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そうだ、フランクな感じでいこう

「ふむふむ。そういう訳で、まりりん殿はレイジィ殿と喧嘩別れして、戻ってきたとな?」

「そうなのトンさん。レイジィの奴、酷いのッ! 三回も、この私にクソ女なんて言ったのよ!? 三回もッ!」


 酒場に戻ってきた私は、トンさんと合流し、先ほどのレイジィとのやり取りを、かいつまんで言って聞かせた。

 レイジィは宿賃を滞納していてニートであること。部屋が臭かったこと。勝手に窓を開けたら怒ったこと。クソ女って言われたこと……。


「では、明日は吾輩も共に参りましょうぞ。仲たがいしてきたとあれば、二人で会うのは気まずいでありましょう。なあに、吾輩が仲を取り持つよう働きかければ問題ありますまい。その上で、お仲間になっていだだくよう頼みこみましょうぞ」

「うーん……」


 トンさんは穏やかで人当たりがいいし、一緒に行ってくれたらあんな結果にはならなかったかもしれない。

 しかし、すでに事は起こった後なのだ。


「ううん。ありがたいけど、大丈夫だよトンさん。私が一人で行くよ。喧嘩しちゃったのは、私とレイジィの問題だから。私が一人で行って、仲直りしなきゃいけないんだ。じゃないとレイジィの信頼を得られないと思うの。当然、仲間にもなってくれない」


 トンさんには、私がキレて中級レベルの風魔法で部屋の壁を破壊したことは言ってない。

 現場を見られるわけにはいかないのだ。

 いくら温厚なトンさんでも、さすがに呆れてしまうだろう。トンさんには嫌われたくないし、計画も全て台無しだ。

 そもそもトンさんは、私が魔法を使える事も知らないだろう。

 近々、打ち明けようとは思っているけど、今じゃない。


「そうですか。わかりました。まりりん殿の意思を尊重しましょう。ええ、きっとうまくいきますとも。当たって砕けろの精神ですぞ、まりりん殿ッ!」

「そう、だね……」


 砕けたのは、壁なんだけどね。


 ※ ※ ※


 翌日。

 私は、早朝からレイジィが泊っている宿へと向かった。


 もちろん、ユータス様が受注するクエストはチェック済みだ。本日も採取クエスト。オッケ。三日連続、採取クエストを引き当てだぜ。天は私に味方している。今日は良い日になるかもしれない。


 宿へと向かいながら、作戦を考える。もう敬語はやめよう。令嬢スマイルも、変に取り繕ろったりするのもやめだ。昨日の、失敗の一因でもあるし。

 そうだ。フランクな感じでいこう。

 仲間になるんだし、同じパーティーメンバー、そこに上下関係などない。


 宿に着いた。

 二階の壁には見事な大穴が開いている。さすがに、元の部屋にはいないかな? 

 宿代滞納しているぐらいだから、お金は持っていないだろう。だったらまだいるかもしれない。とりあえず呼びかけてみようか。フランクな感じにね。だって私達は、仲間になるんだから。


 私は大きく、息を吸い込んだ。


「れーいじぃーくーん、あーそーぼー」


 フランクな関係の者同士の、誘い文句と言えばこれしかない。

 幼い頃、友達が初めて私の屋敷の前で、あーそーぼーって呼びかけてくれた時、胸がドキドキワクワクしてとても嬉しかった。本当の友達になれた気がして。

 どう、嬉しいでしょ? レイジィ。


 すると――穴の開いた壁から、寝ぐせにまみれた頭が、のっそりと表れた。

 口をあんぐりと開けて、なんだか唖然としている様子だ。夢でも見てるみたいな。寝起きかな。全く、怠惰にも程があるぞ、レイジィ。


「ま、まじで来やがった……。なんだよ、あそぼって。怖ぇよ。距離感バグってんのか……」


 どうやら戸惑っているらしい。

 もう一押し、必要だ。

 あくまでフランクに。


「魔族、狩りに行こうぜッ!」

「行かねぇよッ! 虫獲り行こうぜみたいな感じで言うなやッ! 頭おかしいだろ、クソおん――」

「クソおん……、今なんて?」

「あ、いや……。何でもない……」

「とりあえず、そっち行くね」


 なかなか誘いに乗ってこないレイジィ。フランク作戦は失敗か。やはり一筋縄ではいかないようだ。

 一体何が、彼をここまで固辞させるのか……。わからん。レイジィ本人に、興味がないから想像力が全く働かん。

 まあ、本人に聞くしかないよね。


 私は、風魔法をほんのり発動させて浮かび上がり、二階の壁の大穴からレイジィの部屋へ入った。


「おわッ! な、何だよ……、穴から入ってくんなよ、な……」


 私が着地した瞬間、のけぞって尻もちをついたレイジィ。

 そのまま、ずずずっと後ずさり。距離をつめる私。後ずさるレイジィ。つめる私。ずさるレイジィ。


「止まって」

「はい……」


 遊んでいる場合ではないのだ。時間がたっぷりあるわけではない。

 さっさとレイジィが固辞している理由を聞き出して、適当に妥協点を見つけて、仲間になってくれなきゃ困るのだ。


「ねえ、レイジィ。なんで仲間になってくれないの?」

「お、お前、まじか……。ち、ちゃんとまわりの状況見えてるか? 普通の奴は、こんな誘われ方したら絶対、仲間になんてならないだろ……」

「えっ……」


 ――まわりの状況見えてるか。

 レイジィの言葉が、グサリと胸に突き刺さった。


「あっ……、しまった。またやっちゃった」


 まわりは見えてない。

 私にはユータス様しか見えてなかったのだ。


「心当たりがありすぎる。ごめん」

「お、おう。もうちょっとだな、人の気持ちとか、考えろよなッ!」


 私は時々、ユータス様を優先しすぎて、暴走してしまう時がある。

 まわりをないがしろにして迷惑をかけて。昨日からの、レイジィとの一連のやり取りがまさにそれだ。今、気がついた。


「レイジィの言う通りだよ。こんなやり方じゃレイジィの信頼を得られないよね。ごめん。私が悪かった。仲間になってもらうのは諦めるよ」


 大いに反省してる。

 推し活はまわりに迷惑をかけてはいけないのだ。それはめぐりめぐって、ユータス様を貶めることになる。

 私は、ユータス様推しとして、健全でなければいけないのだ。


 私の改まった姿勢を受けてか、引き気味だったレイジィが、一転、昨日のような不遜な態度で言った。


「そうしろ。ああ、つーかよお前、壁の修理代払えよな。店主のおやじが、俺が壁を破壊したって勘違いしてんだよ」

「壁の修理代……」


 と、そこで部屋のドアが開け放たれた。

 勢いよく入ってきたのは店主のおじさんだ。


「おお、待っておりましたぞ。レイジィ様のお仲間さん――まりりんさんですね。いやあ、私、びっくり仰天ですよッ! 昨日、あなたをレイジィ様の部屋に案内してしばらくしたら、上からものすごい破砕音が聴こえたではありませんかッ! 急いで二階に上がったら、レイジィ様の部屋の壁に大穴が開いておりましてな――」


 店主のおじさんにも迷惑をかけた。

 もう最低だ、私。


「すみません」

「レイジィ様は一文無しですし、お仲間のまりりんさんに修理代を払っていただこうと思いまして、待っておったんですよ」

「あっ、仲間じゃないです。仲間になることはやめたんですよ」


 そこはしっかりと声にだして否定しておく。

 私は後腐れない女なんだ。

 壁の修理代はもちろん払うつもりでいる。


「なんとッ! ではレイジィ様に壁の修理代を払ってもらわねばなりますまい」

「だからあッ! 壁壊したのはこいつなんだってッ!」

「いやいや、何をおっしゃいますかッ! 勇者のレイジィ様ならいざ知らず、こんなに可愛らしいお嬢さんが、壁を破壊できるわけがないでしょうがッ!」


 可愛らしいお嬢さん。

 私は可愛らしいお嬢さん、か。

 へへっ。


「ちげぇよッ! こいつは魔法使いで、頭のイカれたクソ女なんだよッ!」


 頭のイカれたクソ女。

 頭のイカれたクソ女ときたか。

 学習能力ないのか、レイジィ。


 昨日の私なら、間違いなく殺っちゃってたよ? 

 でも今の私は、少しだけ優しい。

 店主のおじさんに、可愛いお嬢さんなんて言われたから。


「冗談が過ぎますよ、レイジィ様。彼女に、壁を破壊するなんておっかないこと、できるわけないじゃないですか。ねえ、まりりんさん?」

「はい。できません」

「てめえッ!」


 私は、可愛いらしいお嬢さん。

 決して、頭のイカれたクソ女などではない。

 可愛らしいお嬢さんの私に、壁を破壊することなんてできっこない。

 当たり前だ。


「では、レイジィ様。今月中に、壁と部屋の修理代と滞納していた三か月分の宿代、しめて二百五十万ゴルド、きっちり払って頂きます。宿代の滞納は、私の温情で大目に見ておりましたが、もう我慢なりません。もし払えないようであれば、冒険者ギルドの自警団に訴えさせてもらいますからねッ!」

「ちょ、待ってくれッ! まじで俺じゃないんだってッ!」


 憐れなり、レイジィ。


 冒険者ギルドは王都内の治安を維持する役割も担っており、自警団のメンバーには専任の者もいれば、パーティーにあぶれた冒険者もいる。なかなかの猛者ぞろいだ。

 親組織が冒険者ギルドであるため、目をつけられた冒険者は資格をはく奪され、投獄されることもある。勇者とて例外ではない。


 私の事を、頭のイカれたクソ女なんて言った罰だ。


「くそ……、なんで俺がこんな目に合わなくちゃいけねんだよ……」


 とは言え、私も鬼じゃない。差し伸べる手は、持っている。


「あーあ。レイジィが私の仲間だったら、壁の修理代も宿代も、代わりに払ってあげたんだけどなあぁ」


 なんて言ってみる。

 元々、壁の修理代は払うつもりでいた。宿代はレイジィへの謝礼だ。

 のるかそるかは、レイジィ次第。

 まあ、選択肢は限られているだろうけどね。

 ふっ。やっぱ私は、鬼かもしれないな。

 だって仕方ないじゃん? 私の事を頭のイカれたクソ女なんて言ったんだから。


「お前ッ! 汚いぞッ!」

「お前じゃない。まりりん」


 店主のおじさんに見えないように、一瞬、右手に圧縮された風の魔力を充満させる。

 途端に青ざめるレイジィ。


「くっ……、ま、まり、まりりん、さん――」

「なに?」

「仲間に……、俺を、まりりんさんの、仲間に入れて、下さい……」


 レイジィが言葉に詰まりつつ、微妙に頭を下げて言った。

 はい。

 レイジィ、落ちました。


「いいよ。仲間にしてあげる。ってか、まりりんでいいよ? 敬語もなしね。フランクな感じでいこうよ。私達はもう、仲間なんだから」

「……お、おう。わかった、よ」


 不承不承ながらも、同意するレイジィ。

 私とレイジィの一連のやり取りを見守っていた店主のおじさんが口を開いた。


「ええと、では、まりりんさんが壁の修理代と宿代を払って頂けるということでよろしいのですね? いやあ、レイジィ様、良いお仲間に恵まれましたなあ」

「そう、だな……」


 色々あったけど、結果オーライ。

 これにてミッション達成だ。一件落着だね。


「じゃあ、店主のおじさん。お金は私がきっちり払いますので、よろしくお願いします。長い間、レイジィがお世話になりました。今すぐ連れていきますので」

「ええ、ご武運を」

「はあぁ!? 今すぐって、どういう――」


 私はレイジィの手を取った。


「今から、冒険者ギルドに行くの。他のメンバーが待ってるし、すぐにでもパーティー登録したいから」

「ちっ、まじかよ。クソだりぃな!」

「うっせぇわ。行くよ」


 こうして、勇者レイジィは私達の仲間になった。


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