頭のイカれた女でごめんね
ギルドの受付には、本日も胸元が無駄に大きく開いたワンピースに身を包んだ受付嬢、ミルフィが立っていた。
いつも通り、無駄に谷間を強調している。
男性冒険者達は鼻を伸ばし、女性冒険者達からは目の敵にされているミルフィだけど、その有能さは折り紙つきだ。
私は身を持って体感した。
結果、予想外に早くここにいるのだ。
「こんにちはぁ、ミルフィさん。昨日ぶりだね」
「こんにちは……。って、まりりんさん、うそでしょ!? 後ろにいるの、レイジィじゃない!? 昨日、紹介したばっかりよ!? 一体どんな方法使ったの!?」
口元に手をやって、驚きの仕草をみせるミルフィ。
私もこんなにうまくいくとは思っていなかったよ。
「へへっ。ミルフィさんのおかげだよ、ありがとう。方法はね、秘密」
部屋の壁を破壊して、責任をレイジィに押し付けて、修理費用を肩代わりするかわりに仲間になってもらったなんて、とてもじゃないけど言えない。
鬼畜の所業だ。
もちろん、レイジィには口封じしてある。
その辺、抜かりはない。
「秘密ねえ……。それにしてもまりりんさん、あなたすごいわ。だってレイジィは――」
「やめろ、ミルフィ。こいつらには関係ないことだ」
「――そうね。私が言うことじゃないわね。失礼したわ」
どうやらレイジィには、ただならぬ過去があるらしい。
しかも、レイジィとミルフィは知らない仲ではないようだ。
ふーん、なるほどね。ニート勇者になったのも、それなりの理由があったわけね。
知らんけど。
本人が関係ないって言う以上、私には関係ないのだ。興味もない。
ただ、言いたいのなら、聞く度量はある。仲間だからさ。
「まあ何でもいいけど、ミルフィさん。パーティー登録したいから手続きしてよ。パーティー名は黒朝の団で」
「わかったわ。ええ、承りました」
さっと仕事モードに切り替えたミルフィが、てきぱきと手続きをこなす。
手のひらサイズのプレートに、指タッチして入力作業をしている様だ。魔道具かな?
しばらくすると――
「はい、これで登録は完了よ」
と、言って先ほど入力していたプレートを差し出してきた。
「これがギルドのメンバーカードね。略してギルメンカード。一種の魔道具で、現在のランクや昇格に必要なポイントとかも確認できるから、大事にしてね。もちろん各支部でも使えるわ」
「へえ。便利なもんですね」
ギルメンカードには「黒朝の団」「E」。そして「勇者レイジィ」「戦士イートン」「魔法使いまりりん」と書かれていた。
「始めはEランクなんだね。ねえ、ミルフィさん。Cランクまでいくのに、普通、どれくらいかかるの?」
はたして、一か月でCランクに昇格することは可能なのか。
私は、最重要事項を確認すべく、切り込んだ。
白夜の団は二年かかった。私が討伐クエストを度々手伝っていたにもかかわらず、二年。
ずいぶんまったりペースだ。正直、かなり遅いと思う。
言っちゃあなんだが、色々問題のあるパーティ―だから白夜の団を基準にはできないけど、普通のパーティーでも年単位で時間がかかるなら、根本から計画を練り直す必要もある。
「そうねぇ、まちまちだけど、平均すると一年前後かしら。遅いパーティーで二年ぐらいで、有望なパーティ―だと半年ぐらいでCランクに昇格するかな」
「えっ、そんなにかかるのッ!?」
有望なパーティーですら半年。
そんなに時間かけてたら、ユータス様死んじゃうってッ! 骨すら残らないってッ!
「一か月でCランクまで昇格するのって、無理?」
「限りなく不可能に近いわね」
私は、場合によってはしつこい女なのだ。
僅かにでも希望があれば、追いすがる。諦めない。推しが絡んでいれば、なおの事。
微妙なニュアンスにも、気がついちゃうのだ。
「限りなく不可能に近いってことは、絶対無理ってわけじゃないんだね?」
「そうだけど……。確かに過去、一か月でCランクまで昇格したパーティーはいたわ。一組だけ。でもそのパーティーって、あれよ? 二十年前に、魔族の四魔大帝の一角の討伐に成功したあの伝説のパーティーだけよ?」
ああ、そうなんだ。
やるじゃん。
だったら私に、できないことはない。
「さすがにまりりんさんも知ってるでしょ? 太陽の勇者ユリアンと、ガーディアンのロック、聖女のティアに、エレメンタルマスターのアリエッタからなるパーティー、昇りゆく太陽よ。そんな彼らも、四魔大帝との戦いで、アリエッタ以外はみんな死んじゃったんけどね」
その生き残ったなんちゃらマスターは、今は辺境貴族の奥様なんかに治まっちゃってるんだけどね。
私のお母さんである。
「ありがとう、ミルフィさん。なんかやる気が増し増しになってきた」
お母さんの記録は、私にとって挑戦するに値する価値のあるものだ。
あくまで、私の目的はユータス様のサポートだけど、お母さんを超えたいって気持ちもある。
幼い頃から散々、鍛えられてきたんだ。
記録更新して、ドヤってやりたいじゃないか。
「まりりんさん、あなた、正気? どうして今の話聞いてやる気になっちゃうの? 一か月でCランクに昇格したいのか知らないけど、甘い考えを持ってるあなたに、冒険者っていうのは生半可な覚悟じゃ務まらない、過酷な職業よってことを言ったつもりなんだけど」
過酷な職業なのは大体知っているよ。
お母さんは、冒険者時代の事をあまり話したがらないけど、結果を見れば嫌でもわかる。
その上で、やってやるって言ってんだ。甘い考えなんてない。生半可な覚悟でもない。
私の覚悟とはすならち、ユータス様への想いの強さと同意だ。
これ以上の覚悟ってある? 断じてないね。未来永劫ないよ。
「ミルフィ。こいつに何言っても無駄だぜ。頭イカれてるからな」
静観していたレイジィが口をはさむ。
頭イカれてる、か。確かにね。
「今のは悪い気しなかったから許す」
「……お、おう」
命拾いしたな、レイジィ。
でもそろそろ学べ。
「では、まりりん殿。準備は整いました。さっそく、行きますか?」
「そうだね、トンさん」
トンさんは相変わらず、話が早い。
私達は二人とも、冒険者としての過酷さより推し活の方が遥かに大事なのだ。
「ってことでミルフィさん。今の段階で受けれる討伐系のクエスト、全部見せて」
「はあぁ……、わかったわ。あなた達の骨は拾ってあげる。ちょっと待ってて」
一つ、大きな息を吐いた後、ミルフィは受付カウンターの奥へと消えていった。
――しばらくして。
紙束を抱えたミルフィが戻ってきた。
カウンターに一枚一枚丁寧に受注用紙を並べている。
私はそれらをただ、いちべつした。どれも選ぶつもりはないからだ。
心の中で謝っておこう。
頭のイカれた女でごめんね、ミルフィさん。
あっ、間違えた。
めんごめんご。
「始めは簡単そうなのがいいわね。あっ、この魔獣化したゴブリンの討伐なんかいいじゃないかしら? 初心者には――」
「とりあえず全部貰ってくねッ!」
私は、カウンターに置かれた受注用紙を全部、つかみ取った。
一つずつ受注して報告するなんてちまちましたこと、やってらんないよッ!
へへっ。
「あっ、ちょ、ちょっと待ってッ! 待ちなさいよッ!」
「はあぁ? お前、まじかよッ!」
「ま、まりりん殿、何をッ!?」
ミルフィ達の声を置き去りにして、私は冒険者ギルドを飛び出した。