ココロ
ダンジョンの壁に叩きつけられたヒヒイロガメが、土煙の中、むくりと起き上がった。
「ギィヤアアアアアァァ!」
長い首をのけぞらせて、鉱石の弾丸を放つ。
先ほど、ココロをハチの巣状にした散弾ではない。
たっぷりと力を蓄えた巨大な弾丸だ。
ココロは――避けない。
その場でただ、右手を広げてつきだしている。
「うそでしょ!?」
ひと抱え程ある巨大な鉱石の弾丸は、ココロを微動だにさせることもなく、右手の前で爆散した。
不気味な笑みを見せココロが、地面を踏み込み跳躍する。
「ハアアアアアァッ!」
ヒヒイロガメに一気に近づいたココロは、鉱石を打ち終わってわずかに硬直しているヒヒイロガメの頭を、思いっきり殴った。
「殺ス殺ス殺スッ! 死ネエェッ!」
ヒヒイロガメを殴って、振り回して、叩きつけて、蹴っ飛ばすココロ。
目にもとまらぬすさまじい攻勢だ。
「――まさか、ココロが魔族だったなんて……」
私と同じく、唖然として見ていたマシロが言葉をもらす。
「あんたが言う? それ」
「あ、いや……。そう、ですよね」
短い期間に二度も、それを経験させられた私の心情をおもんばかれッ!
「まさか、あんたの獣魔族化が前振りになるとは思わなかったよ」
「す、すいませんッ!」
「いや、あやまられてもさあ。マジでどうなっちゃってんのよ、白夜の団。気づかなかったの?」
「全く気がつきませんでした」
「……そっか」
かく言う私も、全く気づかなかった手前、あまり追及はできない。
ああ、そう言えば。
初めてユータス様とココロに会った時の事。
冒険者ギルドで酔っ払ったモブ勇者にココロが絡まれて蹴られた時、ココロに異様な殺気を感じ取ったんだった。
あの時はユータス様が身を挺して庇ったから何事もなかったんだけど、なるほど。こう、繋がるわけか。
「それにしても……、ココロは強すぎます」
「うん、そうだね。魔族ってみんなあんな感じなの?」
「いえ。ココロは異常です」
「だよね」
魔族が皆、Sランクの魔獣を一方的に攻撃できるぐらいの戦闘力を持っているとしたら、たまったもんじゃない。
全人類が萎えるわ。
私とマシロは、すっかりお客様気分で戦闘を傍観していた。
ってか出る幕がない。
ココロは正気じゃないし、下手に出ていったら巻き込まれるのが落ちだ。
殺すとか、死ねとかばっか言ってるし。
なんなのよ。あんたそんなキャラじゃないでしょ。
キャラ崩壊もはなはだしいわ。
「ヒヒイロガメは……、ココロに対して防戦一方のようですね」
「うーん。そうかな」
激しさを増す戦い。
ココロは地上やダンジョンの壁、はたまた空中を使うなど、三次元に飛び回っては打撃を加えている。
ヒヒイロガメはココロの動きに全くついていけてない。打撃を食らうばかりだ。
でも――
「あまり効いてなさそうだよ」
「えっ」
ヒヒイロガメは何度叩きのめされても、何事もなかったようにむくって起き上がっている。
ダメージは少なそうだ。
パワーもスピードも大したことないけど、防御力がとびきり高いんだ。
特に、あの甲羅がヤバい。つるつるのぴかぴかで、傷一つない。
手足や首から上はまだしも、あの、深紅に艶光している甲羅への攻撃はきれいに弾かれている。
さすが伝説の金属だ。ヒヒイロカネだっけ?
現に、甲羅を蹴っ飛ばしたココロが足をぷらぷらさせて気にする素振りをみせている。
蹴った足の方が痛かったんだろうな。
それでも――
「死ネ死ネ死ネ死ネ死ネエェッ!」
ココロは元気いっぱいに死ね死ね言っている。
語彙力どこいった。
「ある意味、硬直状態だね」
と、そこで私は重大な事を思い出した。
「あっ。マ、マシロッ! この隙に、ユータス様を救出しようよッ!」
「はっ! そ、そうですねッ! 気が回りませんでしたッ!」
いけね。
呆気にとられすぎていて、一番大切なことを忘れていた。
私としたことが。なんたる失態ッ!
「来てマシロ。一緒に運ぼうッ!」
「はいッ!」
二人して、岩陰を飛び出した。
横目でココロとヒヒイロガメの戦いを気にしながらユータス様の元へと向かう。
すると――
「ん?」
戦況に変化が見られた。
ココロは漆黒の羽根をはばたたせて、空中で静止している。
「何するつもりだろ」
「どうかしましたか?」
「ココロの奴が――」
ココロが地面にいるヒヒイロガメに両手を向けた。
ココロの手のひらに、黒色の魔力が充満していく。
「死ネ死ネ死ネエェッ! 燃エ尽キロオォッ! 深淵より来る炎ッ!」
禍々しい漆黒の炎がヒヒイロガメに放たれ、覆いつくす。
「ギイイイィヤァアアアアァァ……!」
炎の中をのたうち回るヒヒイロガメ。
甲高い絶叫が、ダンジョン内に反響する。
「死ネ死ネ死ネェッ! ハアアアアァッ!」
さらなる火の手にヒヒイロガメが、大炎上。
「……ッ! 何よあれッ!? あんな魔法、知らないッ!」
余波に当てられ、肌がヒリつく。
酷い、熱波だ。
「マシロッ! ユータス様は大丈夫ッ!?」
一足先に、ユータス様の元へたどり着いたマシロは、熱波からユータス様を守るように覆いかぶさっていた。
「なん、とか……。でもちょっと、辛いです。私、熱さには弱いので……」
額から脂汗を垂らしてるし、息も切れ切れだ。
「ちっ! 氷結防壁ッ!」
氷壁を展開して、二人を守る。
しばらくして――
ヒヒイロガメの悲鳴が消えいった。
同時に、熱波が治まった。
「……終わった、のかな?」
氷壁を解除。
氷の欠片が散開して、景色が広がる。
「あっ――」
私は違和感を覚えた。
あるはずのモノがない。
開けた空間には、深紅の甲羅が残されているだけで、ヒヒイロガメの手も、足も、首から上もキレイに消え去っていた。
地面には炭化した残骸がぶすぶすと煙を発している。
そして、空中には、ニヤリと不気味に笑うココロがいた。
「アハッ! ユータス君ヲ傷ツケル奴は、殺スッ!」