に中のものを持ち出したのでしょう。ですが在るべきモノは在るべき場所に……。この像もあの小屋と共に生き、滅びるのが一番かと……」

ていよくいらないものを処分したい――そう取れなくもないが、有無を言わさぬ雰囲気に、アニは木箱を手に回れ右をする。

この置物を捨ててこない限りには、御相伴おしょうばんにも預かれないだろう。

「ではお願いします」

「……おう」

きびすを返したアニには、木箱を脇に湖に繋がる藪を踏み抜くしか選択肢がなかった。

旅の道連れは、ふよふよ浮かぶ電脳箱[K-hack]だけ。

浮いているだけに余裕なのだろう。

(クソッ!擦りむいた……!)

疲れを見せないどころか、怪我一つしない電脳箱[K-hack]を横目に、車の入れない険しい獣道をザクザクと突き進み――一時間もしない内に、アニは森と見紛う林に囲まれた湖へと躍り出る。

深い緑とは裏腹に、青い空と青い水面が広がれば、そこはもう別世界同然だ。

「ここだよな?」

『はい――あそこに見える小屋のようです――倒壊に気を付けてください』

その湖畔はあまりに広大で、ともすれば海のそれだろう。

海岸にしか見えない水辺を歩きながら、ポツンと佇む古びた廃屋を目指し進んでいく。

鳥の鳴き声と砂を踏みしめる音ばかりが響く中に華を添えるのは、大自然には似つかわしい電子音で。

『昔々の話です――南から流れ着いた青年がこの小屋に住み着いたのですが――その人はいつも恋煩うように湖を眺めていたそうです』

「ふーん」

『青年の手には恋人が残しただろう化粧箱が一つ――やがて彼は美しい娘と結ばれ――その化粧箱を湖に投げ捨てたそうです――それがこの湖の名――〝堆珠湖ついじゅこ〟の由来と聞いています』

電脳箱[K-hack]は目の前に広がる大きな湖――堆珠湖ついじゅこにまつわる蘊蓄うんちくを朗々と披露ひろうする。

『化粧箱は嫁入り道具の一つ――つまりは(たから)の入った箱が湖底に沈み(たい)――要するに丘ですね――うずたかくなった事になぞらえ〝堆珠湖ついじゅこ〟の名が付いたとか――化粧箱を探し求めた人もいたようですが見つからず――今はもう電脳箱ワタクシたちが覚えているだけの記録――……』

「なんつーか、アイツの好きそうな話だな」

『それは――どうでしょう?Sir.オリアは現実的な話にあまり興味はない様子――対して〝堆珠湖ついじゅこ〟の謂れは現実にあった事です――夢追い人の興味を惹くようには思えません』

「……オリアとは言ってねーよ」

『そうでしたか――それは失礼しました』

胡散臭いというべきか。

曰くがついてそうというべきか。

何とも怪異に紐づきそうな記録に、アニはオリアの件もあって眉を寄せる。

(別に……会いたいわけでもねーし)

引っ込みがつかなくなっている――と言えばそれまでのこと。

アニは心の中で鼻を鳴らし、やっとの事で辿り着いた小屋に手を伸ばした。

真四角のそこは、倉庫ないし蔵といったおもむきか。

乾いて塗装の禿げた木の扉に手を伸ばし――アニはスンと鼻をひくつかせる。

「…………」

鼻が良い自負はあるが、この匂い――何かがこの小屋にいるのは確実だろう。

獣か盗人か。

アニが異変を感じ取った事に気付いたのか、電脳箱[K-hack]も光を減らし、意気揚々と昔話を論じていた口を噤んだ。

小屋のものが盗まれたからと問題になるような状況ではないが――相手が過激な人間や獰猛な獣だった場合にはリスクが大きい。

「…………」

『…………』

一人と一体は顔を見合わせ、音を立てないように朽ちかけた引き戸を開く。

扉を掴む逆の手では異装[I-sow(イソウ)]に触れながら、アニはそっと真四角の箱(ブラックボックス)の中を覗き込んだ。

小屋の中央に設けられた囲炉裏に、ささやかな火が灯る様子が見えれば――

「……――んで、いんだよ」

アニの目には、薄暗い室内を照らす赤を反射する菫色がぼんやりと映り込む。

それはもう見る事もないと思っていた色。

もう会う事もないと思っていた顔。

「おや、奇遇だね――アニ」

「奇遇って……はあぁー……っ。何でテメーがここにいんだよ……」

目の前に現れたオリアに、アニは困惑と微かな喜び――何よりそれを大いに覆う嫌な予感とが混じったため息を吐き出す他になかった。

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