マシロスノーフレイク
カドケスの町から南へ四時間。
中規模宿場町、アルケドスの町。
白夜の団の痕跡……なし。
さらに街道を南へ三時間。
中規模宿場町、メルクスの町。
白夜の団の痕跡……なし。
「今日の捜索は……これ以上は難しそうだね」
メルクスの町にて、主要な宿の捜索を終えた辺りで日が暮れた。
レイジィも不承不承ながらもきっちりと捜索を手伝ってくれた。
メルクスの町に白夜の団の痕跡はなし。
もうこの町に用はない。
さっさと次の目的地に行きたいところだけど、ぐっと我慢だ。
「……当然だろ。俺の体力のなさ……なめんなよ」
捜索を終えてぐったりしているレイジィ。
早朝にカドケスの町をでて、ほぼ休みなしで突っ走ってきた。
私は良くても、レイジィが限界だ。
レイジィがつぶれてしまったら先には進めない。
「俺は……頑張った」
「うん、わかってる。ありがとう」
それに馬も休ませなければいけない。
本日の捜索はここまで。私達はメルクスの町で宿を取ることにした。
※ ※ ※
翌朝。
さっそく次の目的地に向けて出発だ。
厩舎に預けていた馬を連れて、わき目もふらずに町の出入り口へと向かった。
一分一秒が惜しい。
「えっと、次に向かう宿場町は……。って、レイジィ。何してんの? 早く来なよ」
よたよたとガニ股で歩いてくるレイジィ。
ふざけている……わけではなさそうだ。顔が歪んでいる。
どこか怪我でもしたのだろうか。
「大丈夫? どうしたの?」
「ケツが痛えんだよッ! 股ずれだッ! 昨日は我慢してたけど痛みが引かねえんだよッ!」
「大げさだなあ」
確かに、昨日は半日ぐらいずっと馬に乗ってた。私は平気だけどね。
やれやれ。全く、世話が焼けるなあこのニート勇者は。
私の回復魔法がご所望か。
私は、ガニ股でそっぽ向いているレイジィの元に歩み寄った。
「低純度治癒水っと」
「うわっ、てめぇ……。痛みは治まったけど下半身びちょびちょじゃねえかよッ! 漏らした気分だわ、気持ち悪りぃ……」
「あはっ! 漏らしたって……!」
「笑ってんじゃねえよッ!」
「ごめんごめん。乾かしてあげるからっ」
右手の示指に風属性、中指に火属性の魔力を込めて握りこみ、解き放つ。
「空調魔法・暖」
私の右手から放たれた暖かい風が、レイジィの下半身に存分に浴びせられる。
「ああっ……! くっそ。悔しいけど気持ちいいな、これ。まじで漏らしそうだわ」
全身をぶるっと震えさせるレイジィ。
びちょびちょだった下半身はあっという間に乾ききった。
ほんの少しだけぷーんと臭ったけど、気づかないふりをしておこう。
私は空気が読める女。
レイジィが隠れて洗濯していても見て見ぬふりをしてあげるのだ。
「ふふっ。そんじゃ行きますか」
「お、おう。そうだな」
「次の目的地は……。ここから南へ五時間程。カドケスの町と王都のほぼ中間地点にある小規模宿場町、ノスウッドの村ね。こじんまりとした集落みたい」
「ここはスルーしてもよくねえか?」
「一応、寄ってこうよ。捜索するのもそんな時間かかんないだろうし」
レイジィが馬を駆り、メルクスの町を南下していく。
私は振り落とされないようにレイジィの腰にしっかりとしがみついた。
馬車も快適だったけど、馬上もなかなかに快適だ。意外と私の負担は少ない。
きっとレイジィがうまいこと馬を操ってるんだろう。
その分、レイジィの消耗は激しいんだろうけど。
さすが、腐っても勇者だ。
※ ※ ※
何時間か駆けて、そろそろノスウッドの村が近づいてくる頃。
突然、それはやってきた。
街道の向かいから、私達目がけて一直線に駆けてくる。
「ああん? 魔獣か?」
「えっ、なんであいつがいるの?」
真っ白なミディアムヘアーに覆われた大型犬だ。
「マシロじゃん」
「白夜の団で飼っているペットか?」
「違うよ。正式なメンバーだって。――馬、とめて」
とりあえず馬から降りる。
マシロは私の前までくると、ひと吠えした。
「ワンッ!」
「なによ」
「ワンワンワンッ!」
私に向かって、めっちゃ吠えるマシロ。
「あんた、私の事知ってるの?」
「ワンッ!」
イエスってこと?
「わんじゃわからんわん。困ったなあ……」
マシロが接近したことで、馬が興奮している。
馬上のレイジィが必死になだめているけど、今にも振り落としてどっか行っちゃいそうだ。
「ちっ! どうどう、落ち着けってッ! ――ちょっと離れてるわ」
「お願い」
手綱を巧みにコントロールして、レイジィは馬を遠ざけた。
暴れ馬が離れていった後、再びマシロは吠えだした。
「ワンワンッ!」
マシロはひたすら私に向かって吠えている。
何かを訴えているようだ。
私だって、マシロには聞きたいことがある。
犬っころだけど、こいつの有能さはなんだったら私が誰よりも知っている。
言葉の意味ぐらいわかるでしょ。ってかわかれ。
「ユータス様はどうしたのよッ!? なんであんただけ別行動しちゃってるわけ?」
「……ワン。うううぅー……」
力なく唸るマシロ。反応がよろしくない。
何か事情があってマシロだけ別行動してここにいるって事、かな?
「くぅーん……」
マシロは賢い。
が、所詮ただの犬だ。
「あんたがしゃべれたらよかったんだけどなあ……」
犬語はさすがにわからんって。
すると――マシロは後ずさり、落ち着いた調子でひと吠えした。
「――ワン」
「だから、わんじゃわからんわん……。って、え。まじッ!?」
私は、目を疑った。
マシロの身体が発光し、変化していく。
光沢の輪郭の中、四肢がぐんぐん伸びて、人間のような手足になっていく。
体幹はしなやかに形づくられ、女性のような光のシルエットが浮かびあがっていた。
徐々に、光が薄れてくる。
腰元まで届く、元の毛並みのような煌めく白銀の髪。
小ぶりの乳房が髪のすき間から見え隠れしている。
頭部には犬耳が作り物のようにぴょこんと乗っている。
手足や腰回りの一部は元の毛並みに覆われていて、その他は陶器のような白い肌が露わになっている。
お尻の尻尾だけは、元とあまり変わってない。
なんだよ。
マシロ、あんた――
「獣魔族じゃん!?」
人型となったマシロは、私の前にひざまずいて、言った。
「こうしてお話させていただくのは初めてですね。私はマシロスノーフレイク。まりりん様、どうかユータス様をお助け下さい」
色々とびっくりだよ。
とりあえず、追いつけ私の理解。




