パーティー名を決めよう
「おっ、いたいた。ただいまぁ、トンさん」
酒場で昼食をとっていたトンさんを見つけ、私はスキップをしながら駆け寄った。
一仕事を終え、しかも成果も上々だったときたもんだ。そりゃあ浮足立っちゃうよ。なんなら小躍りでもしたい気分だ。
「トンさん、イエーイッ!」
とりあえずハイタッチ。
「いえーい、と。――まりりん殿。どうやらうまくいった様ですな?」
「うん。バッチリよッ! ほら、レイジィ。こっち来て自己紹介」
久々の外出で疲れたのか、入口のドアにもたれかかって休んでいるレイジィ。
一息つくと身体を起こして、ダルそうに歩いてきた。
「――レイジィだ。職業は勇者。よろしく……。つーか、でけぇな……」
「吾輩、イートンと申します。元調理師で、現在は戦士であります。どうぞ、よろしくお願い致しますッ!」
レイジィの痩せこけた手を、分厚い両手で包みこみ、熱烈なシェイクをかますトンさん。
レイジィの細身の身体は、上下にぐわんぐわん派手に揺さぶられてて、背骨からぽっきり折れてしまいそうだ。
「わかったッ! もういいって、やめてくれッ! ――やめろや、おっさんッ!」
トンさんの熱烈なシェイクを振りほどき、さっそく悪態をつくレイジィ。
まったく、困った勇者だ。
「レイジィ。トンさんにむかって何てこと言ってんのよ。トンさんはねえ、これでもまだ二十八歳なのよ。おっさん呼ばわりはないでしょ。謝りなさいよ」
「ちっ……!」
すかさず仲裁に入る。
これからパーティ―を結成するのに、いきなり喧嘩はあかん。
「まあまあ、まりりん殿。吾輩、全く気にしておりませんよ。仲良くいこうではありませんか」
怒った素振りを一ミリも見せずに、トンさんは言った。
良かった。危うく、パーティー結成前に崩壊するところだったよ。
「レイジィ。トンさんの優しさに救われたね。私だったら、死んでたよ」
「……だろうな。知ってる」
昼食をとりつつ、あらかた自己紹介が終わったところで、さっそく冒険者ギルドでパーティー結成の手続きをすることにした。
今ここで、パーティーが結成できれば、午後からはいくつかクエストがこなせるかもしれない。
私達に残された時間は少ない。勇者を探して、パーティーを結成するのはあくまで前提条件。
私達は、一か月以内にCランクパーティに昇格して、ユータス様率いる白夜の団を追いかけなければいけないのだ。
本番はここからだ。
「よーしっ。じゃあトンさん、レイジィ。始めよッ! 私達の冒険をッ!」
私が意気込んで冒険者ギルドの受付へと向かおうとした、その時。
「つーかよ。あー、まりりん。パーティー名は決まってんの? 俺、まだ聞いてねぇんだけど」
「えっ」
「なんと」
始まる前につまづいた。
私はいそいそと戻り、席に着いた。
「緊急会議を始めます。議題はパーティー名について」
「いやはや、盲点でした」
「まじで何なんだよ、お前ら……」
切り替え、切り替えっと。
盛大にため息をついて、テーブルにうつ伏しているレイジィをしり目に、私は思考を高速回転で働かせた。
私は過去を振り返らない。切り替えの早い女なのだ。
「パーティー名を決めるに当たって、まずはコンセプトの確認なんだけど……、私達のパーティーは白夜の団をサポートすることを目的に結成されます。それはいいね?」
「ええ。唯一無二の、尊き目的であります」
「はあ? なんだそれ? ふざけてんのか?」
私の言葉を受けて、レイジィが顔を上げた。
ああ、そういえば。
「ごめん、言ってなかったね。そんなわけだから理解して。秒で理解して」
口をあんぐりと開けて、唖然としているレイジィ。
一息吐くと、またテーブルにうつ伏した。
「もう何でもいいわ……。好きにしてくれ。疲れた、寝る」
怠惰の勇者っぷりを遺憾なく発揮するレイジィ。
名付けた人のセンスに脱帽だ。そのセンスちょっと分けてほしい。
とりあえずレイジィは置いといて、問題はパーティー名だ。
ぼんやりと浮かんではきている。
「白夜の団に対比する様な名前がいいと思うの」
目的はあくまで白夜の団のサポートだ。
白夜の団が主体であれば、私達のパーティーは裏方。
すなわち光と影の関係だ。
決して知られてはいけない幻の存在である。
その上で、旅をして、追いかけていく――
「ふぬふむ、例えば?」
「そうだなぁ……。あっ」
閃いた。
天啓が下ったと言っても過言ではない。
私、天才かもしれないッ!
「幻影旅だ――」
「やめろッ! これ以上言うなッ! 俺の何かが警告を発しているッ!」
寝たんじゃないのかレイジィ。
急に起き上がって、一体何だって言うのよ。
「いいじゃん。超カッコよくない? 幻影旅だ――」
「まじでやめろッ! 何故かわからんがヤバい気がする。消されるぞッ!」
「うーん。まあ、レイジィがそこまで言うなら」
消されるって何によ? 大げさだなぁ。
腑に落ちないけど、大事な仲間の意見だ。
私の一存では決められない。
「まりりん殿。シンプルに考えましょう。白夜の団に対して黒朝の団というのはどうでしょうか?」
トンさんがシンプルすぎるパーティ―名を提案した。
確かに対比だ。実に対比。
「黒朝の団か……。ブラックモーニング、略してブラモ二か。語呂は悪くないね。韻も踏んでるし」
幻影旅だ――あっ、言っちゃいけないんだっけ? ――には明らかに劣るけど悪くない。
意味不明だけど。
「ありだね。私はいいと思うよ? レイジィは?」
「俺はさっきのやつ以外なら何だっていい。まかせるわ」
「じゃあ決定ね。パーティー名は、黒朝の団で」
パーティーの名前決めは意外とすんなり決まった。
私は元より、トンさんもおそらく強いこだわりはなかったように思える。
だって、私達は知っているのだ。
「大事なのは名前ではなくて、実務ですぞ。黒朝の団がこれから何を果たすかであります。我々は、ココロたん……、いえ、白夜の団をサポートすることが至上の命題。黒朝の団とはただの屋号に過ぎません」
コンセプトは何があってもぶれない。それは自信がある。
私個人としてはユータス様単推しだけど、パーティ―としては白夜の団の箱推しだ。ココロ推しのトンさんもいるしね。
箱推しすることは、ユータス様を推すことと相違ない。
「さて、では気をとり直しまして。行きますかッ!」
私達は、意気揚々と冒険者ギルドの受付へと向かった。