聖なる浄化
レイジィが放った聖属性の斬撃を受けて、ココロが苦しそうに地面をのたうち回っている。
その隙をぬって、レイジィが私に言ってきた。
「何だよ。まりりん、お前、聖属性も使えんのかよ」
「や。いきなり変な事言ってごめん。あの、別に隠してたわけじゃなくて、ただ使う機会がなかっただけで……。あ、でも全属性が使えるとは言ってたから隠してた事にはならない、かな?」
我ながら苦しい申し開きだ。
「別に驚かねえけどな」
「そうなの?」
「お前の父親の辺境伯って元勇者だろ。有名な話だ。お前が聖属性に適正があっても、何も不思議じゃない」
「そう……なんだ」
お父さんは昔、そこそこ名の知れた勇者だった、らしい。
本人が言ってたから真偽は不明だけど。
お父さんは次男で、冒険者とか好き勝手やってたらしいけど、跡継ぎである長男が亡くなって、急遽、家督を継ぐことになったのだ。
お父さんは王国でも随一の武力を誇る、有力貴族だ。
だからその辺の話は、広く知れ渡っていてもおかしくはないかもしれない。
私が世間知らずなだけで。
「まりりん様、酷いですッ! 聖属性の魔法が使えるなら早く援護して下さいよッ! 私、頑張っていたのですよッ!」
マシロが必死の形相で詰め寄ってきた。
いや、だからさ。
「色々考える事あったし、タイミングが合わなかったんだよッ! 使おうとしてたのッ!」
「ううっ。それでも、あんまりですよッ!」
「ごめんって」
「つーかよ。そんなことはどうでもいいんだよ。お前らが戦ってる奴。なんだよあれッ! 亀じゃねえのかよ。なんで悪魔族がいんだよッ!?」
レイジィが、私とマシロの不毛なやり取りを遮って言った。
「やっぱレイジィも、そう思う?」
「――あの角も、羽根もそうだ。禍々しい魔力もッ! 文献でしか見たことねえけど、明らかにそうだろッ!」
「マシロも同じ意見?」
「はい。悪魔族だと思います。ですが、悪魔族は……」
「絶滅したはずだ。昇りゆく太陽によってな。あれは残党か?」
お母さんが所属していた伝説のパーティー、昇りゆく太陽は二十年前、 北部大陸を支配していた四魔大帝の一角の討伐に成功した。
それが、悪魔族の王だった。
配下の魔族は大勢いたけど、悪魔族と呼ばれる者達は少なくて、悪魔族の国の幹部など中枢部に数十人程度しかいなかったらしい。
お母さんは、その者達を全員残さず、殲滅したと言っていた。
うーん……。残党? それは違うだろ。
だって、
「レイジィ。あれは、ココロが変身した姿だよ。白夜の団のちびっこ僧侶の」
「はあ? わけわかんね」
「私もわけわかんねえよ。でも、事実なの。今は考えてる暇はないから、受け入れるしかないよ。ほら、ココロの奴、まだまだやる気満々だよ」
胸部から、紫っぽい血を滴らせながらココロが吠える。
「アアアアアアッ!」
「ちっ……! 立ってくるか。渾身の一撃だったんだけど……な」
レイジィがぼそりをつぶやいた。
よく見たら、肩で息をしている。
たぶん、ここまで頑張って走ってきたんだ。
体力は残り僅かってとこだろう。
「ふうぅー……。まだ向かってきますか。私はもう、限界だというのに……」
マシロが、足をふらつかせながら言った。
マシロはすでに傷だらけである。
二人とも満身創痍じゃん。
この状態で戦闘が長引くと、勝ち目はどんどん低くなるだろう。
まあ、そんなことはさせないけど。
「二人とも、下がってて」
「ユータス君ハーッ! 絶対二私ガ守ッテエエエエェェェー! ウワアアアアアァァァーッ!」
ココロの身体から、黒色の魔力があふれ出すッ!
地を蹴り、爆速で向かってくる。
時は来た。満を持して、解禁させていただこう。
私の、聖属性魔法をッ!
右手を弓矢を引くように引き込み、魔力を込めた。
白い、光の粒子が五本の指に灯り、スパークする。
真っすぐ、直線上に狙いを定めて――右手を突き出した。
「はあああああッ! 激烈聖光線ッ!」
五本の聖なる光線がそれぞれ放物線を描き、ココロに降り注がれる。
白色の光線は、聖なる光。
魔族に対しては魔防無視の無慈悲な光線だ。
「ギャアアアアアァァァァァー…………!」
ココロに対しては、慈悲がある。大いにある。
私の思いとは裏腹な攻撃だけど、他にもう手はなかった。
だから、後は願うだけ。
どうか、死なないで。
「――ユー、タス君ハ…………。私ガ……私ガ…………。守、ル……。…………」
ココロが仰向けに、地面に倒れこんだ。
微動だにしない。
露出している灰色の肌は、聖なる光を受けて焼けただれており、見るも無残な姿だ。
「ココローッ!」
たまらず、マシロが駆け寄った。
私は、しばらく呆然としていたが、はっと気がつきココロに近寄った。
「まだ終わってないッ! 私達の目的は、ココロを倒すことじゃないッ! 元に戻すんだよッ!」
瀕死の状態になっても、ココロは未だ悪魔族の姿のままだ。
「どうやって戻すんだよッ!」
「……ッ! どうやって……。わかんないッ! 今から考えるのッ!」
私は、焦る気持ちを必死で落ち着かせて、思考をフル回転させた。
「ココロは生きてますッ! ですが、虫の息ですッ!」
早くしなくちゃ、手遅れになっちゃう。
早く、早くッ……!
考えろ。思い出せ。
私は二年間、ずっと白夜の団のサポートをしてきたんだ。
その道程に、何かヒントはなかったか。
記憶を遡り、ココロを想う。
ぱっと思い浮かんだのは、食事の時の事だった。
ココロの奴、ちびっこで小食のくせして甘いものには目がなかったなぁ。
そういえばトンさんは、白夜の団にだけ特別にスイーツを作ってたっけ。
主にココロに食べてもらいたくて、色んなスイーツを試行錯誤して作ってたんだ。
見つかると店長に怒られるから、こっそり私が運んだりして――
「あっ、閃いた。トンさんの作ったスイーツを食べさせれば元に戻るかもしれないッ!」
「真剣に考えろッ! 無理だッ!」
「だよねッ!」
本気で元に戻る可能性もあると思ったけど、現実的に無理だ。
「まりりん様ッ! ココロの呼吸が弱くなってきていますッ!」
「……ッ!」
考えろ。思い出せ。
他に何があった。
…………。
ううっ。
思い出されるのは、冒険者ギルドの酒場で食事している場面と、討伐クエストでサポートしている時の事ばかりだ。
討伐クエストではココロはほとんど戦闘には参加せずに、応援してるだけだったし、特別な事はなかった、と思う。酒場ではスイーツを美味しそうに食べてたし。
ああ。そもそも、私ってココロに一ミリも興味なかったんだ。
ユータス様の事なら、一挙手一投足、全部覚えてるのに、他のメンバーの事なんてまるで覚えちゃいなかったわ。
あ。でも、ココロの事で鮮明に覚えてる事が一つだけあった。
それは、ユータス様に付随した記憶だからなんだけど。
私が始めて、ユータス様とココロに出会った時の事。
ココロが、酔っ払いのモブ勇者にからまれて蹴っ飛ばされたところを、ユータス様が身を挺して庇ったんだ。
あれは、美しい光景だったなぁ。
私が、ユータス様を知ったきっかけだ。
まるで、そこだけスポットライトが当たっていて、光輝いているみたいな――
ん?
光輝いて?
「そういえばあの時……。モブ勇者にココロが蹴っ飛ばされて、そんでココロから異様な殺気を感じて……。ユータス様が覆いかぶさったら治まって……」
あの光は……私の錯覚じゃなかった?
ユータス様はココロに覆いかぶさって、何をしたッ!?
そんなの……決まってんじゃんッ!
「まりりん様、早くして下さいッ!」
「オッケッ! イケるよ、任せてッ!」
私はしゃがみ込み、右手をココロの胸にかざした。
「聖なる浄化ッ!」
ユータス様はあの時、ココロから邪悪な魔力があふれそうになるのを感じ取って、咄嗟に聖属性魔法を使って抑え込んだんだ。
聖なる光が、ココロ包み込む。
中級の聖属性魔法であり、生活魔法に分類される魔法だ。
例えば、魔素が濃くなり過ぎた地域では作物が変異することがある。
魔素を多く含 んだ作物を摂取すると、魔力中毒の元となるのだ。
聖なる浄化とは、主に大地や空気など、自然に作用する浄化の魔法だ。
それを、ユータス様は転用してココロに使ったんだ。
「お願いッ! 効いてッ!」
私は、祈るような気持ちで精一杯の魔力を込めた。
ココロの身体が少しずつ変化していく。
角が埋もれていき、漆黒の羽根は収束し始めるが――
「くそッ、ダメだッ! こんなんじゃ足りないッ! ちくしょッ!」
元に戻るまでには至らない。
膨大な魔力を持つ悪魔族の姿のココロには、中級の聖属性魔法程度では、効力が全然足りないんだ。
それでも――私は、魔力を振り絞る。
「なるほどな。そういうことが」
背後から、落ち着いた調子の声が聞こえた。
「レイジィ!?」
「くそだりぃ、とは言わねえよ。俺のありったけの魔力を、くらいやがれッ! 聖なる浄化ッ!」
私とレイジィの聖魔法が、リンクする。
統合された私達の魔法は二倍か――いや、もっと、ずっと大きな光となってココロを包み込んだ。
さながら、疑似的な境界線を越える魔法だ。
停滞していたココロの変化が、加速する。
角が、羽根が、爪がどんどん収束していく。
灰色がかった肌が、まだら状になり消えていく。
「あと少しですッ! まりりん様、レイジィさんッ!」
マシロの激が飛ぶ。
「はああああああッ!」
「うらあああああッ!」
「「聖なる浄化ッ!!」」
一層、煌めく光が、ココロに注がれた。
光は、ココロの姿形をまばゆさで覆い隠す。
私は、あまりのまぶしさに目を眇める。
やがて――光の収束をもって、最初に私の目に映ったのは、
「――おかえり、ココロ」
見慣れた、ちびっこ僧侶の姿だった。