サポメン
水晶のダンジョンから、無事にクリアクリスタルを採って帰ってきた翌日。
私は一日中、宿で身体を休めていた。
つまりは爆睡していた。
いくら体力がB+評価の私でも、さすがに今回は疲れた。
マシロがいきなり獣魔族化してびっくりしていた頃が、遥か遠い昔の事のように思えてくるよ。
水晶のダンジョンでは、ユータス様は思いのほか頑張っていて鉱床までたどり着いていたし、タマハガメがいると思ったら、上位種のヒヒイロガメがいたし。
何より一番驚いたのが、ココロだ。
ココロは悪魔族だった。しかも異様に強かった。
ヒヒイロガメを単独で倒しちゃったし、正気を失って私達に襲い掛かってきたし。
レイジィもいたから何とか元に戻せたけど、本当にギリギリだった。
マジで積みかけたよ。
そんなこんなで、私は心身ともに疲れていたのだ。
その次の日も、宿でダラダラ過ごして、翌日。
ようやく私は動き始めた。
このエリアでやっておかなければいけない仕事が、一つだけ残っている。
わりと大仕事だ。
「――馬ももう一頭、借りれたし、荷台も準備オッケー。さて、行きますか」
「ふぅわああぁ……。くそだりぃけど、行くっきゃねえわな」
「……ワン」
馬上には大口を開けてあくびしているレイジィ。
傍らにはうつむき、力なくお座りしているマシロ。
私は荷台で、リラックスしている。
私とレイジィが乗ってきた馬に加えて、もう一頭。計、二頭の馬に大容量の荷台を引かせて、私達は再び、水晶のダンジョンに向かった。
マシロには半ば、強制的に参加してもらった。
拉致したと言っても過言ではない。
早朝に、こっそりマシロとコンタクトを取った私は――
「あんた暇でしょ? ちょっと手伝ってほしい事があるんだけど」
「ワン……?」
「今から私達、水晶のダンジョンまで行くんだけどさ、あんたにも来てほしいんだ」
「…………」
少し考えた後、首をぶるぶる左右に振るマシロ。
色々、察したのだろう。
全力で拒否のポーズをとっている。
でもね、残念。
「拒否権はないでーす。あんたは私に大きな借りがあるしねー」
「ワンッ……!?」
「たぶん三~四日もあれば帰れるから大丈夫だよ」
「――ワンワンッ!」
高速で回れ右して、逃げ出すマシロ。
咄嗟に尻尾を掴み、引き留める。
「ギャンッ!?」
端から見たら、動物虐待だろう。
でもマシロは獣魔族。だから許されるのだ。私の理屈では。
「へへっ、私からは逃れられないよ。知ってるでしょ? 私のしつこさは」
「ううぅー。……ワン」
こんなやり取りを経て、私はマシロを連れ出す事成功したのだ。
※ ※ ※
「ユータス様に断りもなく来てしまいました……。今頃、心配しているに違いありません……」
獣魔族化したマシロが、ぽつりと漏らす。
早朝から何時間か駆けて、少し疲れが見えてきた頃。
私達は手ごろな木陰に身を寄せつつ、お昼ご飯休憩を取る事にした。
別に急いでいるわけじゃないから、まったりのんびりと語らいながらのランチタイムだ。
「私もさ、いらん心配をさせて悪いなぁとは思ってるよ、ユータス様に。その辺はさ、後で謝っといてよ」
私の言葉を受けてマシロがしゅんとして、うな垂れる。
「強引すぎんだよお前は。ちったあマシロの都合も考えろよ」
「だってしょうがないじゃん。マシロがいないと無理なんだし」
「そうだけどよ、マシロが困ってんだろ」
「じゃあその分、あんたが頑張る? 重いよ、あれ」
「……ちっ!」
やけにマシロの肩を持つレイジィ。
透けて見えるよ、下心が。言わんけど。
「ありがとうごさいます、レイジィさん。ユータス様に心配をかけてしまっているのは忍びないですが……もうここまで来た以上、しっかりと手伝わせていただきますよ。幸い、トワの魔力中毒症状は完全に良くなりました。あと数日で体力も元に戻ると思いますし」
トワは順調に回復しているようだ。
「そっか。安心した」
「お二人のおかげです。改めて、ありがとうございました。この御恩は、これしきのことで返しきれるものではありませんが、少しでもお役に立てたらと思っています」
マシロが白銀のロングヘアーをふわっとなびかせ頭を下げる。
そんな他人行儀な態度でお礼を言わなくてもいいのに。
だってさ、
「頭上げなよ。私達はもう、仲間みたいなもんでしょ」
「仲間だなんてそんな……。でも、嬉しいです」
「マシロ。あんたは黒朝の団のサポメンなんだからさ」
「はい。――えっ」
「マシロは黒朝の団のサポートメンバーになりました」
「えっと……。まりりん様、よく意味がわからないのですが……?」
「そのままの意味だよ。マシロにはね、黒朝の団の活動を手助けしてもらおうかと思ってさ」
私の突然の告白に、マシロが目を白黒させて唖然としている。
すっと考えていた事だ。
私一人で、白夜の団を追いかけているだけでは、今回のように重大な取りこぼしをする事もある。
始めから、白夜の団に私の事情を知っていて、且つ、信頼できる奴が協力してくれたらこんな事にはならなかった。
今後とも是非、お願いしたい。
「む、無理ですよッ! 私は白夜の団の所属であって、抜けることなんてできませんッ! まりりん様には大変お世話になりましたが、ユータス様を裏切ることなんて絶対にできませんッ!」
マシロが強い口調でまくし立てる。
なんて忠実な奴なんだ。いや、忠犬? それとも、忠獣人? どっちでもいいけど、増々欲しいよ、その忠義。
「所属はもちろん白夜の団のままでいいよ。黒朝の団の活動は、今みたいにどうしても必要な時だけでいいからさ。
そんで時々、ユータス様の事とか、ついでに白夜の団の事とかも教えてもらえるといいかなと思って」
「二股をかけているみたいで、白夜の団のメンバーに申し訳ないです……。やっぱり、いくらまりりん様の頼みでも、その提案は、受け入れられませんッ!」
いいね。マシロは尻の軽い女じゃない。
忠誠心の強い生娘なんだ。
簡単に日和ってくれるとは思ってないよ。
「黒朝の団はね、白夜の団をサポートするために結成されたの。そのサポメンになるってことは、白夜の団のためでもあるんだよ」
「ううぅ、つまり私は、サポートされる側でありながら、それをサポートする黒朝の団をさらにサポートするということでしょうか……?」
「たぶん、そゆこと」
なんだかサポート祭りだね。へへっ。
「それでもッ! ユータス様や、ココロやセツナに隠し事はできませんッ! 私は白夜の団、一筋なのですッ!」
「いや、獣魔族の事隠してんじゃん」
「はっ!? そうでしたッ!」
マシロが獣魔族である事は、ユータス様しか知らないのだ。
「マシロ、諦めろ。こいつはこうと決めたら絶対引かねえからな」
成り行きを見守っていたレイジィが口を開く。
「レイジィさん……」
「俺は身を持って、経験してるからな」
「説得力あるね、レイジィ」
「うっせえわ」
わかってるよ。
レイジィなりの援護射撃だ。
「そう……なのですね。はああぁ……」
深いため息を吐くマシロ。
そして――
「わかりました。白夜の団の活動に支障のない範囲であれば、その、黒朝の団のサポートメンバーとして携わらせていただきます」
「やったーッ! ありがとうマシロ、今後ともよろしくねッ!」
「はい、どうぞよろしくお願いします」
ご丁寧に、正座して地面に三つの指をついて頭を下げるマシロ。
どこの文化か知らないけど、マシロの生真面目さが良くわかる仕草だ。いいね。
「――あっ、ちなみに私からの招集は基本的に絶対だから、そこんとこよろしく」
「わかっていますよッ!」
よろしい。
マシロは賢い。
当然のごとく、承知済みらしい。
「よーっし。そんじゃそろそろ休憩は終わりにして、行きますか。ヒヒイロガメの甲羅を獲りにねッ!」
私達は、ヒヒイロガメの甲羅――つまりはヒヒイロカネを獲りに、水晶のダンジョンの奥地へと向かった。




