ココロの回想
――走馬灯、って言葉が頭をよぎる。
ユータス君が私をかばって大きな亀の魔獣にやられちゃって……それからわたしは――
ああ、何も思い出せない。
身体は動かないし、もう痛いのか、寒いのか熱いのか……わからない。耳も聴こえないし、目を開けることもできない。
わかってる。
きっとわたし、死んじゃうんだろうな。
だってさっきから、小さい時からこれまでの色々な思い出が、一瞬の内に駆け巡ってるから――
そうだ。
わたしの産まれは北部大陸だった。
両親の顔は知らない。
わたしは孤児だった。
四魔大帝の一角である悪魔族の王と、太陽の勇者率いる昇りゆく太陽との激しい戦いの後。
わたしは、崩壊した悪魔族の王国の後処理をしていた王都の騎士団によって見つけ出されたらしい。
瓦礫の中に、赤ん坊の泣き声が聴こえたんだそうな。
王都にある教会に預けられたわたしは、そこで親を亡くした子達と一緒に育てられたんだ。
教会での生活には、良い思い出があまりない。
教会の子達はみんな、僧侶になるために幼い頃から回復魔法に特化して訓練に励んでいた。
「――ココロ。あなた、まるで才能がないわね。どうしていつまで経っても初級の回復魔法すら使えないの?」
シスターの辛辣な言葉が、時を越えてわたしの心を抉ってくる。
わたしにもわからなかった。
同じ年ごろの子達は、順調に水属性の適正を得ることができて、初級の回復魔法なんてすぐに使えるようになったのに、わたしは適正を得ることができなかった。
同じ環境で育ったのに、心とは裏腹、身体が拒否するっていうか、絶望的に向いていないようだった。
「はあぁー。こんなことなら教会で引き取るんじゃなかったわ」
いつからか、シスターはわたしに魔法を教えてくれなくなり、他の子達からはあからさまないじめを受けるようになっていた。
家事を押し付けられて、蔑まれる日々。
辛くて、逃げ出したかったけど他に行く当てなんてなかった。
教会での生活はわたしの全てだったから。
それでも、家事の合間をぬって、自己流で回復魔法の特訓は欠かさなかった。
そして、十八歳の時、他の子達に遅れること十年。
わたしは、ようやく初級の回復魔法が使えるようになったんだ。
「あ、あの、シスター! わたし、初級の回復魔法が使えるようになって、あの、その……」
「あら……そう」
シスターは、わたしの報告にまるで興味がなさそうだった。
褒めてもらえるかも、なんて甘い期待はしていなかった。
同じ年ごろの子達はすでに、中級の回復魔法を使えてたし、教会を出て冒険者として一人前に活躍している子もいたし。
わたしはただ、口実がほしかったんだ。
「だから……。その、わたし、教会を出ようと思うんです。冒険者になりたいと思って……」
「……好きにしなさい」
十八年間共に過ごしたシスターとの別れは、実にあっさりしたものだった。
教会を出たわたしは、冒険者になるためにギルドに向かったんだ。
――ふふっ。
思わず、笑みが零れちゃう。
それからは、楽しい思い出しかないよ。
酒場で、ユータス君に助けられて、わたしの人生は変わった。第二の人生が始ったと言ってもいいぐらいだ。
ああ、本当に楽しかったなあ。
ユータス君と二人で白夜の団を結成して、セツナちゃんが仲間になって、シロちゃんを飼う事になって。
討伐クエストは毎回毎回、すごく大変だったけど、最後にはユータス君が神がかり的な力を発揮して倒したりして、とても充実した日々だった。
セツナちゃんのお産の時は、みんなで待合室で待ってたっけ。
いつも超然としていたユータス君がそわそわして、まるで落ち着きのなかったのがなんだか可笑しかった。今でも笑えてくるよ。
トワが産まれてからはもっと楽しくなった。
白夜の団みんなで子育てして、クエストにも精を出して。
酒場のお料理もおいしかったなあ。クエスト終わりには毎回、みんなで宴会なんかしちゃって。
ああ、そういえば。
あの熊みたいな大きな料理人さんが作ってくれたスイーツ。
ほんとに美味しかったなあ。また食べたいなあ。
夢みたいな、楽しい日々だったなあ……。
ああ、思い出に、もやがかかってきた。
意識が……もう、消えちゃいそう。
ユータス君は……きっと守れなかったんだろうな。
クリアクリスタルも、持って帰れなかった。
わたし達の冒険は……ここで終わりなんだ。
くやしい。
くやしいくやしいくやしい……!
もっと……、もっと、冒険したかった、よ……。
まだ……死にたく、ないよ。
生き…………たい……よ……。
――――。
「――……りりん様! 早く、回復魔法をッ!」
「――……急げ! まじで死んじまうぞッ!」
「――……かってるってッ!」
声が……、聞こえる。
視界に、薄っすらと映っている。
誰?
見たことない、人達。
けど、知ってる、ような。
「――……りったけの、高純度治癒水ッ!」
身体が、水の中に浮かんでいる感覚。
水が、わたしの中に入ってきて悪いものを全部、取り除いてくれるみたいな。
気持ちいい。
わたし、助かる……のかな。
嘘みたい。
うれしい。
うれしいうれしいうれしい……!
また、みんなと冒険できるんだ。
誰かはわからないけど、ありがとうございます。
お礼を言いたいけど――
ごめんなさい。
なんだか眠たくなってきた。
少し、眠らせてもらいます。
おやすみなさい。




