ユータス様を追って、水晶のダンジョンを駆けていく
一昼夜かけて、ようやく水晶のダンジョンまでたどり着くことができた。
「……お、俺は……が、頑張った、ぞ」
馬の首にもたれかかり、レイジィが青色吐息で言葉を漏らす。
体力が尽きたようだ。
「ありがとうレイジィ。えらいよ」
まるっと一日、全力で馬を駆っていたんだ。
しかも、後ろに乗っている私に気を使いながら慎重に。
十分すぎる活躍だ。
「お小遣い、弾んであげるからね」
「……ああ」
普段なら、テンション高めに喜びそうだけど、そんな気も起きないほど疲労困憊だ。
「後は私達に任せてッ! レイジィは馬の番しといてよ」
「……あいよ」
水晶のダンジョンの入口付近には私達が乗ってきた馬の他にもう一頭、繋がれていた。
「マシロ。この馬は――」
「ワン」
くんくん臭いを嗅いだ後、ひと吠えして頷くマシロ。
間違いない。ユータス様とココロが相乗りしてきた馬だ。
マシロの身体が光を帯びる。
光のシルエットが人型に変化し、華奢な輪郭が浮かび上がる。
マシロが犬型から、獣魔族へと姿を変えた。
私が雑貨店で買って、胸と腰に巻いてあげた布は、獣魔族状態でもばっちり大事な所を隠している。
マシロは布の胸巻きと、布の腰巻を装備したッ!
「似合ってんじゃん」
「そ、そうですか……? 少々、露出が多い気がしますが……。その、ありがとうございます」
マシロの陶器のような白い頬に、赤みが差す。
スレンダーボディをもじもじさせて、控えめにお礼を述べるマシロ。
「ね。レイジィもそう思うでしょ?」
「おお、おう。い、いいんじゃねえの?」
顔を背けながらも、横目でちらちら視線を泳がせるレイジィ。
主にマシロの、胸と腰を行ったり来たりさせている。
ふっ。
「で、マシロ。どう? ユータス様達の匂いはたどれそう?」
「はい。獣魔族状態では、獣化時よりだいぶ嗅覚は落ちますが、これほど色濃く臭いが残っていれば、問題ありません」
「まだ来たばっかって感じ?」
「おそらく」
「オッケ。行こう」
ぐずぐずしてる暇はない。
「じゃあちょっくら行ってくるからッ! お留守番よろしくッ!」
「ああ」
「行ってまいりますッ!」
「お、おう。まあ、気をつけて、な」
なんだよこの差別。
って一瞬、思ったけど気にしちゃいられない。
私達は、水晶のダンジョンに駆け込んでいった。
※ ※ ※
水晶のダンジョンは天然のダンジョンであり、人の手は入っていない。
間口は広く、入口付近の光が届く範囲ではわからなかったが、奥の方へ進むと徐々に様相が変わっていった。
薄暗い洞窟内を照らす、妖しくも幻想的な光。
赤青黄色、基本の三原色が混ざり合い、ダンジョン内を明るく照らしている。
よく見たら、他にも緑や紫といった光も、混ざっている。
「なんだろ? 壁に色んな発光石が埋まってるのかな」
「ですかね」
一般に、魔素を浴びると光る石を発光石と呼び、明かりをとる魔道具の核なんかによく使われている。
水晶のダンジョンはクリアクリスタルの産地として広く知られているが、他にも様々な鉱石が採掘できるみたいだ。
マシロの嗅覚を頼りに、私達は七色のアーチを駆け足で進んでいく。
「まりりん様、血の匂いがします」
「戦闘の後だッ!」
進んだ先に、魔獣の死骸が三体、横たわっていた。
「これは……、Dランクの魔獣、ポイズンタラント……」
毒攻撃が厄介な、蜘蛛型の魔獣だ。
「ユータス様の……、血の匂いもします」
「……ッ! ――頑張って、倒したんだね」
ユータス様は、ここでポイズンタラントと戦ったんだ。
ココロは、たぶん戦ってない。
ユータス様一人で、傷つきながらも必死で、Dランクの魔獣を倒したんだ。
Eランクのゴブリン相手に、死にかけてたユータス様がッ!
「急ごう、マシロッ!」
「はいッ!」
ユータス様とココロは、私の予想に反してダンジョンで遭遇した魔獣を次々と撃破して、先に進んでいた。
ダンジョン内に巣くう低ランクの魔獣に、足止めされてたらいいな、っていう私の希望はもろくも崩れ去って――。
私達は、いくつもの魔獣の亡骸を素通りして、奥へと駆けていく。
「まりりん様ッ! 大きな魔獣の死骸が……!」
激しい戦闘の後。
破損した壁や地面に、生々しく血が飛び散っている。
長い胴体を八の字にして地面に横たわる魔獣は――
「討伐ランクC、グレイブスネイクだ……」
私は今、信じられないものを目にしている。
ユータス様が、Cランクの魔獣を倒すなんて……。
でも、これは事実なんだ。
「ユータス様の血の匂いが……、多量に含まれています」
「ううっ……、ユータス様……!」
死闘、だったと思う。
むせかえるような血の匂いが、あちこちに充満している。
ユータス様はCランクの魔獣を倒して、先に進んでいるのだ。
私の知らない内に、成長してたんだ。
嬉しさは半分。
残りは、間に合わなかったことに対する悔恨の情だ。
「近いですッ! ユータス様とココロは、この先にいますッ!」
「――うん。早く、行ってあげようッ!」
私は、気をぬけば溢れ出てくる涙をとどめ、走った。




