おかげ犬
最初はちょっとした買い物から始まった。
うだるような暑い日の午後。どうしても外へ出るのが億劫だった俺はソファに寝っ転がったまま、トイレットペーパーを買ってこいよとコロに命令した。もちろんそれは冗談だったし、いくらコロが他の犬と比べて賢いからと言って、人間のようにお使いなんてできるわけないと思っていた。
しかし、お使いを命じられたコロは不思議そうに俺を見つめ返した後で、机の上に偶然置いていた1000円札を咥え、外へと飛び出していった。まさかなと思いながらも、そのまま30分ほど部屋でゴロゴロしていると、コロが近所のドラッグストアで買ってきたトイレットペーパーを器用に口で引き摺りながら戻ってきた。
トイレットペーパーにはきちんとお店のシールが貼られており、決して盗んできたものではない。また、店員が気を利かせたのか、コロの首には小さな巾着袋がかけられていて、中にはレシートとお釣りが入れられている。俺は驚きながらも俺の代わりに買い物に行ってくれたコロを褒めると、コロはどこか得意そうな表情を浮かべるのだった。
そして、元々面倒くさがりで怠惰な性格の俺は、主人に褒められて尻尾を振るコロを見て、ふと考える。買い物ができるのであれば他にも色々できるんじゃないのか、と。
そこから俺は、コロが何をどこまでできるのかを試し始めた。簡単な買い物は難なくクリア。また、俺が不在時の郵便物の受け取りも、玄関に出て荷物を受け取るだけなのでそこまで難しい話ではなかった。その他にも、部屋の掃除やゴミ出し、コンビニでの公共料金の支払い。もちろんコロは人間ではなく犬だから、初めは俺がきちんと隣について、一つずつやり方を教えてあげる必要があった。だが、コロはかなり飲み込みが早く、一度手取り足取り教えてあげさえすれば、それ以降はコロ一匹でも難なく作業をこなすことができた。
俺は考えつくあらゆる面倒ごとをコロにやってもらうようにした。そして今まで何年もタダで飯を食わせてやっていたんだと思わせると、コロに色んな面倒ごとを押し付けていることに罪悪感もあまり感じない。コロが俺の代わりにやってくれることが増え、それと比例して、俺のやることは減っていった。空いた時間は大体、ソファに寝っ転がってソシャゲをするくらいで、時間は有り余っていたはいたものの、それでも、もっと楽したいという気持ちが消えることはなかった。
「なあ、コロ。俺の代わりに散歩してくれないかな?」
一日二回の散歩すら面倒になっていたある日、俺はソファに寝っ転がりながらコロにそう言った。コロは少しだけ悲しそうな表情で俺をじっと見つめ、それから首輪のリールがある場所へと走って向かった。そして、散歩用の首輪とリードを咥えて持ってくると、コロは器用に俺の首に首輪とリードをはめ、ソファの上でゴロゴロしていた俺を家の外へと引っ張り出してくれた。
首輪とリードをつけられた状態で、俺はコロの後ろをついていく。自分から動かないだけで、なんて楽ちんなんだろう。俺は感動を覚えながらコロと散歩を続けた。味を占めた俺は結局その日から、コロの散歩も俺の代わりにコロにやってもらうようにした。
『来月より、ペットへのマイクロチップ装着が義務化されます。飼い主は数年以内にペットへの装着を行う必要があり、これを怠った場合には罰金が課せられます』
いつものようにソシャゲをしていた俺は、テレビで偶然流れたニュースを見て、うんざりした気持ちになった。知らぬ存ぜずで今日まで来てきていたが、無視していたら罰金を支払うことになるのであれば話は別だ。俺は色んな手続きのことを考えると、その煩雑さにため息をついてしまう。しかし、ふと洗濯物を取り込んでいるコロの姿を見ると、ひょっとしたらこれもコロにやってもらえるんじゃないかという考えが浮かんできた。
実際、コロは俺の代わりに、行政手続きや動物病院への予約、ありとあらゆる面倒な手続きを俺の代わりにやってくれた。そして、予約日当日。俺とコロは近所の動物病院を訪れ、俺の尻にマイクロチップを埋めてもらうことができた。
「これで高塚さんが迷子になっても、大丈夫ですね」
獣医がコロにそう語りかけると、コロはワンと一言返事をして、頭を下げる。そんなコロの姿を見て、俺はコロの飼い主で本当によかったと心から思った。他の家の犬ではこんなしっかりしていないし、俺の代わりになんでもやってくれるわけでもない。コロのおかげで俺は随分と楽ができるようになったし、好きなだけスマホのソシャゲに時間を費やすことができる。
コロは俺が思っていた何倍も賢かったし、気が利く素晴らしい犬だった。最初の頃はきちんと俺からお願いしなくちゃコロは動いてくれなかったが、最近は先回りをして、俺の代わりに動いてくれるようになっていた。俺が言わなくても、色んな面倒な行政手続きをしてくれるようになったし、元々サボりがちだった仕事も俺の代わりに行ってくれるようになった。友達付き合いや同窓会だって俺の代わりに出席してくれるようになったし、実家への帰省や面倒な彼女の相手だって俺の代わりにやってくれた。
そしてある日。いつものようにソファで寝落ちしていた俺が目を開けると、さっきまで右手で握りしめていたスマホがなくなっていることに気がついた。俺は起き上がるのも面倒だったので、首だけ動かして辺りを見渡すと、俺のスマホを前足で器用に操作しているコロの姿を見つけた。俺が目を凝らしてスマホの画面を確認してみると、コロは寝落ちしている俺の代わりに、ソシャゲのイベント周回をやってくれていた。
これでもう俺がやることはすべて、コロにやってもらえるようになった。俺は満足げな気持ちのまま、再び目を閉じた。正直、スマホのソシャゲだって、やることがないから仕方なくやっているという側面がなかったわけではない。だからこそ、半ば作業と化していたソシャゲも、コロが俺の代わりにやってくれるのであればそれはそれで喜ばしいことだった。
それからというもの、俺はソファの上で寝るか、飯を食べるかの日々を送るようになった。ご飯は毎日3食コロがドッグフードを用意してくれたし、トイレだって、散歩のついでに道端でやればきちんと後処理してくれた。元々できるのであればずっと寝ていたいという性格の人間だったから、何もやらなくなっても、退屈さは感じなかったし、ある意味こうしている時の方がずっと自分らしい毎日を送っているような気がした。
ずっとこうしてコロに世話を焼いてもらう生活が続いていけば良い。俺は心の底からそう思いながら、今日もソファの上で眠りにつく。五年後、十年後、もしコロがいなくなってしまったらどうなるだろうという疑問がふと頭に思い浮かんだけれど、まあ、それも俺の代わりにコロが考えてくれると思う。




