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私、冒険者になるよ

「トンさん。私、冒険者になるよ」

「やや、まりりん殿。吾輩に話があるとのことでしたが、冒険者とな? 一体どういう訳でありますか?」


 酒場の閉店時間が過ぎ、後片づけも終わって、店内は食事時の喧騒が嘘みたいに静まり返っている。

 店内には私とトンさんの二人きりだ。他の従業員たちはすでに皆、退勤している。


「あのね、トンさん。私、聞いちゃったんだ。ユータス様達、白夜の団(ホワイトナイト)は――」


 私は、トンさんに事のあらましを聞かせた。白夜の団(ホワイトナイト)があと一か月程でCランクに昇格すること。王都を旅立ち、北部大陸を目指すこと

 ココロ推しのトンさんにとっても大事な話だ。黙っているわけにはいかない。なにより、トンさんは私の一番の理解者であり、マイブラザーなのだ。


「ななな、なんですとッ! ココロたん……、いえ、白夜の団(ホワイトナイト)が王都から旅立ってしまわれるというのですかッ! おおおッ! ココロたんのいない王都になんの意味があるというのですかあああぁッ!」


 トンさんの絶叫が、静寂に包まれていた酒場に響き渡る。

 二メートル近い巨体に、体重は百五十キロ越え。酒場が揺れるほどの絶叫だ。


「だよね。わかるよトンさん、その気持ち。だから私は、給仕の仕事辞めて冒険者になることにしたの」

「つまり、白夜の団(ホワイトナイト)を追いかける、とな?」

「そゆこと。私もパーティーを結成して、王都から旅立つ」

「なるほど。そういう事でしたか。ええ、もちろん吾輩もお供しますぞッ!」

「トンさんなら絶対、そう言ってくれると思ってたよ。ありがとう」


 断られるとは思っていなかったけど、トンさんはみなまで言わずとも、私の意をくんでくれた。

 やはりマイブラザー。話が早い。


「しかし、まりりん殿。新たに結成するパーティーは今のところ、吾輩とまりりん殿の二人のみですよね? 肝心の勇者はどうなさるおつもりで?」

「うーん……。問題はそこ、なんだよねぇ……」


 冒険者ギルドに登録できるパーティーは、勇者を中心としたパーティ―のみである。

 勇者とは、魔族に有効なダメージを与えることができる聖属性に適正のある者が、王都の勇者養成機関で訓練を積み、一定のレベルに達した者に与えられる称号なのだ。

 訓練を終え、勇者の称号を与えられた者はその後、パーティーを結成して、冒険者ギルドに登録し、王都周辺で実績を上げた後、旅立っていくのだ。


「どっかに暇してる勇者、いないかなぁ……」


 元々、冒険者ギルド自体が魔族を討伐する勇者のサポートを目的として創設されているのだ。

 魔族の討伐が主な目的であるため、勇者のいないパーティーは、パーティーとして認められていない。


「ううむ……。勇者の称号を得た方々は皆、養成機関でそれはそれは厳しい訓練をこなしてきたと聞いております。王都にいる勇者達も、旅立った勇者達も打倒魔族を誓い、日々命がけで戦っておられるはずです。暇してる勇者などまず、いないでありましょう」

「そう、かなあ?」


 最悪、私とトンさんの二人で白夜の団(ホワイトナイト)を追いかけることも考えなければいけないが、できることなら避けたい。

 正規のパーティーとして追いかけたい。


 冒険者ギルドは各国、および、一定以上の規模をほこる町に設置されており、正規のパーティーには様々な恩恵があるのだ。

 魔族を討伐するという各国共通目的の元、装備品や宿代、食事代の割引などが受けられ、何より、クエストを受注して金銭を稼ぐことができるのだ。


 推し活にはお金が必要だ。私達自身が困窮していては、万全の状態でユータス様をサポートすることはできない。


「暇してる勇者の件は、ここで話していても答えはでないでありましょう。明日、ギルドの職員にでも聞いてみましょうぞ。ギルドは冒険者の情報が最も集まる場所です。何か有益な情報が得られるやもしれません」

「そうだね。うーん、あまり期待はできないかも、だけどね」


 明日以降の方針は固まった。とりあえずは勇者探し。数日探して見つからなかったら諦めて、トンさんと二人で追いかけよう。


 トンさんと別れ、私は借りている部屋へと帰っていった。


 ※ ※ ※


 翌日。

 私はまず、酒場へ冒険者になる事を伝えて、辞表を出した。

 店長は大変驚いてて、そりゃ無謀だ、なんて言ってたけど、最終的には応援してくれた。

 推し活のために度々仮病で休んでたけど、解雇もされず二年間働かせてくれた。

 いい職場だったぜ。ありがとう店長。


 同じく、辞表を出したトンさんと合流して、併設されている冒険者ギルドへと向かった。


「なんで泣いてるの? トンさん」

「おおおッ! 吾輩のようななんの取柄もない者を、これまで雇ってくれていた店長に申し訳なく、涙がとまりませんッ!」

「冒険者になるの辞める?」

「辞めませぬッ!」

「オッケ。じゃ、行こう」

「了解でありますッ!」


 人には誰しも優先順位ってもんがある。

 私はユータス様が一番。トンさんはココロが一番。

 ユータス様しか勝たんッ! っとまでは言わないけど、給仕の仕事は二の次。

 ただそれだけだ。



「おはようミルフィさん。私、冒険者になることにしたから、勇者紹介して」

「えーっと、あなた確か酒場の給仕のまりりんさんよね? ちょっと何言ってるかわからないんだけど?」

「私、冒険者になることにしたから、勇者紹介して」

「はあ……?」

「はあ……? じゃなくてッ! もう一回言おうかッ!?」


 冒険者ギルドの受付嬢であるミルフィは、今日も胸元が無駄に大きく開いたワンピースに身を包んでいた。無駄に大きいバストがこぼれ落ちそうだ。

 いっそのことこぼれ落ちてしまえ。そして私に分けてくれ。


「冒険者に転職するってこと? いいけど、勇者を紹介する前にまりりんさん、あなたの職業はなあに? 十歳の時に受けたステータス鑑定はどうだったの?」

「ああ、職業ね。魔法使いでいいよ」

「いいよって。そんな適当には決められません。時々いるのよねえ、そういういい加減な人。ちょうどいいわ。ここでステータス鑑定しましょう。ギルドのステイタスライムは高性能だから、ばっちり鑑定できるわよ。後ろの、あなた。調理師のイートンさんね。あなたも一緒に鑑定しましょう」

「えええぇ……」

「よろしくお願いします」


 ミルフィは、見た目はほわほわしててなごみ系女子だが、仕事はできるともっぱらのうわさだ。色々と柔らかそうな身体に反して、中身は適当を許さない頑固な人。

 王都の冒険者ギルドの受付嬢だ。そりゃそうか。


 はあぁ、ステータス鑑定か……。


「やんなきゃダメ?」

「駄目」


 この国に住む者は皆、十歳になったらステイタスライムを用いてステータス鑑定を行うことが国で定められている。


 ステイタスライムとは無色透明なスライムで、対象者の身体の一部をその身で包み込むことで、対象者の内在的特徴、および身体的特徴を一時的に宿し、表出することができるのだ。

 主な目的は聖属性に適正がある者、つまり、未来の勇者を早期に発見するためである。

 また、魔力の強い者、膂力が強い者、体力のある者等、将来勇者パーティ―に成りうる者の発見にも役立てられている。


 もちろん私も、十歳の時に鑑定は受けている。

 その時の結果は――。


「じゃあ、このステイタスライムに手をかざしてみて」


 冒険者ギルドの奥にある小部屋に通された。中央には台座があって、直径二十センチ程の無色透明なスライムが鎮座している。

 私はミルフィに促されて渋々、ステイタスライムに手をかざした。


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