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第一章「桜吹雪」

 人生というのは、思い通りにいかない、困難の連続です。私はこのことを大口で語れるような人生を歩んではいないのですが、少なくともそういったことは事実と言えます。そして、この物語の主人公・樹にとっても、夏海と過ごした十年は、悲劇の連続でした。突然ですが、私は読者の皆さんに、この話を他人事と思って、読んでもらいたくないのです。この話は、誰にでも起こりうる話です。再三言いますが、この話を他人事を思って見ないでください。この物語を見終わった後に、少しでも、彼らに寄り添ってくれたら、根強く生きようと思ってくれたら、この物語を書いた意味があると思います。

プロローグ


「最後に君に、一つ言っても良いかな?」

 弱々しい声で彼女は僕に聞いた。

「良いよ」

「満月の夜、あの桜の木に来て。」

「え、どうして?」

 僕の問いかけに彼女の返答はなかった。


 心電図から甲高い、うるさい音が鳴る。まるでこの世界の終焉のように。

「ご臨終です。」

 医師はただ、残酷に、現実を突きつけるような言葉を、言った。僕はただ、唖然と、周囲の時間が止まったような感覚だった。心を抉るような苦しみは、その後、突然だった。家族でもない彼女の何が、僕をそう思わせたのだろう。彼女がいた日々が蘇ってくる。


ーーー彼女との出会いは、確か、十年前だった。


第一章「桜吹雪」


 彼女と出逢った日は、少し、肌寒い日だった。


 二〇一〇年四月九日、年度始めの日、僕は寒さにも負けない、暖かな日の光を浴びながら、学校へと向かう。通いなれた道の途中にある分岐には、今年も、ピンク色に染められた桜の木が見える。そして、桜の花が風にのって舞い、道を華やかにしている。そんな景色に、僕は毎年、心を動かされていた。

 学校に着き、児童が騒いでいる校庭に入る。数十メートル手前でも「〇〇ちゃんと一緒だ〜!」とか、「うわ、こいつ一緒かよ…」とかいうどうでもいい声が聞こえる。僕は素早く前担任からクラス分けの紙をもらい、自分のクラスを確認し、四年一組の教室へ、足早に向かう。友人など一人もいなかった僕は、誰がいるかなんて詳しく見ていない。だが、一つ見ない名があった。


渡辺夏海わたなべなつみ


 おそらく、転校生などそんなところだろうと思った。しかし、なぜだろう。見たことも、会ったこともないこの人の名前に、なぜ、ここまで心を動かされ、胸を締め付けられるのだろう。少し、この人に興味を持ったのは、この時だった。


 ガヤガヤとうるさい教室内。僕は窓側の席で、六割ほど読んだ小説を読む。すると間もなく、今年度の始まりを告げる鐘が鳴り、優しそうな教師が入ってきた。今年度の担任だ。

「皆さん、おはようございます。今年度、四年一組の担任となりました。水原祐介です。宜しくお願いします。」

「よろしくおねがいしまーす!」

 児童は口をあわせ、活気良い声で言う。水原は優しい先生と評判で、生徒の間でも人気の教師だ。

「今回、僕が皆さんの学年を担当するのは初めてですが、もう一人、皆さんと初めて合う方がいます。」

 誰か分かった。あの人だ。

「渡辺さん、入って!」

 水原が手早く黒板に名前を書く(渡辺夏海)。やはり彼女だった。そして教室に、静かそうな長髪の女の子が入ってきた。

「じゃあ渡辺さん、みんなに自己紹介してもらっても良いかな?」

「はい、分かりました。」

 小さな、だが聞き取れるしっかりとした声で彼女は話した。

「渡辺夏海です。三年間、宜しくお願いします。」

「皆さん、仲良くしてあげてくださいね。じゃあ、渡辺さん、そちらの席に。」

 彼女の物静かな感じ、声、話し方に、僕は思わずドキッとした。恋愛系の小説を見ていた僕は、このときの自分の感情が、いわゆる「恋」であることに気づいた。その後の朝の会の時間はほぼ覚えてない。気づいたら、彼女のことばかり見てしまっていた。彼女のことを想像してしまっていた。一目惚れの恐ろしさを知る。


 朝の会が終わって、彼女に話しかけたいとも思ったが、そんな勇気、僕にはなかった。いつもどおり、僕は席で小説の続きを読んだ。

 初日だったため、その日は午前授業だった。配布物などが配られ、あっという間に帰りの会となった。帰りの会も終わって、僕はいつものように帰ろうとした。しかし、帰ろうとする僕の背後から、思いがけない声が聞こえた。


ーーー佐藤くん!


 小さな、だが聞き取れるしっかりとした声は、僕の心臓を射抜いた。僕は信じられないくらい衝撃を受けた。なんで彼女が、どうして?困惑だけだった。だが、こんな姿は見せられないと思い、落ち着いて、彼女の方に振り返り、言った。

「どうしたの?」

 彼女を見るだけで、僕は射抜かれた心臓が爆発して死にそうだった。

「今日一緒に帰っても良い?」

 なぜこんな僕と帰りたいのか、よく理解できなかったが、彼女と話せる良い機会だと思い、ドキドキしたまま、返答した。

「全然良いよ!」

「ありがとう!」

 こうして、僕は彼女と帰ることになった。こんなこと、小学校に入って初めてだった。靴を履き替え、正門を出る。すると、早速彼女が話しかけてきた。

「樹くん!」

「何?」

「樹くんはさ、本が好きなの?」

「そうだよ。」

「あ、やっぱりそうなんだね!ずっと本を読んでいるから。」

「じゃあさ、渡辺さんは本好き?」

「私も、本好きだよ!」

「そうなんだね!最近読んでる本とかある?」

「私はね、最近「満月の夜」ていう本を読んでるの!すごい面白いから、今度読んでみな!」

 僕は心の中で、なぜだろう、全然友達と会話なんてしたことなかったのに、すごい楽しいし話せてる、そう思った。コミュ障の僕は、会話で変にぎこちなくなってしまう。なぜか、彼女ではそうはならなかった。気づけば僕は、彼女と意気投合していた。そして、彼女と道が分かれる分岐まで来ていた。


「じゃあ樹くん、私はここで。」

「ありがとう、とても楽しかったよ!」

「突然だけど樹くん、私と友達になってくれない?君と話してると、すごい楽しいんだ!」

「もちろん、僕も渡辺さんと話してるととても楽しい!」

「良かった!じゃあ、また明日ね!」

「また明日!」

 この瞬間、僕は初めての友達ができた。それも、僕が惚れてしまった人だった。彼女と話して、僕は彼女がもっと好きになってしまった。まだ一日だが、彼女のことをもっと知りたい、そう思えた。

 こうして、彼女と別れた。まだ肌寒い中、桜の木から桜の花びらが散っている様子は、本当に桜吹雪だった。帰り道、僕は、自分は幸運だ、そう思い、神様に感謝した。そして同時に、今までで一番楽しい帰り道だったと思った。明日から、学校に行くのが楽しみだ。


 僕の一人だった学校生活が今、変わろうとしているのかもしれない。



第一章「桜吹雪」 完

読んでいただきありがとうございました。次章もぜひ、宜しくお願いいたします。(なるべく投稿が長くならないように努力します!)                                 太郎

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