二代目エレメンタルマスターって呼んでいいよ?
「まりりん殿ーッ! 待って下されーッ!」
どすどすどすっと鈍く地を駆けてくる音とともに、トンさんが息を切らして、私に追い付いてきた。
「ごめんね、トンさん。討伐クエスト全部受けるなんて絶対許してくれないから、奪い取って逃げるしかなかったんだ。ってかミルフィさん、追ってきてないよね?」
トンさんは膝に手をついて、呼吸を整えてから言った。
「冒険者ギルドを出たあたりで諦めたようで、追っては来ておりません」
追ってきたのはトンさんただ一人だ。
黒朝の団は三人パーティーである。
「レイジィは?」
「パーティーには入ってやったがクエストに参加するつもりはねぇ、とのことであります」
「そう。オッケ、まあいいよ」
私にも良心ってもんはある。
討伐クエストは、下手をすれば命を落とす。さすがにそれは強制できない。
パーティーに入ってくれただけで十分だ。
しかしレイジィの奴、私達がクエストしてる間、何して過ごすつもりだ?
けっこう時間かかると思うんだけどな。無一文だし、泊まっていた宿には戻れないだろう。暇なら一緒に来たらいいのに。
そこら辺で野垂れ死んでもらっても困るから、クエスト終わったら少し、お小遣いでもあげとこう。
「まりりん殿。早急にCランクに昇給する必要があるのは心得ておりますが、さすがに討伐クエストを全て受けるのは、吾輩には無謀に思えるのですが、いかに?」
トンさんが疑わし気に私に問いかける。
だよね。いくら私とトンさんの仲でも、さすがに不信感あるよね。
でも大丈夫。
「心配しないで。実は私、けっこう強いんだ」
※ ※ ※
王都の南西に広がる森林地帯。広大な面積をほこる、ここ、カルムの大森林には様々な野生生物の営みがある。
討伐対象となっているのは、魔に飲まれた野生生物、つまり魔獣だ。
この世界は魔素に満ちている。
私達、人族は魔素を体内に取り込み、魔力に変換して魔法を行使することができる。
また、魔素を鉱石など、外部に保存し利用する方法も確立されている。
魔素をおびた鉱石は魔石となり、魔道具の核に用いられている。
魔道具は、闇を照らし、食材を冷やし、炎を生む。
生活必需品だ。便利なもんだね。
人々の文化の発展は、魔素の有効活用の歴史と言っても過言ではないのだ。
そんな超絶便利な魔素先生だけど、取り扱いには注意が必要だ。
身体に取り入れすぎると、魔素中毒を起こしてしまう。
人には防衛機能が備わっており、許容量を超える量の魔素は自然とシャットアウトできる。
魔法使いとは、許容量がすこぶる多い。
しかし、機能が未熟な野生生物は違う。
セーフティネットがザルなのだ。
許容量を超える魔素を摂取してしまった、野生生物は魔獣となり凶暴化して、人や他の野生生物を襲ったりするのだ。
「ほうほう。つまり、討伐クエストの多くは、定期的に魔獣を間引きすることが目的なのですな。吾輩、料理に関すること以外はてんで疎いので、まりりん殿の講義はとても参考になりますな」
「まりりん先生って呼んでもいいよ?」
赤ぶちの眼鏡をくいっと上げてみる。ちなみに伊達メガネだ。
トンさんは真面目な生徒だから、教えがいがあってちょっと楽しい。
「魔獣はね、放っておくとどんどん増えるし、高位生物が魔獣化したらほんとにヤバいことになるんだからね」
「ふむ。確かに大型の生物が魔獣化したら、大変なことになりますな」
「それもそうだけど、一番の問題は高位の生物が魔獣化したら、稀に知恵を持っちゃうことなのよ。元々持ってた本能よりの知恵とかじゃなくて、人族と変わらないレベルのね。
しかも魔素を大量に摂取してるから暴力的でたちが悪いの。知恵を持った魔獣は、人族とは次元の違う魔法を使うし、とても厄介なわけ。それが魔族ってやつよ」
北部大陸は、人族が治める王都のある南部大陸より、遥かに魔素が濃い。
魔族にとってはこの上ない環境なのだ。
しかし、魔族が支配する北部大陸にも人々の営みはある。
虐げられ不自由な暮らしを強いられながらも、そこで生きている人々が存在しているのだ。
私も人並みに、心は痛む。
助けてあげたいって思う。
ただ、優先順位が一番じゃないってだけで。
「ふむふむ。魔獣の討伐とは、王国民が安心して暮らすための根幹を成す、大事なクエストというわけなのですな」
「そゆこと。そんじゃあトンさん。ぼちぼち始めよっか――」
筒状に丸めた、大量のクエスト受注用紙を広げて一枚一枚、確認する。
その数、ざっと五十枚。
その内、「カルムの大森林、東部入口付近にて、魔獣化したゴブリン五体の討伐」と書かれた受注用紙が八枚ある。
ここは、すでに目的の場所だ。
先刻前から私達は周辺を洗っており、いつ、魔獣化したゴブリンと遭遇してもおかしくはない。
「まずは、合計四十体のゴブリン討伐ね。あいつら群れで生活してて、群れ全体が連鎖的に魔獣化してるパターンがほとんどなんだよね。とりあえず、一匹、襲い掛かってきたら、仲間も全員やっちゃっていいよ」
「その……、疑うわけではありませんが、まりりん殿。本当に大丈夫なのでしょうか?」
トンさんの不安な気持ちはよくわかる。
宿屋のおじさんも、こんなに可愛らしいお嬢さんが壁を破壊できるわけないって言ってたしね。
いくら大丈夫って言っても信じてくれないだろうな。
見てもらった方が、手っ取り早い。
どこにいんのよ、ゴブリン。早くおいで。
「むむ? 何か、においますな。酷く、不快なにおいですぞ」
「来たね」
薄暗い木々の合間から、粗末な衣服に、無骨なこん棒を持ったゴブリンが一匹姿を現した。
口角からよだれを垂らし、目は血走っている。明らかに正気ではない。魔獣化している。
後ろから、もう二匹。合計三匹だ。
「ま、まりりん殿ッ! 現れましたぞッ!」
酷く動揺したトンさんが、悲鳴にも似た声を上げる。
「まあ、今日のところは見ててよトンさん。私がやるから」
先頭のゴブリンが、こん棒を振り上げ突進してきた。
「ギイイイイィ!」
まずは手始めに。
右手の手のひらに、火属性の魔力を込めて――解き放つ。
「炎弾ッ!」
「ギョエエエエェェェ……!」
炎に包まれ、地面を転げまわるゴブリン。
断末魔が森の枝葉を揺らし鳥達が一斉に飛び立った。
後方の二体が、一瞬躊躇した後、同時に襲い掛かってくる。
「「ギイイイイィヤアアアアァ!」」
次は趣向を変えてっと。
右手の指先に雷属性の魔力を込めて、頭上に掲げ――振り下ろす。
「雷電ッ!」
落雷して、黒焦げになったゴブリンがプスプス煙をたてている。
残る一体が迫ってきた。
接近されると余計に体臭がキツイ。鼻がひん曲がりそうだ。レイジィの部屋と同じぐらい臭い。
あっ、そうだ。
最後の魔法はあれにしよう。
右手に圧縮させた風の魔力を込めて――ぶっ放すッ!
「圧縮空気砲ッ!」
ゴブリンの胴体に直撃した高密度の空気の固まりは、ゴブリンを巻き込みながらそのまま勢いを落とさずに、後方の木々を数本なぎ倒した。
周辺には、ゴブリンだったものが細かくバラバラに散らばっている。
「うん、まずまずね。久々に表立って魔法つかってみたけど、意外と衰えてなかったわ。むしろ、キレッキレな感じ」
陰ながら、ユータス様のサポートをしてた時は基本、斬撃に合わせて風魔法を打ち込んでいた。
火属性や雷属性の魔法を使うなんて、それこそ二年ぶりだ。
他属性の魔法だと視覚的に明らかにおかしいから、バレちゃう危険があるからね。
斬撃に合わせて風魔法を打ち込むのは、実はかなり繊細な魔力コントロールが必要なのだ。
敵の動きとユータス様の動きを注視して予測し、瞬時に座標を特定して、斬撃のタイミングに合わせて発動させる。
やりすぎないように、威力の調節も必要だ。
図らずも、けっこう良いトレーニングだったみたい。
「よーしっ。まだ使ってない魔法もいっぱいあるから、リハビリも兼ねてどんどんやっちゃいましょうかッ! 行くよ、トンさんッ!」
「あの、まりりん殿――」
勢い勇んでゴブリンを駆逐しようとしていた私に、トンさんが声をかける。
「…………あっ、ごめん」
気が高ぶってて、忘れてた。
「ステイタスライムの鑑定では、まりりん殿は色の変化が起こらず、得意属性はなくて、魔法の習得には困難を極めると記憶しておりましたが……。よもや、ですぞ」
説明不足でごめんなさい。
「私ね、小さい頃から魔法は教えてもらってたから使えるの。得意属性がないってのは嘘じゃないよ。鑑定結果も間違ってない。ただ――」
「ただ?」
「全ての属性がまあまあ得意ってなわけ」
二代目エレメンタルマスターって呼んでいいよ?
いや、長いか。