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ノスウッドの村にて

 街道近くにあるノスウッドの村は、粗雑な木製の防壁で囲まれている小規模宿場町だ。


 置物のような門兵のお爺さんの横を素通りして、私達はセツナとトワが泊っている宿へと向かった。


「想像以上にこじんまりとした村だね」

「ワン」


 犬の姿に戻ったマシロが私達を先導していく。

 ユータス様とココロを追いかけて、水晶のダンジョンに向かう前に一度、様子を見ておきたいというマシロの希望からだ。

 長居するつもりはない。レイジィには先に村の西門へと向かってもらった。


 古びた宿の二階。

 私は気づかれないようにそっとドアを開けて、中を覗きこんだ。


「――トワッ! トワッ! あと少しの辛抱よッ! ユータスが戻ってくるまで頑張ってッ! お願いだからッ!」


 トワの手を握り、悲痛な声を上げるセツナ。

 トワの荒々しい息遣いが、部屋の外まで聞こえてくる。

 あんなに小さな身体なのにはっきりと、苦しそうに。

 ほんの数日前の、元気だった頃のトワが脳裡によぎる。


「……ッ! ――マシロ、行こう」

「ワンッ!」


 宿を後にして、私は雑貨店に向かった。

 水晶のダンジョンまでは馬で駆けてまるっと一日かかるという。入念な準備が必要だ。

 ミッション失敗は許されない。リスクは事前につぶしておかないと。


 まずは少なくなってきた携帯食の補充。

 そして――


「マシロ、ちょっと動かないで」

「ワン……?」


 私はマシロの前足と後ろ足の胴体部分に、買ってきた布を巻きつけた。


「獣魔族化した時、素っ裸じゃ困るでしょ? あんたもレイジィも使いもんにならないとかまじ勘弁だから」

「うううぅー……、ワンワン」


 おそらくレイジィは、あれだ。

 マシロの裸を見た時のうぶな反応からして、あれだろう。

 その辺はとても繊細なことだから、レイジィ本人には聞いたりしないけど、私は少し心配している。


 一説によるとあれのまま、男子は三十歳を迎えると魔法使いになっちゃうらしいのだ。

 なんと恐ろしい。

 急に、勇者から魔法使いになったら絶対困るよね。

 まあ、その時は私が魔法を教えてあげてもいいけどさ。


「そんじゃ、準備はできたから行こっか。レイジィが待ってるから」

「ワンッ!」


 私達は、村の西門へと急いで向かった。

 西門には馬を傍らに、レイジィがイライラした様子で待っていた。


「おっせえよ。お前ら何してたんだよ」

「ごめんごめん。これでも急いできたんだよ。あのね、レイジィに渡すものがあるんだ」

「ああん? 何だよ」

「はい。これ」

「……剣か」


 私は、雑貨店で買ってきた片手剣をレイジィに渡した。


「さすがに丸腰じゃ危険でしょ? あんたはまだ魔法使いじゃないんだから、剣でいいよね?」

「はあ? まだ魔法使いじゃない? 意味わかんね」

「いいのいいの。気にしないで。恥ずかしいことじゃないから」


 私は理解のある女。

 多様性という言葉も知っている。


「……なんかすげぇ嫌な勘違いしてそうだけど。まあいいわ。つーか、片手剣かよ」


 じっと剣を見つめているレイジィ。

 何か不満でもあるのだろうか。


「魔法杖のほうが良かった?」

「だからなんで俺が魔法使いになりたい設定なんだよッ!」

「これね、一応、村の雑貨店で一番性能のいい片手剣だよ。黒鉄性でお値段九万八千ゴルド」

「剣の性能に文句はねえよ。俺はどっちかっつうともうちょっと長物のほうが……、いや、なんでもねえ」


 長物……? 槍とか? 

 ふーん、そうなんだ。

 まあ、でもはっきりしないからとりあえず考慮しない。


「ってかさ、レイジィ。今回はごねないんだね。てっきり、やっぱ俺は村に残るッ! とか言いだすかと思ってたよ」

「そこまで腐ってねえわ。行くわ。くそだりぃけどな」

「ちょっと見直したよ」

「んだよ。見直すハードル低すぎだろ。とっとと行くぞ」

「だね。マシロ、案内よろしくッ!」

「ワンッ!」


 私達は、ノスウッドの村を出て水晶のダンジョンへと駆け出した。


 ※ ※ ※


 サニタリア中央山脈地帯には鉱山がところどころ点在している。

 水晶のダンジョンはその中の一つであり、かつては多くのクリアクリスタルが採掘されていた。


 しかし、現在ではクリアクリスタルを手に入れるためには、腕の立つ冒険者にクエストとして依頼するしか方法はない。

 水晶のダンジョンには、いつからかクリアクリスタルを好物とする魔獣が住み着くようになったのだ。


「ユータス様、早まってダンジョンの奥の方に行かないといいんだけど」


 手綱を握り、猛スピードで馬を駆るレイジィに声をかける。


「行けねえだろ。水晶のダンジョンには他にも魔獣がいる。ユータスとちびっこ僧侶の戦力じゃたどり着けるかも怪しい」


 水晶のダンジョンは、王都からも数日で行ける距離だ。

 ダンジョン内にもそうそう危険な魔獣はいないだろう。高くても精々、Cランク程度だ。

 まあ、それでもなんちゃってCランクパーティーの白夜の団(ホワイトナイト)には手にあまりまくるけど。


「低ランクの魔獣に、うまいこと足止めされててくれるといいんだけどなあ」

「そうだな。クリアクリスタルの鉱床までたどり着いてたら、アウトだ」

「さすがにBランクの魔獣は無理だってッ! ユータス様なんて秒殺されちゃうよッ!」

「完全に同意だわ。厄介なカメがいるんだろ? ユータスじゃ勝てる見込みゼロだ」


 ――タマハガメ。


 水晶のダンジョンの奥地、クリアクリスタルの鉱床に巣くう魔獣。

 全長一メートル程の鈍色の甲羅を持ち、複数体で群生しているカメの魔獣だ。


 その甲羅は、玉鋼という金属でできており、武具の材料などによく使われている。

 低ランク冒険者じゃ手が出せない、高価な一品の武具だ。


 ちなみに私もレイジィも、サニタリア大陸の野生生物や魔獣のことはたいてい学んできている。

 私は学院で、レイジィは勇者養成機関で履修済だ。

 ユータス様も間違いなく学んできてるはず。


 だったらなんで、無謀にもBランクの魔獣が巣くう場所に行くんだって話よ。

 きっと私に、責任の一端がある。

 Bランクの魔獣っていうのは、Cランクパーティーであれば受注できる討伐ランクだ。

 Cランクパーティーが頑張ればギリギリ討伐できるかもってレベルなのだ。

 ユータス様は、イケるって判断したんだろうな。


 でも、白夜の団(ホワイトナイト)はCランクだけど、私のサポートありきで昇格したにすぎない。実際は良くてDランク。下手したらEランクだ。


 ユータス様、背伸びしすぎだよッ!


 しかも今回は、トワの命がかかっている。

 行かない選択肢はないよね。

 ユータス様の判断は、間違っちゃいない。


 だったら、私は全力でサポートするまでだ。


「レイジィ! もっと飛ばしてッ!」

「ああんッ! 全力で飛ばしてるっつうのッ!」


 私達は、必要最低限の休憩でもって水晶のダンジョンを目指した。


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