道は私が切り開く
直径三メートル強はあるヒヒイロガメの甲羅は、その巨大な外観に反して思ったよりは軽かった。
妖しく艶光する深紅の輝き。
じっと見つめていると、吸い込まれて気でも狂ってしまいそうだ。
ヒヒイロカネは、オリハルコンやアダマンタイトと共に、伝説の金属と呼ばれている。
神の金属と呼ばれているオリハルコン。
古い文献に記されているだけで、その存在を確認した者は現在ではいないらしい。
自然界一の硬度を誇るアダマンタイト。
超激レア鉱物であり、お母さんが所属していた昇りゆく太陽の勇者、ユリアンの愛刀はアダマンタイト製だったと言われている。
まあ、うちの実家にあるんだけどね。
お母さんが怒るから触らせてもらったことはないけど。
そして、ヒヒロイロカネ。
ヒヒイロガメ自体、何十年と目撃情報すらなくとっくに絶滅したと言われていたのだ。当然、ヒヒイロカネも、少なくとも南部大陸には現存していないと、学院の講義では習った。
硬度はアダマンタイトにいくらか劣るけど、その分軽くて、何より魔力の伝導率が異様に高いのが特徴らしい。
その伝説の金属が、今は私の所有物。
ふふっ。
想像が膨らむよ。
ヒヒイロカネをああしてこうして……。考えただけでもにやけちゃう。
これこそ、清く正しい推し活ってなもんだ。
「――まりりん様……。これはなかなか大変な、作業ですね。重いです」
ヒヒイロガメの甲羅に括り付けたロープを引っ張って、水晶のダンジョンの出口まで運ぶのはマシロとレイジィの役目だ。
意外と軽いとはいっても、絶対的な体積が大きい。普通に重たい。私なんかの力じゃ、ビクともしない。
「頑張れ頑張れマシロッ! 頑張れ頑張れレイジィ! はい、電光石火ッ!」
私には、頑張って運んでいる二人を応援して、筋力バフの魔法をかけ続けることぐらいしかやる事はない。
だってしょうがないじゃん。
可愛らしいお嬢さんの私には、泥臭い力仕事なんてできないんだから。
「ありがとうございます。力が湧いてきましたよッ! もう少しで出口です。頑張りますッ!」
マシロは健気に、ロープを引いている。
レイジィは少し前から、ずっと無言だ。
「おーい、レイジィ。元気ぃ?」
レイジィの顔をのぞきこむ。
「あっ。これはダメなやつだ」
顔面が蒼白ってゆうか、目の焦点があってない。
次の瞬間。
バタン、と音を立ててレイジィがぶっ倒れた。
「レ、レイジィさんッ!? 大丈夫ですかッ!?」
体力が尽きたようだ。
「レイジィ……。あんたの事は忘れないよ」
「ま、まりりん様ッ! 冗談言ってないで、どうしましょ!?」
「そうだねぇ……。あっ、甲羅の上にレイジィ乗せて運べばいいんじゃない?」
「名案ですねッ! さっそく乗せましょうッ!」
甲羅の上に、レイジィをうつ伏せで寝かせてマシロが引っ張っていく。
先の戦闘では、相手が魔族化したココロだったから霞んじゃったけど、やっぱ獣魔族の膂力は、半端ない。
レイジィを乗せた甲羅を軽々と引っ張ってる。
レイジィの奴、途中でぶっ倒れてマシロに運んでもらったなんて知ったら、へこむだろうな。レイジィの名誉のために、黙っておいてやるか。
私は気づかいのできる女なのだ。
しばらくして、ようやく水晶のダンジョンの出口にたどり着いた。
「お疲れマシロ。休んでていいよ。今日はこの辺で野営して明日帰るから」
「お役に立てたようで、嬉しいです」
出口付近で野営して、翌日。
回復したレイジィが手綱を握り、私達はノスウッドの村へと戻っていった。
※ ※ ※
ヒヒイロガメの甲羅をとってくる行程には結局、四日かかった。
馬二頭に、荷台に乗せた巨大な甲羅を引かせているのでは、どうしても目立ってしまう。こじんまりした村だ。白夜の団に見つかってしまう可能性が高い。
レイジィには村を迂回してもらって、村の東門付近で待っているように言ってある。
私は認識阻害ローブを纏い、犬型に戻ったマシロと共に白夜の団が泊っている宿へと向かった。
「――まんま、しろ、しろ、かえってきたぁ」
「――マシロッ!? あんた一体どこ行ってたのよッ!? 探してたのよ? 心配かけんじゃないわよ、まったくもう」
「――ワンワンッ!」
セツナとトワが、マシロに向かって駆けてくる。
私は少し離れた場所に潜み、その様子を見ていた。
トワはすっかり元気になったみたいだ。
「――ああっ!? シロちゃんだッ!」
ココロが駆け寄り、マシロを抱きしめる。
「――ハッハッハッ、ワンワンワンッ!」
じゃれあい、息を切らすマシロ。
尻尾を尋常じゃなくらい振り振りさせている。
「――マシロ。君に言いたいことがある」
ユータス様が静かな足取りでやってきた。
気づいたマシロが、ビクッと身体を揺らす。
あ、あれ? ちょっと怒ってる? 平坦な口調でマシロに語りかけるユータス様。
なんか、いつもと雰囲気が違うような……。
「……ワン」
ふいにマシロの頭に、手を伸ばすユータス様。
えっ、もしかして鉄拳制裁!? そんなッ!?
わっ、ごめんマシロ。私のせいでッ!
「―――無事に帰ってきてくれて本当に良かった。でもな。次からは、一言、声かけてくれよ? 約束だ」
「くうぅーん」
マシロの頭を優しく、慈しむようになでなでするユータス様。
しゅんとした表情で撫でられるがままのマシロ。
さすがはユータス様ッ! そうきたかッ!
ってか。う、羨ましすぎるよマシロッ! や、ちょっと、もうやめてッ! これ以上撫でないでッ! マシロに風魔法打って、吹っ飛ばしちゃいそうだよッ!
くっ……。じ、自制心……自制心。
落ち着け私。マシロはサポメン。私の仲間。
今はただの犬っころ……。
「――さて。マシロも帰ってきた事だし、みんな、そろそろ冒険の続きをしようかッ!」
マシロをひとしきり撫でまわした後、ユータス様が高々と声を上げた。
「――そうね。トワもすっかり元気になった事だしね」
「――ぼーけん、いくッ!」
セツナに抱かれたトワが、元気な声でこぶしを挙げる。
「――うんッ! 楽しみだな、カドケスの町ってどんな所だろ」
ココロが弾む声で続く。
「――ワンワーンッ!」
マシロの鳴き声が、青空に響き渡たる。
どうやらぐずぐずしてる暇はなさそうだ。
後は任せたぞ、マシロッ!
私も行こう。
ユータス様達は安心して、来てください。
道は私が、切り開く。
私は、村の東門で待っているレイジィと合流して、一足先にカドケスの町へと向かった。




