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上位種

 水晶のダンジョンを、奥へ奥へと駆けていく。

 ユータス様とココロは、もうすぐそこだ。


 行く先に、一層、明るく開かれた空間が見えてきた。

 おそらく、クリアクリスタルの鉱床だろう。


 そこで、戦火が舞っていた。


「いたッ! あそこだッ!」


 私とマシロは駆け寄り、近くにあった大岩の影に身を寄せて様子をうかがう。

 空間の支配者然として存在感をはなつ、巨大な魔獣が一体。

 相対しているのは、血が滲み泥にまみれた服を着た、ちっこい女の子だ。


「ココロ……? 相手は……何あれ? なんで。ユータス様はッ!?」


 周囲を見渡す。

 ――あっ、いた。

 ユータス様は、少し離れた場所にうつ伏せで倒れていた。

 えっ。どういう状況?


「ココロを助けに行きますッ!」


 勢い勇んで、マシロが岩陰から飛び出していく。


「待って」


 咄嗟に手を掴み、留まらせる。


「どうして止めるのですッ!」

「少し、冷静になりなよマシロ」


 私には二年間、白夜の団(ホワイトナイト)の戦闘を陰ながらサポートしてきた実績がある。

 白夜の団(ホワイトナイト)がピンチに陥り、ユータス様が大きな傷を負ったのも一度や二度ではない。

 しかし、私は守り切ったのだ。

 修羅場なら何度も経験しているし、危機察知能力には一日の長がある。


 その私のセンサーが、ビンビンと警告を発している。


「様子が変だよ。周り、見てみな」

「……ッ!? 魔獣の死骸が……。あれは、タマハガメの死骸ですか!?」


 空間のあちこちには、タマハガメの死骸が無数に転がっている。

 明らかにユータス様が倒した感じではない。傷痕が荒々しい。

 甲羅はバリバリに割れ、四肢は乱暴に引き千切られたかのようだ。


 まるで食い散らかした後のような――


「あいつがやったんだよ」


 ココロが対峙している、亀型の魔獣。

 タマハガメとよく似たフォルムだが、サイズは比にならないぐらい大きい。

 目測で直径三メートル強はあろう深紅の甲羅を背負い、甲羅の頭側からは鱗に覆われた長い首が伸びている。

 まるで甲羅を背負った龍のような外観だ。


「あれは……、上位種ッ!?」

「うん、間違いない。ヒヒイロガメだ。Sランクの超激レア魔獣だよ」


 私が奥の手、境界線を(マジカル)越える魔法(クロスオーバー)を解禁してまで倒した、火龍ベニホムラと同格のSランク。

 確か、もう何十年も目撃情報すらなかった気がする。

 その、深紅の甲羅は「ヒヒイロカネ」という金属でできており、オリハルコンやアダマンタイトと共に、伝説の金属と言われている。って習った記憶がある。


 もちろん、白夜の団(ホワイトナイト)はこれほどまでの強敵と戦った経験はない。

 ユータス様なんて秒殺どころか、まばたきする間に瞬殺だろう。

 そんな、超激レアの強敵がいるのもおかしいけど、それ以上に解せないことがある。

 どう考えても、今のこの状況は異常事態なのだ。


「――くっ……! コ、ココロッ! に、逃げるんだッ!」


 血だまりの中、うつぶせで地面に這いつくばっているユータス様が、悲痛な声をあげる。


「嫌ッ! わたしが逃げたら、ユータス君が死んじゃうッ! クリアクリスタルもまだ採ってないッ!」


 傷つき、ふらふらになりながらも、魔法ステッキを握りしめて対峙しているココロ。

 助けに入らなきゃいけない状況だと、頭では理解していた。

 遠距離からの風魔法のサポートじゃなくて、もっと直接的なサポートじゃないと守り切れないって、わかってた。


 でも――やはり、何かひっかかる。

 私のセンサーが、それが最適解じゃないって警告している。


「キィエエエエェェェッ!」


 甲高い鳴き声を発しながら、ヒヒイロガメが長い首を鞭のようにしならせて、ココロに喰いかかった。


「あああッ……!」


 肩口が、ごっそり喰い破られる。

 それでも倒れない、ココロ。


「はあぁ、はあぁ、はあぁ……。ユータス、君は……、ユータス、クンは……、私が、ガガ、ま、マモ、守る……」

「――ぐっ……、コ、ココ、ロ……」


 ユータス様の、消え入りそうな声が聞こえる。


 ヒヒイロガメが、首をのけぞらせて鉱石ような弾丸を吐き飛ばしてきた。

 弾丸は、魔法ステッキを弾き飛ばし、一瞬の内に、次々とココロの小さな身体に着弾していく。


 それでも――


「ユ、ユータスクン、は……、わたしがワタシガ、ガガ……まも、マモ、ル……、キズつける、のは、ユル、さ――」


 ココロは倒れない。


「ま、まりりん様ッ! ココロが死んでしまいますッ!」

「…………」

「助けに入ります――」


 マシロの言葉を遮り、私は問いかけた。


「ねえマシロ。ココロって何者? 何で倒れないの?」

「えっ……」

「おかしいっしょ」


 私が白夜の団(ホワイトナイト)の戦闘をサポートしていた時、ココロはほとんど戦闘には参加していなかった。

 基本、ユータス様が一人で戦って、ココロはおろおろしながら応援しているだけ。

 そして、戦いが終わった後にユータス様に回復魔法をかけるといった具合だった。


 時に、ユータス様が大きな傷を負う事もあったけど、ココロの初級の回復魔法でなんとか癒せる程度のものだった。

 致命傷を負う前に、私が陰ながらサポートして倒していたから。

 よって、ここまでのピンチな状況はなかったし、ユータス様が死にかけて、ココロが前面に立って戦うってのは、白夜の団(ホワイトナイト)にとっては初めての展開だ。


 そこで、とんでもないイレギュラーが発生している。


「ココロなんて瞬殺されてなきゃおかしいってッ! 相手はSランクの魔獣だよ? ユータス様が地面に転がってるのは百歩ゆずってまだわかるけどさ、ココロがあれだけ傷ついてもまだ倒れてないのは明らかに異常だよッ! なんでよッ!」


 もちろん、ココロが倒れることを望んでいるわけじゃない。

 けど、さ……。


「ココロは……、初級の回復魔法しか使えない未熟な僧侶で人族で……」

「知らないんだね」

「……はい」

「まったく、マシロといい、ココロといい、白夜の団(ホワイトナイト)って一体なんなん――」


 瞬間、私の全身に悪寒が走った。


「…………ッ!?」


 肌が泡立ち、背筋を冷や汗がつたう。


「――ココ、ロ……。その、ちから、は…………、だ、だめ……だ……、…………」


 ユータス様の声が、消えいった。

 気絶したんだ。


「……ッ! なによココロの奴ッ! ざけんなよッ!」


 キッとココロを睨みつける。

 ココロの小さな身体から、どす黒い邪悪な魔力が溢れだす。


「ゆるさない許さなナイ……コロス、どうしてドウシテッ! ユータスクンヲ、キズツケル、ヤツハ……ユルサナコロスコロス殺す…………、うああああああアアアアァァァァ……!」


 溢れでた邪悪な魔力の奔流が、ココロの身体に纏わりつき――身体を変化させていく。


 露出している肌が、灰色のようなくすんだ色に侵食されていく。

 肩甲帯が盛り上がり、衣服を突き破る。

 顕現したのは黒より暗い、漆黒の羽根だ。

 爪はするどく凶悪な形状になり、グレイのショートボブの側頭部からは角が二本、生えている。

 銀色の瞳が禍々しく、正気の沙汰じゃない。


「ちっ! ココロ、あんたもかッ!」


 どっからどう見ても、魔族だ。

 しかもあの姿は――


「フゥー、フゥー、フゥー……」


 変化が収束したココロが、息を漏らす。


「ギイヤアアアアァァ!」


 ヒヒイロガメが長い首をしならせて、静止しているココロ目がけて牙を向けた。

 が、しかし。


「よけたっ!?」


 無人の空間を喰ったヒヒイロガメは、勢いそのまま地面に頭部をぶつけて――すばやくサイドに回り込んだココロは、ヒヒイロガメの首を両手で掴み、


「ユータス君ヲ傷ツケル奴は、許サナイ許サナイ…………コロスッ!」


 巨体を、ぐるぐるぐるぐるぶん回して放り投げた。


 私は、ただ唖然として見ていることしかできなかった。


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