今こそ、解禁すべき時だろう。私の、聖ぞ――
「マシローッ! マシロどこーッ?」
無茶苦茶な軌道で追ってくるココロから逃げつつ、私はマシロを呼んだ。
「ヘルプミーだよッ!」
「ここにいますッ! まりりん様ッ」
「私の魔法がクリアクリスタルのせいで弱くなっちゃってんだよッ! にっちもさっちもいかないのッ! ――あっ。ちっ……!」
ココロの、まるで鞭のようにしなやかな回し蹴りが、私を襲う。
「死ネエエエエェッ!」
「……ッ! 轟雷電ッ!」
咄嗟に放った雷魔法が、ココロに直撃。
たぶん、ダメージは少ない。静止はほんの数秒。
でも、それでいい。
私はその隙に、マシロの元へと駆け寄った。
「ユータス様はッ!?」
「安全な所へお運びしましたッ!」
「オッケ。マシロ、あんた、戦えるよね?」
「えっ、はい。ですが……、あのココロとですかッ!?」
「そうだよ。じゃないとじり貧なのッ! 私はあんたのサポートに徹するからよろしくッ!」
「ま、待って下さいッ! 荷が重いですッ!」
「言ってる場合じゃないのッ! いいからゴーッ!」
「わ、わかりましたッ! やるだけやってみますッ!」
自信なさげなマシロに任せるのは、少々しのびないが仕方ない。
でも、マシロだって魔族なんだ。
しかも、獣魔族。
獣魔族は、魔族の中でもとりわけ身体能力が高いといわれている。
そんな、たぶん力自慢のマシロをして、荷が重いって言わせるココロの意味不明な強さよ。
びっくりを通り越して、ただただ腹立つわ。
「プレゼントだよ。電光石化ッ! ――ほら、来たよ。行ってらっしゃいッ!」
筋力バフを掛けて、マシロの背中を押しだしてやる。
「やあああああぁッ!」
マシロが地を蹴り、ココロへと向かっていく。
ぶつかり合う寸前、どちらともなく腕を出し、正面でがっぷり互いに組み合った。
力比べの様相だ。
「がんばれー、マシローッ!」
「ぐぐぐぐッ! 負けませんよ、ココロッ!」
見ている私まで、力が入る。
マシロは、ココロの高速の突進を器用に受け止めた。
筋力バフが乗っているとはいえ、並大抵の反応速度と膂力じゃない。やるじゃん。
「はあッ!」
ココロの腹部に蹴りを入れるマシロ。
ココロを吹っ飛ばし、ダンジョンの壁に叩きつける。
が、ココロもすぐに立ち上がり、再びマシロに突撃してきた。
二人の、息つく間もない激しい攻防が繰り広げられている。
「なんて速さよ。さっさとマシロに代わって良かったわ……」
しばし、見入ってしまっていた。
いやいやいや。
援護、しなくちゃッ!
私は右手を突き出し――固まった。
「うーん……。援護、ムズくね?」
超高速で動き回る二人の攻防は、目で追うのが精いっぱいの速さだ。
瞬間、瞬間で攻守が入れ替わり、場所は地面から壁、空中へと絶えず移動を繰り返す三次元の戦いだ。
「これじゃあ、境界線を越える魔法使ってる間、ないじゃん」
私の奥の手、境界線を越える魔法には、ある程度のためが必要だ。
魔法の種類にもよるがざっくり、二秒から三秒。
その間、二人が同じ所に留まっている保証はない。
全力でぶっ放して、当たれば結構なダメージは通るだろうが、たぶん外す。
マシロを巻き込んじゃう危険もあるし。
「初級の魔法は論外だし、中級だと動きを止める程度はできるんだけどなぁ」
私の中級魔法は、なんなら息を吸うのと同じぐらい自然に放つことができる。精度にも自信がある。
威力が落ちてても、動きを止めるぐらいできる事は確認済みだ。
でもなあ……。
「ちまちま削ってくか? いや、その前にマシロが潰れる」
マシロは一見、ココロと互角に渡り合っているように見えるが、筋力バフありきだ。
効果が切れたらたぶん、押し切られる。
「やっぱあれしかない、か」
私にはまだ、使っていない魔法がある。
別に、奥の手ってわけではない。
ただ、今まで使う機会がなかっただけだ。
実戦で使ったことないから多少の苦手意識はあるけど、単属性だから発動速度は速い。
高速で動き回るココロにも照準を合わせることはできると思う。
ぶっつけ本番だけど。
「やるか」
今こそ、解禁すべき時だろう。
私の、聖ぞ――
「きゃあああああぁッ!」
と、その時。
マシロが悲鳴をあげて、私の方へ吹っ飛んできた。
「あぶなッ!」
寸前で避ける。
「大丈夫?」
「ぐッ! 少し、やられました……。でも、大丈夫、ですッ!」
筋力バフはまだ効いている。
が、徐々に押され始めているようだ。
「まだまだですよ、ココロッ!」
再び向かっていくマシロ。
がんばれー。
仕切り直してっと。
私は右手を、弓矢を持つように引き込み、ココロに照準を合わせた。
よし。今度こそ解禁するぞ。
私の聖ぞく――
と、その時。
空中にいるココロに対して、マシロが大技を繰り出した。
「くらいなさいッ! 白狼氷結爪ッ!」
氷のかぎ爪を、両の手に纏ったマシロがココロに迫りゆく。
おっとっと。
今は援護するタイミングじゃないな。もう少し様子を見よう。
私は右手を、いったん降ろした。
マシロの、氷のかぎ爪がココロに届く直前。
ココロが咆哮をあげ、先ほどヒヒイロガメを葬った魔法を繰り出した。
「ドウシテ邪魔スルノオオオオォーッ! 深淵より来る炎ッ!」
あっ、やばい。
「あああああぁッ……!」
黒色の炎を、正面からまともにくらったマシロが地面に叩きつけられる。
私は急いで駆け寄り、地面に横たわるマシロに右手をかざした。
「うわっ、これは酷い。高純度治癒水ッ!」
「ううっ……。す、すいません」
ココロは空中で、肩で息をして留まっている。
強力な魔法を打ち終わり、一息ついているといったところか。
チャンスだ。
三度目の正直。
今度こそ、解禁させてもらおう。
私の聖属せい――
が、その瞬間。
「聖光翔覇斬ッ!」
ココロに向かって、どこからともなく光の刃が放たれた。
「ギャアアアアアァァァ……!」
これまでに聞いたことのない、ココロの悲鳴。
光の刃はココロの胸部を抉り、力なく地に落とした。効果抜群だ。
でもこれって――
「聖属性の攻撃じゃんッ! まさかあいつ――」
斬撃の元を見るとそこには、黒鉄の剣を持ち、黒髪を跳ね散らかした眼つきの悪い男がいた。
「お前らッ! 一体、何と戦ってんだよッ!」
レイジィが、私達を追ってやってきたのだ。
「……………ちっ」
思わず舌打ちがでた。
いや、別にいいよ? 全然いいんだよ?
むしろナイスタイミングだよ。
私と違ってね。
でもさ。
「横取りしないでよレイジィ! 私だって聖属性の魔法、使えるんだからねッ!」
ついつい口にでちゃった。
「えっと、まりりん様……?」
「はあ? 何言ってんだ、お前?」
はッ!?
「ご、ごめん」
私は、場の空気を無駄に混乱させた。
えっと
第二ラウンド、ココロ対マシロ。レイジィの乱入によりドロー、ってことで。
へへっ。




